二章23 稼働試験
穹良とかがみが挨拶を交わせた金曜日、陸上自衛隊新琵琶駐屯地の地下最下層である六層では、機体の修復作業が完了した少女型アンドロイドAT-00(C)、通称<ヴィヴィアン>の稼働試験が行われた。うなじに設置されたスロットから、手のひらサイズのコアユニットを挿入された素体状態のヴィヴィアンは起動後、テスト用に用意された施設内で複数のテストを実施。テストには佐藤影美駐屯地司令も立ち合い、テスト終了後には直接ヴィヴィアンと言葉を交わした。
「どうだ、機体の調子は」
「いい感じだよ。まるで、昔の私に戻ったみたいで、この体はすっごくいい感じ」
そう言ってヴィヴィアンは、自分の体を眺める。素体状態であるため服は着ておらず、人工皮膚で覆われた艶やかな体は異性として認識するには十分な魅力を持っている。
ただ彼女が普通の人と明確に異なるのは、二の腕から先と大腿の下半分から先が、銀色に輝く金属製の義肢で形作られている、ということだ。また頬には、右頬に縦向きの、左頬に横向きの、それぞれ三本ずつの蛍光緑色に輝く結晶体が埋め込まれている。三本の結晶体は結合しており、中央の一本が左右のそれより長いデザインをしている。
竜力吸着デバイス。大気中などに存在する微量の竜力を効率よく吸収し、自機のエネルギー源とするための装置だ。機体内に内蔵された超小型の擬似竜力増殖炉と、竜力吸着デバイスで得た竜力が彼女たち「アンタークシリーズ」の動力源である。そして竜力吸着デバイスの搭載数やサイズ、配置の差異は、機体を識別する際の目印にもなっている。このデバイスの配置は機体ごとに異なるのだ。
「なら良かった。スタッフたちが頑張ってくれたおかげだな。午後のテストでも問題なければ、明日は駐屯地の敷地内を自由に歩いてもらうからな」
「ほんと!? やったー! やっと外に出られる!」
「外って言っても、敷地外はだめだからな}
注意を口にしながら、笑顔の華を咲かせるヴィヴィアンに思わず目を細める。まるで無邪気な子供のように笑うその笑顔が、自分に向けられているものな気がして、仕方なかった。
――――この笑顔が、計算によってはじき出された作りものだとしても
ヴィヴィアンを含めたアンタークシリーズ機は、非常に高性能なAIを搭載している。AIごとには異なった性格がインストールされており、その性格と、各機が積んできた経験によって、やがては擬似的な感情が宿ると言われている。ともすれば、アンタークたちアンドロイドは、どこから生まれたかの違いだけで、そのほかは人間と変わらないのだろう。目の前で笑うヴィヴィアンをただのロボットと見るか、人格を持った人間の仲間と見るかは、見る者によるのだ。
「ところでヴィヴィアン、何か、着るものはあるか?」
ヴィヴィアンを人と見るならば、佐藤の前には下着姿同然の女の子がいることになる。ヴィヴィアンの年齢設定は十五歳程度と言われており、成長途中の体が眩しい。局部は黒色のスポーツブラとスパッツを着用ようなデザインになっているが、お腹周りなどは肌色が多いので、早く服を着て貰わないと、こちらの精神状態によろしくない。
「え? あるけど……」
「んじゃ着て来てくれ」
佐藤が自分を直視していないことに気付いて、ヴィヴィアンは悪戯っぽく笑う。眼球に搭載されたサーモセンサーが、佐藤の体温がわずかに上昇したことを捉えた。
「お? なに? 私の可愛さに興奮してるの? 司令って、私みたいなのが好み?」
佐藤の反応が面白くて、ヴィヴィアンは少しポーズを取ってみたりする。わざと腕を頭の後ろに組んで上体を逸らしてみたり、逆に前かがみにして胸の谷間を強調してみたりすると、佐藤が本能と理性の狭間で僅かに戦っている様子が伺えた。もっと照れたりしてくれれば面白かったのだが、残念ながらそうはならなかった。
「馬鹿。俺の気遣いを無駄にしやがって。いいからさっさと服着てこい」
「はーい……」
佐藤のノリの悪さに、ヴィヴィアンはつまらなそうな返事を返す。そして踵を返すと、調整を行う研究室に戻っていく。その足音は、金屋同士が軽くぶつかり合うような音をしていた。
十分後。
「ねえねえ、どうかな」
佐藤の元へ戻ってきたヴィヴィアンは、彼の前で、くるりと一回転してみせる。水色のTシャツとデニム生地のスカートタイプのオーバーオールは、元気でハツラツとした彼女の印象とマッチしている。人のものを出来るだけ再現した五指式の足は、少しヒールが付いた簡易的なデザインのものへと換装されていた。
「いいんじゃないか? 似合ってるぞ」
「そうお? ありがと」
褒めてもらった礼を述べて、ヴィヴィアンは嬉しそうに笑う。それから、何かを思い出したような顔をして、小さく手招きした。
「なんだ?」
ヴィヴィアンに視線の高さを合わせるように、佐藤は少し身を屈める。するとヴィヴィアンは佐藤の耳元に手を当て、それから顔を近づけた。
「前頼まれてたあれなんだけど――――」
音量を落としたヴィヴィアンの声が、佐藤の鼓膜を揺する。彼女からもたらされた情報は、看過できないものだった。
「――――それは、本当か」
黙って頷くヴィヴィアン。そして、言葉を続ける。
「多分、全員混血。自衛隊の基地を襲ってるわけだし、ただ者じゃないと思うよ。警察じゃ対処できないだろうし」
人智を超えた力を持つ半竜が起こした事件に対処するための部署は、どこの都道府県警察にも存在する。しかし、テロ行為を行った相手となると、自衛隊に話が回って来ることも珍しいことでない。少なくとも、四日前に事を起こした連中が再び何かすれば、間違いなく警察の手には負えないだろう。そして今ヴィヴィアンからもたらされた情報は、四日前に事を起こし、まだ確保できていない人員に関するものだ。
「分かった。市内の巡回要員を増やそう。お前は、人物の特定に当たってくれ」
「りょーかい。穹良ちゃん達には伝えるの?」
「当然だ。国民の安全を守ることが俺たちの仕事だからな。連中の目的がジークにあるなら穹良ちゃんを殺しはしないだろうが、拉致されたり、なんてことはあり得る。彼女たちの安全のためには、伝えておかなければな」




