二章番外編 機械仕掛けの出前少女
健吾と雪灘が高校で衝突事故を起こした日の昼頃。陸上自衛隊新琵琶駐屯地の司令官室で、副司令の夏冬春秋二等陸佐は駐屯地司令の佐藤影良一等陸佐にお茶を出しながら、世間話に興じていた。
「そういえば司令、あの話、知ってます?」
「あの話?」
片手で礼を述べて、机の上に出された茶を啜りながら夏冬に目を向ける。
「ええ、浦和重工の四日市工場に運び込まれていたATシリーズのY系統二機の改修が完了して、一般社会での運用試験に移行したって話です」
その話を聞いて、佐藤はものの見事に口の中身を噴き出した。
「なんだって?」
AT-Y系統と言えば、新琵琶駐屯地で機体の復元作業が行われているAT-00(C)<ヴィヴィアン>の直接の姉妹機にあたる。出自の詳細は明らかになっていないものの、<ヴィヴィアン>の指示を受けたY系統の二機は十年ほど前に浦和重工四日市工場に運び込まれ、<ヴィヴィアン>と同様に機体復元作業と、性能向上のための改装実験を受けていたと聞いている。
「運用試験って、そこら辺をうろついてるってことか?」
事の重大さに気付き始めて、佐藤は顎に手を当てる。
AT-00(C)<ヴィヴィアン>は、潜在的な戦闘能力を狙われた結果大破し、十年ほど前に沖縄近海で底引き網漁をしていた地元の漁船に回収され、その後新琵琶駐屯地に運び込まれた。そしてY系統の二機は<ヴィヴィアン>の試験機として海外で製作されたものだという。つまりは、手足の生えた自衛隊の重要機密が闊歩していると言うことになるのだ。
「なんでも社会経験を積みたいとのことで、隣街でアルバイトをしているそうです」
「どこで? いや、誰がそんな許可を」
大体、兵器の試作アンドロイドが社会経験やアルバイトを必要とするはずがない。誰か、そのことを二機に吹き込んだ存在があるということになる。
「駐屯地南駅付近のメイド喫茶で二号機が、中華料理屋で三号機がバイトしているそうです。吹き込んだのは、ヴィヴィアンって話ですよ」
「なんだと?」
<ヴィヴィアン>がいたずらをすること自体は、彼女の性格プログラム上不思議ではない。実際、作業にあたっている研究員たちはたまに<ヴィヴィアン>のいたずらの犠牲になっていると言う。だが、指示の内容が不可解だ。どうして姉妹機にアルバイトさせる必要があるのか。
「で、中華料理屋でバイトしてる三号機の方なんですけど、その店の出前範囲にここが入っているという情報がどこからか流れてきて、既に数回、出前で来ているそうなんです」
「ここにって、うちの隊員たちが頼んでるってことか」
「はい。なんでも、その三号機が可愛いとのことで、その顔見たさに出前を頼む隊員が増えているとかで」
「なにやってんだか」
やれやれと言う風に茶を啜る佐藤。
「で、私も興味がわいたので今日頼んでみました」
口に含んでいた茶が気道に入り込み、佐藤は今度は盛大にむせる。
「なんだって?」
「もうすぐ来るはずなんですけどね」
咳き込む佐藤の背中を叩きながら、夏冬は空いている腕で時刻を確認する。
すると、廊下を豪快に走る足音が聞こえてきた。
やってきた足音は司令官室のドアの前で止まると、「ここであってるよなあ」と少し不安げな声を漏らしてから。
「たのもーー!!」
司令官室のドアを文字通りの人ならざる力で蹴り開けて、岡持ちを手にした、赤いチャイナ服に身を包んだ銀色短髪の少女が飛び込んできた。その突飛な登場に、佐藤はまたしてもお茶を噴き出した。一日三回もお茶を噴き出すことなど、一生のうちにそうそうあることではないだろう。
「ダが出前をお持ちしたのダー!」
岡持ちを高く掲げて、少女が高らかに宣言する。
「君が最近噂の出前少女か。なるほど、確かに可愛いな」
「えへへー。褒めても何にも出ないのダ。あ、でもちゃんとご注文のエビ炒飯は出すのダ」
そう言って少女は岡持ちを開け、夏冬が頼んだエビ炒飯を手渡す。器にはラップが貼られているが、中で米粒が盛大に暴れ回った痕跡がある。
「君、形式番号とコードネームは?」
夏冬の背中越しに顔を出して、佐藤はチャイナ服の少女を眺める。
銀色の髪は短く、横髪がところどころ跳ねている。つんと立ったアホ毛は<ヴィヴィアン>のものより細く、彼女よりも活発そうな印象を与える頭髪だ。目はやや垂れ目気味だが瞳は大きく、無邪気な光を宿している。一見すると十代半ばのうら若き少女なのだが、頬から露出している線形の蛍光緑色のユニットが、彼女が人間でないことを証明している。彼女が顔を動かすと、蛍光緑色のユニットが光を反射して艶やかに輝いた。
「ダはダなのダ。番号は、AT-Y03(C)なのダ。以後お見知りおきを、ダ」
「ダ? 本当に、そういう名前なのか?」
疑うような佐藤の眼差しに、<ダ>は不満そうな半眼を作る。
「嘘だと思うなら、調べでもすればいいのダ。すぐに、嘘じゃないのはわかるのダ」
「分かった、信じるよ。でも変わった名前だな。誰につけてもらったんだ」
「ヴィヴィねえがつけてくれたのだ。だから変わった名前なんかじゃないのダ」
その時、佐藤の制服の懐で携帯電話が振動した。誰かと思って取り出してみると、覚えのない番号からの着信だ。試しに出てみると、生身の女性のものと聞き紛うほど滑らかな合成音声が佐藤の鼓膜を震わせた。
『そうだよー、私が丹精込めて付けた名前なんだから、変なわけないじゃん』
噂の人物あらためアンドロイド、<ヴィヴィアン>からの着信に、佐藤と夏冬は驚きの声を上げる。
「ヴィヴィ? お前、こっちの会話聞けてたのか?」
「ダが中継してるのダ」
「なんだって?」
『ダーちゃん、ありがとねー。ちゃんと見えてるし、聞こえてるよー』
「おい、どういうことだヴィヴィ、ちゃんと説明しろ」
「ダとチカねえは、ヴィヴィねえに頼まれてバイトしてるのダ」
<ダ>の言葉に、夏冬が質問を返す。
「頼まれて? どういうことなんだ?」
夏冬の質問を<ダ>が聞き、<ダ>を経由して<ヴィヴィアン>の声が佐藤の手にする携帯電話から出力される。
『だってだって、私の方が年上なのに妹たちの方が先に体が完成してて、私のはまだだっていうんだもん。羨ましいからさ、先に外に出て色々見て来てって頼んだの。で、そのデータを共有してって。ただブラブラするのもいいけど、どうせなら街の人の役に立つ方がいいと思って、四日市工場の人と話し合って、勤務している人の親族の方のお店で雇ってもらうことにしたの』
「そういうことか……」
受話口を少し口元から話して、佐藤は少し考え込む。
<ヴィヴィアン>の体の再製造が遅れているのは、彼女の体を構成するパーツが技術的に再現困難だったからだ。彼女の体は最初に製造されてから半世紀ほどしか経過していないのに、あまりに高度で修復は困難を極めた。だが彼女自身にその原因はなく、快活で無邪気な性格設定の彼女にとっては、いわば外で遊びたくても入院しているかのようなもどかしさが付いて回っていた。
そういった彼女の境遇を考えれば、先に完成していた妹たちを使って外を眺めたくなる気持ちもわかる。だが彼女とその妹たちは、市販されているようなロボットとは訳が違うのだ。
『司令? 勝手なことしてごめんね? でも、妹たちがずっと籠の中にいるっていることも、私は嫌だったの。せっかく人の形をしてて、人と接するために生まれてきたのに、そうできずにただ眠っているだけ。そんなの、嫌。ダもスネグラチカも嫌って言ってた。だから出してあげたかったの」
「ヴィヴィ、お前はその体のせいで、多くの勢力から狙われてきたんだろ? その体と似た機能を持つ姉妹機が外をほっつき歩いていることが明るみに出れば、お前がかわいそうだと思う妹たちも危険な目に遭うかも知れないんだぞ」
「それは大丈夫なのダ。ダたちは改造してもらったから、ちょっとやそっとじゃ負けないのダ」
「それ以上のが来たら?」
佐藤の質問に<ダ>は視線を泳がせた後、はっきりと言い切る。
「お前たちが守ってくれるから、心配ないのダ」
その答えを聞いて、佐藤も夏冬も肩を落とした。ATシリーズは高性能の人工知能を搭載しているはずなのに、まるで物事の後先を考えていない。子供の会話そのものだ。
佐藤は溜息を一つ吐いてから、電話口に戻った。
「ヴィヴィ、お前の言いたいことは分かったし、妹たちをどうするかもお前に任せる。だがな、自分たちがただの人形じゃないってことを忘れるなよ」
『……はい、司令』
落ち込んだ声で<ヴィヴィアン>が返答した後、佐藤は電話を切って<ダ>に向き直った。
「さて、ダ。私も明日からたまに出前を頼もうかと思う。来てくれるかな」
すると<ダ>は佐藤の言葉の意味が分からないという風に、「だぁ」と声を漏らしながら首を傾げた。
「今の話の流れで、明日からもうちの出前を取ってくれるのか?」
「一度世に出てしまったものを隠すと、その理由を疑われる。出てしまったのなら、とことん出して周囲にとっての当たり前にでもしちまう方がいいこともあるんだ。君は、ここによく出前に来るバイトの子っていうことで馴染む方がいいのさ」
「ふうん、よく分かんないけど、分かったのダ。じゃあ、明日もお電話お待ちしてるのダ」
満面の笑みで挨拶すると、<ダ>は司令官室を後にした。去り際の彼女のうなじで、銀色のハッチ状のカバーが煌めく。
「よかったのですか?」
司令官室のドアの方に視線を向けていた夏冬が、佐藤の方へ顔を向ける。
「あれくらい精巧なアンドロイドは民間機でもあるし、存在自体は問題ない。ただ、あの<ヴィヴィアン>の直系っていうのが少しばかり厄介ってだけだ。それに、<ヴィヴィアン>を上回る性能を持ったATシリーズも稼働してるって話だ。だったら、同じ性能でも骨董品みたいなやつより最新型の方が狙われるだろ」
「だとしたら、なぜあのようなことを?」
「単なる性能面の問題じゃない。あの機体はクラシック的な価値も高いし、それは<ダ>も同じだ。自分の体を大事にしたいなら外に出ない方がいいだろうし、それでも外に出たいなら出ればいい」
「かわいい子を旅に出させるか、箱入りにするかの選択を彼女たちにさせた、と言うことですか」
「まあ、そんなところだ」
またそんなこと言って、と夏冬は心の中で呟く。
佐藤の返答の間合いやニュアンスから、他意があることは明白だった。確証はないが、佐藤司令には何か個人的な理由で<ヴィヴィアン>や<ダ>を外に出したくない理由がある、そんな気がした。その理由が先の大戦中に失った一人娘に由来するのかは分からないが、彼が<ヴィヴィアン>について話すときの表情や話し方から、彼女に対する思いが単なるアンドロイドへ向けたものとは異なることくらい、夏冬にも分かっている。
そしてそれは、<ヴィヴィアン>の妹たる<ダ>についても同様なのだろう。
「明日は何を頼みましょうかね。エビ炒飯、美味しかったですよ?」
「考えておこう」
午後の業務開始まで、二人の雑談は続いた。




