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二章28 入部



科学部が活動に使っているのは、高等部二号棟の二階にある理科室だという。そのため健吾たちは一号棟の四階から二階に降りて渡り廊下を通り、二号棟に行く羽目になった。道中、男子生徒が自己紹介をしながら歩く。


 「俺は二年四組の生田隆一。科学部の部長だ。よろしくな」

 

 そう言って笑顔を向けてくる。爽やかな先輩、というのが、健吾が彼に抱いた第一印象だ。


 短めの頭髪はこざっぱりとしていて、清潔感がある。やや細めの目は一見するとつり目気味なのだが、目元には柔らかさがある。どこか好奇心にあふれたその目の位置は、健吾のものより少し高い位置にある。身長は一七〇代後半と言ったところか。


 彼を一言で言い表すなら、笑顔が素敵な好青年、とでも表現できそうだ。


 「さっきは急に話しかけてごめんな。びっくりしたでしょ」


 「え、いや、まあ……」


 話を振られて、健吾は歯切れの悪い返事を返す。びっくりしたのは事実だが、別に謝られるようなことだとは思っていない。それ故に、何と答えればよいのかが分からない。健吾は自身のコミュニケーション能力の低さを呪った。


 「やっぱりあの勧誘のやり方はやめた方がいいかな。みんなを驚かせちゃうもんな」


 歩を進めながら、生田は大きめの独り言を放つ。


 「え、俺たちの話を聞いてたから、声を掛けてきたわけじゃないんですか?」

 

 真の疑問に、すっとぼけたような声の調子で、生田が応じる。


 「え、違うよ。ああいうパフォーマンスさ。初見のインパクトって、大事でしょ?」


 悪戯っぽい笑みを交えながら答える生田に、一同が沈黙する。ちょっと変わった人に声を掛けられてしまったと思ったのは、健吾だけではないらしい。


 「ま、皆の話も聞こえていたから、ちょうどいいんじゃないかなって思ったのも事実だよ」


 一年集団が反応に困っているのを察して、生田はフォローに回る。


 「部活って一生懸命やるのも大事だとは思うけど、そうじゃなくて、楽しさを追求するものでもいいと思うんだよね。やりたいときに、やりたいことを、好きなようにやる。時間とか、技術の向上とか、そういうのに囚われない部活って言うのも、あっていいと思うんだ。それが出来るのが、うちの科学部。科学部って名前だけど別に研究してる訳じゃないし。派手な実験って楽しいよね、って言うノリで出来た部なんだ。どう? 興味湧かない?」


 「はあ……」


 楽しそうにスラスラと話す生田に、健吾は生返事を返す。その半歩後ろで、穹良が「なるほど」と呟くのを、健吾と璃那は聞き逃さなかった。


 明らかに興味を示している声音だった。生田の説明に共感し、同意を込めたような穹良の声音に、健吾と璃那は顔を見合わせる。部活に興味を全く示さなかった穹良が、科学部の何に惹かれているのか分からないが、興味を削ぐことはしない方が良いということは二人の間で、暗黙の共通認識となっている。


 「あの、普段はどんな活動をされているのですか?」


 穹良の興味を惹くような話題が出てくれればと、璃那が生田に質問を投げかける。


 「うん、特に決まってないんんだ。部員で話し合って、やりたいことをやってみるって言うのが普段の活動かな。とは言ってもただお喋りしてるだけの時もあるしね。もちろん、たまに面白そうな実験をしてみたりもするけど。部員が、科学部の活動の場が楽しい、居心地いいと思ってくれる、そんな部活を目指してるよ」


 「なるほど、ありがとうございます」


 質問に答えてくれたお礼を述べる傍ら、璃那は隣を歩く穹良を横目で見る。やはり、興味が湧いているらしい。


 六人は渡り廊下を渡り、二号棟の階段を上って三階へと上がる。ほどなくして、理科室の表札が見えてきた。


 「それで、部員って何人いるんですか?」


 真が何気ない質問をする。そして帰って来た返答に、一同は驚くこととなった。


 「俺を含めて、二人だよ」


 生田の言う部員とは、一人だけらしい。







 「お疲れー。貴司ぃ、見学者を連れてきたよ」


 生田が理科室の戸を開け、室内にいた唯一の部員に声を掛ける。明かりが点いてはいるものの、いまいち薄暗い理科室の教壇に腰かけていた男子生徒が戸の方へ首を巡らし、生田に視線を合わせた。


 「まさか本当にあの方法で見学者が見つかるとはな。って、多いな」


 生田の後ろからぞろぞろと理科室に入ってくる新入生を見て、その人数に驚く。その数、五人。一つ上の学年に先輩はおらず、横並びも生田との二人だけの弱小部にとっては、まさに大勢と形容して良い人数だ。


 「紹介するよ。俺と同じ二年生で唯一の部員、俺の友人の、藤井貴司だ」


 紹介された男子生徒は腰かけていた教壇から降り、健吾たちの方を向いて一礼する。


 「藤井だ。よろしく」


 そう言って頭を下げた藤井は、どこかミステリアスな雰囲気を纏っているように見えた。特別特徴のある顔という訳では無いが、切れ長の目の眼光は鋭く、下にフレームのない細めのメガネの奥で鈍く光っている。立ち姿には品があり、育ちは良さそうだ。特徴がないというだけで顔の作りは整っており、控えめに言ってイケメンである。


 「あ、そう言えばまだ君たちの名前を聞いてなかったね。聞いていい?」


 上級生二人の名前を聞いたところで、生田が健吾たちに自己紹介を求めてくる。健吾たちは名前を述べるだけの簡単な自己紹介を済ませると、部見学と称した上級生との雑談や、理科室の見学に興じた。


 「ところで君、えっと西島君、だよね? この前は、庇ってくれてありがとう」


 ふと一人で理科室からの風景を眺めていた健吾の元へ、生田が歩み寄って来て声を掛ける。


 急にこの前と言われても、健吾には一瞬何のことか分からなかった。第一入学式を終えてから、様々な人の顔を見ている。人の顔を覚えることが得意なわけでもなければ、いちいちあった人の顔など覚えていない。とは言え、素直に覚えていませんと言うのも気が引けたので、一生懸命思い出そうとしてみる。すると、記憶の絡まりがほどけ、生田の顔を始めてみたのが今日ではないということを思い出した。


 先日、雪灘が階段から落ちてきた際に健吾が突き飛ばした男子生徒こそ、生田であったのだ。


 「ああ、あの時の。急に突き飛ばしたりして、すみませんでした」


 頭を下げる健吾に、生田は笑顔で胸の前で小さく両手を振る。


 「いやいや、お礼を言ってるんだから、謝るのはよしてくれよな。ところで西島君ってさ、混血でしょ?」


 「え?」


 ――――またバレた。でもなぜだ?


 「なんでわかったのか、って顔してるよ。安心して、俺もなんだ」


 無意識に表情を硬くした健吾を安心させるように、静かな声音で生田が告げる。その声には、裏があるような響きはない。


 生田は後ろに顔を向け、雑談している他の生徒に目を向けながら、静かな口調で続ける。


 「卒業した先輩の話だと、この部は、半竜の生徒たちのたまり場としての役割も果たしていたらいいんだ。運動部では人間以上の能力を発揮しかねず、かといって文化系の部で大人しくしているのも何か違うと思った先輩たちが、青春を有効活用するための場としていたらしい。俺もそんな一人だ。隆司は人間だけど俺の正体は知っていて、こうして一緒に過ごしてる。君も、あの赤毛の子も、半竜だろ? そういう意味でも、この部は合ってるんじゃなかなって思ったんだ。おせっかいだったかな?」


 「いえ、そんなことは」


 ない。そんなことは無いのだ。マイノリティである半竜は、理解者が表れにくい。ならば、互いが理解者となるしかない。ここは、そういった場として機能してきた、ということだろう。


 「健吾」


 いつの間にか健吾の背後に来ていた穹良が、声を掛けてきた。


 「ん?」


 「私、この部に入る」


 「マジか」


 なにが彼女の琴線に触れたのかは分からないが、穹良の決めたことはきっと彼女を良い方向へと導いてくれる。何故か、そんな気がした。ならば。


 「俺も、一緒に入っていいか」


 穹良は黙って頷くだけだった。


 「決まりだね」


 生田が嬉しそうに笑顔を向ける。


 「二人にはこれから、入部希望の紙を書いてもらう。それを担任の先生に提出してくれれば、入部完了だ」


 「ところで」


 穹良の声に、生田が顔をそちらに向ける。


 「なぜあの先輩は、本を逆さに開いてるんだ?」


 言われて藤井の方を一瞥した生田が、今度は苦笑する。藤井の手には、文庫本が逆さに開かれていた。


 「あいつ、メガネかけてるし、頭良さそうに見えるだろ?」


 健吾と穹良は、黙って頷いた。


 「でもあいつ、馬鹿なんだぜ?」


 思わずこぼれた笑みを、健吾は隠せなかった。


 



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