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一章13 戦闘終結


 操縦レバーを握り直してはみたものの、具体的に何をどう動かせばいいのか、健吾には分からなかった。


 というのも、<トラク>に乗り込んだことはあるが、実際に動かすのは今が初めてなのだ。変なボタンを押して健吾の手に余るような状態になっても困るし、かといってこのまま突っ立っている訳にもいかない。


 敵を片付けると意気込んだはいいが、その意気込みは焦燥に取って代わる。


 当然、相手は健吾が困っていることなど知ったことではなく、<トラク>は容赦のない攻撃に晒された。


 <ルシフェル>にパンチ攻撃をして躱され、右腕をビルにめり込ませていた<トーリョ>が、棒立ちの<トラク>に体当たりを食らわす。


 「ぐおぉぉぉぉ……!」


 受け身を取れずに突き飛ばされて、無様に向いのビルに突っ込んだ<トラク>のコックピット内で、健吾が衝撃に苦悶の声を上げる。<トラク>に乗り込んだ時に自動的にシートベルトが装着されていたようなので助かったが、もしベルトが無かったらコックピット内で転げ回って大怪我をしたことだろう。


 「急に出てきたから何かと思ってびっくりしたが、ただの木偶の坊じゃねえか、え?」


 体当たりを繰り出した<トーリョ>のパイロットの男が、だらしなく転がる<トラク>を強張った笑みと共に見下ろす。その声は、緊張によって若干震えている。

 

 この男は、<ルシフェル>の圧倒的な力によって仲間の機体がスクラップと化するところを見ていた。だから、民間機であるワークドールでは<ルシフェル>に敵わないことは分かっている。

 しかしだからと言って、このまま黙って引き下がるわけにはいかない。幸い<ルシフェル>は応援に来てくれた<ヤシガニ>ともう一機の<トーリョ>に矛先を向けている。煙幕も追加の弾を撃っておけば、しばらくは効果を発揮してくれるだろう。

 

 ならば、挙動はおぼつかないものの、性能的には十分高いと思われるこの黒い機体だけでも持ち帰ろう。膨大なエネルギーを撒き散らしながら出現する機体など、ジークを置いて他にないのだから、戦力に組み込むには十分なはず。


 そう考えた男は、追加のスモーク弾を放って薄まってきた煙の壁を修復してから、まだ機体を立て直せずにいる<トラク>に向き直った。


 「あの赤い奴は相手にしたら命がいくつあっても足りねえだろうが、お前はカモじゃねえか」


 <トラク>に近づき、その背面ユニットを両手で掴んで機体を持ち上げ、<トラク>の後頭部を掴むと、ビルに顔面を叩きつける。


 「うぐぅ……、くっそぉ!」


 <トーリョ>にいいように弄ばれて頭に血が上った健吾が、出鱈目にレバーを操作する。その操作に反応した<トラク>は<トーリョ>を振り払うように右腕を後ろへ横なぎに振るが、予備動作が大きすぎて容易に躱されてしまう。


 そんな<トラク>の様子を見ていられなくなったのか、<ルシフェル>から通信が開かれた。


 「難しく考える必要はない。それはお前の体の一部だ。ただ自分の体を動かすと捉えればいい。後は機体が動いてくれる」


 先程の、抑揚に欠けた女性の声で、アドバイスが健吾の耳に届けられる。アドバイスの主が操る<ルシフェル>は背面にマウントしていた大剣で両腕を切り落とし、腰の駆動部に一太刀入れて無力化した<トーリョ>を盾に、<ヤシガニ>を仕留めに掛かるところだ。


 「簡単に言ってくれるじゃんか」


 <ルシフェル>の戦いぶりを横目に、健吾は既に切れている通信に応える。


 考えてみれば当たり前のことだが、<トラク>は健吾の余剰竜力が実体化したものである(幸子談)。いわば健吾の分身のようなものなのだから、健吾に扱えない訳がない。もっと言えばアドバイス通り、自分の体を動かそうと意識しなくても動かせるように、健吾の機体は健吾が意識しなくてもある程度は動かせるはずなのだ。


 なのに上手く動かせないのは、これまで<トラク>と関わらずに生活してきた弊害で、今はいわゆる“リハビリ”が必要な状態のだろう。マニュアルの操作系があるのも、そのためだろうか。自分の体だからと言って、好きなように動かせるとは限らない。

 

 ――――自分の体の一部だと思って


 健吾は目を瞑って深呼吸する。まずは機体を起こして、しっかりと<トーリョ>を見るために機体を振り向かせる。そのために必要な動作を、健吾自身が行っているイメージを起こす。健吾はコックピットシートに座っているのだから、実際に動くわけにはいかない。


 ――――動け、俺の腕


 暗い靄の中に、一条の光が朧げに見えるイメージが、健吾の脳内に映し出される。その光の筋が朧げなものから、ゆっくりと鮮明な光に見え始める。そして光の輪郭まではっきりと見えた時、健吾は<トラク>と“つながった”感覚を得た。


 <トラク>がビルの壁面に手を付き、めり込んでいた機体前面を引き起こす。腰と首をひねって後ろに立つ<トーリョ>を捉えると、脚も動かして相対する。


 「……出来た、動かせた」


 イメージ通りに<トラク>を操れたことがうれしくて、健吾は思わずその喜びを口にする。


 が、<トラク>はまだ基本動作が出来るようになっただけ。それもまだ完璧にではなく、そのことを察知している<トーリョ>は、再び<トラク>を沈黙させようと拳を繰り出す。


 「何突っ立てんだ? いいから黙ってお座りしてな!」


 <トーリョ>の可動域を最大に生かした、渾身の右ストレート。それを<トラク>は両手で受け止める。腕を含めた上半身の制御のコツを掴んできた健吾だったが、下半身についてはまだ制御が追いついておらず、<トラク>は威力を殺しきれずに尻もちをついた。


 尻もちをついた<トラク>であったが、受け止めた<トーリョ>の右手はしっかりと掴んだままだ。その手を放すまいと、<トラク>は力を込める。


 「……この、放しやがれ!」


 右手が完全に摑まった<トーリョ>のパイロットの男が一気に焦りだす。

 ジークに掴まったが最後という事は、最初に<ルシフェル>に敗れた仲間が教えてくれた。だからこの黒い機体にも捕まらないようにとは、一応気を付けているつもりだった。しかし、相手の力量を完全に見誤っていた。


 摑まった右手を解放させたくて、<トラク>の手を引き剥がそうと左手を伸ばす。その左手を、<トラク>がしっかりと掴み、いよいよ<トーリョ>は逃れることのできない状況に陥った。


 「畜生、放しやがれ!!」


 もがく<トーリョ>の動きから、健吾は相手パイロットの声が聞こえるようだった。


 だが散々コケにしてくれた相手に容赦するつもりなど、毛頭ない。


 「散々弄びやがって。許さねえからな」


 <トラク>は<トーリョ>を強引に引き寄せながら、片足を上げてその足裏を<トーリョ>の胴体に当てる。死なれては嫌なのでコックピットが潰れないように配慮しながら、そのままの姿勢で蹴り上げた。


 <トーリョ>の肘と肩の関節が伸びてずるりと抜け、ケーブルが引きちぎられて火花を散らす。飛散したオイルが、<トラク>の黒い装甲に返り血のように降りかかった。


 胴体の外装に<トラク>の足型をくっきりと付け、両腕を失った<トーリョ>がゆっくりと後ろへ倒れる。瓦礫の砂塵を巻き上げて崩れ落ちた<トーリョ>が起き上がってくることはなかった。


 「……ふう、どうにか倒せたか」


 沈黙した<トーリョ>を見下ろしながら、健吾は安堵の息を吐く。今の一連の動作によって、<トラク>の下半身も制御下に置く感覚も得ることが出来た。もうこれで、ワークドールに後れを取るようなことはないだろう。


 「あっちももう終わったか?」


 <ルシフェル>の方へ首を巡らせると、四本の脚と両腕を切り落とされ、胴体だけにされた<ヤシガニ>が俯せで地面に転がされていた。倒したワークドールの残骸の中に佇む<ルシフェル>の醸し出す雰囲気から、健吾は<ルシフェル>がかつて“血染めの堕天使”と呼ばれていたことを思い出す。


 ワークドールは基本コックピットハッチが胴体前面にあるので、俯せ状態になるとハッチの開閉が出来なくなる。腕を失って機体を起こすことが出来なくなった俯せの<ヤシガニ>は、パイロットにとっての監獄と化していた。これで捕虜の確保も完ぺきというわけである。


 「煙が晴れてきたな」


 出番のなかった二機の<メガネウラ>は、上空を旋回して気流を起こし、煙幕を吹き飛ばしていた。そのおかげで厚かった煙幕が晴れ、<ゴルゴ>小隊の姿が健吾の居場所からも見えるようになる。


 戦車形態の<ゴルゴ>二機が、周囲を索敵しながらゆっくりとこちらへ向かってくる。そこへ、上空から警戒していた<メガネウラ>より、ジークを含めた全機に通信が入った。


 『地上の各機へ。残党と思われる、武装した人型を一機、西側からそちらへ追い込む。対処されたし』


 <メガネウラ>からの通信が終わるか終わらないかのタイミングで、<トラク>の音響センサーが地響きのような足音を拾う。

 

 数拍して、<メガネウラ>の機首ガトリング砲の掃射から逃れようと走ってきた四機目の<トーリョ>が、電柱やら信号機やらを吹き飛ばしながら、<トラク>と<ゴルゴ>小隊の間に現れた。


 そのあまりにも慌てた様子の<トーリョ>に、さすがの健吾も同情を覚える。


 <トーリョ>の動き自体にダメージが感じられないところを見ると、<メガネウラ>はガトリング砲の掃射で追い立てはしたものの、一発も当てていないのだろう。後ろからの弾丸雨霰は、<トーリョ>のパイロットに想像もつかないような心的負荷を与えたはずだ。


 そしてその心的負荷の先に待ち構えているのは、計五機の歩行戦機である。完全に包囲された民間機に、勝ち目などあるはずがない。


 「撃て」


 <ルシフェル>と<トラク>が建物の陰に退くのを確認してから、<ゴルゴ>小隊の太田小隊長の命令で、戦車形態の<ゴルゴ>二機が計四発の装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)を放つ。放たれた弾は、うろたえて一瞬動きを止めた<トーリョ>の両上腕と両膝を正確に撃ち抜き、一撃にしてダルマ状態にした。


 同時に四発の砲弾を浴びた<トーリョ>が、火花を散らしながら通りを転がる。路面と擦れ、黄色い外装を弾け飛ばしつつ転がるが、すぐに建物にぶつかって止まった。

 

 『目標の沈黙を確認。周辺に敵影なし。引き続き警戒する』


 <メガネウラ>からの通信が、健吾にも聞こえてくる。その声を聴きながら健吾は周囲を探ろうと<トラク>を立たせる。そして、改めて自分の置かれた状況を見て、健吾は絶句した。


 戦場と化した通りは瓦礫と破壊されたワークドールの残骸で覆われ、通りに沿うように林立するビルは軒並み廃墟と化している。複数個所からは火の手が上がり、黒煙が立ち上っている。通りに転がる、四肢をもがれ、外装がボロボロになったワークドールは、さながら惨殺死体のようにも見えた。


 そのうちの一体、胴体に踏みつぶされたような跡を付け、両腕を拭き抜かれて破壊された<トーリョ>を見て、健吾は人型が破壊されるとこんなにも惨たらしいものに見えるのかと、絶望に似た驚きを噛みしめる。


 「これは、俺がやったのか」


 「紛れもなく、な」


 いつの間に通信がオンになっていたのか、健吾の独り言に<ゴルゴ>小隊の太田小隊長の声が返ってくる。


 見ると、人型形態へ移行した三機の<ゴルゴ>が<トラク>へ近づいてくるところだ。

 

 「間もなく後続の部隊が到着すると、連絡があった。俺の小隊は部下の二機を現場に残し、俺はジーク二機を回収するように言われている。さあ、駐屯地に戻るぞ」


 「……はい」


 健吾はもう一度、変わり果てた街を眺めた。遠くにサイレンの音が聞こえるが、消防や警察の活動は、すぐには取り掛かれないだろう。まだ武装組織の人間が、どこかに潜伏している可能性もある。脅威の有無が自衛隊によって確認されてからでなければ、警察や消防に人的被害が出る可能性もある。


 一体誰が、今日こうなうと予測できたのか。この街に日常が戻るのはいつになるのか。そんなことを考えながら、健吾は太田小隊長の指示に従い、<ルシフェル>に合図を出して、戦場を後にした。

 


 

 


 


  


 


 


 


 


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