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一章20 一息つきに


 午後八時過ぎ。新琵琶駐屯地司令、佐藤影良は周囲に人影が無いことを確認すると、エレベーターに乗り込んだ。スラバヤ連合との戦闘によって廃墟と化した地域への部隊の展開の指揮が一段落し、現在活動中の復興部隊への指揮を行っている夏冬(かとう)春秋一等陸佐には、一息入れてくると伝えてある。


 ドアが閉まり、階数ボタンを使って隠しコマンドを入力すると、直通運転モードになったエレベーターは佐藤を本当の最下層へと連れていく。


 地下第六層。多くの隊員が最下層だと思っているジークの格納庫の更に下に存在する、秘密の階層。


 軽い振動と共に浮遊感が止み、チンという音がしてドアが開く。ドアの先に延びる非常灯のみが点灯するくらい廊下は、まるで松明が掲げられた、地下迷宮へと続く石造りのトンネルのようだ。ジークの格納庫が巨人を奉る現代の神殿だとすれば、この先にあるのはさしずめ、禁忌の財宝といったところか。


 廊下を進む佐藤の足音が壁や天井に反響し、非常灯が作り出す佐藤の陰が幾重にも伸びる。天井を伝って伸びる無数のケーブルは、地上から隙間をもとめて伸びる大樹の根のようだ。


 数十メートルは歩いただろうか。廊下の突き当りに、銀色に輝く両開きのドアが見えた。佐藤はドアのはめられた壁に歩み寄ると、カードキーをスロットに差し込んでロックを解除する。スロット部が警戒中を示す赤から緑へと変わると、空気が短く抜けるような音がしてドアが開く。


 ドアをくぐると、そこには数人の研究員が働くスペースが広がっていた。正方形に近いそのスペースには中央にベッドのような設備があり、全体の雰囲気は高度な設備を有する手術室のようだ。壁には各種のデータを映し出す画面が並び、研究員がコントロールパネルを操作している。ベッドには、両腕と下半身が外された()()()()()()()()が拘束ベルトで固定されていた。


 AT-00(c)、コードネーム<ヴィヴィアン>。十年ほど前に新琵琶駐屯地に運び込まれた、銀髪の少女の姿をしたアンドロイド。翠色の目を持つ彼女は搬入当時ひどく損傷しており、下半身に関しては爆発で吹き飛ばされたかのような、ひどい有様だった。ここでは、彼女の体を再建のための研究が行われている。


 「あ、司令、お疲れ様です」


 佐藤が入ってきたことに気付いた研究員の一人が、挨拶と共に会釈する。研究員の中では若い部類に入るメガネの男性研究員に、佐藤は片手を挙げて応えた。


 「上の様子はどんなんです?」


 「やっと復興部隊の展開を終えて、一息吐きに来たところだ」


 名札で名前を確認しようと、近づいてきた男性研究員の胸元に視線を落とす。


 自衛官を除いて、駐屯地内で働く全ての人の名前を記憶しているわけではない。ここにいる研究員の中には、民間の企業から出向しているものもいる。この内藤という名の研究員も、外部の人間だ。


 「そうでしたか。では早速会ってやってください。彼女、司令が大変なお仕事をされてるって分かっていながら、司令はまだかとせがむんですよ」


 全く困ったもんです、と言いながら、男性研究員はどことなく嬉しそうに話す。


 「分かった、そうするとしよう」


 佐藤は男性研究員の肩に手を置いてから、部屋の奥のドアを開錠して先へと進んだ。


 手術室風の研究フロアを出て短い廊下を経た先には、近未来感のある部屋が広がっている。部屋のサイズは十メートル四方ほどだが、俯瞰すると八角形に見えるような構造をしている。先程の研究フロアとは異なり、この場所は薄暗い。中央には操作パネルのはめられた八角柱状の台が置かれ、その上にはガラスケースに収められた円柱状の物体が安置されている。部屋の壁から伸びた無数のケーブルが接続された台の上で、外装の隙間から緑色の光を放つその物体は、サイズ感・形状共にスタングレネードのようにも見える。


 部屋に入った佐藤の背後で、部屋のドアが閉まる。廊下の明かりが差し込まなくなると、光源は壁から洩れる青い光と目の前の物体から漏れ出す緑色の光だけとなり、佐藤を青緑色に照らし出す。


その物体——手のひらサイズのAIユニットから漏れ出す光が流れるように明滅すると、部屋に設置されたスピーカーから、若い女性の合成音声が流れてきた。


 「レディーとの待ち合わせに遅刻なんて、紳士じゃないぞ、司令」


 はつらつとした、元気の良い声だ。佐藤はその声に苦笑いを浮かべた。


 「別に待ち合わせた記憶はないぞ? それに今日は色々大変なんだ」


 「んじゃ、何で来てくれたの?」


 他愛もない話をしに、とは素直に答えたくない。


 駐屯地司令である佐藤は、常に他人から敬語で接せられる。それがたまに嫌になる時があり、こうして敬語をあまり使わないこのAIに会いに来る。そしてこのAIと話していると、娘に一世紀近く前に他界された独り身の佐藤は、心の安らぎを覚える。それがもう一つの理由だ。


 だが、今来た理由はもう一つある。


 「今日起こった出来事の概要は把握しているな?」


 「……え? 知らない、よ? 私いい子だから、基地のネットワークに侵入したりしてないよ?」


 テンプレのようなすっとぼけ方をするAI。焦りを演出しているのか、ユニットから漏れる光の色が揺らいだ。


 「隠さなくていい。ていうか、隠れるつもりもなかったくせに。拘束した戦闘員のほかに、まだ市内に構成員が潜伏している可能性がある。その洗い出しを手伝って貰いたくて、来たんだ」


 「なーんだ、遊びに来てくれたと思ったのに」


 残念そうな声音と共に光を明滅させるユニット。


 「まあいいよ。この優秀で完璧な私が、手伝ってあげる。ところでさ司令、私の体はいつ出来るの?」


 先日、担当研究員から受けた報告を思い返して、答える。


 「一週間以内に組み立てを完了して、稼働試験をする予定だったはずだ。やっと、あの体を君に返してあげられるな」


 「ほんとに? やったー! もうすぐ自分の足で歩けるんだ。そしたら何しようかなー。あ、ねえねえ、今日動いたジークの持ち主って、どんな人なの? 体が出来たら、会ってみたいなあ」


 まるで生身の人間のようにスラスラとよく話すAIに、佐藤は目を細める。自分の娘も、こうしてよく話したがる子だったことを思い返した。


 「会ってみるといいさ。きっと仲良くしてくれるよ」


 「うん、そうするね。あ、司令、そろそろ戻らなくて大丈夫? お仕事、まだあるんでしょ?」


 「ん? ああ、そうだな。今日はこの辺にしておこう。また明日来るよ」


 佐藤はAIに背を向けると、部屋の出入り口に向かって歩いた。ドアの敷居を跨ごうとした時、合成音声が声を発する。


 「おやすみ、司令。ちゃんと寝なきゃ、だめだからね」


 やさしい気遣い。これがプログラムされたものなのか、彼女の考えたことなのか、門外漢の佐藤には分からない。


 「分かってるよ、ヴィヴィアン。おやすみ」


 閉じたドアの向こうで、佐藤の足音が遠くなってゆく。一人残されたAIは、視点を室内のカメラから隣の研究室に移し、眠ったように目を閉じたままの人形を見つめる。


 「今の私は、ヴィヴィアンじゃないんだけどなー」


 その声を聴く者はいない。


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