二章27 勧誘
「帰ろーよって言っておいてなんだけどさ」
四階廊下を階段に向かって歩きながら、雪灘が誰に向けてという訳でもない疑問を投げかける。
「ほんとに部活見に行かなくてよかったの?」
「別に何かしたいことがあるって訳じゃないしな。お前は行かなくてよかったのか?」
「もう入る部活決めてるからね。昨日見学にも行ったし」
「へえ。何部に入るんだ?」
すると雪灘は、よくぞ聞いてくれましたとばかりに目を輝かせて、四人の方へ顔を向ける。
「ここで問題! さて、何部に入るでしょう! ヒントは、中学の時にもやっていた部活です」
「中学の時と同じ部活、ですか。西島さんに有利な問題ですね」
顎に手を当てて考え始める璃那の隣で、真が健吾の方へ顔を向ける。
「なあ、雪灘ちゃんって中学んとき何部だったんだよ」
そう聞かれて首を捻る健吾であったが、彼女が何部であるか、該当する記憶が浮かんでこない。神妙な顔を雪灘へと向け、遠慮がちに一言放つ。
「……何部だっけ」
健吾の一言を聞いてガクッとずっこける雪灘であったが、すぐに立ち直って非難の声を上げる。
「えー、覚えてないの? ユニフォーム姿とかでも、話してるよ?」
「話してるって、お前が一方的に話しかけて来てただけだろうが。それに話すようになったのは三年生になってからだし、運動部の三年って夏前には大体引退してるんだろ?」
「そ、そりゃあそうだけどさ。あた、私くらいとしか話してなかったから、覚えてるかなーって」
覚えられていなかったことがショックだったのだろう。声の調子が下がっていき、まるで彼女自身が小さくなってしまったかのようにも見える。あからさまにショックがられると、質問したこちらが申し訳ない気持ちになってくる。
そんな雪灘に、穹良がフォローの言葉を発した。
「その頃の健吾の事情を察してやれ。お前に構っていられるような精神的余裕はなかったんだろう」
「そ、そうだよね。ごめん」
申し訳なさそうに、雪灘は目を伏せる。そんな彼女を見て、健吾もなんだか申し訳ない気分になってきた。
ここにいる者は誰も悪くない。半竜として生まれてきた健吾も、事情を知らずに健吾に近づいてしまった雪灘も、誰も。
なのになぜ今、重い空気に支配されなければいけないのか。その答えも、誰も分からない。
そんな空気を吹き払おうと、璃那が努めて明るい声を上げた。
「そ、それで雪灘さんは、何部だったんですか?」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、フォローに感謝する視線を璃那に送りながら答える。
「じゃあ正解発表。中学の時の部活はー、ソフトテニス部でした!」
「ソフトテニスって、あの、ボールが緑じゃない方か」
真のコメントに、雪灘が頷きながら応じる。
「そう。シングルスでも二人一組だったり、点数が普通は四点までだったり、二時間も三時間も試合しない方だよ」
「上手いのか?」
「穹良ったら、随分とどストレートに聞いてくれるじゃない? 下手っぴだったら、そんな質問されても答えられないよ?」
「む、それもそうだな。済まない」
指摘されて、穹良は素直に謝罪の言葉を口にする。謝罪の言葉を受けた雪灘は、気にしないでと言うような顔を向けながら、
「ま、もう少しで県大会優勝できそうなところまでは行ったけどね。だから高校でも続けるつもりで、昨日見てきたんだ」
「へえ、すごいじゃん」
雪灘の戦績に、真が目を丸くする。真はソフトテニスがどういった競技かはよく分からないが、県大会で成績を残せるレベルというのだから、相当上手なのだろうと想像した。真のコメントを受けて、雪灘が嬉しそうに笑う。
「部活で成績を残せるって、すごいですね。穹良、やっぱり私たちも何か入った方がいいんじゃないですか?」
「しかし何かやりたいことがある訳では無いしな……」
先程の社交性の件もあるので、璃那の言いたいことも穹良には分かる。しかし穹良の知っている部活というものは、部員が一丸となって何かの目的を達成するために切磋琢磨する、というものだ。そしてそれこそが、穹良の苦手とするところでもある。
本来強力な力を持つ竜は、群れを成すことは無く個別に行動する。それは、一人でも十分身を守れるだけの能力を有しているからだ。ご多分に漏れず、穹良もその部類である。つまり、彼女の性格を抜きにしても、目的を共有する団体行動が苦手なのだ。
そういった性質が自身にあることは穹良は知らない。だが何となくは自覚している、という程度だ。そして健吾も、穹良がそういった性質を抱えていることは予測がついていた。
「なんか、がっつり活動するんじゃなくて、それでいて部活してる感のある部でもあれば、覗いてみる気にもなるんだけどな」
階段を下りながら、穹良の心中を代弁するように、健吾が独り言を発する。
健吾も部活には入りたいと思わない組だ。文化系の事はよく分からないが、運動系は連帯感を理由にした暑苦しさを感じて気に入らない。中学時代にかがみをいじめようとしていたグループの多くがバスケ部やサッカー部員だったことも関係しているのかもしれないが、大会になると観客が詰めかけて姦しい声援を送られるような競技をしている部活の連中は、総じて好きではない。
四階から階段を下りて踊り場に差し掛かり、五人の視線が階下の三階フロアに向けられる。そこには腰に手を当てて仁王立ちしている男子生徒がいた。
「それなら、科学部はどうだ?」
その男子生徒が発した一言に、踊り場にいた五人が動きを止める。双方しばしの沈黙ののち、男子生徒が再び口を開いた。
「君たち、科学部に興味ない?」
ニッと笑顔を向ける男子生徒の胸には、『科学部 部員募集中!』とマジックペンで殴り書きされた段ボール製の看板が提げられている。
「……いや、えっと、俺たちは」
突拍子もない勧誘のされ方で思考が飛んでしまっていたが、どうにかこの場を切り抜けようと健吾が口を開く。だが男子生徒の方が一枚上手だった。
「大丈夫。君たちにきっと合う部活だと思うんだ。ちょっとでいいから、覗きに来てみない?」
――――さっきの会話を聞かれていたのか?
どちらにせよ、勧誘の手法がなんだか気味が悪い。この場をどう切り抜けたものかと思案していると、傍らの穹良が意外な一言を発した。
「覗いてみるだけだぞ」
「穹良? 見に行くのか?」
先程までやりたいことがないと言っていた穹良が、見学に行くと言っている。一体どういう風の吹き回しなのか健吾を含め他の四人には見当が付かないが、なぜ穹良が見学に行く気になったのかも気になる。
「結構だよ。部活選びは重要だ。見て、決める参考にしてくれよな。他の皆はどうする?」
しばし黙考した後、全員で見学に行くことに決めると。
「よし、じゃあ五名様ご案内」
爽やかな笑顔を向ける彼の胸元には、二年生であることを示す、水色ストライプのネクタイが見えた。




