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一章幕間 胎動

 

 東南アジア某島。高温多湿の熱帯雨林の中に、石造遺跡群がある。密林の奥地にあるこの遺跡は、周辺に埋設された過去の紛争の遺産である地雷の存在もあって、普段人が近づくことはほとんどない。そのため秘匿性に優れ、堅牢性も申し分ないため、竜族系武装組織「スラバヤ連合」が根城として利用している。


 その石造遺跡の地下設備に、一人の男が入っていった。地下神殿として作られた遺跡は地下空間が広く確保されており、大型兵器の格納に適している。後は竜力の作用を利用して石壁や石柱を竜力に変換し、都合の良い形状にイメージして再構築すれば、石造の格納設備の完成となる。資材を持ち込まなくても、現地にある素材を竜力を通じて成型すれば、人工物などあっという間に作ることができる。過去には錬金術と言われたこともあった、高等の竜族のみがなせる業だ。


 そうして作られた地下格納庫に、男が情報をもたらしたい相手がいた。彼は石質の回廊から格納庫全体を眺めつつ、眼下で働く部下たちに指示を飛ばしている。


 「ボス」


 「どうした、アスリ」


 ボスと呼ばれた男が、アスリという名の褐色の男の方へ振り返る。アスリはボスに近づくと、耳元で入手した情報を呟いた。


 「サントソの部隊が、作戦に失敗したそうです。<ルシフェル>と、突然現れたもう一機の黒い“天使”に部隊は壊滅、パイロットたちは皆拘束されたと」


 「……そうか。サントソは無事なのか」


 「はい、サントソ含め三名は逃亡に成功したと」


 瞑目して、報告を噛みしめる。愚直で、人間たちへの復讐に燃えた、大切な同胞だ。おそらく、組織のためを思って功を焦ったのだろう。


 「大体、無茶な作戦だったんですよ。日本国内から“天使”たちを盗み出すなんて」


 「そう言ってくれるな。あいつはあいつなりに、組織のことを考えてくれてたんだ。それよりも、同胞の救出の手立てを考えなくてはな」


 アスリとサントソは、組織の在り方について度々衝突してきた経緯がある。資金も人材も限られる中、アスリはじっくりと装備を整えて機を待つべきという姿勢だったが、武闘派とも言うべきサントソは、じっとしていることができない性分だ。もう少し俺がしっかりしていればと、ボスは力量の低さを悔いる。


 「相手は交戦権を持たない自衛隊です。例え装備が充実していようと、攻撃さえしなければ、我々が突撃して救出するのは可能なのでは?」


 アスリの提案に驚いて、ボスは眉を上げた。いつも慎重な発言をするアスリにしては、過激な提案だ。


 「どうした、お前らしくもない。交戦権を持たないと言っても、それは国家に対してだけだ。俺たちの様な組織は対象じゃない。それに、連中が何をもって攻撃と判断するか、分からんだろう。それだけじゃない。連中は『人竜同盟(コンサパティア)』の極東支部だ。自衛隊としてではなく、人竜同盟として攻撃してくる可能性もある。ここはまず、サントソ達と連絡を取りあい、状況を整理する方が先決だ」


 「しかしボス」


 なお食い下がろうとするアスリを、手で制す。


 「お前の言いたいことは分かる。だがな、二機の“天使”と真正面からぶつかれば、今度こそ俺たちは壊滅だ。今は耐え、機会を伺おう。それに、もうじき俺たちの“天使”の再調整が終わる。今度の再調整で、性能は大幅に上がるそうだ。だろ、エンドロ」


 「はい、ボス」


 エンドロと呼ばれた技官風の男が、手にしていたタブレット端末をボスに見せる。


 「“天使”の中では低能という評価をせざるを得ないスペックでしたが、増設した擬似竜力生成炉(PDFBR)と元来の竜力生成炉(DFBR)の同調に成功したおかげで、出力の大幅向上に成功しました。搭乗者の調整も新薬の投薬により、より容易なものとなりました。これならば、<ルシフェル>クラスの“天使”にも後れを取ることはないでしょう」


 そう言ってから、エンドロは格納庫を見下ろす位置にある指令所に合図を出し、高らかに宣言した。


 「これが、改良を施した我々の“天使”、<ニードレス>です」


 エンドロの声を合図に格納庫内にベルが鳴り響き、ボスやアスリの視線の先にある金属製のドアが開いて。


 金属製レールを滑る台座が、オレンジ色に塗装された機体を運んできた。四角の単眼が中央にはまった頭部が特徴的な、すっきりとしたシルエットの機体だ。


 「この機体は、あえて固有武装は最小限のものにしています。追加装備を変更することで、あらゆるミッションに対応可能です」


 エンドロの説明を聞きながら、ボスとアスリは<ニードレス>と呼ばれた機体を見上げた。不必要という、一見すると不名誉な名を与えられた機体だが、これには自分たちの目指す世界には“天使”など不要、という意味が込められている。


 「なんか、強くなさそうですね」


 「“天使”は外見じゃないってことは、俺たちが一番よく知っているだろう」


 小声で率直な感想を述べるアスリを、軽く窘める。確かに強そうな外見ではないが、外観と性能が一致しないのが“天使”というものだ。


 不意に車輪が転がる音が聞こえて、ボスは右手へ視線を向けた。すると、白衣の男二人が押すストレッチャーが目に入った。ストレッチャーには拘束ベルトで体を固定された、オレンジ色の髪の少女が乗せられている。特徴的な髪の色は、<ニードレス>の塗装色と酷似している。


 一瞬ボスは、その少女と目が合った気がした。それはあまりに生気に乏しい、まるで死人の様な目をしていた。


 「あれが、投薬の効果なのか」


 元々物静かな子ではあったが、投薬前後にはもっと、もがいたりといった抵抗や反応があった.

しかし今は、そのなりをすっかりと潜めている。


 「はい、新薬のおかげで、以前よりも我々の言うことをよく聞くようになりました」


 エンドロの説明を受けて、複雑な心境に陥っているボスがそこにはいた。


 いくら竜族の発展のためとはいえ、年端もいかない少女を薬漬けにして、戦わせる。彼女と同じぐらいの年の娘を持つ彼にとっては、心地よいものではない。


 だが、竜の血を受け継いでいるというだけで多くの弱きものがひどい目にあっているという現実もある。ここで引き下がれば、後々に苦しむ者を増やす結果にも繋がる。今は非情な判断を下してでも、竜族の権利獲得のための闘わなくてはならないのだ。


 「そうか。来るべき時に備えて、調整を進めてくれ」


 「了解です、ボス」


 ボスに一礼をすると、エンドロは自分の仕事へと戻っていった。


 「そう言うわけだ、アスリ。今は機を待つ時だ。なに、海賊行為を続けていれば、いずれ向こうから来るさ。連中は遊撃部隊だ。国内での竜族の地位向上のためには、多少無理してでも手柄を上げようとするさ。それが無意味な行為だと分かっていても、な」


 「……はい。分かりました、ボス」


 しぶしぶとはいえ頷いたアスリの肩に、手を置く。


 「俺のせいで、苦労を掛けたな。まずはサントソ達の救出の手筈を整える。同胞を助け出すぞ」


 「了解です、ボス」


 二人はもう一度<ニードレス>を見上げてから格納庫を後にし、施設の奥へと消えていった。

 

 

 

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