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二章5 家に帰るまでが登校


 「はー、腹減った」


 教室に戻った健吾は席に着くなり、机のフックに掛けていた鞄を開けた。昼休みの前半は井賀崎の話に付き合っていたため、これから遅めの昼食だ。開けた鞄から弁当の包みを机の上に出して広げたところで、前の席に座っていた真が体をこちらに向けてきた。


 「お帰り、健吾。あれ? あの二人は?」


 「購買で飯買って来るって、一緒に一階に行った」


 「へー、もう仲良くなったの?」


 素直に肯定していいものだろうかと、健吾は二段の弁当箱を並べながら考える。


 今のところ仲の悪そうな雰囲気はないが、かといって仲がいいと判断するのは尚早というものだ。だが何となく、あの二人は仲良くなるような気もする。だから健吾の期待も込めて、真への返答とした。


 「んー、仲良くなるために一緒に行った、ってとこかな」


 「ふうん。で、話って何だった?」


 ご飯を一口、口に運んで咀嚼を終えてから、健吾は声のトーンを落として答える。


 「()()()の話だ」


 すると真は瞳を大きくして、眉を顰めた。


 「あの子もなの?」


 「いや、あいつ自身は人間だと。ただ、俺たちのことが認識できるらしい」


 「なるほど、巫女かなんかの類か。この辺は元々竜神を奉る神社も多いしね」


 納得したように一人で頷く真。


 二人の中にあった、今これ以上このネタを話すのはやめようという共通認識が、ここで会話を終わらせる。


 今頃穹良と井賀崎はどんな会話をしているのだろうか。購買で買い物をしているであろう二人の姿をちらりと思い浮かべながら、健吾は口を動かした。





 一方そのころ、井賀崎と購買に来ていた穹良は、陳列された商品を眺めていて、あることに気が付いた。その「あること」を確かめるためにまずはブレザーのポケットを検め、それから今朝鞄の準備をした時のことを思え返す。


 (ない)


 「穹良さn、じゃなかった、穹良、買うものは決まりましたか?」


 既に買うものを決めていた井賀崎が、その商品を手にして穹良の元へやってくる。


 「璃那、私、財布持ってない」


 「え、教室ですか? 取ってきましょうか?」


 だが穹良は小さく首を振る。この場合、穹良が否定しているのが「教室に忘れたこと」なのか、「自分が取りに行くこと」なのかを迷い、井賀崎はとりあえず前者の可能性を口にする。


 「えっと、家に忘れてきたんですか」


 「そう、みたい」


 少し残念そうに目を伏せる。その時、穹良のお腹が小さく音を立てた。


 それを聞いて井賀崎は、内心ずっこけそうになった。幼いころから祖父に言い聞かされてきた半竜の印象とは、健吾も穹良もかけ離れすぎている。


 半竜とはもっと荘厳で尊大な、人間のことなど歯牙にもかけない存在ではなかったのか。


 しかし今井賀崎の目の前にいるのは、自分と何ら変わりない、人間臭い存在だ。これが、祖父の言う半竜の本当の姿なのか。それとも、自分はまだ半竜の何か重要な要素を見落としているのか。


 少なくとも今の穹良は、そこらへんにいる普通の女子高生と、何ら変わりない。


 「私がおごりますよ。何がいいですか?」


 「これにする」


 そう言って穹良が陳列棚から取り出したのは、二個入りのカツサンドだ。一パックのカツサンドしか選ばなかったことに軽く驚いて、井賀崎は穹良に顔を向ける。


 「これだけでいいんですか? もっと買っていいんですよ? 飲み物とかも」


 「いや、十分。それにおごらなくていい。明日、ちゃんと返す」


 「そ、そうですか? じゃあとりあえず、お会計してきますね」


 踵を返し穹良に背を向けて、井賀崎は目を泳がせる。おごると言えばもっと注文が来るとばかり思っていたのに、まさか一品だけで、しかも返金すると言っている。予想を裏切るばかりの穹良の言動に、井賀崎は軽く動揺していた。


 井賀崎の祖父は、妄信的に竜族を崇める人だった。そんな祖父に嫌気が差した父親が家を出て行ったのは、もう十年近くも前の話。今思えば祖父は竜族を崇めるばかりで、現実を見ようと、今の竜族がどんな生き方をしているのかを見ようとはしてこなかったのかも知れない。そして井賀崎にとっては、小さく腹を鳴らし、施すからと言って過分な要求はしてこない穹良が、現実の半竜の姿だ。少々大仰な言葉づかいで高圧的な態度にも思えるが、言動の内容自体に嫌味さは感じない。それが井賀崎の知る、半竜の姿だ。


 「ありがとうございましたー」


 昼休みが半分以上過ぎていることもあり、購買のレジもすっと済んだ。会計を済ませて購買を後にし、カツサンドを穹良に手渡す。 


 「はい、どうぞ」


 「む、すまんな」


 素直に礼を述べ、受け取る穹良。そんな彼女に、井賀崎は微笑を返す。


 「そう言えば穹良s、おっほん、穹良、穹良の家は大丈夫でしたか?」


 「ん? ああ、問題ない。私の家はちょっと離れてたからな」


 (私はちょっと大丈夫じゃなかったがな)


 守護者を召還した際、健吾には自分の体を動かすと思えなどと言ったが、穹良自身も<ルシフェル>を動かすのは久しぶりで、正直苦労した。ましてや相手パイロットを殺さないようにとなると、使う神経も違ってくる。


 「そうだったんですね、良かったです。クラスの中には家が壊れたっていう人もいるみたいですし」


 「そう、か」


 やはり身近なところに被害を受けた人がいるらしい。自分のせいで。自分が、この街に戻ってきたせいで。


 「穹良? どうしました?」


 不意に歩く速度が落ちて俯きだした穹良に、振り返って声を掛ける。すると穹良は顔を上げ、小さく首を振った。


 「いや、何でもない。その者は不憫だな、と思って」


 「そうですね。早く復興してくれるといいですね」


 「そう、だな」


 首を巡らし、穹良は窓の外に視線を向ける。快晴なのに、穹良は心が曇っていくような、不快な感情を味わっていた。






 放課後。高等部棟から校門までの道すがら、健吾は昼から気になっていたことを、前後に人がいないことを確認してから井賀崎に投げかけた。


 「なあ、井賀崎が昼に言ってた、特殊な環境って、どんな環境なんだ? どうして、俺たちのことがそうだって分かったんだ?」


 昼に一応の説明は受けているが、いまいち理解しきれていない。人間でありながら竜力を感知できるという話も、正直半信半疑な部分がある。


 「簡単に言うとですね、(竜力濃度が)濃い場所で育てられたんですよ。そういう人は皆さんとは少し違った力を持つらしいんです。その力が、巫女には必要なんだそうです」


 「その力ってので、俺たちを見分けたのか」


 「まあ、そんなところです」


 半ば信じがたい話ではあるが、穹良も彼女の力を認めている。という事は、健吾はまだ感じ取れていない特別な力を、彼女も有しているという事だろう。


 その力は、彼女に一体どんな影響を及ぼしてきたのだろうか。その力で不利益を被ることもあったのだろうか。そのことを尋ねる勇気は、今の健吾にはなかった。


 そこでふと、健吾は新たな疑問を頭に浮かべた。


 「なら、何で真には声を掛けなかったんだ?」


 半竜の存在が探知できるなら、真に声を掛けたっていいはずだ。だが井賀崎はそうしなかった。


 「えと、どちら様ですか?」


 困ったような表情で頬に手を当てながら小首を傾げる井賀崎。どうやら分かっていないらしい。


 「俺の前の席のやつ」


 すると、今まで黙って健吾の隣を歩いていた穹良が反応を示した。


 「ああ、あいつか」


 哀れ真。竜の巫女には認知してもらえず、まだ一言も口を利いていない穹良にあいつ呼ばわりされるとは。


 「今朝視線を感じると思ってその方向を向いたら私を見ている男がいたから、何かと思って見返したら固まってしまったので無視したんだが、そいつもそうだったのか」


 「真、お前のこと怖がってたぞ」


 「正しく怖がることは身の安全につながる」


 それはそうなのだが。返答に困っている健吾の隣で、井賀崎はまだ頬に手を当てたまま真のことを思い出だそうとしているらしい。


 「私はまだ未熟者でして、一定以上の力の方でないと認識できないんです。西島さんの言うその方は、その、お言葉ですが、そうでもない方と言うか」


 本人の居ないところで、大したことない奴みたいな評価をされる真。さすがに少し不憫に思えてきたので、本人たちに変わって健吾が心の中で謝っておく。


 そうこうしているうちに、三人は校門まで来ていた。


 「今日は色々とお話しできて、とても楽しかったです。お二方とも、ありがとうございました」


 健吾、穹良と向き合う形で、井賀崎は一礼する。


 「私も楽しかった。また明日、話そう」


 穹良の言葉に、井賀崎は笑顔と共に頷く。


 「では私はこっちですので」


 二人に会釈し、井賀崎は踵を返して歩み去ってゆく。その背中を少しだけ見送ってから、健吾は穹良の方を向いた。


 「よし、んじゃあ俺たちも帰るか」


 「なんで私とお前が一緒に帰るんだ?」


 「え?」


 想定していなかった一言に、疑問符が飛び出る。まさか一緒に校門まで来て、帰る家も隣なのに、別々に帰ると思っていたのだろうか。でも穹良のことだ。昨日言った「一緒に行こう」という言葉を額面通りに受け取り、往路だけ一緒に行くと考えていてもおかしくない。


 「約束は果たしただろ?」


 やっぱりそうらしい。


 なぜか。その答えを明確に提示するのは難しいように思われる。言ってしまえばただ一緒に帰りたいだけなのだが、その理由を問われると、答えに窮する。どう答えようかと頭をひねっていると、妙案が浮かんできた。


 「遠足って、家に着くまでが遠足だって言うだろ?」


 「なんだそれ」


 まさかこの例えが通じないとは。だがここは、どうにか押し通すしかない。


 「遠足って、そういうもんなんだ。家に着くまでが、一連の行事。つまり俺が言いたいのは、一緒に学校行こうって言ったのはただ行くんじゃなくて、帰りまで込みでの話なんだ」


 一体何を力説しているのか。頬が熱く感じられるのは、西日が当たっているせいじゃないだろう。


 「ふうん、そういうものか。なら仕方ない」


 仕方ないと言われたことに内心肩を落としたが、それよりも一緒に帰ってくれる喜びの方が健吾にとっては大きかった。


 「よし、じゃあ行こうぜ」


 夕日が街並みを橙色に染め上げるなか、長い影を携えた二人は駅に向かって歩いてゆく。グラウンドから聞こえてくる、部活動に精を出す生徒の声が、放課後の情緒を加える。


 ――――こうして穹良と一緒に帰れる


 その事実が、健吾にはすこぶるうれしかった。





 「あ、お帰り」


 天智駅を後にし、帰路の途中の天智商店街で健吾を見かけて声を掛けてきたのは、先に帰宅して夕飯の食材の買い出しに来ていたかがみだった。トートバッグを肩から下げ八百屋から出てきたかがみは、健吾の後ろに穹良の姿を認めるなり、顔を背けてしまう。


 「あの、かがみ……」


 「んじゃあたしまだ買い物が残ってるから、健吾は先に帰ってて」


 穹良の言葉を完全に無視し、一方的に話して背を向けると、そのまま歩み去ってしまった。


 「あ、おいかがみって、もう聞いてねえな」


 人ごみを行くかがみの背中を目で追うが、時間帯的に商店街は混雑している。小柄なかがみの姿は、人ごみに紛れてすぐに見えなくなってしまった。


 「私は……」


 穹良のか細い声が、健吾の耳朶を打った。

 

 「私は、本当にかがみと話せるようになるのか……?」


 喧騒に包まれつつある商店街の中でも、穹良の言葉ははっきりと届いた。


 なる。そう信じているのに、そのことを口にすることが憚られて、結局別のことを口にした。


 「また明日試そう。あいつも、色々思うところがあるんだ」


 「……そう、だな」


 目を伏せた穹良が、健吾の後ろをとぼとぼと付いてくる。健吾としてもこんな姿の穹良は見ていていい気がしない。どうにか現状を打開したいのだが、いい案が浮かばない。一体どうしたらいいのか。青空と夕日の色が混ざって紫色になりつつある空を見上げてみたが、やはり何も浮かばなかった。


 


 



 


 

 


 

 

 


 


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