二章15 怪物と呼ばれた少女
『00、そっちに二機行ったぞ!』
無線越しの声に、幼き穹良は素早く首を巡らせる。熱帯雨林の林床にしゃがんだ零式歩行戦機<ルシフェル>のメインカメラがズームし、正面から飛来する二機の航空兵器の姿をコックピット内の全天周囲モニターに映し出した。
「00、了解」
本来なら保育園や幼稚園で遊んでいる年頃のはずの穹良は、コックピット内で近づいて来る機影を睨みつける。
――――やらなきゃ、やられる
自分が乗る<ルシフェル>の性能が他の歩行戦機と比べて圧倒的に勝っていることは、周囲の話から何となくは知っていた。だからこうして戦場に投入され、戦果を挙げればご飯がもらえる。
だが<ルシフェル>も万能でなはい。被弾して吹き飛ばされれば痛いし、攻撃を受け続ければ機体だって壊れる。その先にあるのが死だということは、嫌でも分かっていた。
モニターに映し出される機影に、マークが付く。二機のうち近い方をロックオンし、<ルシフェル>が手にした七五ミリマシンガンが大音響で火を噴いた。
吐き出された弾丸は、ロックオン警報を受けて回避運動をする二機の間をすり抜け、虚空へ消えていく。慌てた穹良はマシンガンを水平方向にスライドさせ、命中弾を得ようと弾をばらけさせた。
だが航空兵器はロックオン警報を受けた時点で擬似竜力防壁を展開し、機体を緑色に輝く透明な力場を纏っていた。数発の命中弾で強固な擬似竜力防壁が破られるはずもなく、穹良は相手にただ居場所を晒したことを悟る。
散開していた二機の航空兵器が合流し、こちらに向かってくる。今度は<ルシフェル>のコックピット内で、ロックオン警報が鳴り響いた。俗に<Dフライ>と呼ばれる、巨大なトンボの様な姿をした航空兵器の翼下に懸架されたミサイルが切り離され、計四発が白煙を引きながら向かってくる。
「いや、来ないで、来ないで!」
機体下腿部と背面のスラスターを噴射し、全速力で後退する<ルシフェル>の正面から踊るような軌道を描いて飛来するミサイルに、出鱈目にマシンガンを乱射する。当然当たるはずもなく、一発、もう一発と、ミサイルが自動展開した<ルシフェル>の竜力防壁に命中して炸裂。爆発の衝撃で態勢を崩した<ルシフェル>は勢いを持て余し、樹木をなぎ倒しながら熱帯雨林特有の薄い色の土壌を抉る。
四発のミサイルを受け止めた<ルシフェル>の竜力防壁は、相殺できるエネルギーの量をオーバーして既に消失していた。再展開までには一定の時間がかかるため、その時間までは被弾しない必要がある訳だが、強烈な振動に揺さぶられた穹良は、それどころではなかった。
「うー、ん」
倒れた機体の、横向きになったコックピットの中で、意識をもうろうとさせた穹良が呻く。
『大丈夫か00、おい、どうした!』
無線から聞こえてくる仲間の声と、けたたましく鳴り響く警告音で、穹良は薄目を開ける。得られた狭い視界からの情報が脳内で処理され、穹良にヤバいという感情を起こさせる。
低空でホバリングしている二機の<Dフライ>の機首ガトリング砲の砲門と、目が合った。
四銃身のガトリング砲がゆっくり回転しだしたかと思うと、回転速度はすぐに超高速となり、四十ミリの機関砲弾がスコールのごとく降り注いできた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
自分めがけて殺到してくる弾丸に、穹良はコックピット内で頭を抱えて蹲る。穹良はパニックに陥り、ただただ攻撃に晒され続けることしかできなくなっていた。救いは<ルシフェル>が腕を掲げ、コックピットのある背中と頭部を守っていたことだ。
「やだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない……!!」
恐怖のどん底の中、穹良はうわごとの様に言葉を繰り返す。だが機体を動かさない以上現状を打破できる公算もなく、そうしている間にも機体はどんどん傷ついていく。
零式歩行戦機が一般的な歩行戦機よりも秀でている点は、竜力生成能力と運動性能、反応速度、堅牢性の高さである。現状の<ルシフェル>はそれらの長所全てが殺されており、零式が戦力として投入される意義がなくなっていた。
装甲に大穴が穿たれ、真紅の破片が血しぶきのように飛び散る。
高濃度の竜力を含有した特殊な素材で形作られた<ルシフェル>の装甲とフレームの強度は他の歩行戦機と比較ならないほど頑丈ではあるが、静止した状態で撃たれ続ければ、さすがに破損する。
火花を散らして装甲が吹き飛び、フレームがむき出しになる。右膝のシリンダーが変形し、コックピットのモニターに警告表示が出た。掲げていた右腕の肘関節が大破し、弾け飛んでコックピットを守るものが一つ無くなる。
「いやだ、死にたくない、助けて、誰か、助けて……!」
怯え、助けを請うが、<Dフライ>からの攻撃は止む気配を見せない。その時、一機の<Dフライ>の機体側面が爆発し、大きく姿勢を崩した。
『何してんだ00、機体を起こせ! 死ぬぞ!」
味方が助けに来てくれたと知り、穹良は泣きはらした顔を上げる。視界に入ってきたのは、両肩に大口径砲を担いだ二機の陸戦型歩行戦機だ。一機が<ルシフェル>を守るように前に立ち、両肩の大口径砲と右手のマシンガンを放って<Dフライ>の擬似竜力防壁を消失させる。
竜力の持つ反重力作用を利用する航空兵器は、搭載する擬似竜力生成炉で生成された擬似竜力の半分近くを揚力に消費する。そのため擬似竜力防壁の出力は低く、戦車砲弾クラスの砲弾を二発程度当てることが出来れば、防壁は消失してしまう。そうなれば、攻撃ヘリの発展形とも言われる<Dフライ>を墜とすことは難しくない。
歩行戦機は、脚部ラッチに搭載したボックス型の地対空ミサイルを発射すると、まずは一機撃墜する。
しかし、<Dフライ>もただ墜とされたわけではなかった。撃墜される寸前に切り離した二発のミサイルが、<ルシフェル>の前に立つ歩行戦機に命中し、擬似竜力防壁を飽和させる。そこへ、僚機を墜とされて敵討ちにたぎる二機目の<Dフライ>が機首を向け、直上からの機関砲弾を浴びせる。
<Dフライ>からの一連射は、機体背面にある歩行戦機のコックピットハッチも貫いた。主を失った機体は力なく崩れ落ちて膝を折ってから、上半身を爆発四散させる。
「……嘘、死んじゃった、の……?」
目の前で炎上する味方機を見て、穹良は呆然と呟く。無線からは、撃破された僚機のパイロットの名を悲痛な声で叫ぶ、もう一機の歩行戦機パイロットの声が聞こえてくる。その声はすぐに、残った<Dフライ>を憎しむ声に切り替わる。
『おい00、さっさとあの機体を墜とせ!』
「で、でも……」
<ルシフェル>の右腕は、先程の砲撃を受けて大破している。左腕は健在だがマシンガンが大破しているうえ、大腿部前面に搭載されている小型誘導弾発射管は、ハッチが破損していて使用できない。となれば、<ルシフェル>の攻撃手段は無いに等しい。
『背中にでけえ得物が付いてんだろ! そいつ使え!』
確かに<ルシフェル>の背面には、スラスターパックの左右に二門の高出力荷電粒子砲が基本装備として搭載されている。しかし威力が高すぎるため、一度使って以降穹良はこの装備を使うことを躊躇っていた。初めて使ったせいというのもあるだろうが、<Dフライ>酷似機の擬似竜力防壁を一撃で飽和させたうえ撃破している。その際、爆発によって吹き飛んできたパイロットの肉片が<ルシフェル>に降り注ぎ、モニター越しに眺めた血肉の雨がトラウマになっている。
「でも、これは……」
『いいから撃て! お前のせいで仲間が死んだんだぞ!』
自分のせいで、という言葉が穹良の胸に突き刺さる。<ルシフェル>自体も中破し味方を失ったとなれば、ボスからどんな仕打ちを受けるか分からない。過去には、ご飯を抜きにされて力が発揮できないうえに壊れたままの<ルシフェル>で出撃させられ、本当に死にかけたこともある。
「う、うう、うわああぁぁぁぁ!!」
もうあんな経験はしたくない。その一心で穹良は機体を起こす。右膝の損傷は軽微で、少し反応が重くなる程度のものだ。
背面ユニット左側にマウントされた荷電粒子砲を脇の間から前に引き出し、左腕で砲身を支える。今度は撃破してしまわないように、照準を少しだけずらした。
ロックオン警報を受けた<Dフライ>が、一騎打ちをするかのように<ルシフェル>の正面に回り込む。そして低空に高度を取ると、真正面から突っ込んできた。
穹良が荷電粒子砲の引き金を引く前に、低空で飛来する<Dフライ>から四発のミサイルが放たれる。
遅れて撃ちだされた荷電粒子の光軸が伸び、飛来するミサイルを巻き込んで爆発させる。爆炎を突き破って直進してきた荷電粒子砲のビームは<Dフライ>の擬似竜力防壁に命中して火花を散らしたが、すぐにこれを飽和させて機体にダメージを与えた。左翼を溶かし消された<Dフライ>は姿勢を崩し、まるで頭から泥に突っ込むようにして地面を抉る。
「……や、やったあ」
敵機を撃破してしまわずに無力化出来たことに、穹良は安堵の声を上げる。だがビーム攻撃を逃れたミサイルが一発残っていたことには気づかなかった。
警報がコックピット内で木霊する中、呆然とする穹良の瞳に映るミサイルの弾頭が大きくなる。そして、<ルシフェル>の胸部装甲に命中し、機体を吹き飛ばした。
「うぐううぅぅ……!!」
精一杯噛みしめた歯の隙間から呻き声が漏れる。それでも、穹良の体に傷はつかなかった。ただ<ルシフェル>の胸部装甲は大破し、内部フレームが露わになる。
『大丈夫か、00』
密林の中から、僚機である歩行戦機が姿を現す。右手には、<ルシフェル>が装備していたものと同じマシンガンが握られている。
「な、なんとか……」
息を整えながら応じる穹良に、『そうか』と返す。そして、耳を疑うようなことを穹良に命じてきた。
『なら、墜としたあの機体のパイロットを殺せ』
「……え?」
一瞬言っていることの意味が分からず、穹良は自分の耳を疑う。だが念を押すように、もう一度言ってきた。
『あの機体のパイロットはまだ生きている。だから、殺せ』
「……い、いやだ」
『だめだ、殺せ』
「いやだ」
『殺せ』
「いやだ!」
『殺せ!』
したくないことをさせられそうになり、穹良は思わず嗚咽を混じらせる。どうして自分が殺さなければならないのか。先日見てしまった人の手首を思い出して、泣き出す。
「いやだ、やりたくない……。もう、もう怖い思いはやだ……!」
『お前がやるんだ! お前のせいで仲間が死んだんだぞ! その責任は自分で取れ!』
責任がどうこうという話など、若干五歳の少女に分かるはずがなかった。だが歩行戦機のパイロットは乗機を使って無理やり<ルシフェル>を立たせて撃墜した<Dフライ>の元へ歩かせると、手にしていた七五ミリマシンガンを<ルシフェル>に握らせる。
そして<Dフライ>に取り付くと、機首上部の装甲に覆われたコックピットハッチを無理やりこじ開け、中のパイロットを露出させる。
怯えて震えているのが、よく分かった。
『さあ、殺れ。仲間の仇を、お前が取るんだ』
「や、やだ……、やだ!」
『まだ分かんないのか! これはお前が引き起こした事態なんだぞ!』
「そんなこと言っても分かんない!!」
泣きながら、必死の抵抗を試みる。だが、状況を打開できるだけの手段を、幼き穹良は持ち合わせていなかった。
「お前の処遇は俺の報告次第でどうとでもなるんだぞ! お前が殺らなければ、お前のことを拷問にかけることだってできるんだ!」
拷問という単語を聞いて、穹良は思考が止まったことを自覚する。以前出撃を嫌がり拷問にかけられたことがあったが、その際の恐怖の記憶が穹良の思考をがんじがらめにする。
そして、自分には選択肢がないことを認識した。もう、逆らえないのだと。
途端、穹良は感情が自分の中から消えていくような気がした。そしてゆっくりと<ルシフェル>の左腕を動かし、銃口を震えるパイロットに向ける。
『た、助けてくれっ! 助けてくれっ! 俺は死にたくない!」
パイロットが必死に命乞いをする声を、<ルシフェル>の外部マイクが拾って穹良の耳に届ける。
だがその命乞いを受け入れるという選択肢は、選べなかった。照準を額に合わせ、トリガーに指を掛ける。
すると助からないと悟ったパイロットは、今度は<ルシフェル>に向かって罵詈雑言を吐き始めた。穹良は既に聞く耳を持っていなかったうえに、半分以上は意味が分からなかったので気に留めることはなかった。
ただ最後の方で、穹良にも意味の分かる単語が聞こえた。
『――――この悪魔めっ! この世界に害悪をもたらす化け物めっ! 貴様たち半端者に安息の地なぞ無い! その死神の如き姿は、民衆に悪魔として映るだろう! いずれ勝つのは俺たち人間だ! 生まれてきたことを呪え、化け物っ!!』
この時の<ルシフェル>は、普通の機体なら原形を留めていないであろう程度の攻撃を受けていた。それでもなお自立する姿は、不死の怪物を想起させるに十分であったのだろう。
だが、穹良には関係のない話。生気を失った瞳でモニターを見つめ、何も考えずにトリガーを引き絞る。
呪詛の如き文句が、このパイロットの最後の言葉となった。
帰還した穹良は、機体を大破させたことと仲間を見殺しにした罰として、拷問された上に食事を抜きにされた。
このころには穹良は仲間内からも、化け物呼ばわりされるようになっていた。曰く、人間なら死ぬレベルの拷問にも耐えられるらしい。曰く、<ルシフェル>は破損しても修理に必要な資材を傍らに置いておくだけで自己修復をする。こういった話が仲間内で広まり、穹良は化け物という認識が広がっていった。
(私は、私は……、化け物なんかじゃ、ない……!)
独房の様な部屋で一人蹲る少女の呟きに耳を傾ける人は、一人としていなかった。




