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三章18 出かけるかがみと追う健吾


 日曜日。健吾は自室の窓から、雲の隙間から覗く青空を恨めしそうに眺めていた。このまま降らなければ、かがみは出来たばかりの友人と買い物に出かけることになっている。


 かがみには出掛けさせてあげたい。だが。という複雑な感情を溜息に乗せて少しでも吐き出そうとするが、健吾の胸中に居座って出て来ようとしない。

 

 午前十時の時点で降っていなければ、かがみは出掛ける。現在時刻は九時五五分。降ってきてくれないかと念じてみたものの、逆に青空の面積は広がっていき、初夏の日光が健吾の顔を焼き始める。


 雲から顔を覗かせた太陽を恨みがましい視線を送りつけていると、健吾の背後でドアを叩く音が聞こえた。振り返ると同時にドアが開き、かがみが入ってくる。


 「んじゃ、ちょっと行ってくるよ」


 シンプルなTシャツにガウチョパンツ、ショルダーバッグを携えたかがみの顔はわずかに強張って見える。緊張しているのだろう。


 無理もないよな、と健吾は苦笑を漏らす。彼女が友達と出掛けるなど、数年ぶりのことだ。小心者で内弁慶ならなおのことだろう。


 「ああ、気を付けてな」


 表情を和ららげ、かがみの緊張を少しでも解そうと少しでも落ち着いた声を出す。そんな気遣いの効果か、かがみのいかり肩が多少は下がったように見えた。


 かがみが出かけていくのを玄関で見送ってから、健吾はズボンのポケットからスマホを取り出して、GPS追跡アプリを起動する。

 

 「済まないな、ストーカーみたいな役を押し付けて」


 不意に聞きなれた声が聞こえて、健吾は驚きとともに右方向を見る。そこには、健吾のスマホを覗き込む穹良がいた。


 「びっくりしたお前どっから入ってきた」


 驚きで早口になり、息継ぎを忘れて一気に言葉を吐きだす。すると彼女は「ここから」と指さした。壁をすり抜けて来たと言っているのだ。


 驚かされたことで沸点が下がっていた健吾は、相手が穹良であることを忘れて彼女の頭に手刀を繰り出した。だが手刀は、硬い感覚に阻まれてしまった。よく見ると、穹良の頭の上に、蛍光緑色の曲面が形成されてる。健吾の手刀は彼女が展開した竜力防壁に阻まれてしまったのだ。


 「防ぐなこら」


 「女子に手を挙げておいて何を言う」


 健吾を睨みつける穹良の顔の位置が不意に上昇し、目線が健吾と同じ高さになる。健吾が何事かと静かに驚いていると、穹良の背後から悪戯っぽい声が聞こえてきた。


 「ふふん、ねえねの背後もがら空きなんな」


 穹良の脇に手を差し込んだ暮月が、彼女の体を持ち上げていた。いかに小柄で華奢な暮月と言えど、半竜だ。同じ体格の人間の少女とは比べ物にならないような膂力を有している。その気になれば、力まずに穹良を抱きかかえられる。


 「暮月、その手をそのまま引き抜いてみろ」


 え、と小さく漏らしたが、暮月は穹良の言う通りに手を引き抜く。だが穹良の体が床に落ちることは無く、抱え上げた時と同じ高さに滞空している。この時に、暮月は自分が持ち上げたわけではないということに気付いた。自分の動きに合わせて、穹良が竜力の反重力作用で体を浮かせたのだ。驚かせようと思ったら、完全に読まれていたことを知って、不満を頬に込めて膨らませる。


 「残念だったな、と言うつもりだったが、そんなに悲しそうな顔をしないでくれ」


 「……むー」


 ちょっと申し訳ない気持ちになった穹良が、悔しさをにじませる暮月の膨らんだ頬を、謝罪の意を込めてつつく。すると掌を返したように、暮月はコロッと笑顔になった。その笑顔に、健吾と穹良の二人はしばし癒される。


 「さて、じゃあ俺も行ってくるよ」


 暮月の反対の頬をつついてから、健吾は穹良に視線を向ける。スマホの画面をちらりと見やると、かがみは家から百メートルほど商店街方面に進んだ地点にいた。これくらいの距離を空けていれば、見通しの良い道で尾行しても気づかれにくいだろう。


 「ああ、気を付けてな」


 「あれ、にいにもどっか行くん?」


 きょとんとする暮月の問いに答えたのは、穹良だった。


 「私がちょっとした用事を頼んだんだ。暮月は私と遊ぼうか」


 「そうだったんな。にいに、気を付けて行ってくるんよ」


 「おう」


 二人に対して軽く手を挙げ、健吾は靴を履いてさびたドアを押し開ける。背後では二人が二階への階段を上がりながら、「なにして遊ぶん?」「そうだな」という話し声が聞こえてきた。そんな何気ない会話を微笑ましく思いながら、健吾はもう一人の可愛い義妹を守るためにストーキング、否追跡を開始した。






 「あ、かがみちゃーん、おはよー」


 天智駅に着くと、駅前広場で葉山葵が片手を大きく挙げていた。かがみは少し気恥ずかしそうに小さく手を掲げて応える。


 「お待たせ。待った?」


 「ううん、全然。今日は髪、下ろしてるんだね。可愛いじゃん」


 「え、そう、かな」


 予想だにしなかった褒め言葉に、かがみは言葉を詰まらせる。家族以外から可愛いと言われた記憶など、思い出せる範囲ではない。そしてそんな想定外の問答にすんなりと応じられるほど、かがみのコミュニケーション能力は発達していない。


 おどおどとするかがみに慈しみを込めた微笑を向けてから、かがみの手を取る。

 

 「さ、行こ? たまちゃんとあやちゃんが待ってるよ」


 「ちょっと、引っ張んないで……!」


 力強く先導する葵に困惑しながらも、かがみは口元を緩める。本当に、この子は心を乱してくれると思いながら、静かに胸を高鳴らせていた。







 「へえ、葵の家って、こっちの方なんだ」


 新西湖線の進行方向左の街並みを眺めながら、かがみは葵の話に耳を傾ける。


 「そうだよ。駅も天智駅使ってるから、時間が合えば同じ電車で通ってるんだよ」


 「じゃあ、今まで顔合わせてたかも知れないんだ。ごめん、あたしあんまり覚えてないや」


 申し訳なさそうな声を出すと、葵は気にしなくていいよとばかりに笑声を上げる。

 

 「私も電車内だとあんまり周り見てないからね。かがみちゃんを見てれば気付くような気もするけど、やっぱり自分の興味があるものしか目に入ってないんだろうね」


 きっとそうなのだろうと思いながら、かがみは視線を外へと向ける。誰も、自分の興味あるものにしか意識を向けない。そうしなければ、身の回りに溢れる情報に飲み込まれて、身動きが取れなくなってしまう。数多くの情報は思考を複雑化させ、疲労させる。だから、情報を絞る。絞られた情報の外側に身を置くことで、身を守る。葵の発言は、かがみの戦略が成功していたことの証拠だった。


 だが、自分の正体を知らない人間の友達が出来た今、彼女たちにとってかがみは、絞られた情報の内側に入ってしまった。自分に対した容赦ない関心が寄せられた時、正体を隠し続けることができるのか。あるいは、正体を明かしてしまっても構わないと思えるような関係性を築けるのか。


 二つの可能性に思いを馳せて、未来がどちらかと考えているうちに、かがみはふと、可能性を考慮する余裕が生まれていることに気付いた。他人との交流を断つことで可能性を切り捨ててきた自分が、不確実な未来を少し楽しみにしている。


 変わったなあ、とつくづく思いながら、横目で葵を見やる。すると、視線に気付いた葵が視線で「なに?」と返してきた。


 「ありがとね」


 「はて、なんのことやら」


 「そういうことにしとくよ」


 レールのつなぎ目を乗り越える振動が、かがみの体に規則的に伝わってくる。健吾以外と出掛けるなんていつぶりだろうと考えながら、車窓を眺めやる。雲量は見える範囲で五割ほど。しばらくは降りそうにないなと思っていると、車内アナウンスが目的地の駅の名を告げた。






 「やあやあ、お待たせ」


 「お、来た来た」


 竜ヶ台駅で葵とかがみを出迎えた稲村藻玉と木下彩矢が、二人に手を振る。彩矢は竜ヶ台学園中等部二年四組で、葵と同じ吹奏楽部に所属している。つり目気味に軽く癖の掛かったセミロングの髪。身長は四人の中で一番高い。ほのぼの系の葵、藻玉と比較すれば、クール系のかがみと近しい匂いのする少女だ。


 「さて、揃ったことだし、行こっか」


 「どこに行くの?」


 歩き出そうとする彩矢に、かがみが尋ねる。今日かがみは買い物に行くからとしか聞かされておらず、行先までは知らされていない。自分の殻を破ってみようと誘いに乗ったものの、付き合いの浅い友人たちとどこへ行くのか、今更感はあるものの聞いておきたかった。


 「ジャストだよ」


 ジャストとは日本国内に事業を展開する大型ショッピングセンターである。数階建ての建物には多種多様なジャンルの店舗が入り、主に若年層に人気のショッピングセンターだ。女子中学生が遊びに行く場所としても申し分ない場所ではあるものの、かがみは行ったことがなかった。


 健吾と行ったことのない施設に、友達だけで行く。それだけで、小さな冒険をしている気分になる。


 かがみは三人に先導してもらう形で、要塞とも巨大迷路とも思えるジャストに挑んでいった。


 


 


 



 

 


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