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三章番外編 休日のアンタークたち


 健吾とかがみが買い物に出かけた日曜日。


 AT-00(C)<ヴィヴィアン>は、前の日に続き、佐藤司令からの命令を受けて、街中に出かけていた。昨日と同じく、新琵琶駐屯地が所在する新蓬莱地区で佐藤からのお使いをこなしながら、街ゆく人々の顔を撮影し、零式・駐屯地襲撃事件の犯人の行方を探る。


 だが今日は、新蓬莱地区を巡回してから、電車で天智町まで行くことにしていた。


 午前中は新蓬莱の住宅街や中心地を巡り歩き、十時頃に駅前通りの中華料理店に足を運ぶ。四川軒という名の古びた中華料理店は、平日のサラリーマンを主な客層としているため、土日は閉店している。そんな、何の変哲もない中華料理店の中から、感度を上げなければ計測できないような、微弱な擬似竜力が漏れ出していた。


 <ヴィヴィアン>は店先に立ち、擬似竜力の発生源に向けて無線連絡を試みた。すると、すぐに反応が返ってき、店の入り口の曇りガラスに、朱色の小柄な陰が現れる。


 影は店の入り口の引き戸の鍵をガチャリと開けると、恐る恐る顔を覗かせ、外に佇む<ヴィヴィアン>を認めて嬉しそうな顔をした。


 「おー、ヴィヴィねえ、久しぶりダなあ!」


 AT-Y03<ダ>が、無邪気な笑顔を向ける。


 「久しぶり、ダーちゃん。って言っても、お互いの姿を見るのって、何年振り?」


 「データが飛んでて、よく覚えてないのダ。でも、十年以上は経ってるか? まあ、とにかく入るのダ」


 <ダ>に招かれて、<ヴィヴィアン>は四川軒の店内に入った。


 「お水とお茶はセルフなのダ」


 「ありがとう。って、飲めないから」


 アンタークの少女二人が冗談を言い合っていると、厨房の奥から壮年の男性が顔を覗かせてきた。白いTシャツにジャージのズボンというスタイルの男性、中田泰三は、この四川軒の店長であり、<ダ>の預かり主である。


 正確には、<ダ>の預かり主は、この男性の息子、中田浩介である。浦和重工蓬莱研究所に勤める彼は、<ダ>の最終調整を担当し、現在はデータ収集のために人間社会で暮らすという実験を、実家である四川軒でアルバイトさせることで行っていた。


 「お、さんちゃん、お友達? って、お友達もロボットちゃんかい?」


 さんちゃんというのは、<ダ>の型式がAT-Y03であることに由来する、四川軒での特有の呼び名である。

 

 泰三は<ヴィヴィアン>の顔に、対になる三本線の蛍光緑色のラインがあるのを認めて、彼女が人間ではないことを知る。


 「はじめまして。妹がお世話になってます。姉の<ヴィヴィアン>です」


 <ヴィヴィアン>がスムーズな所作でお辞儀をすると、泰三は顔を綻ばせた。

 

 「へえ、嬢ちゃんはさんちゃんのお姉ちゃんだったのか。いい妹さんだ。うちで働いてもらうのが勿体ないくらいだよ」


 「えへへ、褒めても何も出ないのダ。あ、でもお茶なら出してあげるのダ」


 「あとで出してもらうよ。ところで、さんちゃんのお姉ちゃん、今日は何の用だい?」


 「ダーちゃんと一緒にお出掛けしたくて。いいですか?」


 すると、泰三はこれまた嬉しそうな顔をした。


 「ああ、行ってきな。いつも忙しい思いさせちまってるからな。たまにはゆっくりお出掛けしてきな」


 「おお、太っ腹ダな! 太いのはリアルの腹だけじゃなかったか」


 「うるせえ、早く行っちまえ」


 そう吐き捨てると、泰三は部屋の奥に戻って行ってしまった。別にそこまで太いわけではない泰三のお腹を見送ってから、<ヴィヴィアン>は静かに言葉を発する。


 「いい人のところに来れたんだね」


 「ダぁ。おっちゃん、良い人ダよ」


 二人の機械少女が笑い合う。それから、<ヴィヴィアン>がこう切り出した。


 「さて、おじさんの許可も下りたし、出掛けよっか」


 「そうするのダ。でも、どこに行くんダ?」


 可愛らしく小首を傾げる<ダ>に、<ヴィヴィアン>は懐かしさの色をたたえた表情で、行き先を告げた。


 「まずは、喫茶ニケロームでしょ」


 <ヴィヴィアン>が発した店名をメモリ内から検索して、<ダ>丸くて大きい目を更に大きくした。その店には、二人にとって大切なものがある。そこへ二人で一緒に行けることが嬉しくて、<ダ>は<ヴィヴィアン>の手を取る。


 「おお、そうと決まれば早く行くのだ!」


 言うなり、<ダ>は店の引き戸を勢いよく開け、彼女の高揚具合に驚きを隠せない<ヴィヴィアン>を引っ張るようにしながら通りを突き進む。道行く人々が二人に好奇の目を向けたが、特に<ダ>は一向に気に留めるふうではなかった。


 「ちょっとダーちゃん、そんなに強く引っ張ったら手首と肘のジョイントが緩んじゃうよ」


 「あ、嘘はいけないんダ。ヴィヴィねえの体はそんなに軟じゃないって知ってるんダからな」


 もちろん、嘘である。軍用機として改装を受けている<ヴィヴィアン>の体の強度は、日常生活を送るための体であるA-A装備でも、実戦に耐えられる程度のものだ。


 だが、今の彼女にとっては、そんなことはどうでもいい。こうして現実空間で冗談を言い合えている、その状況が何よりも幸せだった。






 駅前通りから一本奥に入った通りに、欧州の家を思わせる建築物がある。黄土色のレンガ作りで朱色の屋根を持つその兼特物は、周囲の街並みとはやや異なった雰囲気を醸し出している。


 喫茶ニケローム。その名の通りの喫茶店だが、休日は店員が執事やメイドに扮して接客を行うという、少々変わった営業スタイルの店だ。メイドが接客すると言っても、萌えを追求するものではなく、故に非常に落ち着いた雰囲気なのが定評のある喫茶店として、近隣住民に好評を得ていた。


 「ありがとうございました。またお越しください」


 今日も盛況な店内で、銀髪おさげでメイド服姿のアルバイトの少女が、会計を終えた子連れの母親に丁寧に頭を下げる。母親に連れられた小さな女の子は、店を出るまで、少女の銀色に輝く両腕に視線をくぎ付けにしていた。不思議そうな目をしつつ、最後まで疑問を口にしなかった女の子に、少女は微笑んで小さく手を振る。すると女の子も笑顔の華を咲かせ、満足げに母親と店を後にした。


 不思議に思うわよね、と思いながら、少女は自分の手を見る。竜の遺産のお陰で技術が発達し、まるで自分自身の手のように動かせる筋電義手が普及した現代においても、両手が義手という人は多くない。おまけに、彼女の場合は両足も義足だ。珍しく思わない方が不思議だというものだ。


 そんなことを考えながら、少女は注文を取り、料理を運び、レジを打つ。そしてまた一組、客を見送った時、店のドアが鈴の音を響かせて開き、店の雰囲気を打ち砕く一言が飛び込んできた。


 「たのもー!」


 見ると、挨拶の意を込めているのか、片手を大きく掲げたチャイナ服姿の銀髪の少女が、入り口に立っていた。メイド服の少女はレジのカウンターの下から金属製のトレーを取り出すと、チャイナ服姿の少女の元に無言で歩み寄り、その脳天にトレーを振り下ろした。


 ボワン、と派手な音がして、歪んだトレーの下から涙目の<ダ>の顔が現れる。


 「あら、あらあら、お客様の頭に虫が止まっていたもので。これはこれは失礼しました」


 怖いくらいに丁寧に頭を下げる少女に、<ダ>はおでこを擦りながら恐る恐る尋ねる。


 「チカねえ、もしかして怒ってるのか?」


 「もしかしても何も、怒るでしょうよ」


 額に手を当てながら、<ヴィヴィアン>は<ダ>の暴走を止められなかったことを悔やむ。


 「いえいえいえ。本当にここに虫けらがいたのもで」


 チカねえと呼ばれた少女が、にっこりとした笑みを浮かべながら、物騒なことをねっとりとした口調で吐き出す。


 「チカねえ、謝るから、その怖い顔を止めてほしいんダ」


 本当に済まなそうな顔をする<ダ>の左手奥の方から、若い男性店員が顔を覗かせる。


 「チカちゃん、大きな音がしたけど大丈夫?」


 「あ、ご心配なく。お客様の前でトレーを落としてしまいまして。失礼しましたわ」


 音を聞きつけて様子を見に来た男性店員に返事をしてから、AT-Y02<スネグラチカ>は<ダ>と<ヴィヴィアン>に視線を戻す。


 「冗談よ。それにしても久しぶりね。ダーちゃん、お姉ちゃん。ようこそ、ニケロームへ」


 スカートの中ほどを摘まみ上げて礼をするチカに、<ヴィヴィアン>は歩み寄って静かに抱き寄せる。すると<スネグラチカ>は驚きに目を白黒させ、思わず<ヴィヴィアン>の体を引き離す。その腕は、<ヴィヴィアン>のものと似たデザインをした、銀色に輝く金属製の義手だ。


 「ちょ、ちょっと、仕事中ですのよ?」


 「あ、そうだった。ごめんごめん。つい、元気そうにしてるのが嬉しくて」


 「ヴィヴィねえ、ダにはハグしてくれなかった。ダもして欲しいんダ」


 「ダーちゃんとは私の体が出来上がる前からいっぱいお話してたじゃん。でもそういうなら、してあげる」


 <ダ>に向き合って両手を広げる<ヴィヴィアン>の後頭部に、<スネグラチカ>が手刀を振り下ろす。金属同士がぶつかり合う、ガチャンと言った音が響いた。


 「こらこらこら、そういうことは外でやってくださいません? ここで立ち話もなんですし、入ってください。休憩を貰ってきますわ」


 そう言うと<スネグラチカ>はレジ奥のスタッフルームに早足で駈け込んでいった。


 「空いてる席あったら、そこにお邪魔させてもらおうか」


 「ダぁ」


 <ヴィヴィアン>の提案に頷いて、<ダ>と共に店内に踏み入る。


 店内は日曜日の昼時ということもあり、ほぼ満席状態だった。紳士服、メイド服姿の店員が動き回る様子を見て、<ダ>が申し訳なさそうに呟く。


 「ダ、この服で来るべきじゃなかったな」


 「入店時にあんなことしてくれたんだから、今更気にすることではないと思いますわよ」


 後ろに立っていた<スネグラチカ>が、さっきとは異なる、優し気な笑みを湛えながら、毒気を織り交ぜつつ<ダ>をフォローする。それはフォローになってないと思いながら、<ヴィヴィアン>は心配そうに尋ねた。


 「そんなにあっさり休憩貰っちゃって、大丈夫なの?」


 「ええ、私、普段休んでませんもの。さあ、窓際の席がちょうど空いてますので、そこに座りましょう。あ、飲み物は何がいいですの?」


 「ダと同じこと言ってる」


 「姉妹だもんね」


 席に着きながら、冗談を交わす。ATシリーズの最初の機体である<ヴィヴィアン>と、彼女を再現しようと半世紀近く前に設計された<ダ>、<スネグラチカ>が一堂に会している光景は、見る人が見れば貴重な光景だ。


 だが彼女たち自身は、高性能な人工知能で思考しているものの、十代半ばの女子同士として会話をしている。彼女たちにとっては、久しぶりに会った級友と旧交を温めているだけだ。


 <ダ>が馬鹿なことを言い、<スネグラチカ>が毒舌で返し、<ヴィヴィアン>が笑う。世界最古の少女型アンドロイドが話す内容にしてはあまりに中身のない会話に、客の誰かが聞き耳を立てることもない。


 <スネグラチカ>の仕事を邪魔する訳にはいかないので、二人は早めに雑談を切り上げたが、また現実世界で会うことを約束して店を後にした。





 その後二人は新蓬莱地区を少し歩いたのち、新西湖線で天智まで行き、天智商店街に足を延ばして買い物をした。途中、喫茶店で女の子とティータイムを楽しむ健吾の姿をカメラにしっかりと収めると、後で司令に見せてやろうとほくそ笑みながら、二人は買い物を終えた。


 二人にとっても、平和で楽しい日曜日であった。


 




 

 


 

 


 

 

 

 

 

 


 


 


 

 

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