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二章2 まさか女子に話しかけられるとは


 「おーっす健吾、おはよー」


 教室に入るなり、朝から元気な清水ヶ原真の声が飛んできた。


 健吾は教室に入る瞬間、真が何をしているかに目を向けていた。何故かと言うと、今のように元気のよい挨拶が飛んでくる可能性を考慮していたので、少しでも動向を探っておきたかったのだ。それくらい、健吾は家族と一部の人を除く、他人とのコミュニケーションに抵抗を感じている。


 「ああ、おはよう、真」


 少々のぎこちなさを露呈しつつ、挨拶しかえす。今の今まで他の男子と談笑していたのに、どうして教室に入った瞬間、来たことがばれたのだろう。いや、理由は明白か。


 「なんだお前、高校生活二日目で、もう女の子と一緒に登校か? 憎い奴だなあ」


 健吾が席に着くなり、振り返るようにして身を乗り出してきた真が、健吾の耳もとで囁く。


 「ん? うん、まあ、な」


 別に隠すことでもないと思い、しかし大っぴらに認めるのもどうかと思い、はっきりとは答えない。


 だが真にとっては、健吾がなんと答えようと、どうでもよかった。朝っぱらから女子と一緒、というシチュエーション自体が妬ましい。ただそれだけのことだ。


 「け~っ、何だ、お前ってモテるのか。羨ましい。俺も女の子と一緒に学校来たいぜ」


 「別にモテてないよ」


 こういう絡み方をされるなら、はぐらかしておいた方が良かったかも知れない。しかし時すでに遅し。


 真は、健吾と一緒に来た子がどんな子か観察しようと、自分の席に向かう穹良のことを目で追う。健吾の机に頬杖をつきながら首を巡らせ、席に着いた穹良の横顔を見つめる。


 「にしても、へえ、結構可愛い子じゃん。お前にはもったいないんじゃないか?」


 「なんとでも言え」


 もったいないだとかを言われる筋合いはないので、真の発言の後半部分を無視する。それに結構可愛いじゃない。可愛いのだ。


 その時、穹良の横顔を眺めていた、小さな吐息の様な声を漏らした。


 「どした?」


 席に着いてから、鞄の中身をいじったり机の中身をいじったりとしていて周りに目を向けていないかった健吾が、顔を上げる。すると真が、健吾から見て左方向を見て固まっていた。


 「あ、いや……」


 言葉を濁す真であったが、その様子が気になって、健吾は真の視線の先に目を向ける。


 ――――あ、穹良の席って、そこだったんだ


 そこ――――真の二つ左隣――――には、着席した穹良がこちらを向いていた。その目には感情が伺えず、言い方を変えれば、まるで防犯カメラのような、無機的な目と表現できなくもない。


 しかしながら、真が固まってしまうほどの要素は感じられない。確かに受け取り用によっては怖い目ではあるが、健吾の感覚からして言えば、きょとんとしているようにも見える。


 「……なんだ、私の顔に何か付いてるのか?」


 「いえ、あ、その、失礼しましたっ」


 唐突に穹良に話しかけられた真がバネ仕掛けのように飛び上がって、前を向いて座る。見つめられていた当人の穹良は、状況が理解しきれていないという風に小首を傾げて健吾に視線を投げかけたが、健吾も真が何をしたかったのか理解していないため首を傾げ返す。すると穹良は若干不服そうではあったが、黙って前を向いた。


 「……あの子、だったんだね。すごい力を感じるよ」


 穹良の方を見ないよう、右回りで健吾の方に顔を向ける真の声には、恐怖が滲んでいた。健吾からしてみれば、声を掛けられたくらいで何を怖がっているのか、と思う程度だが、真には健吾にはない感知機能のようなものが備わっているという。その機能が、真に恐怖心を与えるという形で機能したのだろうか。


 「そうか? でも昨日の時点で、この教室にもう一人いるって分かってたんだろ? それが穹良だっていうのは、昨日は分かってなかったのか?」


 すると真は恐怖顔から一転、表情を驚きのものに変えて。


 「ちょ、おま、もうあの子のこと、下の名前で呼んでんのかっ?」


 「え? もうって、昔からそう呼んでるから……」


 「昔から!? なあ、お前とあの子ってどういう関係だよ」


 ――――うーわ、めんどくせえ


 会話に対する経験不足と、素直に答えようとする自身の性格を少し呪う。先程も素直に答えたばっかりに、絡まれかけた。


 だが答えてしまった以上、もうはぐらかすことは出来ない。かと言ってこの先の発言で更に会話の裾野が広げられるのも、勘弁願いたい。しばし思案した後、自分には会話の方向性や展望を予知する能力が非常に低いことを自覚して、健吾は根ほり葉ほり聞かれる覚悟を決めた。


 「どういうって、昔の知り合いだよ。昨日たまたま久しぶりに会って、同じ学校に行ってるって分かったから、家の方向も一緒だったし、一緒に来たってだけだ」


 「つまりは幼馴染か!? いいなあ、幼馴染の女の子と一緒に登校とか、全男子高校生の夢だもんなあ。それを叶えちまうなんて、なんて羨ましい野郎だ!」


 ――――全男子高校生の夢が一つみたいに語るな


 詰め寄ってくる真の圧に引きながら、健吾は表情を引きつらせる。


 この話題は、早々に切り上げてしまいたい。そうしなければ、興奮して声量が上がってきた真とその話し相手である健吾の方へ、クラス内の視線が集まりかねない。


 「それより、昨日は大丈夫だったか? 結構被害も大きかったみたいだし、家の方とか……」


 すると話題をすり替えられた真は冷静さを取り戻したのか、乗り出した身を引いた。


 「ああ、俺んちは大丈夫だったよ。家に居た家族もちゃんと逃げてたしな。心配したのはむしろ、俺の方だぞ?」


 「どういうことだ?」


 心配してくれたのは嬉しいことだが、「むしろ」が付随する意味は分からない。


 すると周囲に発言が聞かれることを警戒するように、真は声のトーンを落とした。


 「あの時間帯に、お前の力らしきものを感じた気がしたんだ。だからもしかして、危ない目に遭ってるんじゃないかと思って」


 力という単語に、健吾には思い当たる節がある。昨日の真の話から考えると、真が感じた力とは、零式を召還した時に発生した膨大な竜力のことだろう。だが「らしきものを感じた気がした」という表現を選んだという事は、それくらい曖昧な感覚だったという事だ。つまりこの件に関しては、誤魔化すことができる。


 「……多分、気のせいだろ。俺はその時間は家に居たし、危ない目になんかあってないぞ」


 「ならよかったけど。にしても、あんなことが近所で起こるなんて、日本に居ても安心できない時代になったな」


 国土面積に対する竜の生息数が世界有数の日本では、大型の竜が市街地で暴れて被害を出し、自衛隊が出動して実力を行使するという事例も少なくない。しかし今回のような、国外の武装組織が自衛隊に手を出すというのは、初めてのことだ。今後は同様の事例を出さないような対策が求められるが、具体的な対策に必要な要素がどういったものかは、一介の高校生である健吾に分かるはずもない。


 「そうだな。実行犯たちは反人系の竜族って話だし、竜の血を引く人たちに対する迫害がひどくならないといいけど」


 そこまで言ったとき、健吾はふと自身の奥底に何かが触れるような感覚を覚えて、顔を強張らせた。

 

 「ん? 健吾、どうした?」


 「あ、いや……」


 数分前と立場が逆転したようなやり取りを交わしながら、健吾は教室内に目を配る。


 まるで魂にでも触れられたかのような、自分の奥底に何かが干渉するような感覚だ。無断で体内に入ってくる感覚にも関わらず、不快感のようなものは感じない。むしろ暖かくて懐かしいような、安心する感覚だ。


 だがこの感覚の根源がどこにあるのか、全く分からない。自分の中にあるのか、はたまた外部からの干渉なのかをはっきりさせたくて、健吾は首も動かして周囲を探る。


 すると、穹良の席に歩み寄り、彼女に話しかけようとしている、黒髪の少女の後ろ姿が目に留まった。


 その黒髪の少女の姿を見た途端、健吾は自身の中で安心するような不思議な感覚が増幅するのを感じ取り、彼女に強い関心を持った。この不思議な感覚の根源が彼女にある気がして、彼女の動向を注視する。


 黒髪の少女はこちらに背を向けているが、穹良を見下ろすような形になっており、口元を含めた横顔が健吾の席からも見える。その口元が動き、少女が声を発した。


 「安曇野穹良さん、ですよね」


 声を掛けられた穹良が顔を上げ、怪訝そうな視線を少女に向ける。


 「なんだ」


 「少しお話したいことがあるんですけど、お昼に少しお時間いただけますか?」


 随分と丁寧な口調の少女だ。例え初対面だとしても、同学年に対する言葉遣いとしては、あまりに丁寧過ぎる。まるで目上に人に話しかけるような丁寧語を不思議に思いながら、耳をそばだて続ける。


 「別に構わない」


 「そうですか。ありがとうございます。それでは、お昼に」


 不自然な丁寧口調を疑問に思わなかったのか、穹良はさっさと会話を切り上げるように彼女から視線を下げる。そして穹良が既に意識を向けていないにも関わらず丁寧に一礼すると、今度は回れ右をして健吾の方へ歩み寄ってきた。


 ――――え、なに? 俺にも用あんの?


 まさかと思いつつ身構える健吾の前で足を止めると、少女はにこやかな微笑と共に会釈をしてきた。


 ――――え、なに? これから話しかけられんの?

 

 しかもこんな可愛い子に? という疑問と、でも誰だこいつ? という二つの疑問を浮かべつつ、健吾も会釈し返す。何故か隣の真も、つられて一緒に会釈した。


 健吾の中に湧き上がった感覚と似た雰囲気を持つ、不思議な少女だ。外見には特徴といった特徴はなく、健吾の感覚から言わせてみればどちらかというと地味目の部類に入る顔立ちだが、垂れ目気味の目元からは物腰の柔らかさを感じる。黒いセミロングの髪は艶やかで、前髪の一部を左側に寄せるための赤色の髪留めと、横髪をまとめる赤い帯状の髪留めが映える。特に帯状の髪留めが彼女に、健吾の連想する巫女の様な印象を抱かせる。


 「西島健吾さん、ですよね?」


 控え目な声音で名前を呼ばれた健吾は、おずおずと頷いた。


 「そう、ですが」


 彼女の丁寧口調が移ってしまったことに気づき、健吾は人知れず照れ隠しをする。それくらい、健吾は例外を除いて女子と話すことに慣れていない。


 思えば、穹良と普通に話せるのが不思議なくらいなのだ。かがみや暮月とは日常生活を共にしているので何の弊害もなく話せるが、それ以外の横並びの女性となると、途端に会話のハードルが高くなる。真と話すのにすら緊張を伴うというのに、初対面の女子と話すなど、心拍数が跳ね上がってしまわない訳がない。


 「少しお話したいことがあるんですけど、お昼に少しお時間いただけますか?」


 穹良に聞いたときと全く同じセリフを吐く彼女に、声が震えそうになるのを必死に抑えながら頷く。


 「昼だな、分かった」


 「ありがとうございます。ではまた、お昼に」


 そう言うと彼女は、一礼して自分の席へ戻っていく。


 その時健吾は、戻っていく彼女との距離が離れるほどに、感じていた不思議な感覚が薄れていくのを自覚していた。だが今の健吾にとってそれは大事な問題ではなく、女子から話しかけられ、しかも個人的に呼び出された、というイベントの重大さに思考を支配されていた。加えてそのイベントを無事に終えることができたという安堵に浸り、自身の身に起きた小さな異変に気付くことは出来たものの、気に留めるまでには至っていなかった。


 

 

 



 

 

  


 


 


 



 

 


 

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