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一章6 バレた


 「で、話って一体何なんだ?」


 放課後。健吾と真は、高等部二号棟の最上階である三階に来ていた。二号棟は校門から見て、主に生徒の教室が入っている一号棟の裏手にある。ここには理科室や調理室、音楽室といったような、普段使いされない教室がまとまって入っており、今の時間帯には人の気配は全くない。


 三階から屋上の棟屋へと通じる階段の踊り場に辿り着くと、健吾を先導するように歩ていた真がその歩みを止める。

 薄暗い場所だ。棟屋のドアから日の光が差し込んでくる程度で、二人のいる場所は日中とは思えないくらい薄暗い。


 その薄暗い踊り場の壁に背中を預けた真が、口を開いた。


 「単刀直入に言っていい?」


 真の探るような口調に、健吾は無意識のうちに身構えるのを自覚する。


 「ああ」

 

 返答までに少し間を置いてしまったが、人気のない場所に呼び出してまでしたい話というのが一体どんなものなのか、興味はある。だが次の瞬間、健吾は戦慄を覚えることとなる。


 「お前、半竜だろ」


 ――――ばれた!?


 電撃でも食らったかのような衝撃が健吾の全身を駆け抜け、一瞬のうちに思考が停止する。顔と掌から嫌な汗が吹き出し、浅くなった呼吸の向こう側で早鐘を打つ心臓の音は自身の体内で反響しているようだ。


 「その反応だと、図星みたいだな」


 「……真お前、何でそれを」


 定まらない焦点を必死に合わせ、真を見る。ポケットに両手を突っ込みながらこちらを見る真の目が笑っているように見えるのは、気のせいだろうか。


 健吾は浅く、早くなった呼吸を落ち着けようと意識しながら、今朝初めて真と言葉を交わした瞬間から今までのことを思い返してみる。だがどんなに詳しく思い返しても、半竜だとばれるような行動をとった覚えはない。


 ではどうしてこの男にはばれたのか。健吾には全く分からなかった。


 「おいおい、そんな怖い目で見ないでくれよ」


 やや芝居がかった所作で、真は顔を遠ざけるように少し傾ける。


 万が一この男が、健吾が半竜であることをクラスに口外するようなことがあれば、健吾はおろか、かがみまでこの学校に居られなくなる可能性がある。その事態を避けるための最終手段が脳裏をよぎったのだが、きっとそれが表情に出てしまったのだろう。都合のいいことに、ここは人目につかない。


 「正直に答えろ。俺が半竜だとして、だったらどうするつもりだ」


 健吾の、低く押し殺した声が踊り場に木霊する。訊きたいことは幾つかあるが、まずはこのことを確認しなければならない。言触らすつもりがないのなら、話はここで終わりだ。そうでないなら何らかの手を早急に打たなければならない。もっとも、初めから言触らすつもりなら、こんなところに呼び出したりしないだろうし、言触らすつもりがないと返答されても、口止めはしておかなければならないのだが。


 一方で真の、健吾の質問に対する返答は、あっけらかんとしたものだった。


 「え、どうするって、どうもしないけど」


 「え?」


 「え?」


 どうするつもりもないと言う真の、きょとんとした態度に呆気に取られた健吾が間抜けな音を吐き、その音に呆気に取られた真も似たような音を吐きこぼす。


 時が止まったかのように互いの顔を見合わす二人だったが、先に口を開いたのは真だ。


 「え、どうするって、どうもしねえよ。あれ、もしかして俺って、そういう事しそうな奴に見える? やだなあ、言触らすとか、そんなことするわけねえじゃん」


 笑いながらそう言う真を見ていて、健吾は自身の中で緊張の糸が切れる音を聞いた気がした。


 この男は、自分が周囲にどんな印象を与えていると思っているのだろうか。健吾と同じように、軽いという印象を抱く者は決して少なくないだろうが。


 「半竜だと思ったから、確認したかっただけだよ。でも人前でするわけにはいかないだろ。大体、俺がただの人間だったら、健吾のことが半竜だなんて分からないさ。今羽が生えてる訳でも、尻尾が生えてる訳でもないんだから。違うか?」


 「いや、まあ、それはそうかも知れないけど」


 健吾は真のペースに飲まれたことを悟った。冷静さを欠いて視線を右往左往させる健吾を、真は面白そうに眺める。


 「加えて言うと、俺は竜の巫覡でもないよ」


 「ふげき?」


 「巫女の男版ってことさ」


 竜の巫女なら、健吾も話に聞いたことがある。人間の中にもごく稀に竜力を感知できる者がいて、そういった人物は竜と人間の橋渡し役になると。真がそういった部類の人間でないということは、残された可能性は一つしかない。その答えを、健吾は半信半疑ながら口にする。


 「真も、ってことか」


 「ご名答。俺も半竜なんだ」


 その答えに、健吾は驚きを隠せなかった。まさか高校生活初日に、半竜と遭遇することになるとは思っていなかったからだ。


 だが考えてみれば西島家の構成員の内、八十パーセントは竜の血を引いている。それに現在の半竜は交配が進み、外的特徴を持つ個体が減っているという話もある。そして外的特徴を持たない半竜は、人間と同じような生活送ることが出来、をつまり、健吾以外にこの学校に半竜がいても、何らおかしくないのだ。


 当の真はと言うと、健吾がクイズに正解したことに喜んでいるのか、嬉しそうな顔を向けてくる。


 そんな真に、健吾は次の質問を投げかけることにした。彼自身が半竜なら健吾のことを迂闊に口外する可能性はぐっと低くなるし、聞いておきたいことは色々ある。


 ――――しかし、高校初の知り合いが半竜とは。


 「でも、何で俺にそんなことを話すんだ?」

  

 「なんでって、まあ挨拶みたいなもんさ。俺たち半竜は絶対数が少ないんだし、なんかあった時にお互いの顔くらい知ってた方が良いだろうと思ってさ」


 真の言う「なんかあった時」を想像して、以前幸子から聞いた話を思い出した。


 曰く、半竜の中にも他の半竜を狩ろうとする好戦的な部類の者がいるという。そうでなくとも、竜の血を引いているという事だけでいじめの対象になりやすい。物理的な力では人間より強くとも、社会的な力では劣っているというのが半竜の現状だ。真はそういった状況を鑑みて、いまから関係を築いておこう、という事なのだろう。

 

 「まあ、俺としても身近に混血がいてくれるのはありがたいな。でも真が半竜だとしても、よく俺もそうだってわかったな。俺は分かんなかったのに」


 ああそれは、とポケットに突っ込んでいた手を引き抜いて腕組みに移行しながら、真は次の質問に答える。


 「何て言うかな、俺は半竜の中では低級って言うか、強くねえんだ。半竜の中でも日陰者の部類さ。日陰者に必要な能力は何だと思う?」


 「……なんだろう」


 この時点で健吾には、真の言わんとしているに何となくの察しがついていた。しかし、そのことを口にしてしまうと、真の自尊心を傷つける可能性がある。だから健吾は分からないフリをし、真自身の口から答えが出てくるのを待つことにした。


 「身に降りかかる可能性のある危険を、いち早く察知する能力さ。君子危うきに近寄らずって言うけど、どこに「危うき」があるのか分からないといけない。だから俺は、一定以上の竜力を感じることが出来るんだ。お前のことを半竜だって分かったのも、俺の本能が身を守るために俺に教えてくれたんだ。逆に言うと、お前が俺のことを分からなかったのは、俺のことを脅威と本能的に思わないほど、強力な半竜だって言うことになるね」


 やはり、そうだったか。

 

 半竜としての能力は恐らく健吾の方が高い。そのことを知ったうえで真が接触を図ってきたという事は、敵対する意思はないという意思表示なのだろう。自身の能力について詳らかに話したという事も、この仮説を裏付ける要素になる。


 では、もし今健吾が、真が半竜であることを口外しようとしたら、彼は阻止できるのだろうか。こちらからしてみれば、後出しじゃんけんをするようなものだ。相手の手の内は分かったが、こちらの情報は何も与えていない。


 「すげえ今更なんだけどさ、俺にそこまで教えちゃってよかったのか? 俺が悪人だったら、真の正体を知った今、俺の言葉一つで真の学校生活を終わらせることも出来るぞ?」


 「いや、健吾のことを道連れにすることくらいは出来るさ。それに俺は一人だが、お前には妹さんがいるんだろ?」


 なるほど。半竜であることをばらされたときに分が悪くなるのはこちらという事も分かったうえで、こうして話をしているというわけか。今朝、真が教室に入ってきたのは健吾の後だった。健吾がかがみと別れるところを目撃されたのだろう。その際、かがみもまた半竜であるという事も知られていると考えた方が良い。


 この計算高いところを見ると、健吾の中では、どうにもこの男が信用できない。もしかしたら、味方のふりをした敵かも知れない。


 一方で、数少ない半竜同士、素直に交流してみたいという気持ちもある。この葛藤を抱えながら真とどう接したものかと考えていると、スラックスの中でスマホが振動した。真に断りを入れてから端末を取り出してみると、かがみからのメッセージが届いたことを示す文面が表示されている。画面を上にフリックし、暗証番号を入力してメッセージアプリを起動。受信履歴を確認すると、かがみから、「まだ?」の三文字が送られてきていた。少し遅くなるとしか伝えていなかったので、しびれを切らしたのだろう。


 「悪い、ちょっと人を待たせてるんだ。そろそろ行かないと」


 「ああ、そうなんだ。引き留めて悪かったね。話に付き合ってくれてありがとう。じゃあこれからよろしくな、健吾」


 「あ、ああ、こちらこそ」


 面と向かってよろしくなどと言われたものだから、健吾はどこかこそばゆいような感覚を覚える。友達が出来た瞬間というのは意外と覚えていないものだが、少なくとも今は知り合いが出来た瞬間と言っていいだろう。この先、真が良い知り合いとなるか、嫌な知り合いとなるかは分からないが。




 健吾と真が教室に戻ってきたときには、誰も残っていなかった。二人は各々の机の中から今日配布されたプリントの類を鞄に詰め込み、帰る支度をする。一足先に準備が出来たのは健吾だ。


 「なあ、真には、この学校に何人(半竜が)いるのかって、分かったりするのか?」


 スマホの画面を叩いてかがみへのメッセージを入力しながら、健吾は主語を省いた質問をする。この教室には健吾と真しかいないが、廊下を通った人には聞かれる可能性もある。だったら話さなければいいのだが、これくらいの内容なら他人に聞かれても大して支障はない。


 「んー、この学校って言っても中等部の方とかは全然わかんないしなー。あ、校長はそうだね。あと、このクラスにもお前以上の奴がいるな」


 「その人には話しかけなくてよかったのか?」


 すると、机の中を覗き込んでいた真が顔を上げて、健吾に目を合わせてきた。


 「俺な、女子を眺めるのは好きだけど、話しかけるのは苦手なんだよ」


 その風貌で何を言うか、と突っ込みたかったが、顔の話はしないのが健吾なりのルールだ。健吾自身、自分の顔はあまり好きではない。だから人の顔についても、とやかく言わないようにしている。


 ――――それにしても、もう一人の半竜って誰だろう。

 

 この疑問は、明日以降の話題用に残しておくこととして。


 「んじゃ、悪いけど先に行かせてもらうよ」


 「おう、また明日な」


 まだ帰る準備の整っていない真を一人残して、健吾は教室を後にする。


 そして三階に降りると、背後に真の気配がないことを確認してから、校舎から脱出するために駆けた。






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