二章17 これからの帰路
一年二組の教室での会話が一通り済んだ五人は、帰り支度を済ませ、校門に向かって歩いていた。穹良が叩き壊した健吾の机はあの後、穹良が修理した。その修理の仕方は半竜独特の方法らしいが、他の半竜である健吾と真には見覚えのないものだった。
穹良曰く「机を構成する素材を竜力に一度変換してから、元の形に再変換する」ということらしい。説明の意味が良く分からない間に、スクラップと化した机が蛍光緑色の粒子になったかと思うと、目の前に新品の机が現れ、大いに驚いた。これには他の面々も驚きを隠せず、沸き起こった小さな拍手に穹良はバツの悪そうな顔をしていた。
校舎からの道すがら、穹良は璃那の隣にそっと歩み寄る。
「璃那、さっきはありがとうな」
「え? なんのことです?」
もったいぶった顔ではなく、本当に何のことか分からないと言うような顔を向ける璃那。そのきょとんとした顔に、穹良は内心小さな溜息を吐く。自らの言葉で説明しなければならないのが少し恥ずかしく、煩わしかった。だが一度口にし掛けた以上、ここで言うのをやめる訳にはいかない。
「フォローしてくれただろ。化け物じゃないって言ってくれたの、その、嬉しかったんだぞ」
後半の部分は、顔を背けて呟くように言う。そんな穹良の微かに赤らんだ頬を見て、璃那はにっこりと微笑んだ。
「どういたしまして」
朗らかな笑顔を向ける璃那の顔を、穹良はしばらく見ることが出来なかった。
「では私はこれで。皆さん、また明日」
「また明日、璃那」
「じゃーねー」
校門で家の方向が違う璃那と別れ、四人は上竜宮駅の方へ歩いて行く。
「そういや雪灘、お前の家ってどの辺なんだ?」
歩きながら、健吾は傍らの雪灘に質問を投げかける。
「ん? この辺だよ」
周囲は閑静な住宅街で、アパートも立ち並んでいる。高校からは歩いて五分程度の距離で、通学には便利そうな場所だ。朝ゆっくり出来そうな距離感だなと思いながら、何気ない質問を投げかける。
「実家って、どっちなんだ? 進学でこっちに来たのか?」
「ううん、違うよ。うちの親の方針でさ、中学は東京に行って、人が多いところで人間関係とか色々勉強して来いって言われてたの。あっちにはおじいちゃん家があって、そこに住まわしてもらってたの」
「へえ、そうだったんだ」
中学時代には出来なかったほどスムーズに会話ができていることに、健吾は内心意外性を覚える。雪灘があまり女の子女の子していないから、というのもあるかも知れないが、すんなり話せているこの状況に、微かな心地よささえ感じる。
「なあ健吾」
「ん?」
不意に穹良から声を掛けられて、健吾はやや後方を歩いていた穹良の方へ振り返る。その間に雪灘は歩速を落とし、真に近寄った。
「ねえねえ、清水君もさ、半竜なんでしょ」
「えっ!?」
あまりに唐突で図星の指摘に、真は一拍置いてから素っ頓狂な声を上げる。なんの身構えもしてなかった真の素の反応を見て、雪灘はニヤリと笑みを浮かべる。
「やっぱり、そうだったんだー」
真の前に回り込み、顔を下から見上げてくる雪灘の視線から逃れようと、真は引きつった顔を上方へ逸らす。
「な、なんで俺のことまで……」
健吾や穹良と比べて力の弱い半竜である真の正体は、それこそ真より力の弱い半竜か、それなりの力を持った竜の巫女でもなければ暴くことは不可能に近い。もちろん病院で検査を受ければ分かることではあるが、少なくとも雪灘が暴けるような秘密ではないはずだ。
「だって、穹良が怒った時に清水も驚いてなかったじゃん。ってことは、既に穹良の正体を知ってたか、自分も半竜だからかのどっちかでしょ?」
ぐうの音も出ない推理に、真は押し黙るしかなかった。まさか教室での一コマを観察され、正体がばれてしまうとは。今まで半竜であることを自覚してこなかった、否自覚する必要がなかった結果が表れた瞬間である。
「お、なんだ真、お前もばれたのか」
二人の会話が聞こえていた健吾が、真の方へ顔を向ける。
「ばれちまったよ。観察眼すげえな」
「あまりでかい声で話すな。誰が聞いてるのか分からないんだぞ」
咎めるような口調で、穹良も会話に加わってくる。
「キレて自分から正体晒したのは何処のどいつだよ」
からかう健吾の言葉に耳ざとく反応した穹良に睨まれて、健吾は慌てて明後日の方を向いた。
「ここにいる四人のうちさ、三人がそうな訳じゃん」
後ろから、腕を頭の後ろに組んだ雪灘が尋ねてくる。
「そうだね」「そうだな」「そうだよ」
三人からのそれぞれの返答に、雪灘は一瞬目を丸くする。半竜同士だからばっちりなのか、それとも全くの偶然なのか、ものの見事に返答のタイミングが一致していた。
そこでふと、自らの思考の過ちに気が付いた。「半竜はタイミングが良く合う」という選択肢を頭に思い浮かべてしまった自分が、嫌になる。差別意識を持っているわけではないはずなのに、まるでそう思っているかの様な選択肢があり得てしまう思考回路は、すぐにでも修正したい。
三人には勘付かれない様に小さく頭を振って、気持ちを切り替える。そして、質問したかったことを口にした。
「ってことはって言うのも変だけど、璃那もそうなの?」
璃那も教室で穹良の正体を見た時に驚いた様子はなく、気分を昂らせた穹良を宥めていた。ということは、何かしら竜族に理解のある人ということになるのだろう。そう思ってしたのが、今の質問だ。
「いや、璃那は人間、なんだよな?」
ちょっと不思議な力を持った人間、という解釈をしていたが、確信を持てずに不安になった健吾が穹良の方へ顔を向ける。
「あいつは、竜力が濃い場所で育っただけの人間だ。竜力を感じ取り、荒ぶる竜の気を静めることが出来る。それが、竜の巫女というものだ」
初耳の情報が出てきて、一同は「へー」と声を上げる。そして健吾は、自分が半竜でありながら、半竜やそれを取り巻く環境について、何一つ知らないという事実を自覚する。
「ちなみに竜の巫女というのは、人と竜の懸け橋となるような立場にある。それこそ昔なら、縄張りとしていた土地の神として、他から来る竜から人命や財産を守る代わりに、貢物を受け取っていたわけだが、その中継ぎの役割が竜の巫女の仕事だ。人間には竜の言葉は届かんしな。で、たまに人間と竜の関係性に亀裂が入ると巫女が宥めに来るわけだが、腹の虫が納まらん時には巫女が生贄になったりもした。あいつらの肉は、人間の肉よりも美味いらしい」
「……お前、今日はよく喋るな」
話の内容がだいぶ危ないものになりつつあるのを感じて、健吾はちょっとだけ引く。そういえば穹良は時々、物騒なことをさらりと口にするな、ということを思い出した。今日の体育の際にも、雪灘に対して「くたばれ」と言っている。
「ね、ねえもしかして、さっき璃那に宥められても気が納まらなかったら、璃那を食べたり、した……?」
「何言ってんだお前。そんな事するわけないだろ」
雪灘からのお門違いな質問に、穹良は眉を顰める。それを聞いた雪灘は安心したような顔をして、「だよねー」と言っていたが、穹良はふと何かが頭に引っかかるのを感じた。
(私が、璃那を食べる? そんなこと、あるはずが……)
雪灘には即答できたのに、自問自答すると即答できない自分がいることに気が付いて、穹良は一人困惑する。
(あるはずが……。でも……)
その時、今日の体育の際に見えた、躍動する璃那の、黒髪の隙間から覗く白いうなじを思い出して、穹良は生唾を飲み込んだ。そこには、あの柔らかそうな皮膚に噛り付いてみたいと思っている自分がいた。
「じゃあ、こっちだから」
しばらく歩いて雪灘の家が近くなり、駅に向かう組の三人は雪灘と別れることになった。歩みを止める雪灘を振り返る形で、三人も足を止める。
「おう、じゃあな」
「じゃあね」
「また明日だ、雪灘」
三人から別れの挨拶を受けた雪灘は、「こっちだから」と言って指さした方に歩いていくのかと思われたが、何かを言いたげな雰囲気を醸し出す。その雰囲気を感じ取った穹良が、先回りして口を開いた。
「何か、言いたいことがあるのか?」
発言を促された雪灘は、穹良の発言に小さく驚いたが、しばし視線を逸らしてから穹良を真っ直ぐ見つめた。
「その、今日はほんとに、ごめん」
「気にし過ぎだ。律儀な奴だな。でも、お前のせいで今日は少し疲れたぞ」
すると雪灘は小さく笑って、
「私も今日は心が忙しくって、ちょっと疲れた。でも、穹良のこと知れてよかったよ」
素直な言葉を口にする雪灘に、穹良の中の彼女に対する好感度が少し上がる。大人たちの嘘と欺瞞に踊らされてきた穹良にとって、自分を隠そうとしない雪灘の姿は新鮮に映った。
「ふん、だったらさっさと帰って体を休めろ。人間はすぐ風邪をひくんだろ?」
「そんなに体弱くないよーだ。でも心配してくれてありがとね。じゃあね!」
片手を挙げた雪灘が横道に消えていくのを見送ってから、三人は駅までの道のりを歩いた。
「なあ健吾、お前の知り合い、良い奴だな」
「そうか? お前がそう思えるなら、よかったよ」
中学生の時には鬱陶しくて仕方なかった知り合いが、穹良の表情に変化をもたらしてくれた。
鬱陶しくはあったが、健吾も雪灘のことを嫌な奴だと思ったことは無い。むしろ、友人になれたら楽しいだろうな、と思える部類の人間だ。だから中学時代に未練があったのだが、同じ高校に進学して交流を持てていることで、その未練は晴れようとしている。交流が持てていると言ったが、もし穹良がいなければ、無かったかも知れない関係性だ。
――――二人には、感謝しないとな
上竜宮駅は、もうすぐそこだった。




