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一章終章 自分は何者か


 二十三時。健吾は自室で一人、物思いにふけっていた。ベッドに仰向けで横たわり、頭の下で手を組みながら天井を見上げる。天井のシミを数えながら、今日零式を動かしたことを思い返していたのだが、どうにも実感が湧かないのが不思議で仕方なかった。まるで、慣れ親しんだことをこなしただけの様な、新鮮味と言うか、驚きが感じられないのだ。乗ったことはあっても、動かしたことは今日が初めてのはずなのに。


 「ただ自分の体を動かすと思えばいい、か。確かにそれで動いたけど、あんなにすんなりと動くもんなのか」


 疑問をあえて口に出してみたものの、自分でも自分の感じている疑問が何なのか、いまいちよく分からない。なぜ、あんな全高十五メートルの機械の巨人を簡単に操れてしまったのか。<トラク>が自分の一部だから、という回答だけでは納得しきれない自分が、そこにはいた。


 すると、健吾の部屋のドアを軽くノックする音が聞こえ、続いて女性の声がした。

 

 「けんけん、今大丈夫?」


 母、幸子の声だ。


 「いいよ」


 別に拒む理由もないので、健吾は幸子を部屋に招き入れることにした。


 ガチャ、っというドアノブをひねる音がして、出来たドアの隙間から幸子が顔を覗かせる。


 「あ、もう寝るところだった?」


 健吾がベッドに寝ころんだままなのを見て、気遣う幸子。「いや、大丈夫」と返すと、部屋に入ってきて、健吾の椅子に腰かけた。それに合わせて、健吾も体を起こしてベッドに腰かける。


 「かがみんと暮ちゃんはもう寝たかな」


 「気になるなら見てくればいいじゃん。俺の隣とはす向かいなんだし、部屋」


 「いや、そこまではしなくていいの。ちょっと気になっただけだから」


 後ろ――――二人の部屋の方を振り返る仕草をしてから、幸子は健吾に向き直った。


 ちなみに穹良と喧嘩別れしたかがみは、あの後部屋に籠っていたが、晩飯に炒飯を作ったことを暮月に伝えて来てもらったら、比較的あっさりと部屋から出てきた。すぐに出て来なかったのは彼女なりのプライドがあったのだろうが、こちらの感覚としては、すぐに出て来ようが渋ろうが、思うところは何もない。堅物そうに見えて案外ちょろいのが、かがみの可愛いところだ。


 「あ、そう言えば」


 「総入れ歯?」


 「ご飯ありがとねー。とってもおいしかったよ」


 今朝幸子にやられたボケをし返したのに、完全にスルーされた。そのうえ、晩飯を作っておいたことへの感謝の言葉が返ってきた。自らの愚行に恥ずかしさを覚えて、幸子に悟られぬように唇を噛みしめる。母親の純粋な心を踏みにじってしまったことが悔やまれる。


 「あと、全く同じボケを使いまわすのはどうかと思うよ?」


 前言撤回したい。さっきとは別の意味で恥ずかしい。


 話が進まなくなりそうなのでとりあえず今はそのことは置いておくとして、幸子が訪ねてきた理由を聞くことにした。


 「で、何しに来たの」


 わざとらしい咳ばらいをして尋ねると、珍しく真面目そうな顔をした幸子が目を覗き込んできた。


「けんけん、あんた、私たちに嘘ついたでしょ」


 健吾は、すっと血の気が引くのを感じた。一瞬目の前が真っ白になったような感覚がして、思考が停止する。


 バレていた。そのことを、瞬間的に察した。でもどうして。


 「――――ごめん、吐いてた」


 何と答えればいいか分からなくて、無意識のうちに謝罪の言葉を口にする。嘘を吐いたことはもちろん申し訳ないと思ったが、ばれないと思っていた嘘がばれたことに対する動揺が大きかった。


 「なんで知ってるの、って顔ね。偶然、テレビで守護者が顕現するときの光を見て、もしかしてって思ったの。あ、勘違いしないでほしいんだけど、別に嘘自体を責めたいんじゃないの」


 顔を覗き込むのをやめて椅子の背もたれに身を預けながら、幸子は続けた。


 「その嘘の結果、かがみんや暮ちゃんを悲しませるのだけは、やめてちょうだい」


 怒っているのではない。叱っているのだ。幸子の静かな口調からそう感じ取り、健吾は頭を垂れた。


 「……ごめん」


 もし、あの時<トラク>が現れずに地面に叩きつけられていたら、原形を留めないほどの肉塊と化していただろう。そうなった時にかがみや暮月がどう思うか、想像できなかった訳ではない。ただ、俺は大丈夫だという、根拠のない、多くの人を破滅へと追いやる思考に支配され、その支配から脱しようとしなかったのも事実だ。


 帰宅した時、暮月に怒られて自身の愚行を悔いたが、母親から言われるとまた違ったものを感じる。威厳と言うか、そう言ったものを感じさせる辺り、幸子は例え家に居ることが少なくても、しっかり母親しているんだと健吾は思った。


 「まあ普段二人の面倒をよく見てくれているあんたのことだし、私たちに嘘を吐いてまでやりたいことが何かあったんでしょ? それとも度胸試しがしたかった? だとしたら、私の子だから強くは言えないかもしれないけど」


 凹む健吾を見て少し可哀そうに思ったのか、フォローに回る。冗談も混じっていたようだが、その冗談に応じる気にはなれなかった。


 「あん時は、電話しながら穹良の姿を見た気がしたんだ。でも俺の見た人影が穹良かどうか分からなかったから、確かめたくなって、追いかけて。そしたら<ルシフェル>を見つけて、興奮しちゃってビルの屋上から動く姿を見てたら敵に吹っ飛ばされて。地面にぶつかって死ぬのかなって思った時に、頭に<トラク>が浮かんできて、名前を口にしたら体が光に包まれて、気付いたらコックピットにいたんだ。母さん、俺ってやっぱり人間じゃなかったんだな」


 ぽつりぽつりと事の顛末を語る健吾に、幸子は静かに投げかけた。


 「人間に、生まれたかった?」


 その質問にハッとして、健吾は顔を上げた。


 人間として生まれたかった訳ではない。ただ、今まで人間と変わらない生活を送ってきた自分が、急に得体のしれない存在に思えて、少し怖くなったのだ。


 だが今の言い方では、生まれてきたことを悔いているように思われても仕方がない。そんなふうに幸子に思われるのは、何としても避けたい。


 「ごめん! 違うんだ。人間に生まれたかったとか、そういうことを言いたかったんじゃなくて、なんて言うか、急に力を持った時の怖さみたいなもんって言うか。だって、いきなり動かした機体で、ワークドールを一機倒したんだよ? 大体、“零式”とか“守護者”とかって呼んでるけど、あれって何なの?」


 「やっと、だね」


 「え? 何が?」


 含みのある幸子の言葉に、聞き返す。


 「けんけんにその自覚があったかどうかは私には分からないけど、あんた、半竜の話をしようとすると途端にソワソワしだしたり、話の方向を変えようとしたりして、まるで自分の体に関する話題を避けようとしているように見えたの。だから本当は自分の体のことを知って欲しかったけど、でもけんけんは望んでその体に生まれた訳じゃないから、無理強いしないで、あんたが向き合おうって思った時に、教えようって思っていたの。きっと、今がその時なんだなと思って」


 幸子の言葉には、思い当たる節があった。確かに、健吾は自分を人間だと思うことで、心の安定を保っていた部分がある。そうしなければ、またかがみや暮月に迷惑を掛けてしまうかも知れない。それに、両親から竜の血を受け継いでいるからと言って、子が半竜になるとは限らない。


 ただ健吾の場合は零式の存在が、彼が人間でないことを証明していた。


 「……小学校の時、転校したじゃん。俺がかがみのことを半竜だって漏らしたせいで、いじめられて。あの出来事が俺の中でも結構トラウマで、あれ以来、もし俺が半竜だっていうのも周りにばれたら、かがみや暮月がいじめられる原因になるのかなって思って。だから耳を塞いでたって言うのは、正直あるかな。あ、でも、半竜に生まれたことを悪く思ってる訳じゃないんだ」


 すると、幸子は寂しそうに微笑んで、健吾の頭に手を置いた。


 「あんたはほんとにいい子だよ。私が、研究対象だった地竜に惚れなんかしなければ、あんたたちに迷惑を掛けることもなかったろうにさ。でも、と言うか、だから、と言うか、けんけんには自分の体のことをよく知っていて欲しい。それが、あんたとあんたの守りたい人を守る力に繋がるから」


 頷く健吾の頭から手を離し、幸子は椅子に座り直した。そして淡々と、健吾の体や零式について説明し始めた。


 「まず零式についてだけど、あれは竜力の塊が人型兵器に姿を変えたものなの」


 「え、じゃああれって、<ゴルゴ>みたいな機械で出来てる訳じゃないの?」


 「そう。全部説明するとけんけんの頭がパンパンになっちゃうから掻い摘んで説明するけど、<トラク>や<ルシフェル>については、そう。<トラク>は、あんた自身の竜力が、人型兵器として形作った結果なの。けんけんは、半竜がどうして生まれたか、については知ってるよね?」


 半竜については、学校でも簡単に習う。教科書由来の知識程度なら、知っている。


 「人間の活動のせいで数を減らした竜族が、人間社会で生き延びるため、だよね?」


 すると幸子は、出来の悪い生徒でも見るような目で健吾を見た。


 「それは、正解の一つに過ぎないんだよ。でもどちらにせよ、半竜は半分竜だから、竜の力も持っている。でも、そこには一つの問題があるの。さて、何でしょう」

 

 ――――問題? 何についての問題だ? 


 健吾は顎に手を当てて頭をひねる。だが、問いが漠然としていてよく分からない。そのことを口にすると、あっさりと答えを教えてくれた――――訳もなく、別の問いが飛んできた。


 「じゃあ、強い竜ほど体が大きい傾向にあるんだけど、その理由は何でしょう」


 これも分からなかった。この程度の問題は一般常識なのか、それとも幸子が竜の研究をしているから出せる問題なのか。もし前者だとしたら、健吾は当事者として、あまりに無知だという事になる。


 「竜の強さって、その個体が生み出して貯蔵しておける竜力の量によると言われているの。強力だと言われている竜には、大型の個体が多い。どう? これなら分かる?」


 「つまりは、大きい個体ほど竜力の生産量も、貯蔵量も大きい……」


 「そう。そして、半竜は、人間サイズの体である必要、という枷がある」


 そこまで聞いて、健吾の頭の中でばらばらだったピースがピッタリとはまったような感覚を得た。顔を上げ、答え合わせを請う。


 「分かった、器に似てるんだ。大きい一つの器がだめなら、小さい器を足して、二個にしちゃえばいいってことでしょ」


 すると幸子は嬉しそうな顔をして、「正解」と口にした。


 「生存に必要な器官を人間サイズに集約してたのが、けんけんのその体。そして、その体に収まりきらない竜力は零式に貯蔵して、いざという時に備える。で、そのいざっていう時が、けんけんが私たちを欺いている間に起こった、と」


 「ほんとにごめんなさい」


 「まあ冗談は置いておくとして、体が光に包まれたっていう現象は、<トラク>が健吾のことを守ろうとした結果なんだよ。<トラク>を構成する竜力はけんけんのものだから、零式の形を解いて粒子化したものが、一瞬でけんけんを包んで、再度瞬間的に零式の形になった、っていう寸法だね」


 あの時背中から何かが流れ込んでくる感覚があったが、あれは竜力があるべき場所に戻ってきた時の感覚だったのか。


 なるほどと思いつつ、大きなスケールの話に思考が停滞しそうになる。


 昨日まで普通の人間のつもりで生きてきて、いきなり強力な力を持った半竜だ、と言われてもやはり実感は湧かない。


 そう言えば真は、健吾のことを強力な半竜だと、そして自身を、探知能力に長けた低級の半竜だと言っていた。真の言う「低級」がどの程度を指すのかは分からないが、確かに零式に狙われるようなことが想定されるとしたら、上手く逃げるよりほかないだろう。


 「……結局、俺はあの機体をどうすればいいんだ?」


 穹良の<ルシフェル>は、今日強奪されそうになったばかりだ。そのことを考えると、自分も狙われる対象になるのではないか。事実、攻撃を受けた訳だし。


 「それは、自分で考えるしかないよ。あれは、あんたの力だ。今の質問は足の速い人が、僕早く走れるんですけど、どうしましょうって言ってるようなもんだよ」


 確かに。能力があるからと言って、それを活用するかどうかは、本人次第だ。ただ周りがどう思うかは別問題で、放って置いてくれるかどうかは分からない。


 「まあ、どう使うか考えるためには、どう使えるか、を知らないといけないよね。まずはそこから始めた方がいいと思うよ。どうするかは、その後で考えな。それと最初に言っておくと、零式の力は、守るための力、と言われている。あんたの守りたいものは何か、守るために零式が必要な時、その能力を引き出せるのか。練習しなきゃ伸ばせない自分の能力もあるでしょ? そのことを頭に入れて、少し考えてみて」


 「……分かった」


 「私たちのせいで、けんけんには人間に生まれたら味わわずに済んだ苦労が降りかかるかも知れない。でも、これだけは忘れないで。零式は、守護者はきっと、けんけんや周りの人を助けてくれる力になるはず。そのためにも、自分のことや竜のことを勉強してほしい。決して、無駄にはならないから」


 「分かった。俺、自分と向き合ってみるよ」


 すると幸子は再び健吾の頭に手を伸ばし、今度は力強く、じっくりと頭を撫でた。


 その時健吾は幸子の掌から、懺悔の念を感じていた。懺悔という一言だけでは表せないような、許しを請う感情。やはり、半竜の子を産んだことを悔いているのだろうか。


 「……母さん」


 「あ、ごめんね。高校生にもなった息子にすることじゃないよね」


 子供扱いしたことを咎められるのかと思い、幸子は慌てて健吾の頭から手を離した。


 「いや、それはいいんだけど。なんつうか、俺、生まれてきて良かった、って思ってるから」


 言ってから、自分がとてつもなく恥ずかしいことを口にしてることに気付いて、健吾は俯いた。こんなこと、面と向かって言うものではない。


 突然、健吾は柔らかくて暖かいものに包まれた。その正体が母親からの抱擁で、頭を包むように抱かれたことを理解するのに、数秒の時を要した。


 「ありがとう。あんたは、自慢の息子だよ」


 突き放して逃れようかとも思ったが、今だけは甘んじることにした。


 きっと幸子も、色々と思うところがあるのだ。色々と、というのが具体的に何を指すのかを推し量ることは出来ないが、地竜の夫と半竜の息子を持ち、半竜の養子を二人受け入れているというだけで、おそらく大多数の人より抱えるものが多い。普段はお調子者っぽくて真意が伝わりにくいが、家族のために色々と考えているのだろう。


 その苦労を共有して分かろうとするのは、血のつながった健吾の役目なのかも知れない。


 しばらくすると、幸子の方から離れていった。


 「ごめんね急に。それから、長話にしちゃったね。明日も学校なんだし、これくらいにしておこうね。おやすみ」


 そう一気に言うと、幸子はそそくさと部屋から出て行った。


 「……なんなんだかなあ」


 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。自分や守護者のことは分かったが、釈然としない胸中。今考えられる範囲では、持て余すとしか思えない零式の存在。零式を有していることで穹良のように狙われることがあるとしたら、かがみや暮月にも迷惑がかかるだろう。もちろん、そう言った事態を防ぐために新琵琶駐屯地に預けているのだが。


 どちらにせよ、今考えたところでどうこうという問題ではない。それとも、穹良に聞けば何か得られるだろうか。


 「だめだ、分かんねえや。寝よう」


 呟いて、体の向きを九〇度回転させて脚をベッドの上に乗せる。そして上掛けを掛け、リモコンで電気を消すと、健吾は一日を終えた。

 


 


 


 


 


 


 


 




 

 

 

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