表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/112

二章29 乱れ


 「ねえ、なんで穹良は、あの部に入ることにしたの?」


 科学部に見学に行った翌日の昼下がり。東堂雪灘は、屋上で昼食を摂る璃那と穹良に同行し、三人で弁当を広げていた。


 結局昨日は一時間ほど理科室で先輩二人を交えて色々な話をし、健吾と穹良が入部を決定、璃那と真は前向きに検討すると伝え、雪灘は既に入る部を決めていると話した。


 「なんで、か? なんで、だろうな」


 箸を止めて、穹良は思考に耽る。胡坐を掻く彼女の膝の上に置かれたコンビニ弁当が軽く傾き、真っ赤なミニトマトが揺れた。


 穹良がなぜ科学部に入ったのかが気になっているのは、雪灘だけではない。璃那もまた、疑問に思っている。部活に興味がないと言っていた穹良が科学部への入部を即決した理由が、純粋に不思議に思えた。


 「……なんと言うか、嫌な理由がなかったんだ。あの部なら何かを強制されることはなさそうだしな。璃那が私を部に入れたがっているのは分かっていたし、あそこなら、入ってもいいかな、と思った」


 そこで言葉を区切り、視線を空から璃那へと移して、再び口を開く。


 「お前も、私が帰宅部をしているよりはいいと思っているんだろ?」


 「それは、まあ」


 「んじゃ、なんで入るって決めちゃわなかったの? いっつも穹良と一緒にいるから、てっきりあの場で入部するって言うのかと思ってたけど」


今度は璃那が考え込む番だ。箸を止め、思考と共に視線を彷徨わせてから、まとまり切っていない考えをまとめつつ口にする。


 「他意がある訳じゃないんですけど、穹良にはもっと普通の部に入ってもらった方がいいんじゃないかなって思ってしまって。でも私がそこまで口出ししていい問題ではないですし、そもそも、普通って何だろうなって、色々考えてしまって」


 「璃那」


 ただ穹良に名前を呼ばれただけなのに、璃那は恐縮した。仕えている身でありながら、立場をわきまえずに意見するのかと、余計なことを口にするなと咎められるのではないか、ふとそう思ってしまったのだ。


 祖父の教えを守ろうとしてきた璃那にとって、穹良はイレギュラーな存在と言えた。それは祖父の教えがそもそも間違っていたからと言うのもあるかも知れないが、幼かった璃那にとっては祖父の教えがすべてだったのだ。


 穹良は仕える身である璃那の意見をよく聞き、まるで友のように接してくれている。だが二人の間には推し量れないほどの、抗おうとすら思わないほどの力の差がある。にもかかわらず、油断故に穹良を叱るような口調も使ってきた。そのツケが回って来るのではと、今思ってしまったのだ。


 だが、次の言葉を紡ぐ穹良の声音は柔らかかった。


 「お前が私のために色々考えてくれているのも、分かっている。でも私は、あの部で時間を使ってみたい。なに、入って嫌だったらやめればいいのだ。璃那、お前も一緒に入ってくれたら、私は嬉しいぞ」


 決して眩しかったからという訳では無いだろう。目を細めた穹良が、笑い掛けているように見えた。


 その瞬間、璃那は性懲りもなく思ってしまっていた。穹良とは本当の意味で友達になれるのではないかと。そしてそれが現実になるのは、もう少し先のお話である。


 「雪灘も、たまに遊びに来い」


 「うん、そうさせてもらおうかな」


 和やかな昼下がり。ゆったりとした時間が、三人の間を流れていった。

 





 竜脈が荒れる、と言う表現がある。大気や海流のように、地球上に存在する竜力には大きな流れがあり、絶えず循環しているのだが、何らかの理由で流れが停滞することを竜脈が荒れると表現し、荒れると竜の出現数が多くなると言われている。


 竜脈の幅や流れる場所は地球上で概ね決まっているらしいが、経路を決定付ける要素が何なのかは現在判明していない。少なくとも日本はその国土全域がすっぽりと竜脈に覆われており、昔から竜が多く生息してきた。毎年台風に襲われ、十数年に一度は地震に見舞われ、近年の温暖化の影響で高温化してきた日本列島は、ときたま暴れる竜によって蹂躙されかねない、世界でも有数の災害大国なのである。


 「荒れてきたか」


 五限の最中に街中に響きだした特別警戒警報のサイレンを聞きながら、健吾は一人呟く。


 先日は陸自の空中輸送艦が武装集団に襲われたことで発令された特別警戒警報だが、本来は竜が出現した際に発令される警報である。出現した竜の級、数に寄らず発令され、自衛隊がスクランブルをかけ、該当区域の市民は最寄りの地下シェルターに退避することが義務付けられている。


 「皆さん、慌てず騒がず、速やかに避難しますよ!」


 教壇で女性英語教師が声を張り上げ、生徒たちは「またか」とでも言いたげな表情で席を立つ。三十年前に竜の厄災で蹂躙されたここ、竜宮市では特別警戒警報が発令されることは珍しいことでない。竜脈に国土が覆われた日本の中でも特に竜力濃度が濃いこの街には、一体どこに隠れているのかと思うほど竜が生息している。のみならず、他の地域から飛来することもあるため、月に一回以上の頻度で警報が発令される。


「荒れてきましたね」


 公共の建物である竜ヶ台高校の地下には、非常に頑丈なシェルターが備わっている。シェルターに向かう廊下で、健吾の隣を歩いている璃那が、窓の外を眺めながら小さくない独り言を呟いた。

 

 「分かるのか」


 璃那の見る先に、健吾も視線を向ける。四階と言う高さの建物は竜ヶ台高校周辺には多くなく、比較的遠くまで見通しが利く。ふと、空に二つの黒点が姿を現した。距離感を考慮すると、体長五十メートルクラスの飛竜が二頭、舞っているらしい。


 「当然です。その素養を持って生まれ、訓練で鍛えてますからね」


 得意げに胸を反らす璃那の後ろで、ぼそりと呟く。


 「あいつら、この学校壊して休みにならないかな」


 「……あの、穹良?」


 璃那の声に恐れの様なものが含まれていたのは、穹良の発言が不謹慎で物騒だったからではない。空を舞う二頭の竜を眺める穹良の口元が、不敵に歪んでいるように見えたからだ。


 「ん? ああ、すまない。少しばかり、興奮していた」


 璃那の怪訝そうな視線に気付いて、穹良は歪んだ口元を手で隠す。


 「どうしたんだお前、ちょっと怖いぞ」


 璃那でなくとも、先程の穹良の表情には不気味さを覚える。


 「なんだ健吾、お前は違うのか?」


 穹良の言わんとしていることが理解できずに、健吾は顔に疑問符を貼り付ける。すると穹良は少し呆れたような目をしてから、視線を窓の外へと向け、「また後でな」と呟いた。






 竜ヶ台地区南区域に出現した二頭の飛竜は、スクランブル発進した陸上自衛隊新琵琶駐屯地所属の<メガネウラ>三機によって追い払われ、領土上空から姿を消した。人的被害はなかったものの、竜の吐くレーザー砲に似た炎息(ブレス)を受けた建物数棟が吹き飛び、道路が抉られるという被害を受けた。


 午後六時。特別警戒警報の解除を受けて、途中であった授業は再開されず、全員帰宅することになった。


 「なあ、さっきの話の続き、聞いていいか?」


 天智駅からの帰路を歩きながら、健吾は隣を歩く穹良に声を掛けた。前方約十メートル先には、同じ列車で帰ることになったものの、まだ穹良と一緒に帰りたくないかがみが、先行して歩いている。


 二秒間の空白。声が届いていなかったのかと不安になった健吾が顔を向けてくるタイミングで、穹良は口を開いた。


 「すまん、なんかボケてみようかと思ったが、上手いのが浮かばなかった」


 「お前って、そういうことする奴だったっけ?」


 「冗談だ」


 どこからどこまでが冗談なのかよく分からないが、これ以上は触れないこととする。


 「竜脈が荒れると、竜の活動が活発になって出現数が増える。これは知ってるだろ。なぜだか分かるか?」


 問いを向けられて、健吾は必死に解を探す。竜脈とは、地球規模の竜力の流れ。竜力は自然界に存在し、また竜の代謝によって生み出され、竜が生きる原動力となる。そして、体内の竜力生成量が何らかの影響で需要量に遅れれば、周辺の竜力を吸収して糧とする。それ以前に、竜力は程度の差こそあれ、竜にとって必要不可欠なエネルギー源だ。つまり、


 「人で言うところの、いい空気吸いに来たってところか?」


 「まあ、間違いではない」


 穹良の解説によると、竜はその大きな体を動かすために膨大なエネルギーを必要とするため、大気中の竜力を吸収し、増幅させる器官を備えているものもいるという。一方で呼吸のように、代謝で生成された竜力は体内ですべて消費される訳ではなく、呼気と一緒に大気中へと拡散してしまう部分もある。体内で増幅させるのもエネルギーを使うため、竜力の豊富なところでは、体にかかる負担が小さくて済むというわけだ。


 そして竜脈の乱れは竜力の停滞である訳だから、普通の竜脈より多くの竜力が存在する。それが、竜を呼び寄せてしまうのだ。


 「じゃあ、あの時興奮するって言ったのは」


 「久しぶりの乱れだったからな、少し気持ちよくなってしまったんだ。お前もそうかと思ったが、どうやら違ったらしい。私の方が、体の仕組みが竜に近いんだろうな」


 一口に半竜と言っても、人の要素と竜の要素の割合は人によって異なる。自覚のない半竜である健吾の体は人に近く、穹良の体は竜に近い、人の姿をした竜ということなのだろうか。


 「なるほどなあ」


 頭の後ろで手を組みながら、健吾は群青色の空を見上げる。星が瞬きつつある空は、間もなく夜に埋め尽くされようとしていた。


 その視線の先、はるか上空で、昼間の二頭の竜が弧を描いて舞っていることは、誰も知らなかった。自衛隊の保有する高性能な竜力レーダーも、地上を覆う濃密な竜脈のカーテンの向こうにいる小さな竜力の塊を探知することは叶わない。


 「お帰り、にいに」


 今日もまた、いつものように暮月が笑顔と共に出迎えてくれる。思春期そっちのけで抱きついてくる暮月を受け止め、頭に腕を回す。健吾の腕の中で、義兄の帰宅を待ちわびていた暮月が、「んゅ~」と猫の鳴き声の様な声を上げる。


 今日もまた、いつものように一日が過ぎて行く。だが明日も、いつものような一日が過ぎ行くのかは、誰も分からない。


 宇宙と地球との狭間で、地上に煌めく星を見下ろしながら吠えた二頭の竜の咆哮を耳にした者は、誰もいなかった。


 

 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ