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三章16 雨に紛れて


 穹良がかがみと別々に登下校するようになって既に二週間が経過しようとしていた。六月も中旬に差し掛かり、竜ヶ台学園では前期の中間テストが実施されていた。


 金曜日。四日間設定されたテスト日程の二日目を終えた健吾は、かがみと一緒に帰宅した後、陸上自衛隊新琵琶駐屯地の地下五層に来ていた。テストは午前中で終わり、昼過ぎには帰宅していたので、今はまだ午後三時である。


 この日も健吾は、零式格納区画の隣の小部屋で、試験区画に移動された零式<トラク>を遠隔操作する訓練をしていた。


 「はい次、回れ右して十歩歩く」


 ヘッドセットから聞こえてくる佐藤一佐の声に従って、健吾は脳内で<トラク>を強く思い描き、脚周りの動きをイメージする。すると脳内に流れ込んできていた<トラク>からの視界映像が右にスライドし、背後を振り向いた。途中、キャットウォークの手すりに体重を預けながらヘッドセットのマイクで指示を飛ばしている佐藤の姿も目に入る。


 「その場で停止、右膝をついて一度屈んでから、左に回転しつつ立ち上がる」


 全高十五メートルの機械の巨人の重心を移動させ、健吾は<トラク>を屈ませる。勢いの調節がわずかに狂い、床に勢いよく膝をぶつけた<トラク>は、試験区画内に大音量を響かせた。

 

 「こら、もっと丁寧にしゃがめ」


 「すみません」


 <トラク>の首を左に回すと、耳を抑えてしかめっ面をした佐藤の顔が映し出される。キャットウォークを行き来していた他の作業員たちも驚いて手を止め、一様にこちら(トラク)を見ている。が、すぐに仕事に戻っていった。


 「とはいえ、だいぶ動きがスムーズになったな。今のは勢い余った感じだが、動き自体は滑らかだぞ。穹良ちゃんからまたアドバイス貰ったのか?」


 「あ、はい。またもらって、それを意識してます」


 機体を起こしながら、健吾は懸命に脳を回転させる。<トラク>の制御に精一杯で回答を考える余裕はほとんどないが、それでも話を聞き、答えようとすることは出来るようになってきていた。


 「次、十歩歩く。ただし、一歩ごとに停止しながら。で、どんなアドバイスを受けたんだ?」


 一歩踏み出した<トラク>が膝と足首を伸縮させて停止し、次の一歩を踏み出すために機体を傾ける。機体を動かす駆動音と金属同士がぶつかり合う音が響く中、佐藤のヘッドセットに健吾の声が流れてきた。


 「トラクの存在を意識し続けろ、って。自分という存在を忘れるなって。そうしたら、なんだかうまく動かせるうようになりました」


 意識が<トラク>の制御に割かれているせいで途切れ途切れの返答だったが、内容自体はまともなものだ。それだけ、自分を動かすことに慣れてきたのだろう。指示に対して返事も出来なかったころと、比べれば、大きな進歩だ。


 「そりゃ、真理かもな。そいつはお前の一部だが、存在としては別だ。お前がこいつを上手く動かせないのは、糸が切れた操り人形を動かそうとしてたからだ。その意図ってのは、お前とこいつを繋ぎとめる意識や記憶、だそうだ。それを強くしてやれば、つながりはする。あとは、上手く動かせるようにするだけだ」


 「もしかして司令、俺がどうすればうまくトラクを動かせるようになるのか、知ってたんですか」


 健吾の声に「知ってたらなぜ早く教えてくれなかったのか」というニュアンスが含まれているのを感じ取って、佐藤はすぐさま否定の意を示した。


 「いや、この前穹良ちゃんから聞いたんだよ。まあ、通説は知ってはいたが、俺は守護者は持ってないからな。通説がお前に当てはまるとは限らないし、穹良ちゃんからアドバイスも受けてたって聞いてたから、そっちの方が信用に足ると思ったんだ」


 「……司令、本当に俺に早くトラクを扱えるようになって欲しいって思ってます?」


 さっさと扱えるようになって欲しいなら、通説だろうと何だろうと教えようと思わないのだろうかと、健吾は疑念を抱く。そしてその疑念をぶつけようと、健吾は<トラク>の顔を佐藤に近づける。


 「お、やっぱ綺麗に動くじゃないか」


 「真面目に聞いてんですよ」


 巨大な頭部の、バイザーの奥でツインアイが佐藤の目を捉えた。


 「当然だ。お前がこいつを自由に動かせるようになれば、お前は妹たちを脅威から守ってやれる力を得るだけじゃなく、我々にも強力な抑止力をもたらす。だがお前はこいつが生まれてこのかた、まともに動かしたことは一度もないだろ。それを急に動かせと言うのは無理があるのも承知だし、ならば与える情報量も限った方がお前が混乱せずに済むだろう。それとも、どの方法が有効かもわからない状態で、全ての選択肢を得て欲しかったか?」


 「それは……」


 「それに、穹良ちゃんからもらったアドバイスで、ある程度は動かせるようになっていた。だったら問題ないだろう?」


 「……はい」


 <トラク>がゆっくりとキャットウォークから離れる。健吾が理解してくれたことを確信すると、佐藤は気を取り直してマイクに指を添えた。


 「さあ、続きだ。今度は軽く走ってみるぞ」


 健吾の訓練は、午後五時まで続いた。






 土曜日。朝から降り出した雨は昼過ぎから雨脚を強め、竜宮市は視界が悪く感じる程度の降雨に見舞われていた。人々は皆傘を差し、その中で何とか雨に濡れまいと縮こまっている。当然、視界が傘で遮られる上を見上げようとする者などいない。


 そんな雨の中、ビルの上に佇む一人の、褐色の男がいた。雨に打たれながら天を仰ぐ男の元へ、蝙蝠のような翼を生やした二人の男が降り立つ。


 「サントソ、例の女の家族が判明しました」


 「ご苦労、ルディ、ディオ」 


 サントソと呼ばれた褐色の男は、ルディと呼ばれる男から差し出された携帯端末を手に取り、表示された数枚の写真をスクロールする。そこには、青い髪を束ねた少女が遠目に写されていた。どれもピンボケしているがかなり特徴的な人物だ。

 

 「こいつは?」


 「あの天使の持ち主の、妹です。恐らく、天使は持っていないかと」


 「奴の周囲に、私服の自衛官が数人、交代で張り付いているようです。間違いないかと」


 ディオと呼ばれた男が差し出した端末も受け取って、表示された写真をスクロールする。


 「なるほど、自衛隊がマークするということは、そういうことか」


 「ほかにもこの男も保護対象のようです。それと、天智という街に、家があるようですね」


 ルディが示した写真には、どこにでもいそうな男子高校生の姿が収められている。その全ての写りが悪いのは、彼らが行動できるのが日没後か雨天時しかないからだ。


 「男の方は放っておけ。男なんか食っても満足しないからな。それにそいつが天使を持ってるとも限らない。女の方なら、確実に釣れるはずだ」


 「ボスは、なんと?」


 「同胞救出のための増援は送ってくれるそうだ。今夜到着する。だがさっき、バンバンが死んだ。奴らめ、最後まで警察に身柄を引き渡さないで囲いやがった」


 「そんな」


 サントソから聞かされた衝撃的な話に、二人は絶句する。これで、捕まっていたワークドールのパイロット五人全員が、同胞を守るために自殺した。三人とも半竜とはいえ、半竜部隊である新琵琶駐屯地に装備もなしに突撃すればどうなるか、火を見るよりも明らかだ。だからこそ、策を講じ、増援を呼んで、機を待っていた。


 だが、自衛隊は半竜の犯罪者を扱えない警察に身柄を渡さず、捜査関係者を駐屯地敷地内に呼んで捜査していた。人間には禁止されている、苦痛を伴う聞き取り調査も行われただろう。慣れない土地で二カ月苦痛に晒された同胞は、自ら命を絶った。


 その責任は、天使を駆る赤髪の少女へと向かられた。


 「奴らの無念、必ず晴らしましょう」


 ルディの震える声に、サントソが奥歯を噛みしめながら応じる。


 「ああ、あの女を食い、あの天使を我が物にする。そのために、もう一匹くらい食っておかないとな」


 サントソの背中にも翼が現れ、大きく広がる。もちろん、ビルの上にいる三人の半竜に気付く者などいない。


 三人はビルから飛び立ち、高度を上げてから、西の山中へと飛び去って行った。

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