三章3 新造艦納入
佐藤の誘いを受けて彼と屋外に出た健吾を出迎えたのは、夏冬春秋二等陸佐だった。
歩行戦機が収納された第一格納庫の前に立つ彼は、佐藤と健吾の姿を認識すると、片手を軽く上げて挨拶してくる。
時刻は七時を回り、暦上では初夏でも冷気を含んだ夜風が吹いている。第一格納庫前の照明に照らされる夏冬二佐のメガネは反射で白く光り、彼の素性を知らない人から見れば少し不気味に映ったことだろう。
「お疲れ様です、司令、西島君」
「お疲れ、夏冬。どうだ、見えてきたか?」
「ええ、今ちょうど見えてきたところです」
そう言って夏冬は、東の方角を指し示す。竜宮市は県庁所在地ではないが、それなりの都市規模を誇っているため、中心部へ行けば夜空は星が綺麗に見えるほどの暗さではない。一方の新琵琶湖駐屯地は、市街地から離れた湖畔の未再開発地区に位置しているため、比較的綺麗に夜空が見える。
その夜空を、複数の明かりを灯しながらこちらにやってくる物体がある。夏冬に示されてそれを見た健吾は当初、飛行機か空中輸送艦かと思ったが、どうやらそのいずれでもなさそうだということに、すぐに気付いた。
国内で見たことのあるどの飛行物体よりも、明らかに大きいのだ。同時に、竜力を探知する能力が低いと穹良に言われている健吾ですら感じ取れるほどの、膨大な竜力。それも人工的な、不純物に満ちた竜力の塊を感じ取り、健吾は接近する存在を予測する。
「……あれは、戦艦?」
「自衛隊には戦艦は存在しないよ、西島君」
不正解の回答を述べた生徒に、それが不正解であることを遠回しに伝える教師のような口調とともに、夏冬はメガネを押し上げる。
「そう、俺らの区分で言うなら、大型空中護衛艦ってとこだな。俺らの母体組織が作り上げた、イエローストーン級空中戦闘母艦の三番艦だ。艦名、何にしよっか、副司令」
「そんな急に振らないで下さいよ、司令。一番艦がイエローストーンで、二番艦がウルルですから、三番艦はシラカミとかどうでしょう」
「お、いいじゃん。採用」
「ちょ、ちょっと待ってください。母体組織? ここって自衛隊ですよね?」
司令と副司令の呑気な会話の中に紛れていた不審な言葉を拾い上げ、健吾は疑問を口にする。まるで密談を聞いてしまったような気分。薄暗闇に立つ二人の男とその二人を照らすオレンジ色の電灯、倉庫脇のシチュエーションなど、悪いことが起こる場面であってもおかしくないような構図だ。おまけに大型の戦闘艦が接近中と来ている。零式をまともに動かせない健吾など、今なら簡単に捻り潰されてしまうだろう。
「その通り、自衛隊だ。それは間違いない。でもそれは、一つの側面に過ぎない」
「一つの、側面?」
もったいぶったような夏冬の物言いに、健吾は怪訝そうな顔をする。
新琵琶湖駐屯地は、構成員の半数以上が竜の血を引く者で構成された、いわば半竜部隊である。そのため、人間で構成された他部隊とは運用方法が異なり、それが原因で単独行動を取る場面が多いという話は、健吾も以前耳にしたことがあった。その記憶から、自衛隊も一枚岩ではない、的なことを言っているのかと思ったが、佐藤の口から飛び出たのは、健吾が予想しえなかった事実だった。
「俺たちは、人竜連盟コンサパティアの一員でもある。あの艦は、北米本部からの贈り物って訳だ」
「……どういうことです?」
耳馴染みのない言葉に、健吾の脳内はクエスチョンマークで支配される。佐藤たちが何を言っているのか、全く理解でいない。
「ちょうどいい機会だ。お前たちの守護者を運用する者として、お前には俺たちのことを知ってもらう必要がある。いや、もっと早く言っておくべきだった。でなきゃ、騙しているも同然だからな」
佐藤は夜風を肺いっぱいに吸い込むと、ゆっくりと話し出した。
「俺たちは、俺たちコンサパティアは、人間と竜との共生を目指す、世界規模の組織だ。この世界でマイノリティである俺たちは、強大な力を持っているのにも関わらず、様々な迫害を受けてきた。それは人間社会という巨大すぎる存在を相手に、個で立ち向かっていたからでもある。しかし竜同士が手を取り合ったところで、状況は好転しない。絶対数が違い過ぎるからだ。民主主義の力の前に、少数派の居場所はない。なら終わりなのか? 否だ。大多数を動かしてやればいい。竜の力が必要だと思わせればいい。互いが互いを必要に思えた時、そこに共生が生まれる。俺たちは、人間たちに、俺たちの必要性を訴えかける。そのために活動する組織が、コンサパティアだ」
「でも、その結果生まれた共生は、共生なんですか?」
ふと湧いた疑問を、健吾は口にする。半竜が置かれている現状が厳しいものであることは、健吾も身をもって知っているつもりだ。しかし、だからといって人間と手を取るというのは、どこか違和感を感じる。
確かに人間と言っても一括りには出来ない。璃那や雪灘がいい人であることは確かだし、母親も人間だ。健吾自身にも半分人間の混じっている。一方で佐藤の口にする人間とは、個ではなく、種としての人間である。人間という種と共生するというのは、いささか大げさで、不可能なものに思えてしまう。
「互いを必要に思えた時にといったが、共生とは、己の生存のために相手を利用することだ。義理も情もない植物でも、共生関係は存在する。それに、例え人間に頭を下げた結果の共生でも、争うよりずっとマシだ。俺たちが自衛官をしているのは、それ以外に居場所がないからという理由だけじゃない。国民を守ることで俺たちの存在の有用性を説き、半竜の社会的地位を人間と同等にするためだ」
周辺一帯にブザー音が鳴り響き、第一格納庫前のA滑走路周辺が一気に慌ただしくなる。誘導員が滑走路に駆け出し、滑走路上空に現れた巨艦の着陸誘導に掛かる。
その威容はまさに、空を飛ぶ要塞だ。全長四五三メートル、全幅約二〇〇メートル。白く輝く三胴型の船体には大出力の擬似竜力生成炉が複数搭載されているのだろう、国内で運用されている空中護衛艦とは比にならないほどの擬似竜力を感じる。生身の大型竜にも匹敵するその出力で、何をどうするというのだろう。
「こいつは歩戦部隊を運用するために開発された艦だ。もちろん、自衛隊として運用する。が、時にはコンサパティア極東支部として運用する。その時には、積極的防衛も辞さないだろう。そのことを知ってもらったうえで、我々に協力してもらいたい。お前と、お前のジークの力が必要だ」
轟音と共に風が吹きすさび、地響きを伴って<シラカミ>が着陸を完了する。唸りが低くなってゆき、やがて<シラカミ>のエンジンが停止した。
「司令、一つ確認させてください」
「なんだ」
巨大な機械が動く低い振動が空気を揺らし、ブザー音と共に<シラカミ>が地下ドックへの降下を開始する。
「司令は、この艦を、俺や穹良の力を、どう使うつもりですか」
「この艦は、俺たちが俺たちの居場所を作るために使う。でも、それは人間の居場所を奪うことを意味する訳ではない。それは、コンサパティアの信念でもある。そしてお前たちの力は、その為に使わせてもらいたい。当然、ジークの所有権はお前たち自身にあるから、これは強制ではなし、私たちの信念に共感してもらえないようでも、これまで通りの管理をする」
「コンサパティアとはラテン語で、共に歩む、という意味だ。我々が所有しうる力は、人間と共に歩んでいくために使う。だから君にも、協力して欲しい。人間と竜を繋ぎとめるのは、我々半竜の役目だ」
司令に続ける副司令の言葉を受けて、健吾はスッと自分の手を見る。視線の先にあるのは、人間のものと寸分違わぬ手があるだけだ。この手の中には、人間とは比べ物にならないほどの力が内包されている。健吾の守りたいものを守るための力が。
では、守りたいものとは何か。それは健吾の中で明確だ。妹たちを守りたい。妹たちが自分の出自を気にしなくて良いように、彼女たちの立場を守りたい。そのためには、司令達の言うコンサパティアに参加していた方が近道な気がした。今のところ、他に具体案がある訳でもない。
「分かりました、って言っていいのか、正直まだよく分かりません。でも、今は、協力します。させて下さい」
健吾の返答を聞いて、佐藤は満足そうに頷く。その時、再び周辺が大きく振動した。<シラカミ>がドックに着底したのだ。A滑走路は既に滑走路としての機能を回復させており、先程まで慌ただしく駆け回っていた誘導員たちの姿もない。今周囲にいるのは、佐藤司令と夏冬副司令、健吾の三人だけだ。
「ようこそ、コンサパティアへ」
演技がかった所作で差し出す佐藤の右手を、健吾は躊躇いと共に握り返す。
「さっきの話だが、守護者を持つ者の苦労は、俺たちには想像することしか出来ない。だから、お前が怖がる気持ちも、想像することしか出来ない。でも、理解しようとすることは出来る。それでお前が救われるかは、分からない。それでもいいと言ってくれるなら、恐怖を乗り越えてでも守るための力を欲するなら、俺たちは全力でサポートする」
「……はいっ」
今度は健吾の方から、力を込めて握り返す。
時刻は、午後七時半に差し掛かろうとしていた。
健吾と穹良の部屋があるコーポ長屋の背後には、小高い山がそびえている。散策路も整備され、頂上には展望台が接地されたこの山は、市民の憩いの場として親しまれていた。そんな展望台も、夜半に訪れる人はほとんどいない。いるとすれば、なぜかこの場所が気に入った穹良くらいなものである。
「新月、か。お陰で星がよく見えるな」
「そうだね。あんまり見たくないものまで見えちゃったけど」
独り言に返事があるとは思ってなかった安曇野穹良は、ぴくっと体を震わせてから素早く辺りに視線を配る。人影は見当たらない。
しかしそこにはっきりと存在している者を視認して、穹良は安堵の溜息を吐いた。
「鈴音、そういう登場の仕方はやめてくれ。心臓に悪い」
にっこりと笑みをたたえた長身の女性が、穹良の背後に立っていた。十二単を身に纏い、海色の髪を風に揺らす有角の女性は、地面を滑るようにゆっくりと移動して穹良の隣にやってきた。右の角に赤い紐で結わえ付けられた二つの鈴が、軽やかな音を立てる。
「私の気配くらい、すぐに気付いて欲しいもんだけどねえ。ところで、さっきの艦は見たかい?」
「見た。あれはなんだ、鈴音」
なんだと聞かれて、鈴音はあからさまに困ったような表情を浮かべる。だが本当に困っている訳ではなく、あくまでフリだ。
「あれが何なのかは、佐藤の坊やにでも聞いとくれ。ったく、気に入らない代物だよ、あれは。まるで私たちの紛い物だ」
「紛い物? 確かにかなりの擬似竜力を感じたが」
鈴音の言う比喩表現が自分の中に上手く落とし込めず、穹良はいまいち要領を得ないような顔をする。そんな穹良の顔を見て、鈴音は少し嬉しそうに笑った。
「この一カ月ちょっとで、だいぶ表情が戻ってきたじゃん。健吾と思いのほかスムーズに接せられているお陰かな? それとも、妹さんと和解できたからかな?」
「さあ、な。自分のことは、自分ではよく分からない。それよりも、さっきの言葉はどういう意味だ」
話題を引き戻された鈴音は、今度は少し不満そうな顔をすると、展望台の手すりの上に腕を組んで、その中に顔を半分うずめる。
「偽物とは言え、竜力を宿したあんなサイズの物は、もはや竜だ。私たちの技術を勝手に使って作り上げたその艦で、誰を撃つ? 私たちに決まってるだろう」
「それは、確かに」
少し考えれば分かったことを聞いてしまったと、穹良は少し後悔する。その声音から穹良が軽く落ち込んだことを感じ取り、思わず鈴音は苦笑した。
「ほんと、随分表情が出るようになったよね。その調子なら、すぐに昔みたいなあんたを取り戻せるよ。なに、少なくとも私はあの艦と戦ったところで負けたりしない。ただ、気に食わないってだけさ」
それを聞いて今度は安心したような目をする穹良の頭に、鈴音はポンと手を置く。相変わらず穹良の表情筋は仕事をさぼっているようだが、目や声のトーンには以前よりもずっと感情が籠っている。随分人間味が増してきたものだ。
「なあ、鈴音」
「んー?」
目の前に広がる、明るすぎず暗すぎない夜景を眺めながら、穹良はおもむろに口を開く。
「最近、健吾が守護者を動かす練習をしているんだが、なかなかうまくいかないようなんだ。なんでか、分かるか?」
「そうだなあ……」
長い振袖の部分をくるくると回して遊びながら、鈴音は暫し黙考する。顔を真上に向けてからゆっくりと回転させると、首が小気味よい音を立てた。実体がないのに人体構造を模すというのも、また乙である。
「ほんとは考えなくても分かってるんだろ」
「あ、バレた?」
首を倒した状態のまま、視線だけを穹良に向けると、彼女は茶番に付き合わされたと溜息を吐いた。
「健吾の竜力は、守護者との接続がずっと切れた状態であったせいで、ほとんど繋がってないんだ。そして、健吾の体と守護者のそれぞれに溜まっていた竜力は澱み、スムーズな流れを阻害してる。まるで細いストローに水飴を流そうとしてるみたいに」
「それは、流れが悪そうだな」
「だろ? 竜力は循環物だ。流れがなきゃいけない。ま、時間の問題だろうね。あれはもう少しかかるけど、何か大きなきっかけがあれば、また流れ出すよ」
「そういうものか」
鈴音の話に納得して、穹良は小さく安心したことを自覚する。今日はなんだか、久しぶりによく眠れそうな気がした。




