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一章12 起動


 <ヤシガニ>が破壊される様子を<ルシフェル>の展開する竜力防壁(DFフィールド)越しに見ていた健吾は、これまで感じたことのない興奮に浸っていた。


 目の前で歩行戦車から実弾が放たれ、脅威を排除する。まるで映画のワンシーンのような光景だ。BGMや演出がないので映画よりは地味で控え目なものに思えるが、それでも健吾の少年心を湧き立たせるには十分だった。そしてこの時の健吾は興奮のあまり、自分のいる場所がいかに危険かという判断を正常に下すことが出来なくなっていた。


 「……すげえな」


 新琵琶駐屯地に出入りすることのある健吾は、仲のいい隊員と雑談をすることもある。その際の印象から、彼らは自衛隊員らしくない、ラフな人種に思えていた。駐屯地司令の佐藤も、健吾の中では司令らしくない司令で、良く言えば堅苦しくないのかもしれないが、どこか抜けているようにも見えていた。

 そのためだろう、彼らが自衛隊員らしい仕事をしているのが、健吾には非常に新鮮なものに思える。


 九七式<ゴルゴ>の砲撃が終了し、<ルシフェル>が竜力防壁(DFフィールド)の展開を終了する。そして手にしていた大剣を背中に収納する<ルシフェル>を見ていた健吾は、その後ろにチラリと見えた機影を逃さなかった。


 「後ろだ!!」


 叫ぶが、健吾の声は<ルシフェル>には届かない。


 <ルシフェル>が背にしているビルの後ろから、三機目の<トーリョ>が勢いよく現れ、反応が遅れた<ルシフェル>の背面に掴みかかる。

 加えて、健吾は存在を認識していなかった、<ヤシガニ>の近くに潜んでいた二機目の<トーリョ>が<ルシフェル>と<ゴルゴ>小隊の間に割って入り、手にしていたグレネードランチャーを<ゴルゴ>小隊へ向けて連射する。


 「フィールド展開!」


 太田小隊長の指示で三機の<ゴルゴ>が防御姿勢を取り、緑色に輝く擬似竜力防壁(PDFフィールド)を展開。

 だがスモーク弾だったグレネードは<ゴルゴ>のフィールドに着弾する前に爆発し、小隊を煙幕の向こうに隔離する。更に通りの反対側に現れた二機目の<ヤシガニ>が空に向かってスモーク弾を複数発撃ち上げ、煙幕を張って<メガネウラ>の視界を遮った。


 煙幕で自衛隊機の動きを封じ込めている間に、複数機で<ルシフェル>を取り押さえて逃亡するつもりなのだろう。


 「こいつ、大人しくしやがれ」


 もがく<ルシフェル>の背面ユニットを掴みながら、<トーリョ>のパイロットは操縦レバーに力を込める。民間用に調整された<トーリョ>の擬似竜力生成炉(PDFリアクター)の出力と、<ルシフェル>に搭載された超高性能の竜力生成炉(DFリアクター)の出力では比較にならない。

 

 だが<ルシフェル>の動き自体は、粗暴さはあるもののおぼつかず、背後からの不意打ちに動揺しているようだ。これならいけると踏んだ<トーリョ>のパイロットが、<ルシフェル>を跪かせようと膝裏を蹴った。

 右膝を折った<ルシフェル>は機体を沈めざまには背面に腕を回し、<トーリョ>の腕を掴んで、膝を着く勢いに腰の捻りを加えて上半身を振り、背面に取り付いていた<トーリョ>を投げ飛ばす。


 振り払われた<トーリョ>と入れ替わるように突進してきた二機目の<トーリョ>が、<ルシフェル>の動きを止めようと、すくい上げるような拳を繰り出す。その攻撃を寸でのところで躱したが、避けられた拳が向かった先を見て<ルシフェル>のパイロットが小さく、しまった、というような声を漏らした。


 「……あ」


 「……え?」


 健吾は、眼下から猛烈な勢いで迫ってくる機械の拳を呆然と見ていた。<ルシフェル>に向けて繰り出され回避された拳は、勢いを殺しきれずに健吾のいるビルの壁面に突き刺さる。それでも勢いは衰えず、外壁を大きく抉りながら屋上まで到達。

 瞬く間に健吾の足元がひび割れて砕け、下から突き上げる衝撃が健吾の体を空中に放り上げた。


 「……!!」


 健吾の目に映る景色は、実に奇妙なものだった。重力に逆らって打ち上げられた健吾の反転した視界は、徐々に地上が遠のいていく。健吾の自重よりも軽い瓦礫たちは、彼の体を上昇させようとする力と、地に引き寄せようとする力が釣り合って一瞬空中に静止した時にも、スローモーションのように上昇していった。

 

 空中で静止した健吾は、地上を俯瞰する。視界の中で、こちらを見上げる<ルシフェル>と目が合った気がした。


 その時、健吾の脳裏に、十年前のあの出来事の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。あの時、幼いながらに、健吾は自分の力では自分の守りたいものを守れないことを知った。自分の力と呼べるものすら持ち合わせていないことを知った。


 でも、今は違う。


 あの時、あの森で、あの子は「ありがとう」と言ったように見えた。なぜ、ありがとうと言いながらごめんと謝ったのか。どうして、自分の前から去らなければならなかったのか。その答えを聞きたくて、今日まで探してきた。そしてようやくその答えの欠片を見つけたのに。


 ――――こんなところで死んでたまるか。


 重力が健吾の体を絡めとり、強引に地上へ引きずり込む。眼前に迫る、瓦礫が散乱したアスファルトの路面を見据えながら、健吾は脳内にもう一人の自分の姿を思い浮かべた。健吾の分身体、余剰竜力の結晶、力の器。新琵琶駐屯地の地下最下層に安置されている漆黒の機体。


 視界に、<ルシフェル>の巨大な手が差し出される。その手に自身の手を伸ばしながら、健吾はもう一人の自分に付けられた名前を口にした。


 「――――トラク」


 刹那、健吾の脳内に別視点からの風景が映し出された。銀色に輝く、むき出しの鋼材が複雑に組まれた広大な空間。それが新琵琶駐屯地のジーク格納庫の、健吾のジークからの視点による風景だと理解した時、健吾は背中に不可視のパイプで高圧の何かを注入されるような感覚を覚えた。


 そしてそれは、一瞬の出来事だった。伸ばした<ルシフェル>の手に健吾が落ちる直前、彼の体が眩い蛍色の光を発する。健吾から発せられた光は一気に膨れ上がって周囲を飲み込み、溢れ出した光の粒子が戦場と化した街に雪のように降り注ぐ。その粒子たちは今度は光の根源となっている健吾のもとへ猛烈な勢いで収縮し、濃密な竜力の塊が光の玉を形成する。


 何かを察したように、<ルシフェル>が宙に浮く光の玉から後退する。


 ゆっくりと落ちてゆく光の玉は地上に触れると、まるで凪いだ水面に雫が滴った時のように、一つの波紋を広げた。そして光の玉から膨大な量の竜力を渦巻くように放出しながら、玉自体が膨張してその場に人型を形作る。


 ちょうど<ルシフェル>と同じくらいのサイズに膨張したところで、光が飛んでいくように大気に消え始める。


 それはまるで、蛹が成虫になるように。光のベールが剥がれると、そこには黒い歩行戦機が立っていた。


 漆黒と濃紺のツートンに、指し色でグレーが配色された装甲。ゴーグル状の頭部センサーと、クリアグリーンに輝くセンサーライト。<ルシフェル>よりもややマッシブなシルエット。何もない空間に突如出現したことが、ただの歩行戦機ではない表れ。


 零式歩行戦機<トラク>が、主を宿して目を覚ました。





 <トラク>出現の情報は、<メガネウラ>からの観測データとして新琵琶駐屯地に届けられていた。煙幕のせいでカメラによる観測は行えていないものの、<メガネウラ>に搭載されている観測機器が超高濃度の竜力を感知し、感知した竜力の固有波動が<トラク>のものと一致したのだ。


 「ついに動きますね」


 傍らに立つ夏冬(かとう)副司令が、モニターを眺めたままの佐藤に呟く。


 「ああ。格納庫の整備員を退避させておいて正解だった」


 佐藤たちの目の前では、オペレーターたちが出現した<トラク>の情報を収集しようと駆けまわっている。

 そんな中、一人のオペレーターが<トラク>が動き出したことを告げた。






 気が付くと健吾は、<トラク>のコックピットシートに座っていた。置いた覚えのない両手はしっかりと操縦レバーを掴み、両足はフットペダルの上に添えられている。全天周囲型のモニターと目の前に並んだ三枚の補助モニターの配置は、<ルシフェル>と変わらないらしい。


 <トラク>の隣で、影が動いた。<ルシフェル>が近づいてきたのだ。全天周囲モニターに映る<ルシフェル>の横顔を見ながら、健吾は通信回線を開く。

 補助モニターに、「SOUND ONLY」の文字が映し出される。


 「なあ、その機体を動かしてるの、穹良(そら)なんだろ?」


 数拍置いて、静かで落ち着いた、若い女性の声が聞こえてきた。


 「……話は後だ。まずはこの不届き者どもを片付ける」


 それだけ言って、通信が切られる。


 短い交信だったが、健吾が欲していた情報は得ることが出来た。名前を尋ねて否定しないという事は、やはり<ルシフェル>を動かしているのは彼女だという事になる。そのことを確認できただけで、今は十分だ。


 ――――りょーかい


 「不届き者を片付ける」という言葉に心の中で応えて、健吾は操縦レバーを握り直した。




 



 


 


 


 


 


 


 

 

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