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二章18 中学時代


他愛もない会話をしながらの乗車時間は思ったよりあっという間に過ぎ、気づけば二人になった健吾と穹良は天智駅に降り立った。辺りはすっかり暗くなり、西の方角に夕焼けの残光が見える程度となっている。天智の街は、押し寄せてくる夜に刻々と塗りつぶされつつあった。


 「なあ健吾、かがみの中学の頃の話をしてくれないか」


 駅前の交差点で信号待ちをする中、傍らの穹良が声を掛けてくる。二人の周囲には仕事終わりのサラリーマンや学校帰りの中高生などが同様に信号待ちしており、車の騒音などもあることから、静かとは言えない状況にある。そんな中でも、穹良の声ははっきりと健吾の耳に届いた。


 ――――確か、カクテルパーティー効果とか言ったか


 自分の興味のある音声だけを選択して聞くことが出来る、という効果の名前を頭に浮かべながら、健吾は穹良の方へ顔を向ける。


 「悪いけど、俺もあんまり知らないんだ。あいつ、口数少ないし、俺に心配掛けないようにか、聞いてもはぐらかされて、なかなか質問に答えてくれなくてさ。だから大した話は出来ないけど、いいか」


 義兄としては、情けない限りの話である。それでも穹良は、了承の意を込めてこくんと頷いた。


 「構わない。なんでもいいから、かがみのことが知りたい」


 穹良と再会して三日。当初は全く話せるような状態ではなかったが、こうして普通に話せるようにまでなった。だったらかがみとも話せるようになるはずだ。もしこれからの話がきっかけとなって、二人の交流の糸口になってくれたら嬉しい。例えそうでなくても、穹良の妹を預かってきた身として、今までのかがみの様子を穹良にきちんと伝えるのは健吾の義務のはずだ。


 どこから話したものかと思案したが、その前に話すべきことがあることを健吾は思い出した。健吾とかがみが小学生の時に起こった事件を口にしようとしたとき、横断歩道の信号が青に変わり、交差点にチャイムが流れ出す。道路を渡る人の流れに乗りながら、健吾は意を決して口を開いた。


 「その前に、お前に謝んなきゃならないことがある」


 「……なんだ」


 身構えるためにか、回答に間があった。


 「俺が小学校中学年の頃、うっかりかがみの正体を友達にばらしちまったことがあった」


 穹良は視線だけを健吾の方へ寄越し、沈黙をもって先を促す。


 「経緯はもうよく覚えてない。でも結構な騒ぎになって、かがみはいじめの対象になった。一生懸命守ろうとしたけど、だめだった。すぐに逃げるように転校したけど、転校先でも疑いの目を向けられることは必然だった。転校先の学校から、半竜なら受け入れられないって言われてさ。そしたら母さん、知り合いの医者に頼んで診断書偽装してくれて、それで転校できたんだ。人間として。でもそのことがあってから、かがみはあんまり喋んなくなった。俺も、必要なこと以外は出来るだけ口にしないようにしてきた」


 駅前の交差点を過ぎ、駅前商店街に差し掛かる。商店街に入ると、夕飯の食材の買い出しに来た主婦や、帰宅途中に買い物に立ち寄ったサラリーマンの姿などが目立つ。三十年前の厄災の後再開発されたが、こうして活気づいた商店街が住民の生活を支え、幅広い年代層に活用されているというのは、比較的珍しい事例として知られている。


 「あいつを、あんな風にしちまったのは俺のせいなんだ」


 周囲の活気あふれる雰囲気とは裏腹の、重い空気が二人の間に流れる。だがそれは案外つかの間だった。


 「ガキどもの戯言を鵜呑みにしてお前たちを学校から追い出すとは。教師のすることとは思えんな」


 「え?」


 予期せぬ反応を示す穹良に、健吾は驚きの声を上げる。責められこそすれど、擁護するような発言が飛び出してくるとは思ってもみなかった。


 だが穹良は、健吾が疑問符を口にしたことを疑問に感じると言ったような顔をしている。


 「戯言って、俺の口から言ったんだぞ? 誰かが勝手に言ったのが噂で広まったんじゃなくて」


 「だとしても、だ。まあ、教師たちが守りたかったのは私たち(半竜)ではなく、人間だったということなんだろうな」


 言いながら、教室で見た、穹良のことを化け物と呼んだ時の雪灘の顔を思い出す。自分の思ったことをすぐ口にする子供ほど、異物の排除の仕方はストレートに傷つくものなんだろうな、と穹良は思った。


 「健吾、素直に打ち明けてくれて、ありがとう。お前がかがみのことを大切にしてくれていることは分かっている。だから、昔の過ちをどうこう言うつもりはない。そもそも、私が近くに居ればよかっただけの話だ」


 でも、穹良にはかがみと一緒に居れない理由があった。その理由が何なのか健吾には分からないが、きっと今はそのことを聞く時でないのだろう。


 「そう言ってもらえると、こっちも気が楽になるよ。で、中学の話だったな」


 商店街も中ほどまで進み、終わりが見えてきた。相変わらず二人の周囲の空間は騒音に満ちていたが、その音はBGMのようなものに感じられた。


 「ああ、頼む」


 穹良に促されて、健吾は軽く深呼吸する。改めて話そうとすると、去年の出来事のはずなのに、随分と昔のことを思い出して話すような気がして、不思議に思えた。


 「今年こっちに越してきたから、かがみは前の中学には一年しか通っていない訳だけど、あいつは夏休み前にはクラスの誰とも関わらないっていう立ち位置を確保できたらしいんだ。でも、そんなかがみのことを放って置いてくれない連中がいたんだ」


 「さっき雪灘との話で出てきた連中のことか」


 穹良の疑問に、黙って頷く。そして今度は穹良の方へ視線を向けながら、先を続けた。


 「かがみは勉強はそこそこでも、運動は出来る方だったんだ。だから体育とかで結構活躍してたんだけど、そのことで喜んだりするようなことは無くて、良くも悪くもクールに思われたんだと思う。で、悪く捉える側からしてみれば、目の上のたんこぶって言うか、まあ良く映らなかったんだろうな。気取らない感じが癪に障るって言うかさ。結果かがみは、一年生の中で立場がトップのグループから目を付けられるようになったんだ」

 

 そこで一旦言葉を区切ると、健吾は夕闇に染まった空を見上げる。北の方角には、北極星が一際輝きを放っていた。


 「さっき、かがみは中学ではいじめられてないって言ったけど、正直俺は嘘だと思ってるんだ。かがみは本当のことを隠してると思ってる。少なくとも、嫌がらせくらいは受けていたんじゃないかな。ただあいつは、絶対にそんな風な顔はしなかったけど」


 「何か、そう思う理由があるのか」


 いつの間にか商店街を抜け、二人は住宅街に差し掛かっていた。往来する自動車のヘッドライトが、二つの長い影を作り上げては消していく。


 「うちの中学にはどの学年にも、その学年を牛耳るようなグループがあって、グループ同士が繋がっていたんだ。そんで、三年が下級生に指示出すみたいなのがあってさ。俺もクラスで浮いてたもんだから三年のグループから目を付けられてたんだろうな。俺が嫌がらせを受けても平気な顔してたのが気に入らなったらしく、今度はかがみに手を出すようにって言う指示が一年に出たっていうのを耳にしたんだ」


 「その情報は、雪灘がくれたのか」


 「あいつは男子受けが良くてさ。よく、その三年のグループと遊んでたんだ。でもどういう訳か俺にも興味を持ちだして、たまに絡んでくるようになってたんだ。そんな時に、雪灘の耳に入った、かがみに嫌がらせをする情報を俺に届けてくれて。知った時には、頭にきたよ。三年グループのトップみたいなやつに、言ったんだ。『かがみに何かしたら、許さないからな』って。そのせいか分かんないけど、三年から指示が出ることはなかったらしい。それにあの頃は暮月もかがみと一緒に居たからな。どっちにせよ、手は出しにくかったと思う」


 そこで穹良は、暮月とかがみが同い年であったことを思い出した。同い年なら健吾やかがみと一緒に中学校に通っていたはずであり、嫌がらせを受けやすい境遇にあったはずだ。だが家で見る暮月はけろっとしており、とても嫌な過去があったようには見えない。実際はどうだったのかが気になって、穹良は少しだけ質問の寄り道をすることにした。


 「暮月もかがみと一緒だったんだろ。じゃ、暮月も目を付けられていたのか?」


 「いや、あいつはクラスの他の女子とも仲良くやってたよ。もちろん、かがみの唯一の話し相手でもあった。ただ、他の目から見れば暮月は、ほんとにただの生徒に見えたんだろうな。俺とかがみは雰囲気が似たように映って、暮月と同じようには映らなかったんだ。俺とかがみは兄妹と見られて、暮月とかがみはただの友達と思われていた。だから、暮月が何かされるってことはなかったし、暮月が一緒に居ればかがみもある程度安全だった。悪事は、目撃者を減らすに限るからな」


 ただ、と言って健吾は息を吐きだす。日が落ちても今日は暖かく、息が白くなることは無いらしい。


 「去年の十一月末に、暮月の頭に角が生えた。それ以降あいつは学校に行かずに家に居るようになって、かがみが教室で本当に一人になった。そうしたら、一年グループの連中がまた目を付け始めたんだ」


 「じゃあ、やっぱり」


 「何かしらはされたと思う。暮月という監視役がいなくなったおかげで、事を起こしやすくなっただろうしな。んで、同じ時期に、雪灘も三年グループから目を付けられた」


 住宅街を進むにつれて、色々な料理のにおいが漂ってくる。今夜何食べたいか、暮月とかがみは希望があるだろうか。


 「なんであいつが、目を付けられるんだ」


 「あいつは俺に情報を流したことと、俺に近づきつつあることがある種の裏切り行為と取られて、つるんでた連中から制裁を受けたんだ。グループの中には女子もいて、そいつらが実行役になってた。事前にそういうことがありそうって雪灘から相談されてて、当日嫌な予感がして、駆けつけたんだ。体育館裏なんて、古典的だろ? 塀があって、ちょうどいい死角になってたんだ。泥だらけにされて、制服も脱げかけてたよ。男子生徒がいる前で、だ。恥ずかしかっただろうし、悔しかっただろうよ。気付いたら、俺はその場にいた男子全員を殴り倒してた。興奮して良く覚えてないけど、グループの女子が悲鳴上げながら逃げてったよ」


 「壮絶だな」


 話の内容を一言でまとめられて、健吾は思わず笑い声を漏らす。壮絶と言われれば、確かにそうだったのかも知れない。


 「その後は先生にめちゃくちゃ叱られたけど、俺よりもっと叱らなきゃならない相手が複数人いたからな。それに俺は雪灘を助けたってことで、怒られる以外のお咎めはなかった」


 「そりゃ、そうだろうな」


 「その後は学校中の噂になったな。ジロジロ見られて恥ずかしかったし、気が休まらなかった。でも嫌いな奴らをぶん殴れてすっきりしたし、何より一年の間でも噂になったから、一年グループをビビらすことが出来たしな。雪灘は可哀そうだったけど、最後にひと暴れ出来たのはよかった」


 「今の話が、お前と雪灘の妙な関係性の全容でもある訳か」


 緩やかな坂道を、街灯に照らされた二人が上っていく。この坂を上り切れば、二人の住む「コーポ長屋」が見える。


 「まあな。なんか、かがみのっていうより、俺たちの中学時代の話になっちゃったな」


 「構わない。色々聞けて良かった。ありがとう」


 ありがとうの五文字が、色々思い出してやや荒んでいた健吾の心に、慈雨の如く染み渡る。もっとも中学時代に一番苦労していたのはかがみで、その話をしただけの健吾が労わられていいものか、という疑問が残るが、今は良しとすることにする。


 そうこうしているうちに、二人は自宅の前まで来ていた。「コーポ長屋」の前を通り、一〇八号室の前で別れると思いきや、健吾の住む一〇九号室前まで穹良が付いてきた。


 「な、なあ、ちょっとだけ、上がって行っていいか」


 少し目を逸らした穹良が、おずおずと訊いてくる。


 「え、別にいいけど……」


 今上がっても、何か出来ることがあるとは思えない。かがみとの関係改善はまだ時間がかかりそうだし、暮月と会うにしても、かがみの目のあるところでは皆が気まずい思いをするだけな気がする。第一、そんなことは穹良が一番よく知っているはずだ。それでも成したいことがあるならと、健吾が申し出を受け入れる。


 「なんか、かがみの顔を見たくなってな」


 あんな話をしたせいだろうか、穹良が色々考えているように健吾の目には映る。かがみのことをほとんど知らないで接しようとしてきた今朝までと、知ったうえで接しようとする今では、思うところが色々とあるのだろう。


 そういうことなら、と健吾は穹良を玄関に招き入れる。


 「ただいまー」


 「お帰りなん!」


 今日も今日とて、元気な暮月の声が二人を出迎えた。


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