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一章7 忘れ物を取りに


 「……遅い」


 待ち合わせ場所にしていた校門へ走ってやってきた健吾を見とがめて、かがみは半眼を作る。


 「ごめん、ちょっと人と話し込んでて……」


 上がった息を整えながら、健吾は素直に謝罪を述べる。校門までの大したことのない距離を軽く走っただけなのに、思いのほか疲れている自分が情けない。もっとも、中学時代帰宅部だったので定期的に運動する機会は授業の体育くらいしかなく、基礎体力作りはしていないのだが。


 「へえ、もう話し込むような人が出来たんだ」


 軽く驚いたのか、変化に乏しいかがみの表情が、少し目を見開くように動く。


 「ま、まあな。ほら、行こう」


 しんどい体に鞭打って、健吾はかがみと校門から出る。かがみとの接触を避けるために、真から半ば逃げるように出てきた以上、さっさとここから立ち去りたかった。

 




 校門を後にし、上竜宮駅に向かって歩く中で、健吾は今日の様子をかがみに尋ねた。


 「どうだった、学校は。やってけそうか?」


 するとかがみは、何を言っているんだとでも言いたげな、呆れ顔を健吾に向ける。


 「初日にそんなの分かる訳ないでしょうよ。まあ、あんたの言うとおり、教室に紛れ込むことは出来たけど」


 「そうか、ならよかった」


 それはそうと、と、健吾の半歩前を歩いていたかがみが立ち止まり、健吾へ振り返る。


 「待ち合わせに遅れて妹を待たせた罰を、何かしら受けて貰う必要があると思うんだけど」


 健吾を見上げるかがみの目の奥が、悪戯っぽく笑っている。健吾は小さく溜息をつくと、罰の内容を聞いた。


 「何をしろと?」


 するとかがみは黙って健吾の手を取り、その掌に自分の鞄の取っ手を置くと、ご丁寧に健吾の指を一本ずつ動かして、これをしっかりと握らせる。

 

 健吾は握らされたかがみの鞄を眺めてから、その持ち主に顔を向ける。するとこちらを見上げていたかがみと目が合った。


 「あたし、いま両手を大きく振って歩きたい気分なの」


 そう言ってかがみは、悪戯っぽく笑って見せる。目の奥だけでない、表情筋がちゃんと仕事をした微笑だ。そしてこの笑顔は、ここ最近目にしていなかったかがみの明るい表情でもある。


 「お前さあ、鞄くらい自分で持てよな」


 「たまにはいいでしょ。暮月もいないんだし」


 手を振って歩きたいと言っていたのに、両手を体の後ろで組んでリズムを刻むように変則的な歩き方をするかがみ。舌の根の乾かぬ内とは、まさにこのことである。


 鞄を持てと言うかがみに呆れたような口調の健吾であったが、内心、かがみが素直にわがままを言ってきたことがうれしかった。普段口数が少ないかがみは、自分の要望を自発的に口にすることが滅多にないのだ。 


 鼻歌交じりに歩くかがみの後姿を眺めながら、健吾はかがみのこうした明るい姿が増えることを願う。


 駅までの慣れない道のりは、もう少し続いた。





 「ただいまー」


 「お帰りー」


 列車の時刻を確認しないで駅に行ったら、ちょうどホームから列車が出ていくところだった。昼時で利用者が少ないからか、次の列車まで三十分近く駅で待たされる羽目になり、家に帰ってくるのは午後二時を回るころになってしまった。玄関を開けて帰宅を告げる挨拶をすると、家の奥からそれに応答する声が聞こえてくる。

  

 普段は幸子がいないので、家に帰ると母親がいるというのはとても新鮮なものに思える。


 「学校はどうだったー?」


 「お腹すいた」と台所に駆け込んだかがみに、幸子が問う声が聞こえる。


 ――――どうだった、か。


 自分だったらどう答えるだろうか、と考えながら健吾は階段を上がる。


 自分の正体がばれたことは言わないとして、それ以外に何か特別な事があった訳ではない。何とも抽象的でつまらない答え方だが、普通と答えるしかないように思える。


 そんなことを自答してから自室に入り、机の上に鞄を置いて開ける。そして今日宿題として出された自己紹介シートを取り出そうと中を漁り、それが無いことに気が付いた。


 「……学校に忘れたのか? 大した内容じゃないし、明日の朝にやってもいいけど」


 数秒考えて、健吾はもう一度学校へ行く面倒くささよりも、明日の朝に自己紹介シートを書いているところを真に見られることの嫌さを優先することに決めた。

 スマホと定期券の入った財布をポケットに突っ込むと、部屋を出て階段を駆け下りる。


 「ちょっと出てくるよ」


 台所に顔を出し、幸子に出かけてくることを告げる。


 「どこにー?」


 「学校。ちょっと忘れ物したから、取ってくる」


 幸子の問いに答えながら、視界の端からこちらに向かって緩やかな放物線を描いて飛んでくるものをキャッチする。


 ラップに包まれたおにぎりだ。


 「お母さんが握っててくれたよ。それ、お昼ね」


 おにぎりを投げて寄越したかがみが、口をもぐもぐさせながら、かろうじて聞き取れる日本語を放つ。


 「お前、食うか喋るかどっちかにしろよ」


 するとかがみは口の中身をごくんと胃に流し、喋るのかと思いきや、手にしたおにぎりに齧り付いた。


 ――――いや、食うんかい。


 ベタなツッコミを心の中でしながら、健吾はがっくりと肩を落とす。


 「そう、じゃあ、気をつけてねー」


 ひらひらと手を振る幸子におにぎりの礼を言い、健吾は家を出た。 





 「あった」

 

 健吾の探し物はちゃんと机の中にあった。真から逃げるように教室を後にしたせいで、見落としてしまっていたのだろう。

 必要最低限の装備で来たので、健吾はプリントを四つ折りにしてブレザーのポケットに突っ込む。


 忘れ物を無事回収して校舎の外に出ると、あまり聞きなれない、飛行機の飛行音低くしたような轟音を耳にして、健吾はふと空を見上げた。

 音の正体は、飛行機とは似ても似つかないフォルムをした航空機だ。否、その巨体は航空艦と呼ぶにふさわしい。


 〈アーケロン〉型空中輸送艦。陸上自衛隊ほか、各国で広く使用されている空中輸送艦である。艦橋のある艦首と艦体の左右に設けられた大型格納庫、そしてそこから張り出した二対四枚の安定翼が作るシルエットから、通称「空亀」と呼ばれている。


 一昔前まで、空輸の手段と言えば輸送用飛行機やヘリコプターと言った航空機が当たり前だった。しかし人間が竜力の持つ作用を擬似竜力として利用できるようになり、生成炉で安定的に生成可能になったことから、擬似竜力生成炉を搭載した空中艦や航空機が空中輸送の主力となりつつある。今健吾の上空を低空飛行している「空亀」も擬似竜力の恩恵で、揚力が無くとも推力さえあれば飛べてしまうのだ。


 「あのルートだと、新琵琶駐屯地か。ってことはきっと」


 昨日佐藤と交わした会話の内容を思い出して、健吾は独り言ちる。あの輸送艦が新琵琶駐屯地に向かってるのなら、健吾の目的の物はあの格納庫の中に入っているはずだ。


 「駐屯地寄ってから帰ろうかな」


 そう決めると健吾は高校を後にし、駅に向かって歩き始めた。


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