二章26 仮入部期間
穹良の買い物に付き合わされた土曜日が過ぎ、新たな一週間が始まった。
穹良とかがみは相変わらず挨拶を交わす程度で、会話らしい会話はできていない。それでも言葉を交わす姿には徐々にぎこちなさがなくなり、二人を阻む物が小さくなりつつあるようだ。
学校生活にも慣れ始め、クラスで会話をする人も決まりつつある。健吾は真と離すことが多いが、真は他のクラス男子とも仲良くなっているらしい。穹良と璃那は、少し奇妙な関係性の仲良し二人組と認識されつつあるようだ。いつも一緒に行動しており、穹良が主人、璃那が従者のように見える。それでいて、その関係性に力の上下の様なものは感じないという、不思議な付き合い方の二人として認知されていた。
そして隣のクラスの雪灘は、相も変わらず男子からの人気が高いのだという。確かにあの男勝りの性格は、悪く言えば女っ気がなく、接しやすいのだろう。一方でまだ特定の仲がいい人はおらず、昼食時には屋上に行く穹良と璃那に同行するようになったらしい。
そしてこの週、高校生活の今後を決めると言っても過言ではないイベントが開催されていた。
部活動の勧誘である。
竜ヶ台高校は、部活への加入は強制ではない。しかし生徒の多くは何かしらの部活に所属しており、日夜精力的に活動している。運動系、文科系共にかなりの部活数があり、中には県や地方大会でかなりの成績を残している部もある。そして今年も、より多くの部員を得ようと、活発に活動している部は新入生勧誘に躍起になっていた。
月曜の放課後に体育館で行われた新入生向けの部活動紹介を皮切りに、一週間限定で昼休み、放課後の勧誘活動が解禁になると、廊下を歩くたびに勧誘のチラシを受け取る、という生活が始まった。
部活を頑張っていきたいと思っている者たちはいい。この部に入ると決めている人は、そのことを理由に他の部活の勧誘を断ることが出来る。高校から何か始めてみたいと思っている人は、片っ端からチラシを受け取って吟味し、体験して選択肢を増やすことができる。
だが、部活に入る気のない者にとっては、盛んな勧誘活動は迷惑以外の何物でもなかった。勧誘活動に三日も晒されれば、だんだん気持ちが萎えてくる。穹良も気疲れする部類の一人だった。
水曜日の事である。
「なんなんだ、あの期待に満ちた目は」
放課後、トイレから一年二組の教室に戻ってきた穹良はげんなりとしていた。
「トイレに行って戻ってくる間に三枚もチラシを渡された。そんなに人手不足なわけでもないだろうに」
璃那の机の元にやってきた穹良は、手にしていた三枚のチラシを無造作に机の上に放る。握られてしわが入ったチラシを手に取ってしわを伸ばしながら、璃那は記載されている部活を読み上げる。
「吹奏楽部に、合唱部、料理部ですか。文化系ばっかに誘われるんですね」
「どれもやるつもりはないのに。断る苦労を連中は推し量るべきだ」
ため息を吐きながら、璃那の前の席に腰を下ろす。首をゆっくりと左右に傾けると、二つほど心地よい音が聞こえてきた。どうやら疲労が溜まっているらしい。
「お前のその髪の長さじゃ、運動やってた人には見えないんだろうな」
傍らにやってきた健吾が、手近な机に腰かける。真も一緒だ。
「なるほど、そういう判断の仕方か」
穹良は背中に腕を回し、自分の髪を手に取る。腰丈まである髪は運動の際には邪魔であるうえ、怪我の原因にもなる。体育の授業の際には結び上げて短くしているが、普段は下ろしているため、日常的に運動する人とは見られていないのだろう。
「西島さんは、中学の時何か部活してたんですか?」
「俺? してたぜ。帰宅部」
「それ、してないって言うんですよ」
つまらないことを聞いたような表情をして、璃那は溜息を吐く。そして質問の矛先を、健吾の隣に向けた。
「清水さんは?」
「俺の名字、清水ヶ原なんだけど。俺も帰宅部だったよ」
「じゃあここにいる皆さんは、全員帰宅部ですか」
「待て璃那。なぜ私も部活に取り組んで来なかったと判断されてるんんだ」
不満そうな顔をした穹良が、異論を唱えている。その不満に真正面から答えるべく、璃那は体を穹良の方へ、向けた。
「それはズバリ、穹良が色々と不器用だからです」
「わ、私が不器用……?」
言われている意味がよく分からないという目をする穹良に、璃那は具体例を挙げていく。教室内には複数の生徒がいるが、言い回しに気をつければ問題ないだろう。
「最たる例は、先日の体育です。球技をしたことがない中学生がいると思いますか? それに自らの発言で自らの首を絞める浅はかさ。コミュニケーション能力の低さ。球技の件はともかく、部活を通じて人と接していれば自然と身に付くであろう対人スキルがあなたにはありません。それこそが、部活をしてこなかったと思える証拠です」
図星も図星の指摘を受けて、撃たれたかのように胸を抑えながら穹良が机に倒れ伏す。
「璃那ちゃんって、たまにオブラートの存在を忘れるよね」
二人のやり取りを見ていた真が、穹良に同情の眼差しを向けながら呟く。面と向かって対人スキルの無さを説かれたら、健吾も心に来るものがあるかも知れない。
「ふ、ふふ、よく分かったな、璃那。その観察眼、さすがなものだ」
口調だけは大仰だが、体を起こした穹良の表情は冴えない。やはり相当の精神ダメージを受けているようだ。
「言い過ぎてしまったことは謝ります。でも、もう少し社交的であった方がいいかと思いますよ。もしもの時に、味方を作っておいた方が得策です」
璃那の言う「もしもの時」の意味を察して、健吾と真が黙り込む。もしもの時、それは穹良の正体が露見してしまった時のことだ。そして穹良だけではない。理解の得にくい半竜だからこそ、周りに敵を作らないようにしておく必要がある。そう意味であることは穹良も承知しており、黙ったまま頷いた。
その時。
「お、揃ってんじゃん」
教室の外から健吾たちに向けて発せられた声が聞こえて、健吾は廊下の方へ首を巡らせた。見れば隣のクラスの女子生徒、東堂雪灘が手を挙げている。
「部活見学とか行くの? 行かないなら帰ろーよ」
雪灘の誘いを四人は顔を見合わせただけで受領し、帰宅の準備に入った。




