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三章22 敵陣での対峙

 

 「見えた、あの建物だ」


 スマホの画面に表示された位置情報と周囲の景色を見比べながら、健吾は廃墟の陰から顔を覗かせる。


 住宅街と隣接したテナントビルだったのだろう。五階建て程度の高さの朽ち果てたビルが三棟、雨の中にシルエットを浮かび上がらせている。手前に二棟が並ぶように見え、その奥に一番高いビルが一棟ある形だ。


 「待ち伏せするにはちょうどいい場所か。相手が私たちの接近に気付いていれば、ここから出ただけで視認されると」


 「そしてお前は辿り着けても、敵さんにとってお呼びでない俺は邪魔者扱いされて、竜力防壁を上手く扱えずにハチの巣にされると」


 後ろ向きな発言をする健吾に、穹良は呆れたような視線を返す。


 「そう思うなら今からでも帰れ。私一人で十分だ」


 「そうはいくか。それに一人って、駐屯地からの応援はどうなったんだよ。ちゃんと情報伝わったのか?」

 

 「もちろんだ。向こうが提案してきた作戦内容も把握できている。私が時間稼ぎをする間に、突入部隊を接近させる手筈だ。連中が本当にルシフェルの力を欲しているなら、私を安易に殺すような真似は出来ないだろうからな」


 「お前を殺させない」


 眉間に皴を寄せ、恐怖と覚悟が入り混じったような表情の健吾が、穹良の「殺す」という言葉に過敏に反応して無意識に呟く。その低く、どこかうわ言めいた言葉に、穹良もなぜなのか分からないほど動揺した。


 「どうした、急に」

 

 何かスイッチが入ってしまったのか、雰囲気がガラッと変わった健吾に、穹良は戸惑いを覚える。神妙な目で見つめられて、どんな顔をすればいいのか分からなくなってしまう。


 「お前を殺させるようなことは、俺が絶対にさせない。当然、かがみも。さっさと終わらせて、三人で帰るぞ。俺まだ、テスト勉強の途中なんだ」


 「お、おう」


 発言の内容自体は心強いが、健吾は固有の能力を持っておらず、護身用の拳銃もまともに訓練していない。その発言と実力の差に、穹良は不安を覚えた。まさかこれが死亡フラグというやつかと考えたが、口にしたが最後な気がして、胸中にしまい込む。


 「いいか、私が先行するからな。勝手に先走って発砲するなんて馬鹿な真似はするなよ」


 「分かってる」


 小さく、しかし力強く頷きながら、健吾はリュックから取り出したSFP9をズボンのベルトに挟む。その時、穹良がさっと身を隠した。反射的に健吾もその場に屈む。

 

 「どうした」


 「気付かれてるな。やはり溢れ出す竜力を抑えきれていないか。お前に囮になってもらっている間に潜入して連れ出すことも考えたが、相手は直接対決をお望みのようだ」


 「そういうことは俺が聞いてないところで言えよな」


 出発前のお返しとばかりに言い返すと、穹良は口元を不敵に歪める。彼女も緊張しているのかも知れない。


 「さあ、冗談はここまでだ。行くぞ。かがみは一番奥のビルだ」


 立ち上がり、ビルに向かって歩み始める。彼女の後姿は悠然として見えて、この上なく心強かった。


 



 

 三棟目にして一番高い、六階建てのビルにたどり着くまでの間、二人は妨害に遭うことは無かった。それはそのはず、彼らの目的は穹良の持つ守護者の力を奪うことにある。ここで殺してしまっては人質を取った意味も、穹良を呼び出した意味もない。それに余計な妨害をして時間をかければ、自衛隊に勘付かれる危険性が上がる。


 だから余計な手出しはされないだろうということは分かっていたものの、敵陣を闊歩できているかと思うと、不気味さが物凄い。しかも、三棟のビルに囲まれている場所にいるため、三方向から視線を感じる。視線は感じるのにこちらから相手の正確な位置を確認することは出来ない。パノプティコンの囚人たちはこんな気分だったのだろうかと、どうでもよい考えが脳裏をよぎった。


 目的のビルに入り、階段を上がる。厄災時に湖水と爆風を浴び、その後風雨にさらされて風化が進んだコンクリートはもろく、階段の縁はボロボロと崩れていく。そんなビルの最上階に上がると、廊下の先に小銃を構えた男が仁王立ちしていた。健吾は驚きからSFP9を引き抜くが、東南アジア系の面立ちの男は動じるふうではない。


 「待っていたぞ」


 片言の日本語で、男が右手の部屋を指さす。入れと言っているのだ。穹良は表情を変えず、健吾は生唾を飲み込んでから歩み出し、男の示した部屋に踏み入った。


 事務所だったのだろう。広いとは言えないサイズのフロアに、錆びた事務机がいくつも並んでいる。入り口から一番遠い位置にリーダー格と思われるガタイのいい男と、右腕らしき男、その隣に意識を奪われ、拘束されたかがみが座らされている。廊下に立っていた男も入室し、計四人の武装した男たちに囲まれた。


 「かがみ!」


 力なくうなだれているかがみに声を掛けてみたが、反応はない。外傷が見られず、着衣に乱れがなさそうなのが、唯一の救いだ。


 「なんだお前は」


 健吾の一番近くにいた太り気味の男が訝し気な視線を投げかけてくる。健吾は便宜上デブと呼ぶことに決めた。


 「あいつの義兄だ。かがみを返せ」


 「それは、その赤毛の女が決めることだ」


 かがみの隣に立つ、リーダー格の男が低い声で告げる。その気迫に、健吾は思わず気圧されそうになった。半竜としての能力もあるのだろうが、半竜の強さを差し引いても、威圧感が半端ではない。目を合わせただけで相手を委縮させることができるタイプの人種だ。


 「俺は、一人で来いと言ったはずだ。それを守らなかった時点で、もうこいつがどうなってもいいってことだよな」


 手にした拳銃の撃鉄を上げ、銃口をかがみのこめかみへと向ける。滑らかでためらいの無い動作に、穹良は焦りを隠せなかった。


 「こいつを連れてきてしまったことは謝る。だからその銃を下げてくれ。狙いは私だろう」


 「そうだ。だいたい、お前があの時勝手に出て行ったりしなければ、こんなことをせずに済んだ。十年間も行方をくらまし、余計な手間を掛けさせてくれた礼は、この場できっちりとさせてもらう」


 かがみに向けていた銃口を、穹良の眉間に向ける。


 「そうか、お前、あの時の……」


 穹良の目が驚きと恐怖で軽く見開かれる。その何かを思い出したような口ぶりに、男は嬉しそうに笑った。


 「ようやく思い出してくれたか。そうだ。サントソだ」


 狂気の溢れる笑みを湛えながら、サントソは穹良へと歩み寄る。


 「お前を食って天使の力をもらい受ける。だが、お前が本能的に命の危機を感じれば、天使が召喚されて俺たちは全滅だ。だからそうならないように、苦痛に慣れてもらう。絶望して生きる意欲がなくなれば、天使とのつながりは断ち切れるんだろ?」


 だが、穹良の前に健吾が割って入った。サントソは、なんだこいつと言うような怪訝な目で睨みつける。


 「どけ、邪魔だ」


 低い声が、健吾の耳を打つ。心臓を掴まれたような悪寒が背中を駆けたが、ここで退くようなら初めからこんなところへ来ていない、と自分を奮い立たせる。


 「どかない。かがみを返せ」


 「その女を食ったら返してやるよ」


 「穹良も殺させない」


 「そいつは、出来ない相談だ」


 二人のやり取りをサントソの後ろから眺めていたルディは、健吾の顔を見て記憶を呼び起こしていた。何か引っかかる顔だと一目見た時から思っていたが、その感覚の正体に気付いて、サントソの隣で耳もとに囁く。


 「ボス、この少年、十年前に彼女を連れだした張本人です」


 「……なんだと?」


 改めて健吾の顔をまじまじと見て、サントソは一度所在不明になった<ルシフェル>が戻ってきた時に、幼い少年が乗っていたという報告を受けたこと、映像で見た少年の顔を思い出す。確かにあの時の少年らしいと確信すると、サントソは考えを変えた。


 「……貴様のせいで、俺たちの苦労が増えたのなら、その礼もしないとな。この場でじっくりと苦しみながら死ぬといい。そして絶望の引き金となれ」


 「出来るもんならやってみろ!」


 サントソから膨大な竜力が放出されるのを、感度の低い健吾ですら感じ取る。逆鱗に触れたなと感じたその時、健吾の背後と左右で壁が轟音とともに粉塵を巻き上げながら崩壊し、フロアが拡張した。それだけではない。正面の壁が遠ざかっていく。ビル自体が拡張しているのだ。背後は二棟のビルが崩壊し、一部は竜力に変換されてこのビルの素材に変換されている。


 「まさかこれほどのコンクリートを再構成しているのか」


 驚きの色を宿した穹良の言葉に、健吾は振り返る。そして理解した。これほどの質量を竜力に変換し、再構成するだけの能力を持っているということが、どういうことなのか。


 「……お前が竜人を食ってたんだな」


 「そうだ。今日のためにな。おい穹良。感謝してやる。俺たちに恨みを晴らす機会を与えてくれたことにな」


 一度収束していたサントソの竜力が、再び膨れ上がる。彼が片手を掲げると、周囲の男たちが小銃を構えた。いつの間にか二人増えている。


 「さあ、絶望に呑まれて跪け。そして俺の血肉となれ!」


 サントソの手が降り下げられる。四丁の小銃から放たれた銃弾が健吾に殺到した。






 健吾と穹良がかがみが拘束されている部屋に案内された頃。新琵琶駐屯地司令室で、夏冬副司令が零式格納庫からの報告を受け取っていた。


 「接続できるようになったんだな? よし、映像を回せ」

 

 通信を切ってモニターが映像を映し出すのを待っているとき、地下五層の零式格納庫では、数人の整備員が<ルシフェル>に取り付いていた。機体頭部やコックピット内にケーブルを繋ぎ、穹良の視界を<ルシフェル>経由で映像化しようという試みである。その試みが成功しそうだったので、司令室に連絡を入れたところだ。

 

 「いいぞ、繋げ」


 上官の指示を受けて、コックピットのメインモニターにケーブルを接続する。零式は構造を限りなく機械に似せた生体であるため、扱い方は他の歩行戦機と全く異なる。そのため作業は難航するかに思われたが、穹良が機械として扱えるように調整してくれたおかげで、慣れない作業でも順調に進めることが出来た。


 「繋ぎました」


 報告を受けた上官が、司令室に繋ぐ。夏冬副司令の返答から、作業が成功したことを知る。


 そして映し出された映像を見た夏冬副司令以下、司令室の面々は驚きに目を見開き、どよめきが広がる。


 健吾の後姿が画面の中央を占め、彼に向く銃口が四つ。一触即発の空気に、夏冬副司令は零式格納庫に繋がる通信に声を張る。


 「回線を零式に繋いでくれ」


 「はい」


 逸る気持ちを抑え、回線が切り替わったことを確認してから、用件を手短に伝える。


 「安曇野さん、時間を稼ぐんだ。こちらの準備がまだ整っていない!」


 夏冬の言葉が届いているのかいないのか分からぬまま、彼には映像を見つめることしか出来ない。穹良の視界に映る健吾の向こうで、大柄の男が手を振り下げると同時に、状況を判別できないほど映像がぶれた。

 

 「佐藤司令を呼び出してくれ。<ヴィヴィアン>の準備を急がせるんだ。取り返しのつかないことになるぞ!」


 夏冬の焦燥をよそに、事態は進行していった。

 

 

 

 

 

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