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三章5 「私の昼飯を作ってくれ」

 

 科学部での部活、という名のただの雑談が終わり、下校する頃には雨は止んでいた。


 午後六時。運動系の部活はまだ活動しているが、文科系の部活は活動を終える頃合いの時刻である。


 「んじゃ、お疲れー」


 「お疲れ様でした」


 学校の裏手方面へ帰る科学部二年の生田隆一と藤井貴司に、真と健吾と璃那が頭を下げて見送る。傍らの穹良はと言うと、うっすら晴れ間が覗く空を見上げていた。六月ともなれば陽も伸びており、鉛色の空の隙間からはオレンジ色の夕日が鋭角に差し込んで、神秘的な光景を作り出している。神々しいという言葉が相応しいその光景は壮観で、もし雲の隙間から飛竜でも現れたものなら、場合によっては感動を覚えそうなシチュエーションである。大気中の水分量の多さが日光の赤みを増していることも、壮観さを増幅させていた。


 「私たちも帰りましょうか」


 朱色の夕日を眩しそうに手で遮りながら、真と健吾と穹良に体を向ける。長い影を作る璃那の言葉に、穹良は頷く。


 「そうだな。また明日だ、璃那」


 「また明日な、璃那」


 穹良に続けて、健吾も片手を挙げる。それを合図に、四人はそれぞれの帰路に就いた。






 『間もなく、二番線に上り列車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側にお下がりください』


 上竜宮駅のホームに、列車接近を知らせるアナウンスが響く。この時間帯は仕事終わりのサラリーマンや下校した学生などが多く、ホームはかなり混雑している。


 「そういやもうすぐ中間テストの季節か。健吾ってさ、勉強出来る方?」


 何気ない真の一言に、健吾は一瞬思考を止める。もうそんな時期かと思ったのと、最近は新琵琶駐屯地に通っている日が多かったせいで、宿題もやっつけ仕事になっていることを思い出したからだ。一拍を置いて、返答を口にする。


 「あー、どうだろうな。出来ないって訳じゃないけど、出来るって程でもねえかな」


 「穹良ちゃんは?」


 「出来る、出来ないの基準が曖昧な状態で答えられるか」


 興味ないとでも言いたげな投げやりな回答に、真は微かに言葉を詰まらせる。その様子を見逃さなかった穹良は、少し面倒くさそうな態度を取りつつも、フォローする。


 「赤点は取らん。が、本気で点数を取りに行くつもりもない。そんなところだ」


 「そっかあ。俺、本気で点数取るつもりでやらないと、いっつもヤマ外すんだよなあ」


 「んじゃ成績いいんだ」


 勉強しなければヤマを外すのであれば、逆に勉強しているのだろうと思い、イエスが帰って来る想定で放った健吾の一言に、しかしノーが帰って来る。


 「いや、それなりにやっちゃいるんだけど、ヤマ外すんだよね」


 あっけらかんと答えるその姿からは、悔しさや反省のような物は見られない。効率よく勉強しようとしているのか、手を抜こうとしているのかは分からないが、今のニュアンスでいくと恐らく後者だろう、と健吾は踏む。穹良もあの答えの内容から考えれば、中の上といったところか。


 健吾自身もそこそこ勉強してはいるが、好成績、というほどではない。良い点数を取ることにこだわりはなく、それこそ「普通」であるための成績を維持してきた、といった感じだ。もし他の二人の言っていることが本当なら、この三人の成績はとんとんなのかも知れない。


 列車接近を知らせる自動音声とアナウンスでホームの喧騒が増す中、その喧騒を大きく上書きする甲高いブレーキ音を響かせて四両編成の列車が滑りこんでくる。列車は大勢の帰宅人をその腹の中に仕舞いこむと、満足そうに腹を揺らしながら上竜宮駅を出発した。


 





 天智駅に到着した時には、周囲は真っ暗になっていた。駅前広場にある時計台は午後六時半前の時刻を指し示しながら、文字盤を白く光らせている。


 気付けば高校生活が始まって約二カ月が経過し、穹良と一緒に帰ることが普通のことになってきていた。もちろん毎日一緒に帰っているという訳ではないし、帰る時には常に何かを話している、ということもない。一見味気ない帰り道ではあるが、二人で同じ道を通って帰るという状況を自然に享受できていることが、健吾にとっては嬉しかった。


 駅前の交差点を渡り、天智商店街に入る。振り向くと再建された駅舎が目に留まった。


 二十日前に飛竜によって破壊された駅舎と商店街の一部は、一週間足らずで再建された。人間の建設技術だけでは一週間という短期間での復興は不可能だが、竜力の性質を活かした技術を使えば可能となる。半竜を忌み嫌う人間が一定数存在する一方で、半竜の技術で人間の生活が豊かになり、その豊かさを享受している人間の大勢いる。その二面性を、人間は一体どこまで自覚しているのか。今も多くの人が出入りする天智駅を見て、健吾はそんなことを考える。


 「それは俺らも一緒か」


 「独り言か、健吾」


 隣を歩く穹良の声で、健吾は自分が思っていたより大きな声を発してしまったことを自覚する。ちょっとだけ恥ずかしい。


 穹良はと言うと、健吾の独り言をした後はすぐに前を向き、その後は無言で歩いて行く。歩行の振動で軽く上下するその顔は相も変わらず無表情なのだが、二カ月前の無表情と比べると、少し表情が和らいだ気がする。特にかがみと和解してからは表情を崩す機会もちらほら出てきたことを、健吾は密かに喜んでいる。


 ふと後方から強めの風が吹き、穹良の髪が大きく乱される。が、風が納まると髪も落ち着き、商店街の光を受けてエンジェルリングが綺麗に輝く。長い髪についての知識には疎い健吾であるが、穹良のような腰丈の髪となると、風で乱れた際などは手櫛を入れなければ綺麗に整わないような気がして、その疑問をぶつけてみる。


 「なあ、俺にはよく分かんないんだけど、今くらいの風が吹いても、髪の毛ってそんなに簡単に落ち着くもんなの?」

 

 質問してから、自分の質問内容に具体性が足りないことに気付く。髪の質感など個人差があるはずだし、かがみの髪がサラサラで暮月の髪がごわごわなことは知っているはずなのに。


 だが健吾の心配はよそに、穹良は自身の右側面の髪を手に取って弄ってから答える。


 「いや、本当はもっとぼさぼさになる。けど、力を使って整えてるって感じだ」


 指先でくるくると髪を巻いてから離すと、均一にばらけてから元の位置に戻る。


 「私の体は半分以上が竜力で出来てる。だから自分の容姿もある程度自由に変えられる。髪の調子を整えることくらい、造作もない」


 「なるほどな、壊れた机を直せるくらいなら、それくらい余裕か」


 スッと、穹良の周囲の空気が重くなった気がする。


 「あのことは言うな。軽率だったと反省してるんだ」


 「え? あ、いや、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど」 


 落ち込む穹良をフォローすると、意外にもすんなりと顔を上げてくれた。


 「冗談だ。反省はしているが、もう気にしてない。それより、髪の毛をいじる程度ならお前にも出来るはずだぞ?」


 「え、ほんとに?」


 素で驚く健吾に、穹良は「無知め」とでも言いたげな目を向ける。


 「お前も守護者を持つほどのハーフだぞ。それくらい出来るはずだ」


 それから、ともすれば聞き逃しそうな声量で、穹良がさらりと続ける。


 「それが出来れば、トラクだって多少は動かせるはずだ」


 まさか、と言っては少し穹良に失礼かも知れないが、彼女からアドバイスが貰えるとは思っていなかったので、もしかしたら空耳だったのではないかと思って穹良の方を見る。穹良は、「どうかしたか?」みたいな視線で見返してくるだけだった。


 もしかしたら本当に空耳だったのかもな、と、健吾は現実から目を背けるように視線を夜空へ向ける。

 

 今までの生活から、健吾は他人の言動を簡単には信じない用心さを身に付けていた。それは自分が半竜だから、という理由も含まれているが、根本的には健吾の自衛意識によるものだ。

 

 端的に言えば、人を信用した結果裏切られて傷つくことが怖いのだ。話の内容は半分程度に聞き、その内容が本当であったときに安堵する方が、期待してから落胆するよりもずっと精神衛生に良い。穹良は健吾より自分の力を使いこなせている半竜であり、健吾に嘘を吐く理由はどこにもないのだが、穹良のアドバイスが役に立つという保証もない。


 ならば、アドバイス通りに事が進んだ時まで無感情であった方が良いのだ。


 そんな、ひねくれた思考を回していると、「ところで」と穹良が声を掛けてきた。


 「健吾、お前に一つ頼みたいことがある」


 「なんだよ、改まって」


 これは恐らく穹良の周囲にいる人の共通認識だが、彼女の言動は常に態度が大きい。かと言って不快に感じる訳ではないので咎めるつもりはなく、健吾は彼女の個性だと思うようになってきている。もっとも、慣れるのには少し時間が掛かったが。


 そんな彼女が「頼みたい」などと口にするものだから、健吾はどんなことを頼まれるのかと、無意識のうちに身構えた。


 「私の昼飯も作ってくれ」


 「はい?」


 予想だにしなかった依頼の内容に、健吾は訊き返さずにはいられなかった。昼飯を? 作れと?


 「今日璃那に言われたんだ。昼飯にコンビニ弁当を食っているのは不自然だから、お前に弁当を作って貰ってはどうか、と。私は、お前やかがみの迷惑にならないようにしたいが、かといって自炊できる自信もない。そこで、お前に私の昼飯も作って欲しい。もちろんお前には負担を掛けることになるから、一方的に頼むつもりはない。だが、出来るなら、頼みたい」


 「この通りだ」と、穹良は立ち止まって頭を下げる。商店街は抜けており周囲の目は少ないが、現況を継続しているという状態から早く脱したい。女子に頭を下げさせているようで、例え目撃者がいないとしても、申し訳ない気持ちになるような状況だ。


 「ちょ、頭下げるとか止めてくれよ。そんな事しなくたって、飯くらい作るから」


 さっさと頭を上げて欲しくて、健吾は思わず了承の旨を口にしていた。口にしてしまってから、健吾は穹良に頼まれた内容を反芻する。昼飯を、作れと。


 確かに女子高生が毎日割引のコンビニ弁当を食べているというのは、不自然な状況と言えるだろう。穹良が周囲に不思議な目で見られるようになれば、その視線は彼女の周りにいる健吾や璃那、真、そしてかがみに及ぶ可能性がある。彼女が平穏に過ごすためには「普通」である必要があり、そのためには「普通の昼食」を取る必要がある。その「普通」を演じるために、健吾に昼飯を作れと言っているのだ。


 合理的と言えば合理的な璃那と穹良の提案に、健吾は複雑な心境になり、了承したのに渋い顔をする。二人にいいように利用されている気がして、急に断りたくなってきた。


 「勝手なお願いをしてることは承知の上だ。無理にとは言わないし、何なら金も払う。だから、頼めないだろうか……」


 双方に友情以上の感情が存在し、好意で弁当を作ってあげる場合などはあるだろう。だが今回は、健吾と穹良の間には友情と呼ぶには心もとない関係性しかなく、好意ではなく依頼で弁当を渡すという流れが出来ようとしている。そんな、周囲を騙すための手段として弁当を作るよう依頼されるなど、健吾は想定していなかった。もし今後穹良に弁当を作るような状況になるのなら、互いの損得勘定と今後の周囲との関わり方を踏まえた上でのやり取りではなく、純粋な好意の上で、提供したかった。


 でも、最後の一言を発するときの穹良の困ったような表情と、それからの上目遣いの視線を見て、健吾はいともあっさりと決断を下していた。入学式直後と比べると穹良に対する好意は下がっていた健吾であったが、それでも彼女の力になりたいと思ってしまっていた。そして、そんな自分を愚かしいとも思いながら、健吾は小さく溜息を吐く。


 「分かった。ただし、条件がある」


 「なんだ?」


 「お前も作るの手伝えよな」


 「分かった」


 この瞬間、二人の間に少し奇妙な契約が成立した。「感謝する」という穹良の謝辞と、安堵からこぼれた微かな笑みは、二人を追い越す車の走行音とヘッドライトが作る陰影に掻き消され、健吾に届くことはなかった。


 

 


 


 

 





 


 

 


 

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