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二章11 謝罪


 「穹良、反省会です。そこに正座してください」


 璃那は試合終わりの穹良をステージの袖に呼び込むと、正座をさせた。幸いにして次の試合は二人の所属していないチーム同士の試合なので、二人にはしばらく時間がある。


 「なんだ、なんで正座しなくちゃいけないんだ」


 靴を履いたままの正座に、穹良は不満を隠そうとしない。新品の運動靴は硬く、靴の縁がアキレス腱に、かかとが尻に食い込んで痛い。


 「なあ、色々痛いから足崩しちゃだめか?」


 目の前で立ってこちらを偉そうに見下ろしてくる璃那には分からないであろう痛みを訴える。


 「え、ああ、いいですよ。そうですよね、痛いですよね」


 許しが出たので穹良は素直に正座を崩し、横座りをする。そして璃那の顔を見上げ、もう一度自分がここに座らされている理由を問うた。


 「で、お前は私に何を反省させたいんだ?」


 穹良の口調から察するに、穹良は自分がステージ袖で座らされている理由の見当がついているようだ。だからと言って反省しているように見えるわけではなく、どちらかと言うと少し困惑しているようにも見える。


 「穹良は私が言いたいこと、分かりますか?」


 璃那は自分の言いたいことがはっきりと言えるように、まず穹良の自覚の程度を確認することにした。璃那の言いたいことと、穹良の反省の方向性が違ってでもしたら、ここから先の話は璃那の単なる八つ当たりになってしまいかねない。


 「ボールを弾いたことだろ」


 「あれもそうですが、あのボールの威力もです。ドッヂボールで当たった人が吹き飛ぶとこ、初めて見ましたよ。あんなボール、取れる人いると思いますか?」


 すると穹良は、不満そうに半眼を作った。


 「学校の授業とは個々の能力を使い、それを更に引き出していくために行うものだろう。なら、私が私の能力を使うことを、なぜ咎められなければならないんだ」


 穹良の言うことも、一理ある。確かに、学校は勉学、運動の能力を鍛えていく場所だ。だが、その場所において特異な存在はしばしば排除されるということも、また事実である。そして穹良は明らかに、得意な存在だ。排除される特異な存在に、力の優劣はない。仲間外れにされ、存在を社会的に否定されれば、個の有する能力の強い弱いは関係ない。璃那は、穹良にそうなって欲しくなかった。


 「では聞きますが、そう思っているならなぜ、あの一回しか力を使わなかったんですか? 使っていれば、一人で相手チームを全滅させることも出来たはずです」


 すると穹良は痛いところを突かれた、と言う風に言葉を詰まらせる。璃那から視線を逸らし、しばし思案してから押し出すように言葉を吐いた。


 「周りの目が、怖かった、からだ」


 璃那は穹良と視線の高さを合わせるために、彼女の正面に腰を下ろした。育ってきた環境上、正座し慣れている璃那にとっては靴を履いたままであろうと、大した問題はない。と思っていたが案外痛かったので、そっと靴を脱いだ。


 「周りの目が怖かったと言うことは、少なくとも自分が周りと比較した時に稀有な存在だということを自覚した現れですよね? 穹良が混血だとばれるようなことがあれば、最悪この学校に居られなくなります。私は、そんな風にはなって欲しくありません。その力を使うのは、やめてください」


 「学校に、居られなく……」


 璃那の言葉に、穹良はかがみの顔を思い浮かべる。もし自分がこの学校で騒ぎを起こせば、かがみにも迷惑が掛かる。それは、絶対に避けたい未来だ。


 「分かった。使わない」


 しぶしぶではあるが、能力を使わないと言ってくれたことに璃那は胸をなでおろす。自分でも周りの目が怖かったと言っているし、能力を使うことはないだろう。


 だが璃那が言うべきことはもう一つある。今までのはボールを弾いた件、そしてこれから言う必要があるのは、強力すぎるボールの威力の件だ。次に後者について話そうとした時、璃那の言葉を封じるように穹良が口を開いた。


 「あっちの件は、私も驚いてるんだ」


 「どういうことです?」


 穹良の言わんとしていることがいまいち掴めず、璃那はすぐに聞き返す。


 「球技なんかやったことがないし、ボールを投げたのだって記憶の中じゃ初めてなんだ。まさかあんな風になるとは、思ってもみなかった」


 先程の女子生徒に対してすまなく思っているのか、目を伏せながら呟くように言う。


 「え? 球技やったことないんですか? でも、学校で何かしらはやりません?」


 高校生になるまで、九年間は学校に通っていたはずだ。その期間に一度も球技を体験しないなど、相当難しい気がする。それ以前に、物凄く不自然だ。


 「……訳ありなんだ。今はその話はしたくない」


 璃那を一瞥する視線からは、何か思い出したくない過去がありそうな雰囲気が感じられる。「訳あり」の内容に強い興味をひかれたが、今は触れずに本題に戻ることにした。


 「分かりました。で、あれは意図したことではないということですか?」


 璃那の問いに、穹良はこくんと頷く。そして、溜息交じり呟いた。


 「私はまだ自分の体を制御することに慣れていない。人間と比べた時に()()()()()()()()ことがあるということを、自覚しないといけないのだな」


 嫌味でも自身の過大評価でもなく。半竜と人間という種族間の基本的な能力の差が、現実問題として穹良に降りかかっていた。


 「穹良……」


 本当は一番困っているであろう穹良に掛ける言葉が見つからず、璃那は力なく彼女の名を呟く。


 考えてみれば当然のはずだった。穹良は人の姿をしているが、体の半分は竜のものだ。圧倒的強さを誇り、一度暴れれば街の一つや二つを簡単に廃墟に出来るほどの能力を持つ竜の血を引いているという時点で、人と同様の扱いが通用すると考える方が愚かである。穹良からしてみれば、人間の少女など本気を出すまでもなく圧倒できるのだ。


 だが人間離れした能力を有していても、その能力を使うかどうかは彼女次第だ。そして先程からの様子を見るに、璃那は穹良が吹き飛ばしてしまった女子生徒に対して負い目を感じているのように見える。


 であるならば、璃那の役割は穹良の意思を確認し、その意思を速やかに実行に移せるようにサポートすることだ。


 「穹良は先ほど、『あんな風になるなんて』って言いましたよね。ということは、あの方に悪いと思ってるんですよね?」


 誘導尋問じみた言い回しに穹良は少し怪訝そうな目をしたが、何も感じていないという訳では無いので、おずおずと頷く。

 

 「それは、まあ少しは」


 「だったら、しなくてはならないことがありますよね」


 璃那は立ち上がると、穹良の腕を取って立ち上がらせようと引っ張る。


 「なんだ、ちょ、痛いだろ」


 不満を垂れながらしぶしぶ立ち上がる穹良に、璃那がきっぱりと告げる。


 「ほら、謝りに行きますよ」


 「え、ちょ、待て璃那」


 腕を引っ張ってステージ袖から引きずり出す璃那に、穹良は抗議の声を上げる。だがそんなことにお構いなしの璃那はステージ上で首を巡らし、穹良がボールをぶつけた生徒を探す。


 そして周辺にいる女子生徒をスキャンするように視線を送り、あることに気が付いた。


 「あの人、試合に出てるじゃないですか」


 「そりゃそうだろ。別チームの私とお前がこうして話してる時点で、他の二チームは試合中だ」


 璃那の間の抜けた発言に、穹良はやれやれと首を振る。急に呼び出して説教かと思えば、今度はこの間抜けぶりだ。正直調子が狂う。そして。


 「で、いつまで私の手を握っているつもりだ」


 先程から繋ぎっぱなしの自分の左手に視線を落とす。その手はがっちりと璃那の右手に繋がれており、まるで仲良しをステージ上でアピールしているみたいだ。


 「え? あ、ごめんなさい!」


 穹良に指摘されて、璃那も自身の右手に目をやる。そうしてようやく、手を繋いだままであったことを思い出し、慌てて手を離す。慌てたせいで、まるで振り払うような動作になり、璃那は少し申し訳なさそうにする。


 離された手のひらに視線を落とし、穹良は暫し黙考する。手に残った不思議なぬくもりが、なんだかとても愛おしいものに感じられて、「これが竜の巫女の力か」と呟いた。

 

 だが璃那にはこの呟きは聞こえていなかった。掌を見つめたまま押し黙る穹良を見て、彼女の機嫌を損ねてしまったのではないかと不安に陥る。


 「あの、ごめんなさい、痛かったですか?」


 伺い立てるように、おずおずと穹良の顔を覗き込む。その視線に気付いて、穹良は慌てて顔を上げると首を振った。


 「ああ、いや、大丈夫だ。気にするな」


 その時、女子側のコートで試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。試合を終えた二チームがコートから引き揚げていく中、璃那は件の女子生徒の姿を目に留める。


 「あ、ほら、いましたよ。行きましょう」


 璃那に連れられて、穹良は女子生徒の元へたどり着く。二人が何か自分に用がありそうだという雰囲気を感じ取ると、その女子生徒はこちらに顔を向けてきた。そして璃那の背後に隠れる様にしている穹良の顔を見るなり、小さな驚きに似た表情を作る。


 「すみません、ちょっとよろしいですか?」


 穹良の代わりに璃那が声を掛けると、女子生徒は璃那の方へ顔を向ける。そして声には出さないが、話を聞き入れる体制が出来ていることを伝えてきた。


 「ほら、穹良」


 まるで母親の後ろに隠れている子供みたいと思いながら、穹良に発言を促す。 

 

 「……思ったより元気そうだな。吹っ飛ばされておきながら次の試合にも出るとは」


 「え?」

 

 予想外の上から目線のセリフに、女子生徒はきょとんとする。


 「穹良、そうじゃないでしょう。他に言うことがあるはずですよ」


 肘で穹良のことを突っつきながら、小声で叱る。照れ隠しというか、気まずさを押し殺すための発言だろうが、今は時間がない。次の試合は璃那も穹良も出なくてはならないのだ。

 

 「さ、さっきはその、済まなかった。必要以上に強いボールを投げてしまって」


 穹良にぎこちない謝罪を見るに、彼女は謝りたくないというのではなく、謝り方が分からないのではないか、という疑念が璃那の中に浮かんでくる。学校で球技の経験がない理由を訳ありと言ったり、粗暴な言葉遣いの裏にどこか不安げな表情が見え隠れする彼女を見ていると、抽象的な表現ではあるが、「普通」の生活を送って来たわけではないような気がする。

 

 「そんなそんな、大丈夫だから、気にしないで。それよりあなた、すごいボール投げるんだね。びっくりしちゃった」


 頭を下げる穹良に、謝られた女子生徒は体の前で小刻みに手を振って朗らかに応じる。彼女の言葉には含みの様なものは感じられず、どうやら穹良のことはただの「すごいボールを投げる人」としか思っていないようだ。

 

 「あなたと東堂さんが試合したら、すごいものが見られそうだね」


 「東堂……?」


 誰のことか分からないという風に小首を傾げると、女子生徒はコート内で一際よく動いている、ショートヘアの生徒を指さした。


 「ほら、あの子だよ。あなたくらい強いボールを投げてるんじゃない? あ、また当てた」


 東堂と呼ばれた生徒に当てられた相手チームの生徒は吹き飛んではいないので、威力はこちらが上だと穹良は認識する。


 それにしても、と穹良は東堂という名の生徒の動きを追う。そして頭の中で先程の「せつな」という名の生徒と同一人物であることを認識し、彼女の名前が「とうどうせつな」であることを知った。


 「とうどう、せつな、か」


 軽快に動く彼女の名を口の中で呟く。得物を見つけた肉食獣のごとき闘争本能が彼女に対して湧き上がるのを、穹良は自覚していた。

 


 

 

 

 

 

 

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