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三章4 脱コンビニ弁当への道


 「降ってきたか」


 竜ヶ台高校一年二組の教室から外を眺めていた穹良が、落下してくる雨粒を視認する。視界を通過する雨粒の数は数粒から一気に増し、遅れてサーっという雨音が地表を包み始めた。


 六月も半ばになると梅雨に差し掛かり、雨が降る日が増えてきた。穹良自身は雨は嫌いではないのだが、湿度が高い状態が続くのはあまり好きではない。長い髪がごわごわになり、体積が幾分か増した気がするからだ。おまけに自身が放つ微弱な竜力が雨粒に遮られ、空間認識能力が低下する。別になくても大して困らない能力ではあるものの、普段使えているものが急に使えなくなると、不快なものだ。


 「もう降ってきたんですか。お昼は晴れの予報だったのに、梅雨の時期の天気予報は信用なりませんね。今日はここで食べましょうか」


 穹良の隣にやってきて窓の外を眺める井賀崎璃那は、残念そうな声音で不満を口にする。


 時刻は午後一時。二日ぶりにお昼の時間帯に太陽が拝めそうな天気予報だったので、朝から昼食は外で摂ろうという話をしていただけに、二人は肩を落とす。


 仕方なく二人は机を向かい合わせにくっつけると、それぞれの昼食を取り出す。璃那の昼食はピンク色の二段の弁当箱に入った、ありがちな内容のものだ。一方の穹良の昼食は、今日も今日とてコンビニ弁当である。しかも、三〇パーセントオフのシールが付いている。


 「別に悪いという訳ではないんですけど、穹良はいつもコンビニ弁当ですよね」

 

 ゴマがふりかかったご飯を咀嚼しながら、穹良は目だけを璃那に向ける。口の中身を飲み下すと、穹良は璃那の弁当箱を覗き込んだ。

 

 「璃那は自炊か」


 「そうですね、昨日の残り物とかも入ってますが、それも含めて大体は私が作ったものですよ。うちでは私が炊事係ですので」


 「自炊、かあ」


 考え込むように呟いて、穹良はペットボトルのお茶に口を付ける。


 「私にとっては、食事というものはそれほど大切でなはい。ただ、何も食べないという訳ではないし、昼食を摂っていなかったら、変に怪しまれるだろ」


 「なるほど、そういう側面があるんですね。でも女子高生が毎食コンビニ弁当と言うのも、十分怪しい気がしますよ? なんか訳ありみたいで」


 咀嚼していたハンバーグを飲み込んでから、穹良は少しだけ目を細める。


 「仕方ないだろ、訳ありなんだから。誰か私に弁当作ってくれるわけでもないだろうし」


 「それは、そうなんですけど」


 確かに彼女の置かれている環境は人間とは少し違う。しかし、高校生の一人暮らし自体が珍しいわけではない。自炊している高校生も少ないわけではないだろう。もし穹良が本気で正体を隠すつもりなら、自炊して()()()振舞うべきなのだ。


 その時ふと聞こえてきた女子生徒同士の話声に、璃那と穹良は意識を向ける。コンビニで買ったであろう菓子パンを食べている女子生徒に、別の女子生徒が


「あれ、今日はお弁当じゃないの?」と話しかけ、


「うん、今日はお母さんが朝から出かける用事があって、作って貰えなかったから」


 と返していた。その会話内容を聞いて、穹良は一度自分の手元に視線を落とし、それから璃那に目を向けた。


 「やっぱり、気にされるものなのか?」


 少しだけだが、声のトーンが落ちている。今の会話を耳にして、周囲の目を気にする意識が芽生えたのかも知れないと思い、璃那は自分の意見を前面に押し出す。


 「そうですよ。週に一回、買ったものを食べるとかなら気にされないでしょうけど、毎日コンビニ弁当で、しかも割引商品を食べていたら、声には出さなくても気になる人の方が多いと思いますよ」


 力説する璃那の目をじっと見据えていた穹良はもう一度自分の弁当に視線を落とす。これで穹良の意識が変わり、周囲からの注目を集めにくくなってくれれば、璃那の心労も減るというものだ。が。


 「まあ、気にしたい奴にはさせておけばいい」


 食べない、ということに対する周囲の目は気にするのに、食べる物の内容については無関心らしい。


 璃那は肩透かしを食らった気分を味わい、すぐに別の手の算段を始める。どうしたものかと考えた時、璃那は微かな可能性を見出して問いを口にした。


 「穹良っていつも、西島さんと一緒に帰ってますよね。もしかして、家近かったりするんですか?」


 お新香をポリポリと噛んでから、穹良は首肯して。


 「近いと言うか、隣だ」


 「へえ、隣……。え、隣?」


 予想だにしなかった驚きの真実だが、璃那は声量を抑えることに成功する。お陰で、周囲の人間に会話内容が漏洩することはなかった。

 

 「え、隣って、どういう隣なんですか?」


 口元を手で押さえて声が周囲に漏れないように配慮しながら、璃那は興味津々という風に体を少しだけ乗り出す。その目は何故か輝いており、穹良は少し鬱陶しそうな表情をしてみせた。


 「隣は隣だ。アパートの隣の部屋だ」

 

 「めっちゃ隣じゃないですか! え、じゃあ、家に帰った後も会ったりしてるんですか?」


 「用があれば、な。あいつの家にはかがみも住んでるし、顔なじみも一緒に住んでるから、そいつと会うために行ったりしてる。そのついでに飯をご馳走になることもあったりするが」


 「それ、どこのフィクションのお話ですか?」


 「は?」


 なぜか興奮気味の璃那に、穹良は素で返す。今の話のどこに食いつきたくなるようなキーワードが混じっていたのか、まるで分からない。


 「だって、穹良の妹さんとか、顔なじみさんと一緒に暮らしてるんですよね? 顔なじみさんってことは、血縁関係ないですよね? そんな複雑な家庭関係、滅多にないですよきっと。ていうか、なんで穹良の妹さんが西島さんと一緒に暮らしてるんですか?」


 「……事情があるんだ。その件については、あまり触れないでくれ」


 穹良の咎めるような視線を受けて、璃那は黙って頷く。半竜が抱える事情には、普通の暮らしをしてきた人間には理解が及ばないようなこともあるし、知ったところでどうにかできるような問題ではないこともある。ならば、ここは本人が言うように触れないでおくのが正解だ。


 「分かりました。で、その顔なじみさんって、男性ですか? 女性ですか? 年上ですか? 年下ですか?」


 「年下の、女子だ。私と健吾が幼少の頃からの知り合いでな。身寄りがないのと、健吾に懐いているから、健吾の家で暮らしてる」


 「西島さん、隅に置けない人ですね」


 妙に興奮したままの璃那を尻目に、穹良はハンバーグの最後の一切れを、付け合わせのレタスで巻いて口に放り込む。璃那のことはこのまま放って置こうかとも思ったが、ふと視界に入った健吾の横顔を見て、考えを改めた。


 健吾は穹良にとって、自分の代わりにかがみと暮月を守り続けてくれた恩人であり、その認識はもちろん穹良にもある。健吾がかがみの正体を漏らし、彼女がいじめられる原因を作ってしまったこともあったが、その責任もしっかりと果たしてくれた。そんな健吾が璃那に誤解されているような気がして、穹良は弁当のミニトマトを弄びながら視線を上げる。


 「私にはなんでお前がそんなに目を輝かせているのか理解できないが、何となく今の話を間違って解釈している気がしたから、一応言っておく。その顔なじみもハーフで、今は学校に通えていない。健吾はそんな奴と暮らして、面倒を見ている。お前が何を想像するのも勝手だが、おそらくお前が想像するようなことはない。それに、お前が巫女としての役目を忘れていないのなら、あいつの苦労も少し思い遣ってくれ」


 「そ、そうですね、すみません。ちょっと、調子に乗っちゃいました……」


 自分の言動を反省して、璃那は半ばあからさまに縮こまる。しかし穹良が何も反応してくれないので目線を上げると、穹良は弁当を完食し、カリカリの梅を口に入れたところだ。直後、微かに眉間に皴を寄せる。酸っぱかったようだ。


 気付けば、雨音が教室の中からも微かに聞こえるくらいの降水量になっている。強まった雨脚に目を向ける穹良の雰囲気からは、璃那を咎めるような空気感は感じない。健吾の内情の話は終わったという雰囲気を感じ取り、璃那は話題を転じることにした。 


 「で、さっき、ご飯をご馳走になることがあるって言いましたよね」


 「? ああ、言った」


 それがどうしたのかとでも言いたげな目を向ける穹良に、璃那は質問を重ねる。


 「食事は西島さんが作るんですか?」


 一瞬考え込むような目をしてから、穹良は黙って首肯する。


 「かがみが作ることもあるが、多くは健吾が作っている。かがみが作る時も、結構な頻度で手伝っていると前に言っていたな」


 「じゃあ、お弁当も?」


 「そうだな、あいつが作っている」


 穹良の返答を聞いて、璃那は健吾の横顔に目を向ける。健吾が穹良に特別な思いを抱いているであろうことは、端から見ている璃那も勘付いている。その認識は十中八九間違いないだろうし、万が一間違っていたとしても、食事を提供する仲ならきっと苦ではないだろう。そう踏んで、璃那はある提案をした。


 「もし穹良と西島さんが良ければ、の話なんですけど」


 「含みのある言い方だな。なんだ」


 璃那は横目で健吾の方を一度見てから、続きを口にする。


 「西島さんにお昼のお弁当を作って貰うっていうのは、どうですか?」


 「健吾に?」

 

 今度は少し驚いたような目をして、健吾の方に顔を向ける。


 さすがに驚くだろう。恋人でもない異性に、弁当を作って貰ってはどうかと提案しているのだ。驚くとともに、おおよそ多くの人は受け入れがたい提案なはずだ。


 「やはり毎食コンビニ弁当というのもどうかと思いますし、一緒に食卓を囲む機会もあるのでしたら、お昼も作って貰うのも手かな、と。もちろん西島さんの事情も無視できませんけど」


 普通の感覚の持ち主なら断るような内容の提案に、穹良は顎に手を当てて考え込む。即答で断らないことに意外性を覚えたが、そもそも璃那の考える普通が穹良の普通と同じかは分からない上に、彼女は人間ではない。もしかしたらそもそもの価値観が違うかも知れないと思い始めた時、穹良が思考を終えた。


 「それもありだな。聞いてみるか」


 あっさりと提案が受け入れられてしまい、璃那は驚きを隠せずに目を軽く見開く。そして同時に悟った。価値観云々の話ではなく、穹良は健吾のことを何とも思っていないのだろう、ということを。


 「どうした、なぜ黙る?」


 「え、あ、いえ……」


 予想外の展開に戸惑いつつ、助けを求めるように健吾の方を見る。が、当人は気付く様子もなく、昼食を既に終え、真との雑談に興じていた。璃那が冗談半分にした提案のせいで、穹良の分の弁当まで作らされる羽目になるかも知れないことなど知る由もなく。


 「しかし、降るな。梅雨とは言え、これだけ降られると気が滅入る。帰る頃には上がって欲しいものだな」


 「そうですね、この時期は洗濯物の乾きも悪いですし、雨に濡れて洗濯物を増やしたくないです」


 「……そうだな」


 窓の外を眺める穹良の声は、どうやら雨の心配をしている訳ではなさそうだった。


 


 

 


 


 


 


 

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