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三章20 反攻計画


 急ぎ足で帰宅すると、玄関でタオルを手にした暮月が、心配そうな面持ちで待機していた。


 「にいに……」


 「ごめん暮月、かがみをさらわれた」


 暮月から受け取ったタオルをかがみの友人に手渡しなら、健吾は玄関を上がる。そしてから、暮月に第三者を会わせてしまったことに気付いた。


 立ち止まって振り返ると、暮月の頭の角に視線が留まった葵が、居心地の悪そうな目を健吾に向けてくる。


 「あの……」


 しまったと思った時には既に遅かった。かがみが連れ去られたことに気を取られて、暮月への配慮を欠いていたことを悔いて、健吾は歯がみする。


 「ほんとごめん暮月」


 「今はそんな事どうでもいいんよ。それより、かがみんのことなん」


 「ああ。穹良は?」


 「台所にいるん」


 「分かった」


 健吾は廊下を早足で進み、台所に入って行く。その後ろ姿を心配そうに眺めてから、傍らに所在なさげに立つ少女を見やる。

 

 「かがみんから聞いてるんよ。かがみん、友達が出来たって、嬉しそうだったん。まさかこんなことになるなんて。でも、うちら半竜は、こういう目に遭いやすいのも、事実なん」


 「どうして……」


 葵の問いに、暮月は諦めに似た口調で答えた。


 「半端者の半竜はこの世界に邪魔なのかも知れないんな」


 





 台所内の穹良を目にするなり、健吾は頭を下げた。


 「すまない、近くに付いていながら、連れ去られるのを防げなかった」


 だが穹良は健吾を責めるようなことは言わなかった。


 「恐れていた事態が起きてしまっただけだ。あいつらの目的が私なら、かがみがすぐにどうこうされるということはないはずだ。それに、防げなかった理由はその傷にあるんだろ」


 言われて、健吾は額が痛むことを思い出した。そっと右手を当てると鈍痛が広がり、手に雨水で滲んだ血が付く。


 「ああ。陽動にかかっちまった。銃声がして、振り向いたら車が突っ込んできたんだ。逃げたけど巻き込まれた。その間にかがみを。申し訳ない」


 腕組みをして健吾の話を聞いていた穹良は、顎に手を当てる。

 

 「そこまで手の込んだ工作をしてまで、私を引きずり出したいという訳か。だが、どこに連れて行かれたんだ」


 そこで健吾はかがみのスマホの位置情報を追跡していたことを思い出し、ポケットからスマホを取り出して画面を表示させる。だが、かがみのスマホのGPS機能は切断されていて、位置情報を掴むことは出来なかった。


 「クッソ、あいつらGPSを切ったのか」


 その時、穹良のスマホが着信で震えた。暮月が招き入れた葵を台所の椅子に座らせ、健吾の額の血を拭っている間に、穹良は()()()()()の電話を受ける。


 「……誰だ」


 『……久しぶりだな。昔世話をしてやったのを忘れたか?』


 訛りのある日本語を話すだみ声を聴きながら、穹良は記憶を検索する。だが、思い当たる節はなかった。


 「ああ。思い出したくもないからな。十年間忘れる努力をしていたら、本当に忘れた」


 『ふん、まあいい。用件は分かるな?』


 「……かがみに、妹に何かしてみろ。貴様ら全員、私が与えうる最大の苦しみを味あわせてやる」


 『なにかされて欲しくなかったら、お前の天使を引き渡してもらおう。今から座標を送る。ここに一人で来い。それから、誰にも連絡するな。もし警察や自衛隊が来るようであれば、この女は殺す。いいな?』


 穹良の返答を聞きもせず、通話は終了した。静まり返った台所内に、穹良の耳元で繰り返す話中音が響く。


 そしてすぐに、穹良のスマホに位置情報が届けられた。琵琶湖西岸、新琵琶駐屯地の南数キロの位置だ。


 「ここ、どこか分かるか?」


 スマホに表示された地図を健吾に差し出す。暮月に手当を受けていた健吾はスマホを受け取ると、脳内に地図を描き上げる。

 

 「ああ、ここは再開発地区から外れた、廃墟街だ。ならず者が根城にするには格好の場所だ」


 スマホを返しながら、健吾は穹良の目を見る。


 「かがみを助けるために、ルシフェルを引き渡せってか?」


 「ああ」


 「どうするんだ」


 「当たり前だろう。かがみを取り返しに行く」


 「だったら俺も行く」


 健吾の申し出に、穹良は静かに首を振った。


 「力を使えないお前が来ても、邪魔になるだけだ。私一人で行く」


 「あいつは俺の妹でもある。俺のことは囮にでも何にでも使ってくれて構わない。だから!」


 健吾の真剣な眼差しを受けて、穹良は暫し黙考する。そして、折れたというように溜息を吐いた。


 「分かった。だが、危ないと思ったら私から離れろ。かがみが助かっても、お前に何かあったら、あいつに顔向けできない」


 「ああ……!」


 覚悟を決めたように力強く応えて、健吾は椅子から立ち上がる。それから不安そうな顔をした暮月の頭を一回撫でて、出来るだけ優しい声を出す。


 「ちょっと行ってくる。暮月は悪いけど、その子と一緒にいてあげてくれ」


 「気を付けるんよ。これが最後、なんて、嫌なんよ」


 「俺もだ。絶対に連れて帰る。大丈夫だよ、穹良がいるんだ。相手は穹良に任せて、俺は美味しい役割を掻っ攫ってくるさ」


 「そういうことは、私に聞こえないように言ってくれ」


 穹良に小突かれて、健吾は思わず笑声を漏らす。二人のやり取りを眺めていた暮月もようやく笑みをこぼす。これなら、葵のことを任せても大丈夫だろう。


 健吾は次に葵に視線を向ける。衝撃的な体験をし、ショックを受けている彼女に十分なケアは出来ないが、そうする努力は必要だ。

 

 「怖い思いをさせて、済まなかった。あいつは口下手で内弁慶で、接しにくかっただろう? でも、悪い奴じゃないんだ。出来たら、また、一緒に遊んであげて欲しい。今日の買い物も、すごく楽しみにしてたんだ」


 「どうして……」


 「ん?」


 怯えた目の葵が、口にしようがしまいか迷いながらも、こぼれてしまった疑問を最後まで押し出す。


 「どうして、かがみちゃんがあんな目に遭わなきゃならないんですか? 半竜だから、ってだけなんですか?」


 「かがみが私の妹だからだ」


 葵の問いに答えたのは、健吾ではなく穹良だった。


 「どういうことですか」


 「私に恨みを持った奴らがいる。かがみは私をおびき出すための餌にされたんだ」


 腕組みをしたまま、憎々し気に呟く。葵の追求するような視線を受けて、穹良は観念の意を含んだ吐息を吐いた。


 「続きはかがみを連れ戻してからだ。さっさと行かないと、連中がかがみに何をするか分からん」


 「そうだな。早く行こう。でもさすがに丸腰で行くわけにはいかない。武器を取ってくるから待っててくれ」


 早足で台所を出て二階に上がって行く健吾を待っている間、穹良は葵に声を掛ける。


 「私からも礼を言わせてくれ。かがみと友達になってくれて、ありがとう。出来るなら、これからもあいつの傍にいてやってくれ。そう出来るように、必ず連れて戻るから」

 

 葵が頷くのを見てから、今度は暮月に顔を向ける。


 「暮月、留守を頼む」


 「分かったん。気を付けるんよ」


 「ああ、行ってくる」


 暮月の頭を一度撫でてから、穹良は玄関に向かう。靴を履いたところで、肩掛けカバンを背負った健吾が二階から降りてきた。


 「準備はいいか?」


 穹良の問いに、健吾は覚悟を込めて頷く。


 「ああ、行こう」


 二人の背中が、まだ雨の降る夕刻の薄闇に溶けていく。二人を玄関で見送った暮月は、呆然と佇む葵の手を取ると、努めて優しい声を出した。


 「さ、うちの部屋でお話するんよ」


 「どうして、そんなに落ち着いているの?」


 「落ち着いてなんか、ないんよ。だから、うちの部屋に呼んだんよ」


 よく見れば、暮月の作る笑顔はどこか引きつって見える。その顔から、葵は彼女が初対面の自分を部屋に招き入れる理由を察した。


 自分が少しでも落ち着けるように、自分の安心できる環境に行きたいのだ。そしてプライベートな環境に葵を連れて行くことで、受け入れているということを表現したいのだと。


 葵は黙って、暮月のほどこしを受け入れた。

 


 

 


 


 


 

 


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