表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/112

三章21 救出作戦準備


 スマホで位置情報を確認しながら雨の降る薄暗い住宅街を穹良と駆ける健吾は、内心恐怖に呑まれていた。ビチャビチャという二人分の足音だけが周囲に響き、恐怖心から、まるで何かから逃げているようだと錯覚する。


 何せ、これから凶悪な誘拐犯の根城へ、二人とも半竜とはいえ、ただの高校生二人が乗り込もうとしているのだ。怖くない方がどうかしている。しかも相手も半竜。飛竜の属性に由来する強力な電撃能力を持つ穹良ならまだしも、特に何の能力も持たない健吾が、丸腰で勝てるような相手が待ち受けているとは考えにくい。

 

 だからと言って、かがみを救い出さなくていい理由にはならない。それに、警察は半竜関連の事件に介入するのはひどく消極的である。人間と比較すれば化け物と形容出来るような半竜の中には、穹良のように特殊能力を持つ者もいる。そういった半竜が事件を起こした場合、生半可な装備では対抗できない。


 そのため半竜に関連した犯罪には自衛隊の専任部隊が対処にあたるのが、今の日本の現状である。


 もっとも、相手が警察も自衛隊も呼ぶなと言っていた時点で呼ぶつもりはなかったが、いざ行動に移してみると酷く心細いものだ。だから健吾は思わず、隣で大きく髪を揺らしながら走る穹良に声を掛ける。


 「なあ、本当に佐藤司令とかに連絡しないつもりか?」


 すると返って来たのは、予想に反した回答だった。


 「まさか。呼ぶさ。私にしか出来ない方法で、確実にこちらの状況を伝え、相手の隙を見て突入してもらう。勝手に国防の要にされている私が先陣切って相手を攪乱させるんだ。自衛隊にも骨を折ってもらわなければ困る」


 何とも、穹良らしい回答である。だがどうやって知らせるというのか。その方法を訊こうとしたが、今度は穹良から質問が飛んできた。


 「それより、武器って何持ってきたんだ」


 「ああ、これだよ」

 

 走りながら、健吾は背負っている肩掛けカバンを前側にずらし、ファスナーを開けて中身を見せる。だが暗いために見えず、二人は立ち止まった。


 「これは、拳銃か」


 鞄に入っていたのは、SFP9と呼ばれる、陸上自衛隊採用の自動拳銃だ。


 「なんでこんなものを?」


 「佐藤司令(あのおっさん)が、護身用だっつってくれたんだ」


 「訓練は?」


 「してない」


 「なら当てにならんな」


 「牽制くらいなら出来るだろ」


 穹良は「期待できん」という風に小首を振ってから、拳銃を仕舞うように促し、再び走り始める。


 「そういうお前はなんか武器持ってないのかよ」


 「私自身が武器みたいなものだというのはお前もよく知っているだろうが」


 なに馬鹿なことを言っているんだとでも言いたげな口調である。そして健吾は穹良の言葉が嘘ではないことを知っている。そんな当たり前のことでも口にしていないと恐怖心で押しつぶされそうなのだ。そのことを知っているのか知らないのかは分からないが、軽妙に返してくれるのが今は物凄く嬉しい。


 緊迫感の無い会話を挟みつつ走っているうちに、二人は新琵琶湖の湖畔付近に来ていた。三十年前の厄災で西岸の市街地は吹き飛び、湖の面積は拡大している。


 もともと琵琶湖南西岸は平地が少なく、背後には山地が迫っているが、厄災の際に飛竜が山地を更地にしてしまったため、元々の住宅街や農地は西側に移動している。かつて住宅街だった場所は湖面に沈むか災害遺構として残されるか、再開発されるかのいずれかの運命をたどっていた。今二人がいるのは、再開発によって観光施設や公共施設が並ぶ区画だ。


 「ここから北に行けばいいんだな」


 健吾のスマホを覗き込み、穹良は進むべき方向を指さす。


 「指定先は災害遺構に指定されている地域だ。確かにこの時間は人が寄り付かないよな」


 「この辺も人気ないけどな」


 言われて、周囲に視線を巡らし、健吾は「確かに」と呟く。公共施設が多いために夕刻を回った今は人通りがほとんどない。荒天となればなおさらだ。


 「時間が惜しい。健吾、ちょっとこっち来い」


 「え、なに、なに?」


 シャツの袖を掴まれて、健吾は手近な塀の裏に連れて行かれる。人目に付かない暗い塀裏に連れ込まれたと思ったら、穹良は背中から大きく四枚の羽を展開した。白鳥のそれを思わせる羽の間から竜力の粒子が溢れ出し、雨粒が光を反射して緑色に淡く輝く。義妹をさらわれているという非常事態にも関わらず、その神秘的な光景に見惚れてしまった健吾の背後から脇の間に手を差し込み、穹良は大きく羽を持ちあげて羽ばたかせる。


突風に等しい一陣の風が吹き、思わず目を瞑った健吾の足が地面から離れた。穹良に体を持ち上げられているのだ。


「……わお」


 空中に吊り下げられているという驚きと、いくら半竜とはいえ女の子に持ち上げられているという恥ずかしさから、健吾は情けない感嘆符を漏らした。時間が惜しいからと取った手法が空輸とは。


 竜力の反重力作用と、翼の羽ばたきで得た揚力、推進力が、二人を北へと運ぶ。しかも穹良が展開した竜力防壁が風雨を完全に防いでくれるという快適ぶりだ。まさに至れり尽くせりである。


 「なあ、重くないか?」


 なんとも申し訳ないので、健吾はおずおずと訊ねる。これで小言の一つも言ってくれれば素直に謝れるので気も少しは楽になるのだが、穹良は涼しい顔をしたままだ。


 「そりゃ暮月よりは重いが、誤差の範囲だ」


 四捨五入したら七十キロの体重を暮月と比較して誤差と表現するのかと、健吾は静かに脱力する。そして、穹良の回答では、健吾の体重が暮月に近いのか、その逆か分からないことに気付いた。


 暮月には言わないでおこう。

 

 健吾が静かに決意を固めている間にも、穹良は夜に侵食されつつある新琵琶湖面へと進路を取り、低空を羽ばたく。雨の中を飛翔する穹良に気付く者は誰一人おらず、彼女の進路を妨げるものもない。 


 北進する穹良の視界に、街明かりが全くと言っていいほど見えない地区が映った。明かりに囲まれているはずの地区はまるで、そこだけ虚空が存在しているように見える。確かにあるはずのものがそっくり抜け落ちているような感覚は、新鮮に思えた。同時に、不気味さを覚える。


 「健吾、あそこか?」


 「らしいな。遺構群だ」


 「南側から侵入する。私の竜力は探知されているかも知れないが、この先は陸から行くぞ」


 健吾が「分かった」と返す前に穹良は体を左へ傾けた。






 同時刻。陸上自衛隊新琵琶駐屯地地下五層、零式歩行戦機格納庫。真紅の零式、<ルシフェル>の頭部、人間の目にあたる部分が淡く光っているのに気付いた整備員が、上官に報告をしていた。


 「ルシフェルが起動? 穹良ちゃんが来てるのか?」


 「いえ、来ていないようですが」


 報告を受けた上官と共にキャットウォークから<ルシフェル>を見上げいると、唐突に機体の頭部がせり上がり、前方へスライドしてから手前へ跳ね上がる。圧搾空気が抜けるような音がして、コックピットハッチが開いた。

 

 「……なんだ?」


 「なんでしょう……」


 勝手に開いたコックピットハッチを見上げて、上官と部下が機体胸部ユニットへ上がる。無人のコックピットを覗き込むと、漆黒の全天周囲モニターに囲まれて、シート正面のメインモニターが白い光を放っていた。


 上官がコックピット内に下りてシートに座り、モニターに触れると、文言が表示された。その内容は駐屯地司令の佐藤一佐に宛てたもので、<ルシフェル>の所有者である安曇野穹良の妹が連れ去られたこと、救出作戦を提案するものだった。

 

 上官はすぐさま佐藤に報告し、対応が協議された。結果。


 「穹良ちゃんの作戦を承認したうえで、救出作戦を展開する」


 司令室で、<ルシフェル>からもたらされた情報をモニターに映し出しながら、佐藤が夏冬副司令以下の司令部要員に作戦を説明する。


 「敵部隊構成員が半竜である以上、こちらの隊員が発する竜力を探知される可能性があるため、部隊の展開には細心の注意を払う必要がある。そこで、先行して通常動力駆動のAT-00(C)をヘリから降下、突入させる。突入後、擬似竜力を広域展開して敵の探知能力を麻痺させ、後発部隊が突入、敵を無力化する」


 モニターに映し出された地図と隊員の動きを指し棒で示しながら、佐藤は部下たちの顔を順に追う。


 すると、一人の幹部が手を挙げた。発言を許すと、疑問を口にする。

 

 「AT-00(C)についてですが、ここに来てからの実戦経験がありませんが、作戦の主軸に据えるのは危険なのでは? そもそも、実戦に耐えうるのですか?」


 幹部の質問はもっともである。修復に数年を要した上に、稼働テストが終了して日も浅い。戦闘シミュレーションは行っているものの、仮想空間でのみであり、実機は動かしていない。そして隊員たちが目にしている彼女の姿は、私服で駐屯地内を歩き回っている姿だけである。十代中ごろの少女の姿をしているというのも、懸念材料になっていた。


 「その点は問題ない。それに通常動力状態なら気配で敵に勘付かれる、というようなこともない。ヘリはこの後すぐにローテーションを組んで夜間飛行訓練を行うことで、敵に接近を悟られにくくする。他に質問は?」


 今度は手を挙げる者はなかった。


 「ではこれより、作戦を開始する。安曇野穹良および安曇野かがみ、そして西島健吾の救出が最優先だ。敵勢力の拘束が望ましいが、排除の判断は現場に一任。責任は俺が取る。くれぐれも、我々が国内半竜の命運を握っていることを忘れるな。以上だ」


 そう、新琵琶駐屯地の半竜部隊が、国内の半竜の命運を握っている。


 人間より強い半竜が人間社会で生きていくためには、人間に害のない存在だということを、有益な存在だと喧伝し続ける必要がある。そして自衛隊は、一般市民に比べて行動が注視されやすい分、喧伝に向く。自衛隊が人間に有益な行動を取れば市中の半竜の地位が向上し、その逆も起こりうる。自分たちの首を絞めないようにする為には、人間社会にとっても有益な行動を選択する必要があるのだ。


 持ち場に散っていく幹部たちを眺めながら、佐藤は溜息を吐いた。本来なら総理大臣の命令がなければ実力の行使が行えないはずの自分たちが一駐屯地司令の命令で動けてしまうのは、竜族同士で潰し合う分には介入しないという国の意思と、万一の際には責任の一切を駐屯地に押し付けることが出来るという思惑によるものである。


 だから、国内の半竜の命運を握っているを握っているのは我々ではなく、指揮官である佐藤なのだ。その重圧を吐き出そうと溜息を吐いたが、残念ながら期待した結果は訪れない。


 佐藤は司令室を夏冬副司令に預け、地下六層で出撃準備に取り掛かっているであろう彼女のもとに向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ