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三章15 「友達出来たよ」報告


 昼過ぎから降り出した雨は、午後六時過ぎには止んでいた。西に沈みゆく夕日が放つオレンジ色は、大気中の水蒸気量が多いせいで、赤みを帯びて見える。灰色の筋雲とそれを染め上げる赤い夕陽が、竜宮市を包み込む。


 そんな暮れなずむ街を、下校した健吾とかがみが上竜宮駅に向かって歩いていた。間もなく中間テストということもあり、図書室で勉強したいと言い出したかがみに付き合って一緒に勉強していて、学校を出たのは六時半頃であった。


 「今日も穹良一緒じゃないんだ」


 「ん? ああ、なんか用があるって言ってたな」


 「そう」


 荷物を健吾に持たせて半歩先を歩くかがみが、どこかつまらなそうにつぶやく。


 穹良は二日前から、かがみと別に登下校している。四月に穹良を襲った連中の所在が判明、もしくは身柄を確保するまで、かがみの身の安全を守るための措置だ。妹を守るためとはいえ、せっかく近づきつつあった距離を再び隔てることになり、穹良も不満そうにしていた。


 そんな二人を見ていると、互いを思う姉妹なんだな、と思う。二人とも表情筋が貧相で感情表現が分かりにくいが、本心が言動の端端に見え隠れしている。


 ふと遠くから、独特の甲高い飛行音が聞こえてきて、健吾は背後を振り返る。見れば、陸上自衛隊の航空兵器<メガネウラ>が三機、琵琶湖と反対方向、京都府との県境がある山間部方向へ飛んでゆくところだ。トンボを機械にしたような機体が二対の翼を傾けると、太陽光が反射して白くきらめく。翼から漏れ出す蛍光緑色の擬似竜力が、幻想的に輝いた。


 訓練飛行だろうと思ったが、三機の挙動は規則性に欠けているようにも見える。


 遠目なのでよくは分からないが、低速で低空を引こうする姿は、まるで何かを探しているようにも見えた。


 「あっちの山、なんか、竜人の死体がいくつも見つかってるんだって」


 「竜人の死体?」


 立ち止まって<メガネウラ>の行く先を眺めていた健吾の隣で、かがみが山の方を指す。


 「うん。首がない死体らしい。怖いよね」


 首がない死体とはまた物騒だ。竜人は主に人型をしているので、ぱっと見は人間の死体に見えてしまうだろう。第一発見者にはトラウマになるだろうと思いながら、自身も死体を想像して顔をしかめる。それから、四月に見た人間の死体の方がきつかったと思い直す。そしてすぐに、比べるようなものじゃないと首を振った。


 それにしても。


 「なんでお前がそんな事知ってんの?」


 再び歩きながら、健吾はかがみに顔を向ける。


 街に現れて人を襲ったりした場合は除いて、人権すらない竜人がニュースになることは少ない。ニュースになったとしても、地方局で少し触れられる程度だ。彼らは人間に似た姿をしているが、扱いとしてはクマやサルと変わらないのだ。


 だが、首無し死体がいくつも見つかったということは、竜人以上の力を持つ何かが山の中にいるということになる。もしかがみの話が真実なら、入山者に対する注意喚起の意味を込めて報道されるかも知れない。だが、少なくとも健吾はまだその手の情報を耳にしていない。


 そんな情報をなぜかがみが知っているのか。その答えは、単純明快だった。


 「友達から聞いたの」


 得意そうな顔をしたかがみが、斜め下から見上げてくる。その仕草に、健吾は微かな苛立ちを覚えた。かがみのドヤ顔は、なぜか腹が立つ。


 「友達ってお前、いつの間に」


 言ってから、日曜日に買い物に行った時のことを思い出した。カフェで、友達を作った方が良いと今でも思うか、と聞いてきたのは、友達が出来そうな状況下で、後押しが欲しかったからだと推察する。だとすれば、ここ一週間程度のかがみの落ち着きの無さに合点が行く。


 「いた方がいいって言ってたでしょ。だから作ってみたの」


 ニヤッと笑って見せるかがみの頭に、健吾は手を伸ばす。そして驚く彼女をよそに、掌でしっかりと捉えて頭を撫でる。ポニーテールにまとめるために整えられていた髪が少し乱れたが、そんな事は気にしない。


 「ちょ、誰かに見られたらどうするの」


 嫌がる素振りを見せるが、真剣みに欠ける。健吾の手を払い除けようともしない。


 「見られてなかったら、いいのか?」


 「……いい」


 いいんかい、と思ったが、この答えは想定済みだ。自分の苦労をやっと打ち明かしたかがみが、その労いを拒むはずがない。


 「……あたし、頑張ったよ」


 かがみの声は微かに震えているような気がした。


 半竜であることが原因でいじめられた過去を持つかがみが、もう一度他人を信じて友達を作ることは、容易ではなかったはずだ。誰かと接する機会は待っていればやってくるものかも知れないが、その先でどう動くかは、かがみ次第である。かがみが動かなければ、交友関係には発達しない。


 一体どんなきっかけがあったのか健吾には分からないし、かがみも自発的に打ち明けようとはしないだろう。そして、どんな過程を経たのかも、聞かなければ言わないだろう。かがみはそういうやつだ。健吾に心配かけまいと一人で頑張る。

 

 だから健吾も、かがみが言ってこない限り、できるだけこちらから尋ねない。それが、かがみに対する健吾なりの敬意の表し方だからだ。


 だが、かがみが駆け込んで来れる場所は用意しておく。それが健吾の大切な役目だ。そして労いの言葉を投げ掛けてあげることが、かがみに安心できる場所を示す合言葉のようなものだ。


 「頑張ったな。えらいえらい」


 くしゃくしゃと撫でると、かがみは恥ずかしそうに笑いながら、少し怒ったような声を出した。


 「ちょっと、子供扱いはやめてよね」

 

 「仕方ないだろ、子供なんだから」


 健吾が笑いかけると、かがみもニヒっと笑って見せる。


 それにしても、と健吾はかがみの頭から手を離しながら思案する。前の学校では二年間全く友達を作らなかったことを考えると、随分と早く作ったものだ。まだ転校して二ヶ月である。


 そう考えると、転校はかがみにとっても良い方向に転んでくれたようだ。かがみの都合で引越しをした訳ではないので彼女には負担を強いることとなってしまっていたが、彼女にもプラスになる事柄があるなら、健吾もかがみに対する申し訳なさが和らぐというものだ。


 「ねえ、今夜はあたしが食べたいもの作ってくれない?」

 

 「お、いいよ。何食いたい?」


 「ニラレバ炒め。ニラたっぷりなやつ」

 

 「任せな。んじゃ商店街で買い物してから帰るか」


 「うん」


 二人の長い影が、上竜宮駅までの道のりに伸びる。その後二人は天智商店街で食材の買い出しをしてから帰宅した。


 この日、山盛りのニラレバ炒めを前にしたかがみが上機嫌だったことは、言うまでもない。






 湿った夜風が、穹良の長い髪を揺らす。コーポ長屋の裏手にある山の上の展望台で、穹良は夜の空気を吸いながら、二対四枚の羽を伸ばして体内の竜力を循環させていた。梅雨前線が運んでくる竜力が心地よくて、肺いっぱいに涼しい空気を吸い込む。


 「鈴音」


 よく知っている竜力を背後に感じて、穹良が振り返って背後の空間に呼び掛ける。すると穹良の視線の先の空間がぐにゃりと歪み、その歪みが戻った時には、十二単を身に付けた長身の女性が立っていた。軽いカーブを描く長い二本の角が闇夜に煌めき、右の角に赤い紐で結びつけられた二つの鈴が、軽やかな音を立てる。


 「珍しいじゃないか。穹良から呼ぶなんて」


 歩く、というよりも浮いて滑るように前進してきた鈴音が、穹良の横に並ぶ。鈴音の体からこぼれ出る竜力が、光跡を描いた。


 「大した用事じゃない。ちょっとした報告と、相談事をしたくて」


 その礼だ、とばかりに、穹良は自販機で買っておいた缶コーヒーを手渡す。人間とのハーフである穹良と違い、自身の竜力の一部を再構成して顕現している鈴音が飲み物を飲めるのかは分からなかったが、急用でもないのに呼び出したお詫びの意味も込めて渡してみると、鈴音は暫し興味深そうに缶を眺めたのち、袖に仕舞った。


 「聞こうじゃないか」


 ベンチに腰掛けた鈴音が、隣に座るように座面を叩いて示す。穹良はその仕草に従って隣に腰を下ろすと、静かに語り出した。


 「へえ、妹さんにも友達が出来たのかい。そりゃ良かったねえ」


 腕組みをしながら、穹良から語られた話に目を細める。健吾の家で一緒に夕食を摂った穹良は、食事中にかがみから友人が出来た話を聞いた。嬉しそうに話すかがみを見ていたら自分のことのように嬉しくなり、その嬉しさを思わず鈴音にも伝えたくなってしまった。そして今は、その嬉しさを受け止めてくれることが嬉しくて、いつもより饒舌になる。


 そんな穹良を見つめる鈴音の目は、母親がわが子に向けるそれを同じだ。


 「にしても、表情が動くようになってきたね。いい変化だと思うよ」


 「そうか?」


 穹良は自分の頬に手を当ててみるが、自分では表情の変化はよく分からない。ただ、最近は色々な感情を覚えるようになってきたことを回顧する。それはきっと、璃那や雪灘といった友人ができ、健吾との時間を重ね、かがみとの関係性の修復に成功したからだろう。まだまだ不安要素はたくさんあるが、ここ十年程度の間に忘れてしまっていた様々な感情が、自分の中で少しずつ思い出され、凍り付いていた心が溶けていっている気がする。


 「もっと素直になりな。穹良の周りの人たちは、信用していいと思うよ」


 穹良の頭に手を乗せてゆっくりと髪を撫でながら、穏やかな口調で言い聞かせるように呟く。


 「それにはもう少し時間が必要だと思う。急には、無理だ」


 「ゆっくりでいいのさ。時間はたくさんあるんだから」


 こくんと頷く穹良に笑い掛けて、そっと手を頭から話す。空を見上げると、ゆっくりと流れゆく雲の隙間から、いくつか星が見えた。


 「で、相談事ってのは?」


 ああ、それは、と前置きしてから、穹良は神妙な声を出した。


 「健吾がまだ守護者を上手く扱えないそうなんだ。アドバイスをしてみたら多少は上手くいったようだが、それでも扱いきれていないらしい。訓練を始めてもうすぐ一カ月経つが、さすがに焦っているようで」


 「で、頑張っている姿を知っている身としては応援したくなって、もっといいアドバイスが出来ないか相談したい、と」


 「まあ、そんなところだ」


 「意外と優しいよね。それとも、罪滅ぼし?」


 悪戯っぽい意地悪な笑みを浮かべると、穹良が形の良い眉を軽くひそめる。ややぶっきらぼうな口調で「どっちでもいいだろ」と呟く穹良に、鈴音は彼女の肩を軽く叩きながら謝罪した。


 「ごめんごめん。んで、アドバイスってそんなことを言ったの?」


 「守護者って自分の体の一部だろ。だから、自分の今の体を自由に扱えるようにしてみろって」


 それを聞いた鈴音は顎に手を当てて、考え込むような仕草をする。しばらく考えてから穹良に顔を向けると、静かに口を開いた。


 「そのアドバイスはちょっと物足りないね」


 言われた穹良の瞳が少し小さくなる。表情には変化がないが、驚いているようだ。


 「正確には、いつ如何なる時も、守護者のことを意識し続けるようにする必要がある。健吾はきっと自分を人間だと思っていた期間が長かったせいで、守護者に対する認識が薄いんだ。まずはあれを、自分だと心から認める必要がある。そうすれば、おのずと自分のものに出来るさ。だってもともと、あれも健吾なんだから」


 「そうか。アドバイスが間違えていれば、上手くいかないのは道理か。悪いことをしたな」


 納得したように頷く穹良の隣で、鈴音がおもむろに立ち上がる。視線を天智の街並みに向けながら、「謝るなら本人に言ってやりな」と返した。


 「鈴音」


 「ん?」

 

 振り返ると、同じくベンチから立ち上がった穹良が軽く表情を崩していた。


 「話を聞いてくれてありがとう。すっきりした」


 「そうかい。なら良かったよ」


 鈴音も口元を緩めて、目を細める。


 雲が流れ、半月が顔を覗かせて二人を照らす。


 半竜と古竜が見守る中で、天智町は眠りに就いていった。

 


 


 



 

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