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二章31 逆さ雷


 白光が納まり、なんとか目を開けて現状を確認した健吾を待っていたのは驚愕と、絶望ではない別の感情だった。


 「な、んなんだ、これは」


 健吾の前に、こちらに背を向けて立っている少女がいる。更にその向こうでは、尻もちをついているかがみが目をぱちくりさせていた。


 健吾たち三人を含めた逃げ遅れた人々は、平たいドーム状の力場の中にいた。その力場の正体が、幾重にも重なった強固な竜力防壁であることは、竜の血を引く者でなければ分からない。


 だがその場に何かしらの力が働いたことは容易に判っただろう。力場に弾かれた炎息(ブレス)によって地面は堀のように抉れ、周囲の建物は焼けただれて横穴が空き、煙を吹き出している。力場に阻まれて拡散した炎息(ブレス)によって穿たれた被弾痕であることは一目瞭然だった。


 とりあえずはかがみも自分も助かったことに安堵して、健吾は力の入らない足を無理やり立たせる。一秒でも早くかがみの元へ駆け寄ってあげたかった。


 そんな健吾の目の前で、後姿の少女がかがみに手を差し伸べる。


 「大丈夫か、かがみ」


 「う、うん」


 伸ばされた手を掴み、かがみも何とか立ち上がる。そして怪訝そうな目で、少女の顔を覗き込んだ。


 「穹良、なんだよね?」


 頭髪は白くなり、腰丈だった長さは地面に付くほど長くなっているので印象が大きく変わってはいるものの、かがみの手を取る少女の顔と声は穹良のものだ。

 

 「かがみー!!」


 駆け寄った健吾が、かがみの脳天を引っ叩く。緊迫した状況下であるにも関わらず、頭の中身が少なそうな、小気味よい音が響いた。


 「馬鹿野郎! 何考えてんだ!」


 自分のことを突き飛ばしたことへの怒りと、それでも生きていたことへの安堵が胸中に渦巻き、健吾自身も喜んでいるのか怒っているのかがよく分からない。そんな健吾を落ち着かせようとしてか、穹良は努めて冷静な声を発する。

 

 「馬鹿野郎は貴様もだ、健吾。兄妹喧嘩は後にしろ」


 「お、おう。って言うか、お前、穹良、だよな?」


 すると穹良は溜息を吐き、やれやれと言う風に首を振る。


 「なぜお前たちは同じことを聞くんだ。というかお前は一度見てるだろ、私の白髪」

 

 「いや、なんかボリューム感増してね?」


 そう言って健吾は、穹良の頭周りをまじまじと見る。


 燃えるような赤毛の色が、ほぼ真っ白と形容できるような色へと変貌している。一度だけ白髪になった姿は見ているが、改めて見返すとかなり異様だ。先端を地面に引きずるほど伸長した髪のボリュームは圧巻で、やや逆立っているせいで白い獅子のようにも見える。


 そして彼女の背中からは、体のサイズと釣り合わないほど大きな四枚の翼が生えていた。翼開長四メートルは裕に越すサイズの、白鳥のそれを思わせる巨大な翼からは、まるで蛍が飛び立って行くかのように竜力の粒子が溢れ出、彼女の周辺を漂っている。


 まるで天使のようだ。彼女の全容を見た健吾が抱いた最初の感想がそれだった。そしてすぐにこれを否定し、天狗のようだと形容し直す。


 「詳しい話は後でしてやるが、そうだな、これは私の本気モードと言ったところだ」


 本気モードと聞いてピンと来ていない顔をする健吾とかがみに鬱陶し気な目を向け、それから空を見上げる。


 「いいから逃げるか、私から離れるかしろ。巻き込まれたくなければな」


 そう言ってから穹良は地面をトンと蹴り、ふわりと宙に浮かび上がる。そんな彼女に背を向け、健吾はかがみを連れて走り出す。穹良が発する強大な竜力が大気を震わせ、皮膚がびりびりと痺れるように感じた。穹良の言葉が決して脅しなどではなく、近くに居ない方が良いことを本能的に察する。


 「さて貴様ら、私の可愛い妹を焼き殺そうとした報いを受ける覚悟は出来ているんだろうな?」


 こちらと相対する飛竜に言葉が届いていないことは分かっていながらも、穹良はやや芝居がかった口調でそう告げる。穹良は空中で体の角度を上空の飛竜と向き合うように合わせると、四枚の翼を大きく展開。羽の一枚一枚の隙間から竜力の粒子が放出され、四本の二重螺旋を描いて飛竜の方へ伸ばす。


 それはまるで、飛竜へ対して四門の砲が向けられているようだった。彼女の膨大な竜力を察知して、二頭の飛竜は本能的に逃走を図ろうとする。


 「どこへ行く? 逃がすわけないだろう」


 不敵に口元を歪める穹良の翼が、健吾の机を叩き壊した時に発せられたものと同じ紫電に包まれる。と同時に粒子の螺旋が解け、紫電に溶け込み。


 翼の先端付近を起点とした、四条の白紫色の電撃が轟音と共に上空に向けて放たれる。通常は天から降り注ぐことしかない雷が天空を舞う二頭の飛竜めがけて枝葉を伸ばし、逃れようとする飛竜に覆い被さる。


 その光景を、健吾は逃げながら見ていた。爆音に耳を、閃光に目をやられたが、白濁した視界の向こうで天を穿つ複数の雷が見える。


 ――――逆さ雷


 稀に起きる自然現象の名を思い浮かべる。穹良が発する、暴力的で圧倒的で制御不能な破壊力は、災害そのものであった。その所業は天使のものでも、天狗のものでもない。少女の姿を取った悪魔の、否、堕天使の所業であった。


 濃密な竜力から生成された雷が大気を膨張させ、爆音と爆風を生じさせる。天然の雷と比較すればエネルギー量は相当小さいものの、至近距離で放たれれば代償も大きい。雷を目視しなかったかがみの目はなんとか無事だったものの、大音量の雷鳴が鼓膜を思い切り揺さぶり、爆風が体を吹き飛ばす。二人を含め、地上にいた人間は一瞬で昏倒した。


 そして、それだけの代償を払った分の効果を、穹良の雷は発揮していた。竜力防壁の応用によって雷の進行方向が指向され、その中で最も手近な帯電体である飛竜に向かう。


 回避行動を取ろうとした二頭の飛竜は、まさに巨大な手で掴まれるようにして、雷光に包まれる。直撃を受けた二頭は電気を逃がす場所を得られず、体表に大穴を穿たれ、高温で体液が沸騰し、水蒸気爆発を起こして、血肉をまき散らしながら地上に吸い込まれる。決着がつくまでの時間は、まさに秒であった。


 二頭の飛竜が墜ちたのを確認すると、穹良は地上に視線を巡らせる。健吾がかがみを連れて逃げるのを確認してから攻撃したつもりだったが、万が一巻き込まれていたら申し訳ないと思って、二人の無事を確認したかった。が、穹良が見つけたのは、アスファルトの路面に倒れている二人の姿だった。

 

 「……やってしまったか」


 力の制御を誤り、最大出力で放電したことを後悔する穹良の頭髪は白から赤へと戻り、長さも腰丈まで短くなってゆく。力が抜けるような感覚がして空中でふらついた穹良は、今度は人工的な竜力の接近を探知して鬱陶し気な表情をする。二人を回収したいのはやまやまだが、さっさと飛び去った方がよさそうだ。


 そう決めると穹良は、四枚の羽を大きく羽ばたかせ、一瞬にしてその場から姿を消した。


 もはや巨大な姿焼きと化した二頭の竜は地上に落下したが、健吾を含め、穹良の周囲にいた人々は現状の把握など不可能であった。何しろ近距離で落雷四発分程度の轟音と閃光を浴び、全員が昏倒している。


 その中で最も早く回復して目を覚ましたのは、健吾であった。


 「な、なにが……」


 痛む頭を押さえて、健吾は体を起こす。自分でも気づかないうちに倒れていたらしい。視界の周囲にはまだ光が残り、耳鳴りが響く。自分の発する声がくぐもって聞こえ、気持ち悪い。


 それでも何とか周囲を見渡すが、飛竜の姿は見当たらない。となれば先程穹良が発した雷で追い払ったか、倒したかのどちらかだろうが、肝心の本人の姿も見当たらない。


 あれだけ派手なことをやってのけたのだ。きっともうどこかへ身を隠しているのだろう。そう考えて、健吾は傍らに倒れているかがみを起こしにかかる。


 「おい、かがみ、大丈夫か?」

 

 肩を二、三回軽く叩くと、かがみは苦悶の表情を浮かべる。そして小さな呻き声を上げたのち、薄眼を開けた。


 「……あ、健吾……」


 「大丈夫か?」


 「うん、平気」


 短く返して、かがみは上体を起こす。そして頭に手を当てながら周囲を見渡し、しばし言葉を失った。


 今日もただの日常を過ごすと思ったのに。ただ登校しようとしただけなのに。


 駅前交差点は見るも無残な姿に変わり果てていた。駅舎からは炎と煙が立ち上り、周辺の建物は廃屋と化し、逃げ遅れた人々は雷の爆音と閃光に当てられて失神している。目の前に広がる光景は災害直後か、戦場のそれだ。


 遠くから、緊急車両のサイレンが聞こえてくる。その音を上書きするように甲高い飛行音が聞こえ、ビルの陰から三機の<メガネウラ>が姿を現した。スクランブル発進してきた、陸上自衛隊新琵琶駐屯地所属の機体である。


 「ひどいことになっちゃったね」

 

 かがみの発言がどこか他人事なのは、彼女自身が事の大きさを実感できていないからだろう。


 「穹良がいなきゃ、もっとひどいことになってたな」


 火災の影響で吹き荒れる熱風に晒されながら、健吾は呆然と呟く。


 「立てるか?」


 サイレンの音が近づいて来る。二人とも大した外傷は無いが、この場にいれば病院に収容されるかも知れない。重傷者が多ければ優先順位が下がるので収容はされなくても、何か聞かれるかも知れない。そうなっては面倒だ。


 「うん、大丈夫」


 「ならここから離れよう。駅もこの有様だし、学校になんか行けやしない。帰るぞ」


 昏倒したままの当人たちには申し訳ないが、健吾たちからしてみれば、穹良の目撃者たちがまだ眠ったままなのは好都合だ。この中には健吾と穹良が一緒にいるところを見た者もいるだろうし、そうであった場合に関係性に関心を持たれるというのは避けたい。いま立ち去っておけば、その危険性はかなり下げられるだろう。


 幸い、健吾の感覚器は正常な機能を取り戻しつつある。おそらく半竜ゆえの回復能力が備わっているのだろう。かがみも立って歩く分には申し分ない程度まで回復している。


 「……うん、でも穹良は?」


 「あいつの力は感じない。多分、さっさと立ち去ったんだろう」


 健吾の手を掴みながら、かがみはもう一度周囲に視線を向ける。そこには、無残な姿に果てた日常があった。


 ここに日常が戻ってくるのはいつになるのか。


 似たような光景に健吾は先週も遭遇していたことを考えると、胸が痛む。


 「ほら、行くぞ」


 「うん」


 健吾に着いて、かがみも現場を後にする。被害を免れた裏路地に入ったところで、けたたましいサイレンを鳴らしながら緊急車両が現場入りする。建物の間から空を見上げると、独特の甲高い飛行音を響かせながら<メガネウラ>が旋回飛行していた。二頭の飛竜の捜索をしているのだろう。





 まだ特別警戒警報が解除されていなかったこともあり、健吾とかがみは帰宅するまで、誰とも会わなかった。二人だけで歩く通学路は駅前に騒ぎなど嘘だとでも言うかのように静寂に包まれており、健吾の印象に深く刻まれた。


 死者四十五名、負傷者多数。新湖西線天智駅半焼、線路に損害。その他駅前施設に甚大な被害。二頭の飛竜の死体は反応消失から十分後に、捜索飛行をしていた<メガネウラ>によって発見され、新琵琶駐屯地所属の九九式歩行戦機<シアッツ>三機によって確認、回収作業が行われた。飛竜出現時、現場付近で別の強大な竜力が検知されたが、その後収束。観測は困難であり、出現経緯やその後の動向は一切不明となっている。







 「どうやら、特訓が必要なようだな」


 同日深夜。新琵琶駐屯地地下五層の零式格納庫で、零式<トラク>を見上げながら呟いた佐藤の声を聴いた者はいない。

 


 


 


 

 


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