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二章25 連絡先交換


 璃那が昼食を摂る場所として選んだのは、商店街から脇道に入ったところにある、少しさびれたラーメン店だ。いかにも古そうな店構えをしており、店内に入るとお昼時にも関わらず客の姿は見えない。四人掛けのテーブル席二つとカウンター席だけのテレビが流れる小さな店内には、店主と思われるおじさん一人がいるだけだった。


 「いらっしゃい」


 タオルを頭に巻き、無精ひげを生やした恰幅の良いおじさんが、店の引き戸が開く音に反応し、しかし客の方は見ずに声を発する。入ってきた客が複数であること、比較的若いこと、そして竜力を微かに感じとり、初めて来客の方を見た。


 高校生らしき若者が三人。うち二人は半竜らしい。店の雰囲気に戸惑っているのか、入り口付近に固まっていて席の方に中々進もうとしない。


 「お好きな席へどうぞ」


 そう言うと、三人はテーブル席に進んだ。


 「璃那は、どうしてこの店を選んだんだ?」


 店主が厨房の方を向き、こちらに背を向けていることを確認してから穹良が尋ねる。育ちが良さそうな璃那が、そして女子高生が積極的に入りたいとは思わなそうな店なだけに、不思議に思ったのだ。


 「多分なんですけど、あの店主さん、半竜だと思うんですよ。それでちょっと興味惹かれちゃいまして」


 「へえ、マジか。分からないもんだな」


 こちらに向けている背に視線を向けながら、健吾は感心したような口調になる。健吾からしてみれば、ただの頑固そうなおじさんにしか見えない。


 「それよりほら、頼むものを決めましょうよ」


 「そうだな。どれどれ……」


 メニュー表には、定番の品ぞろえがお手頃な価格で並んでいる。まさに大衆食堂、昔ながらの中華そば屋、といった品ぞろえだ。健吾はチャーシュー麵チャーシュー増し、穹良はラーメンと半炒飯、璃那はネギ味噌ラーメンをそれぞれ注文した。


 注文を店主に伝え、店主が調理し始めたのを確認してから、健吾は先ほどの少女のことを口にした。


 「あの子は、一体何だったんだろうな」


 「健吾、それはさっき私がお前にして、お前が分からないと言った問いだろうが」


 「いや、そりゃそうだけどさ」

 

 「装備って、言ってましたよね。でも人のことを、そんな風には言わないですよね。もしかして人じゃない、なんてことは」


 ないとは言えないだろうな、と健吾は思っていた。ぶつかって来た時の衝撃が、あの体のサイズとは比例していない。それにあの目、頬、作り物の様な左右対称な顔立ちを見ると、ロボットの類と言われても不思議ではない。


 ――――まさか、美少女アンドロイド?


 「……いや、アニメの見過ぎか」


 「なんです?」


 健吾の独り言を耳ざとく聞き取った璃那が不思議そうな顔をする。


 「いや、なんでもないよ」


 「そうですか? まあ、分からないことについて話すのもなんですし、話を戻したいんですけど、西島さん、所有者って何ですか?」


 店内には沸騰して湯気を立てる鍋の音や、棚の上でお昼の情報番組を映し出すテレビの音など、複数の音が程よい騒音となっている。もし店主が調理に集中しているなら、こちらの会話など聞こえはしないだろう。そう判断した璃那は、先程健吾が発した言葉の意味を確かめる。


 「璃那は前、俺や穹良は強力な半竜だって言ったよな」


 「はい。お二人はとても力の強い方ですよ」

 

 「竜の巫女なら、守護者と所有者の話は知ってるだろ?」


 「はい。その話は祖父から聞いてます。でも、どうしてその言葉が自衛隊員の方から出てくるんですか?

守護者は、所有者が危機に陥った際などに現れるものと聞いていますが」


 「璃那。守護者はどういう姿をしていると思う?」


 水の入ったガラスコップを両手で弄っていた穹良が、璃那に目を向ける。


 「え? 竜の姿をしているんじゃないんですか?」


 竜の力の強さは、体の大きさと概ね比例する。しかし半竜は人間に紛れて生活するために生まれた者であるため、体も当然人間サイズでなくてはならない。一方で、強大な力は保持したままでいたい。そうした経緯から、半竜は人そっくりの体と、別の体を持つという結論に至った。


 体は竜力を溜め込む器。一つの器が大き過ぎるなら、大きな器と小さな器の二つに分けてやればいい。その小さい方の器が、人としての姿すなわち、今の健吾と穹良ということになる。そして大きい方の器は、長らく竜の姿を取ってきた。そうした結果、半竜は竜を引き連れた、竜使いのように見られてきた歴史もある。


 「その通り、と言いたいところだが、その限りではない。私たちの守護者は、そうだな、兵器に擬態している、とでも言っておくか。体の構造を機械に似せて、陸自の歩行戦機の様な姿を取っている。だから私と健吾の守護者は今、さっきの男が所属している陸自の駐屯地で保管しているんだ」


 「そうだったんですか」


 璃那の返答には驚きと戸惑いの様な感情が込められていた。それでいてどこかまだ理解しきっていないような、歯切れの悪さが伺える。


 当然だろう。こんな話、半竜に理解のない人に話しても伝わるはずのない内容だ。少しでも理解できている璃那は、有り体で言うとすごいのだ。


 「お前には秘密にしておく必要もないだろうから言っておくぞ、璃那。入学式の日、武装集団が街で暴れただろ。あの時の標的は、私だ」

 

 「……え?」


 怪訝そうにしつつ目を丸くする璃那に、穹良は続ける。健吾はと言うと、黙って話の行く末を見守っていた。


 「正確には、私の守護者だ。私の守護者は、兵器としての価値が相当高いらしい。奪おうとした結果が、あの惨状だ。ほんと、嫌になる」


 穹良は一旦言葉を区切ると、コップを傾けて水を啜った。璃那の不安そうな視線を受けて、穹良はゆっくりと目を璃那へと向ける。


 「……私と付き合っていると、危ないぞ?」


 「でも、守ってくれるんですよね」


 「は?」


 予想だにしなかった返答に、穹良は意外そうな声を上げる。健吾も思わず疑問符を漏らした。


 「だって初めてお話した時に、私に『話し相手になれ』って言ったじゃないですか。そんな相手を、強い力を持った穹良が守ってくれない訳ないですよね」


 そう言って微笑む璃那を、穹良はあっけに取られたような表情でしばし見つめていたが、バカバカしくなったかのように首を振った。


 「やめだ、こんな話。ラーメンはまだか――――びっくりしたっ」


 厨房の方へ視線を向けた穹良があからさまに肩を震わせる。健吾たちの座っているテーブルの傍らに、ラーメンどんぶりが三つ乗ったお盆を持った店主が立っていたのだ。


 「……お待ち」


 店主は短くそう言うと、黙々とどんぶりをテーブルに並べて厨房へと戻っていく。


 「今の、聞かれてたか?」


 「いや、大丈夫だと思うよ」


 不安そうな顔を向ける穹良に、割り箸を渡しながら健吾が答える。もし聞かれていたとしても、最後の数言なら問題ないだろう。


「それより食おうぜ。おお、美味そうだな」


 香しい醤油の香りを湯気と共に立てるどんぶりを前に、健吾は手を合わせる。


 「そうだな。頂きます」


 そう言って穹良は手を合わせてから、割り箸を割る。パキッというよりは、バキッという音がした。


 「……あ」


 穹良の少し残念そうな声が健吾の耳に届く。気になって手元に目を向けると、見たことないくらい無残な割れ方をした割り箸がそこにはあった。


 「穹良、ほれ。こっち使いなよ」


 上手く割れた健吾の割り箸を差し出してやると、穹良は少し驚いたような顔をし、しばし躊躇った後、遠慮がちに受け取った。


 「……すまんな」


 「いいって。にしてもこのチャーシュー、分厚いな。頂きます」

 

 そう言って健吾は箸の使いづらさを気にすることなく、チャーシューに齧り付く。肉厚でしっかりとした肉感のあるチャーシューはなかなか美味だ。中太のちぢれ麵はスープとよく絡み、醤油ベースのスープは鶏出汁が香り、食欲をそそる。値段、味、食べ応え、どれをとっても満足のいく一品だ。


 麺を啜りながら他の二人にも目を向けると、穹良も璃那も美味しそうに食べている。


 ――――こういうのも、いいな。


 そう思いながら、健吾はチャーシューを口に運んだ。


 全員が食べ終わっても、店には健吾たち以外の客は現れなかった。そのため健吾たちは食べ終わったからさっさと店を出るのではなく、少しゆっくりとしていた。


 「ところで穹良、連絡先交換しません?」


 紙ナプキンで口元を拭いてから、璃那が尋ねる。水を飲んでいた穹良は一瞬動きを止め、璃那の方に目を向けた。


 「連絡先?」


 意外そうな目を向ける穹良に、璃那は懐からスマホを取り出しながら答える。


 「お互い連絡先知ってた方が良くないですか? 今朝も遅刻を連絡できませんでしたし」


 「それもそうだな。よし」


 穹良もスマホを取り出し、緑色のアイコンのメッセージアプリを起動して、バーコードを画面に表示させる。バーコードを読み取ると、璃那のアプリに穹良の連絡先が追加された。同じ動作を璃那もし、穹良のアプリに二件目の連絡先が追加される。既に登録されていた一件は、新琵琶駐屯地司令の佐藤のものだ。


 「西島さんも良かったら交換しませんか?」


 「じゃあお願いしようかな」


 健吾もスマホを取り出し、アプリを起動。同様の手順で璃那と連絡先を交換した。そして。


 「……交換、するか? ついでに」


 遠慮がちに、穹良が尋ねてくる。その手にしたスマホの画面は、バーコードが表示されたままだ。


 「……しとくか。ついでに」


 おずおずと訊いてきた穹良がどこか照れているように見えて、健吾も思わず遠慮を含んだ口調になる。互いが「ついでに」と口にしたのも、照れ隠しの様なものだ。一方でまたとないチャンスであることは間違いないので、交換の手順を実行する。


 「なんだか、青春って感じですねー」


 二人の、歯切れが悪く微笑ましいやり取りに、テーブルの上に頬杖を突きながらニヤニヤ顔で眺める。


 「う、うるさいぞ璃那。茶化すな」


 穹良に怒られたが、声は怒っていない。そんな感情表現が下手な穹良が可愛らしくて、璃那は口元を緩めた。


 しばらくして店を出た三人は予定通りの買い物を済ませ、電気店から借りた台車を使い、無事穹良の家に荷物を届けたところで璃那は帰宅した。


 玄関先で丘を下っていく璃那の背中を見送ってから、穹良は健吾に顔を向ける。


 「健吾も、今日は助かった。礼を言う」


 「いいって。それより、ほんとに家に運び込むの手伝わなくていいのか?」


 冷蔵庫など大きな荷物があるので手伝うことを提案したのだが、穹良は一人でやると言って聞かない。確かに女の子の家に上がり込むのは拒まれて当然だろう。せめて玄関に上げるまでは手伝おうと思ったのだが、それも拒否された。


 「問題ない。あとは私がやる。台車も後で返しておこう」


 「そうか」


 そこまで拒まれては仕方ない。確かに穹良の方が竜力は強いわけだから、一人で運ぶのも苦ではないのかも知れない。


 「じゃ、気をつけて運べよ」


 「うん、そうする」


 穹良に一人で作業させていることへの不安と罪悪感の様なものを感じながら、仕方なく健吾は帰宅した。ニ十分後、穹良の家の前を見た時には既に、玄関先に荷物はなかった。


 その日の夜。就寝しようとした健吾はふとスマホを開き、メッセージアプリを起動した。連絡先には『安曇野穹良』の文字。この宛先が自分の携帯に入っていることが今更ながら嬉しく感じられて、無意識のうちに口元が緩む。


 最初にメッセージを送るのはどちらからだろうか。いつ、どんな内容を送るのだろうか。それを考えることが出来ること自体が、幸せなことに思えた。


 


 


 




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