一章14 再会
陸上自衛隊中部方面隊第三師団の麾下である新琵琶駐屯地は、三十年ほど前に起きた竜による厄災によって地形が大きく変化した、新琵琶湖の西岸に拠点を構えている。構成員のほとんどが竜の血を引く者で構成された半竜部隊で、第四空中艦隊、第三歩行戦機大隊、第十歩行戦機大隊、第三航空戦機大隊、第十航空戦機大隊等を擁するが、新琵琶駐屯地の最大の役割は零式歩行戦機“ジーク”の整備保管と、運用や稼働データの集積・研究といったことにある。竜族が生み出した兵器であるジークの保守管理と研究開発は、竜族関係者が執り行った方が効率がいいのだ。
そして今、新琵琶駐屯地の地下最下層である地下五層に、帰還した二機のジークがエレベーターで降下し、格納されようとしていた。格納庫内に業務放送が響き渡り、整備員が各自の持ち場へと駆けていく中を、台座に乗せられた二機がゆっくりと降下していく。その様を以前眺めた健吾は、鋼鉄の神殿に機械の髪が降臨するようだと思った記憶がある。そのため、こうして眺められる側になると、
「……なんか、気恥ずかしいな」
モニター越しに大勢の整備員からの視線を感じ取り、健吾はモニターを切る。誰かの注目を集めるといったような経験に乏しい健吾にとっては、軽い罰ゲームにすらなり得る。
振動と共にジークを乗せたエレベーターが着底し、機体の足裏と腰部をアームが固定。格納されていた整備用の回廊が機体の足周り、腰周り、胸周りを取り囲む。その回廊を渡って、待機していた整備員が作業を開始する。
<トラク>にも整備員が取り付き、各々が作業を開始する中、健吾はコックピットハッチを開けた。
<トラク>の首が前にスライドし、襟元を起点に頭部が前に跳ね上がる。二重のコックピットカバーが上方向に観音開きに開き、コックピットユニットがせり上がると、健吾の頭が格納庫内に出た。
「ほら、掴まって」
健吾の視界に、上から降ってきた掌が映る。顔を上げると、見慣れた顔の整備員が機体の背面ユニットの上から手を差し伸べていた。会うとよく話かけて来てくれる、栗橋という名の気さくな整備員だ。
「あっ、ありがとうございます」
健吾は差し出された手を掴むとコックピットから這い出し、機体の上からふと、<トラク>の右に立つ<ルシフェル>へと視線を向ける。そこでやや不自然な光景を目にし、その疑問を栗橋へ訊ねた。
「あの、なんか人多くないですか?」
すると栗橋も<ルシフェル>の方へ視線を向け、少し困ったような表情で、「そうなんだよねえ」と応じた。
ジークは基本、整備を必要としない。正確に言えば、整備をする余地がほとんどないのだ。
所有者の竜力で構成された機体は圧倒的な防御力を誇り、万が一破損したとしても自機の余剰竜力で自己再生してしまう。不具合が起こることもなく、整備する箇所があるとすれば、竜力で構成されていない武装や装備に限られる。
そのため、ジーク担当の整備員の数は多くはない。だが、今の<ルシフェル>の周りには小さな人混みが出来ている。大半はジークの担当整備員だが、中には<ルシフェル>を見に来たと思われる、別部署の人間も混じっている。
「なんかね、あの機体に乗っているのが女の子らしいって噂がどこからともなく立ってどんな人が乗っているのか一目見たいみたいなんだよね」
その噂がどこから立ったのかは知らないが、十年以上ここで働いている人なら、彼女のことを知っている人がいてもおかしくはない。それにしても、施設の地上部分に大きな被害を受けているのに、こんなところで油を売っている余裕があるのだろうか。
そうなんですか、ありがとうございます、と栗橋に礼を述べて、健吾は階段で手近な回廊に降りると、小走りで<ルシフェル>のもとへ駆ける。居並ぶ人をかき分けて<ルシフェル>の前に立つと、ようやく<ルシフェル>の頭部が前にスライドしてコックピットハッチが跳ね上がり。
機体背面から、赤色の長髪を蓄えた少女が姿を現した。
少女は自身を見上げる整備員たちを睥睨し、その中に健吾を認めると、彼の前に飛び降りてふわりと着地する。その一連の所作は人間のものとは思えなかったが、健吾が驚いたのはそこではない。
「それ、うちの制服……」
そう、彼女が来ているのは、健吾と同じ学校の制服なのだ。
「久しいな。息災か」
「……え」
少女が口にした言葉の意味がよく分からなくて、健吾は小さく音を漏らすことしかできない。
いや、言葉の意味自体は分かる。ただ、彼女の雰囲気が健吾の想定していたものとだいぶかけ離れていたために、驚きで混乱してしまったのだ。
「あ、ああ、久しぶり、だね……」
安曇野穹良。健吾がこの十年間探し続けてきた、半竜の少女。凹凸の少ない体は小柄で、身長は健吾より頭一つ分くらい小さい。腰まで掛かるくらいの長髪は鮮やかな赤毛で、前髪も目元に被さるくらい長い。ぱっちりとした大きな瞳も赤く、真っ直ぐに健吾を見つめているが、その表情は前髪に隠されて伺えない。おまけに口元も横一文字に結ばれており、今の彼女からは感情が読み取れず、健吾は不意に底知れぬ恐怖に似た感情を抱いた。
――――違う。これは俺が待ち望んでいた再会じゃない。
彼女の醸し出す雰囲気に圧倒されていたのは健吾だけではなかったらしい。まるで自分以外のすべてを威圧し拒絶するような雰囲気に、彼女を見ようと集まっていた整備員たちも一歩下がって一定の距離を保っている。
ふと、健吾は今の穹良と似た雰囲気を持った少女の存在を思い出した。この、自分から周囲を拒絶しながらどこか寂しさを漂わせる雰囲気は、外を出歩く時のかがみのものとよく似ている。
交戦時の無線の声から、ややぶっきらぼうな感じは読み取っていた。だが健吾の記憶の中での彼女はいつも元気で笑っている姿だったため、脳内で自分に都合のいいように補正してしまっていたのだ。
そのせいで生まれたギャップが健吾の思考を停止させ、消沈させる。
そんな健吾の悶々とした心情を吹き飛ばすかのように格納庫内のスピーカーがハウリングし、直後に佐藤司令の声が響き渡る。
『あー、そこのジークのパイロット二名、今すぐ司令官室まで。西島君、エスコートして差し上げなさい』
唐突に始まった放送はそれだけで終わり、同時に整備員たちも自分の仕事に戻ろうとそそくさと動き始める。
仕事をさぼっていることが司令にばれたことを悟ったのだろう。
「……付いてきて」
健吾は短く穹良に声を掛けると、整備員を避けながら格納庫を後にした。
「掛けてくれ」
司令官室に通された健吾と穹良は、佐藤司令に促されてソファーに腰かけた。二人は健吾の思う、近すぎず不自然に遠くない距離感で座る。その二人の前に、二つの湯呑が置かれた。
「ありがとうございます」
茶を淹れてくれた佐藤に、健吾は礼を述べる。穹良は礼を言わないのか気になって横目でそちらを見たが、彼女の表情は長い髪に隠されて見えなかった。
「さてと、と」
自身のお茶を淹れ終わった佐藤が、テーブルを挟んだ向かいのソファーにゆっくりと腰掛ける。
「まずは、久しぶりだね、安曇野さん」
名を呼ばれた穹良は顔を上げ、佐藤をじっと見つめてから、小さく言葉を吐き出した。
「私のせいで、こんなことになってしまって。一体何人死んだ?」
「何人死んだ?」の部分が健吾の耳に残り、三人がいるこの部屋に木霊するような錯覚を得る。それくらい、抑揚のない穹良の声には、悲痛さが滲む。室内の空気が、一気に重たくなった。
佐藤は小さく頭を振ると、彼女を気遣い、言葉を選びながら紡ぐ。
「君のせいじゃない。我々の管理体制に不備がなかったかは今後調査するとして、まさか<ルシフェル>に手を出してくるとはな」
「司令、あの連中は一体何なんですか? どうしてあんなことに」
重たい空気に耐えづらくなった健吾が口を開く。その問いに、佐藤は膝の上で手を組みながら応じた。
「まだ確定ではないが、おそらく竜族系武装組織『スラバヤ連合』の連中だ」
ため息を一つ吐いてから、佐藤は重たそうに口を開く。
「先ほど、和歌山港で東南アジア籍の貨物船が炎上しているとの報告が海上保安庁からあった。停泊中の不審船に立ち入り検査をする直前だったそうだ。ただの事故の可能性もあるが、タイミング的に証拠隠滅を図ったんだと、俺は考えている。連中はその船で鹵獲した<ルシフェル>を運び出す算段だったんだろうな」
スラバヤ連合という組織は、健吾も耳にしたことがある。東南アジアを拠点に活動している武装集団だったはずだ。
今の世の中は、人間と竜族が共生している、というのが各国共通の認識となっている。しかし実態は、社会的弱者である竜族が人間の社会システムに抑圧され、不満を抱いた竜族が武力に訴えるという事例は珍しくない。
個の力で人間に勝っていても、数で圧倒的に劣る竜族は、数と効率の概念で構成された社会システムには不利なのだ。
「<ルシフェル>を強奪して、戦力にしようっていう魂胆ですか」
「当然第一目標はそれだろうな。それにジークを強奪した、なんてことになれば、他の組織に有利に働きかけることが出来る。第二の目標は、日本の自衛隊に損害を与えた、という事実を作りたかったんだろう。強奪するだけなら、こんな派手なことまでしなくていいはずだ。もっとも――――」
そこで一旦言葉を区切り、穹良の方へ顔を向けて、佐藤が続ける。
「――――あの<ルシフェル>に手を出したというのが連中の愚策だったがな」
佐藤の方をちらりと見てから、視線を下げて穹良が小さく口を開く。
「無知ゆえの愚行だ。私に手を出して、ただで済むと思っていたのか」
「思ってはいなかっただろうし、多大な損害を与えたが、こちらも大損失を被ってしまった。大敗北だな」
それはそうと、と前置きして、今度は健吾の方へ視線を向ける。
「西島君、君は逃げなきゃならない立場だろう。なんであんな危ないところにいたんだ?」
「えっと、それは……」
穹良に会えるんじゃないかと思って、などという理由を本人の前で言いたくない。だからといって上手い言い訳が浮かぶわけでもなく、押し黙る健吾の顔を佐藤が覗き込む。そして小さく一言、軽く口角を上げながら「若ぇなあ」と呟いた。
――――見透かされてる!
恥ずかしさから視線を逸らす健吾から顔を離して、佐藤はソファーに座り直す。
「冗談はさておき、君がジークの所有者だから助かったという事を、忘れるんじゃないぞ」
「……はい、すみませんでした」
「あと、謝る相手が違うという事も忘れるなよ」
「あ……」
言われて、健吾は幸子に電話で嘘を吐いたことを思い出した。シェルターに逃げ込んでいると言ったのに、戦闘に巻き込まれて死んでいたら、家族がなんと思うかと考えると、身勝手な行為に及んだことが悔やまれる。電話の内容の件は佐藤は知らないだろうが、佐藤と幸子は旧知の仲だ。もしあの場で死んでいたら、佐藤は一生幸子に負い目を感じながら生きていくことになったのだろう。
自らの浅はかな行為を悔いつつも、大事に至らなかったことへの安堵で放心する健吾へ慰めるような視線を向けてから、佐藤は次の話題へと移行した。
「で、安曇野さん。君のジークについてなんだが、今後も我々が管理するという事でいいかな」
佐藤の問いに、目だけ上げて応じる。
「構わない。私もここより適した隠し場所を知らないからな」
「研究についても?」
その言葉に穹良はちらりと視線を佐藤へ向けてから、目を瞑り、数拍黙考すると、
「……好きにしろ」
と小さく吐き捨てるように呟いた。
その時の穹良の様子に、健吾は何か引っかかるものを感じた。佐藤の問いに答えるまでの間から、穹良が本心と異なる返答をしたのではないか。そんな疑問が浮かんだが、そのことを尋ねることは出来なかった。
「話はそれだけか。今日は色々あって疲れたから、もう帰してほしいんだが」
今度は佐藤が黙考する番らしい。腕を組み暫く考えたのち、佐藤は「分かった」と切り出した。
「聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず今日はここまでにしておこう。続きは後日、聞かせてもらう。西島君、彼女を送ってあげてくれないか」
「……え」
正直、今の穹良からは得体の知れない恐怖を感じるので、二人きりにはなりたくない。明確な理由は分からないが、じわじわと精神が削られそうで嫌だ。
「え、ってなんだ。もうじき暗くなるんだぞ? 薄暗い道を、年頃の女の子一人で帰らせるわけにもいかんだろう」
現在時刻は午後五時過ぎ。窓の外は夕日に染まりつつあり、もうじき暗くなる。年頃の妹を持つ健吾としては、確かに一人で帰らせるのはよくないと思う。それにこんなことがあった日だ。武装集団がどこかに潜伏していて、穹良のことを狙っているかも知れない。そう考えると、一人で帰らせるわけにはいかない。
「分かりまs――――」
「必要ない。ガキじゃないんだ。一人で帰る」
健吾の言葉を上書きするように言って、穹良はソファーから立ち上がる。そして佐藤に小さく頭を下げると、スタスタと部屋を出て行ってしまった。
「あ、ちょっと、おい!」
部屋を出ていく穹良の背中と佐藤の顔を見てから、せっかく淹れてくれたお茶を無駄にしては申し訳ないと思い、一気にあおる。危うく気管に入りそうになったが、根性で堪えた。
「お茶、ごちそうさまでした。では失礼しますっ」
中身を飲み干した湯呑をテーブルに置いて、健吾もソファーから立つ。そして穹良を追い、部屋を勢いよく出て行った。
「彼らを帰してしまってよかったのですか?」
健吾たちと入れ替わるように司令官室に入ってきた夏冬副司令が、二人が去っていった方向を見ながら佐藤に訊ねる。
「ただの一般人だったらこうはいかないが、彼らは特別だからな。戦闘行為も自衛目的だし、誰も殺していない。むしろ、連中を捕まえやすくしておいてくれたことに感謝しなきゃな」
「零式の方は何と?」
「二機とも押さえた。これで日本支部の戦力も拡充出来るな」
「技術面はそうですが、実戦にも出てもらうつもりなのですか?」
「いずれは、な。そうでもしなければ、我々の手に余る事態には対処できん」
「しかし、彼らが了承するでしょうか」
「してもらわなきゃ困る」
一旦言葉を区切り、夏冬の目を見据えながら、続きを紡ぐ。
「竜族の、自由を勝ち取るために、な」




