二章22 (荷物持ちとして)付き合え
「へー、妹さんとお話出来たんですか。よかったですね」
お昼。穹良と璃那は、屋上でお昼を摂っていた。今日も今日とて天気が良く気温も暖かいので、外で食べるにはもってこいの天候だ。
「話せたと言っても、挨拶できた程度だ。まだ会話はできてない」
そう言って、穹良は手にしたおにぎりを口に運ぶ。言葉では素っ気ない風に装っているが、表情は昨日より明るく、目に活気があるように璃那には見える。きっと本人に言えば穹良は否定するのだろうが、明らかに嬉しそうに見えた。
姉妹間の話はこれ以上望めそうになかったので、璃那は話題を変えることにした。
「ところで、穹良は明日とかって何か予定入れてるんですか?」
咀嚼をしながら、穹良は璃那の問いに耳を傾ける。
生徒用の机を一撃で叩き壊すほどのパワーを持っていながら、おにぎりを両手で持って頬をムグムグさせている穹良の姿は、璃那の目に微笑ましく映る。座り方があぐらでなく正座や横座りであったら、もっと微笑ましかっただろう。
人間と比較にならないほどの圧倒的な力を備えながら、こうして人間である璃那と共に普通にご飯を食べている時間は、半竜の恐ろしさを教えられてきた璃那からしてみれば不思議に思えるものであり、同時に大切なものに感じた。
咀嚼を終えた穹良は口の中身を飲み込むと、璃那に質問を投げ返す。
「別にないが、なんでだ?」
「え、あ、いや、ちょっとした興味というか……」
完全に個人的な興味であるとは口にしたくなかった。
幼いころから竜の巫女として、休日は祖父から勉強を教わっていた。そのため休日に誰かと遊んだという記憶はほとんどなく、同年代の女子がどうやって休日を過ごしているのかを知らない。友達はいたが、璃那の事情を知ってか、遊びに誘われることはほとんどなかった。
「ふうん。あ、そうだ」
「なんです?」
穹良は一瞬空を見上げ、少しばかり考えてから、口を開く。
「明日は買い物に行こうかと思ってたんだ。越してきたばかりで、部屋がすっからかんなんでな」
そこで一旦言葉を区切ると、穹良は璃那の方へ顔を向ける。
「よかったら一緒に来てくれないか? 選ぶのを、手伝って欲しいんだ」
その言葉を聞いて、璃那は一気に目を輝かせた。一緒に買い物に行こう、と誘われたのだ。断るはずがない。
「行く、行きます! 休日に一緒にお買い物、やってみたかったんです!」
「お、おう」
予想外の食いつき様に、穹良は少しだけ引く。どうしてそこまで食いついてくるかは分からないが、喜んでいるようなので良しとすることにした。断られるよりずっといい。
一方の璃那は、心の中でガッツポーズするくらい気分が高揚していた。休日に友達とショッピングは憧れで、それが明日叶うというのだ。休日の勉強は中学生までで、高校生になってからは普通の休日を過ごせることになっている。何を着て行こうか、などと既に明日のことで頭がいっぱいになりかけたが、穹良の言葉が引っかかって冷静さを取り戻す。
確か穹良は、越してきたばかりなので生活必需品を買いたい、と言うようなことを言ったはずだ。となれば、雑貨などの小物ではないだろう。
「ちなみに、なにを買う予定なんですか?」
もし机やベッドなど持ち運びが難しいものを買うのであれば、女子二人では買っても持ち帰ることは出来ない。配送サービスもあるだろうが、すぐに使いたいのであれば、自分で持ち帰れた方がいいはずだ。
「そうだな、とりあえず布団は欲しい。あとはちょっとした机と、台所用品が欲しいな。冷蔵庫も欲しい」
穹良の欲しいものリストを聞いて、璃那は疑問を浮かべる。越してきたばかりとはいえ、高校が始まって一週間が経とうとしているが、その間どうやって生活してきたのだろうか。ベッドが欲しい、ではなく布団が欲しいということは、今まで布団すらない状態で寝てきたというのか。
「おうちがすっからかんって、本当に何もないっていう意味なんですか?」
「まあな。買いに行く暇がなかったし、金もなかったからな。あ」
「今度はどうしたんです?」
不意に言葉を切って固まった穹良の顔を覗き込む。そんな璃那に構わず、穹良はポケットからスマホを取り出すと、アドレス帳からある人物を呼び出した。
三コール目で、相手が電話を取る。
『私だ』
スマホのスピーカーから、陸上自衛隊新琵琶駐屯地の駐屯地司令である佐藤影良一等陸佐の声が聞こえる。
「私だ」
『こら穹良ちゃん、その受け答えはいかんだろ』
「急用だ、急いで頼みたいことがある」
すると電話の向こうで、短い溜息が聞こえた。
『君は相変わらず大人に対する言葉遣いがなってないな。まあ、らしいといえばらしいか。で、急用ってなんだ?』
「今すぐまとまった金が欲しい」
『また唐突に。給与の振り込みは毎月十五日って説明しただろうが』
「連中、家だけ用意して生活用品は用意してくれなかった。だから明日買いに行きたい」
『……マジで?』
「マジで」
今度は長めの溜息が聞こえた。何をしているんだ、とでも言うような、呆れを含んだ溜息だ。
『分かった。とりあえず十万円振り込んでおく。これで足りるか?』
「多分。足りなければ、こちらで何とかする」
『んじゃ後で振り込んでおくから、確認してくれよな』
「感謝する。ありがとう」
そう言って電話を切ると、穹良は璃那が微妙な表情で見つめていることに気が付いた。
「……なんだ」
「今、誰に電話してたんですか? 何と言うか、普通の電話で聞かないようなフレーズがたくさん出てきたような……」
ちょっと引いたような顔をした顔をした璃那が、おずおずと訊いてくる。穹良はどこまで言っていいものかと思案しながら、口を開いた。
「私の生活を支援してくれている人だ。生活資金なんかを工面してくれる」
「そんな人に、あんな話し方でいいんですか?」
穹良と佐藤の関係を知らない人からしてみれば、もっともな感想だろう。知っていても失礼に映るはずだ。「いいんですか」と言われれば決して「いい」とは言えないかも知れないが、気付いたときにはあのような話し方をする間柄になっていた。
そして佐藤は、穹良の話し方を咎めはするものの、本気では怒っていない。
そんなわけだから、璃那の質問に明確に答えるのは難しかった。
「……いい……?」
「疑問符になってるじゃないですか」
呆れたような顔をして、璃那は短く溜息を吐く。そうしてから璃那は背筋を伸ばして穹良に向き直ると、諭すような口調で口を開いた。
「いいですか? いくら穹良が強力な人だからと言って、お世話になっている人にあんな話し方をしたらだめですよ? お金だって貰っているんですよね? もっと感謝の気持ちを持って接しないと」
璃那の説教に穹良は何か言いたげな、不満そうな目をしたが、その言いたかったであろう言葉を飲み込んだ。
「お前に言われると、そうしなきゃならないような気になるな」
「そう思って貰えて、光栄です」
微笑みを向けてくる璃那に、穹良は不満を押し流すようにおにぎりを口に突っ込む。
「で、話を戻しますけど、それだけの買い物を私たち二人でするのは、ちょっと難しくないですか?」
「問題ない。私が本気を出せば――――」
「バレますよ?」
しまった、と言う顔をして、穹良の動きが止まる。全くこの半竜は、昨日雪灘に正体がばれたばかりだというのに、危機感が感じられない。自ら正体を晒すことを示唆するような発言が出来るなら、不可抗力で正体がバレたからと言って健吾の机を叩き壊さないで欲しいものだ。
「となれば、荷物持ちが必要になるな」
「そうですね。で、誰か頼めるんですか?」
おにぎりを咀嚼しながら、穹良は頼めそうな人物を頭に浮かべる。結果、佐藤と健吾の二人しか浮かんでこなかった。佐藤は仕事があると言って手伝ってくれないだろうし、他に頼みごとが出来るほどの陸自隊員はいない。かと言って真とはそれほど仲が良いわけではない。となると、健吾くらいしか頼める人はいなそうだ。
「健吾に頼むとするか」
「では後で、西島さんにお話ししましょうね」
こうして二人の昼休みは過ぎていった。
放課後。運よく真が大きい方をしにトイレに行ったので、穹良は璃那と共に健吾の席の元へと来ていた。
「……うん?」
自らを見下ろす人影に気付いて、健吾は左上方へを顔を向ける。すると、表情を蛍光灯の陰に隠した穹良の顔と、その隣に立つ璃那の姿。何事かと思って再び穹良へと顔を向けると、穹良がおもむろに口を開いた。
「健吾、付き合え」
「は?」
唐突な告白に、健吾は耳を疑う。そんな穹良を諫めようと、璃那が口を挟んだ。
「穹良、違うでしょ? 人に頼むときは、敬意を持って接しないと」
「ぅむ、そうだった」
一体、二人は何の話をしているのか。健吾は状況が全くつかめず、穹良の次の言葉を待つ。
「付き合ってください」
「あ、あとちゃんと主語つけてくださいね。じゃないと、別の意味に聞こえますよ」
「もう別の意味に聞こえとるわ!」
我慢しきれなくなった健吾が、思わずツッコむ。そんなはずはないと思いながら、ちょっとだけ穹良からの告白にドキッとしてしまった自分が恥ずかしい。こんな、まだ生徒が残っているような教室にいながら、一ミリでも期待してしまった事実を今すぐ揉み消してしまいたい。
「で、その主語って何なんだ?」
他人が健吾の恥ずかしい気持ちに気付いて触れてくる前に、話を先に進めようとする。幸い誰も触れて来ず、健吾の問いには璃那が答えた。
「お買い物です」
「買い物? 買い物に、なんで俺が?」
別に付き合うのはいいが、一人で十分では、と言う疑問が健吾の言葉には含まれている。その疑問は、二人にもきちんと伝わっていた。
「家具を少し買いたい。でも持ち帰るのが大変だろうと、璃那が教えてくれた。だから荷物持ちとして付き合って欲しい」
家具を持ち帰るとなると、確かに女子二人では大変だろう。純粋に手伝ってあげたいという気持ちもあるし、頼りにされて嬉しいという気持ちもある。穹良と一緒に買い物に行けるというのも、非常に嬉しい。
「分かった。で、いつ行くんだ?」
「明日」
明日は、高校生活始まって初の土曜日だ。慣れない環境で疲れた心身を癒すにはもってこいの日で、出来ることなら一日部屋でダラダラしようと思っていた。だから、もしかがみに買い物に付き合えと言われれば、多分断ったか、行ったとしても渋々だっただろう。
だが、穹良と行くとなると話は変わってくる。どれほど心身が疲弊していようと、断る理由にはならない。
了承の旨を伝えたところで、排せつを終えた真が清々しい表情で戻ってきた。彼は三人が話していた雰囲気に何か感じたものがあったようだが、「何か」が何なのか分からず、それを確かめようともしなかった。
こうして、高校生活一週目が終わりを告げた。




