三章14 かがみと葵とその友人と
かがみと葵が交友関係を築いた次の日、水曜日の昼休み。
竜ヶ台学園中等部三年一組教室で、かがみは緊張から頬を引きつらせていた。彼女の前には葵と、もう一人、見知らぬ女子生徒が立っている。
「……誰?」
「昨日、休んでるって言った子だよ」
小声で葵に助けを求めると葵は、やっぱりそういう反応だよね、というような顔をしてみせる。どうやら彼女に試されているらしいということを察しって、かがみは不機嫌そうな顔をした。
そんな彼女に構わず、傍らの女子生徒は朗らかな笑みを浮かべたままだ。いや、もしかしたら笑っている訳ではなく、真顔なのかも知れない。あまりに細いせいで笑っているように見えるその目は、緩やかな弧を描いており、穏やかで柔和な雰囲気を醸し出している。口元が軽く猫口なのも、一役買っているようだ。
「あれ、やっぱり初めましてって感じ?」
糸目の女子生徒は眉の両端を軽く下げて、困惑したような顔を葵に向ける。葵は小さく肩をすくめてみせてから、かがみに目を向けた。
「たまには、学食に行ってみない?」
かがみは葵と糸目の女子生徒の顔を交互に眺めてから、おもむろに鞄から弁当の包みを取り出し、ゆっくりと立ち上がる。
誰とも知らない女子生徒と一緒にお昼の貴重な時間を過ごさなければならない道理はなかったが、今のかがみはこれまでとは違う。
きっかけはともあれ、葵と接したことで、誰かと交流を持つきっかけを大事にしてみようと思うようになっている。この心持が続いているうちに、この女子生徒とも話をしてみよう。そう思ったから立ち上がり、肯定の意思を示す。
こうして三人は、学食に向かった。
私立の中高一貫校である竜ヶ台学園には、共通棟の一階に共用の学食が設けられている。特別広いわけではないが、利用する生徒数が多くはないために混雑していない学食は、教室よりも開放感がある。席によっては、教室内での隣の人との距離よりも感覚が空いており、会話内容を誰かに聞かれる心配も少ない。
そういう配慮があるのかないのか分からないが、かがみの正面に座った糸目は、学食で頼んだカツカレーを前に、満足そうに手を合わせた。
「いただきます」
困惑するかがみを前に、丁寧に頭まで下げて昼食にありつこうとする糸目を、かがみの右隣に座った葵が慌てて制止する。
「ちょいちょいちょい玉ちゃん、その前に」
一瞬きょとんとしてから、玉ちゃんと呼ばれた女子生徒は制止された理由を理解してかがみに向き直る。
「ごめんごめん。なんか、かがみちゃんがそこにいるのが、自然な感じがしちゃって。えっと、一応はじめまして。同じクラスの、稲村藻玉です。葵ちゃんとは去年同じクラスになって、お友達になりました。よろしくね」
「あ、安曇野かがみです。よろしく」
視線で会釈をしながら、かがみも最低限の自己紹介を返す。おっとりしているようだが掴みどころがなさそうな藻玉の姿勢に、かがみはどう対応したものかと悩む。すると助け舟を出すように、隣の葵が口を開いた。
「ごめんね、玉ちゃんと会わせたらどんな反応するのか、見てみたくなっちゃって。迷惑だった?」
「……いや」
短く応えつつ、かがみはやはり迷っていた。交流の幅を広げてみようと考えてみたものの、いざこうして葵以外の人を前にすると、緊張する。それに、藻玉が自身の秘密を知った時、どういう反応や対応を取るか、不安だ。
葵とは秘密を共有したうえで、知り合いとなった。その過程は平坦ではなかったが、だからこそ彼女のことは信用しても良いと思えている。だが、藻玉との間には、そう言った、互いを信用するための過程が存在しない。
そんな相手と親しい間柄になっていけるのかと不安に思っていると、藻玉の眉が心配そうに下がった。
「あれだからね。もし私と一緒にいるのが嫌だったら、無理しなくて大丈夫だから」
「え、いや……」
そんな事言われたら、余計嫌だと言いづらいじゃんと思うと同時に、そんな事を口に出して伝えられる藻玉の勇気に少し感心する。自分と無理に一緒にいなくていいと言える人は、決して多くは無いだろう。
藻玉の発言の意図が、本当にかがみを思ってのことなのか、彼女自身を守るための保険なのか分からないが、今のかがみは昨日までとは一味違う。だから、信じてみようと思った。彼女を信じることは、彼女をかがみに引き合わせた葵を信じることでもある。葵の紹介なら、という部分も大きかった。
「……ほら、食べたら。あたしと喋ってると冷めちゃうよ」
それを聞いて、藻玉は顔を綻ばせた。とりあえず今は一緒に食べようという、かがみの発言の意図は、上手く伝わってくれたようだ。これから余計な気苦労が増えそうだと思いながら、藻玉を差し向けた張本人に視線を移すと、葵も嬉しそうに微笑んでいる。
上手いことはめられたものだ。葵にはいいように扱われっぱなしだと思いながら、彼女の視線から逃れるように藻玉を見れば、かがみと似たような体型の小さな体に、ボリューム満点のカツカレーがするすると入って行く。しかも、この上なく幸せそうな顔をしていた。
今目の前から立ち去っても気づかれないのではと思うほどの食べっぷりに、かがみは半眼を作る。
「さ、かがみちゃんも食べよ?」
葵の言葉に応じて、かがみも弁当の包みを開く。開きながら、かがみは自分の置かれた境遇を思って、口元を軽く歪めた。
よく微笑む葵に、常に笑っているような藻玉。そして基本的に不満そうな顔のかがみ。何ともアンバランスな三人だと思いながら、これはこれで、という気もする。
「……悪くない」
「え、なにが?」
小声で呟いたつもりだったが、葵の耳には入ってしまったようだ。
「弁当の中身のはなし」
今度は軽く口元を緩める。葵は何かを悟ったように、「そう、よかった」と返すだけだった。
ふと、周囲の湿度が上がったことを感じる。降り出した雨が、上空から竜力を運んでくる。かがみは体内の竜力が循環するのを感じながら、級友と一緒にお昼を摂るのもいいな、と思った。
同日、午後一時。地元の僚友会から、警察経由で通報を受けた陸上自衛隊新琵琶駐屯地の佐藤一佐は、夏冬二佐含め数人の部下を引き連れて、新蓬莱地区から西に進んだところにある山中に来ていた。
本来ならば駐屯地司令である佐藤がわざわざ出向くような通報内容ではないものの、自分の目で確かめようと、雨が降る林の中を、猟友会の人に案内してもらいながら進む。
しばらく進むと、湿度の高い林の中に、微かに血の匂いが混じっていることに気付いた。他の隊員たちも気付いたようで、隊列がわずかに乱れる。そのざわめきに、先導していた猟友会の猟師が振り向いた。
「間もなくです」
その言葉に、隊員たちが表情を硬くする。ここにいる隊員の半分は純潔の人間で、中には三十年前の厄災を体験していない者もいる。それでも、四月頭の襲撃事件の後処理作業では、嫌でも死体と対面させられた。その記憶を思い起こして、一人の若い隊員が青ざめた顔をする。
「ついてこられるか」
佐藤に声を掛けられて、若い隊員は上がった息を整えながら、「はい」と懸命に返す。佐藤は黙って頷くと、歩みを緩めることなく猟師に続いた。そして。
「これです」
猟師に指刺されたものを見て、佐藤は眉をひそめた。
林の中のくぼんだ地形の中に、首のない動物の死体が二つ、転がっていた。ただの動物ではない。限りなく人に近い形状をした、竜の死体だ。推定される体長は一五〇センチ程度。上腕や腹部、大腿部は人間のものに近しい色の肌で覆われているが、前腕や下腿、背中には濃くくすんだ緑色の鱗が並んでいる。片方の個体には蝙蝠のそれを思わせる羽が生えていた。
「これで、何件目だ」
「四件目です」
佐藤の問いに、駐屯地副司令の夏冬二佐が応える。
「竜人の首なし死体が、これで九体目。野生の竜が、首だけを食って終わり、なんてことはないと思いますが」
「だろうな」
死体の全身には傷が見られ、雨に滲んだ血が体表を濡らしている。だが傷一つ一つは大きくなく、爪によるひっかき傷のようなものや、牙による噛み跡のようなものも見られない。それすなわち、人間サイズの竜を捕食する竜によって殺されたわけではないということを示していた。
「ということは、例の連中が?」
別の隊員が、佐藤と夏冬に目を向ける。
「あり得るな。連中が山中に潜伏しているとなれば、防犯カメラに映らん理由も頷ける」
佐藤は二体の死体に手を合わせる。半竜と竜人、種族は違えど、竜の血を引く者同士として、哀悼の意を示す。佐藤の合掌に続いて、他の隊員も手を合わせた。
「戻ろう。対策を練る必要がある」
健吾や穹良がこうなるとは思えないし、殺してしまっては連中の欲しいものは手に入らない。だが、竜人を捕食したことで力を付けた連中が彼らに危害を加える可能性は十分にある。
佐藤たちは、猟師を通じて猟友会にしばらく入山しないようにと伝え、駐屯地に戻った。




