一章11 赤い零式
立ち往生したままの<ヤシガニ>は、二門の機関砲による砲撃で、二機の<メガネウラ>をけん制していた。乗り上げた建物を破壊することで脱出出来たかに思えたが、建材を脚の関節部分に巻き込んでしまい、結局動けないという状況に変わりなはい。動けないワークドールなど空から見れば格好の的になるはずだったが、現状はそうではない。その原因は、ビルの屋上にいる少年にある。
「隊長、どうしましょう。あの少年があそこにいるままでは迂闊に手が出せません」
<メガネウラ>二番機のパイロットが、臨時の小隊長に指示を仰ぐ。誘導弾を使用できれば一撃で<ヤシガニ>を沈黙させられるだろうが、爆発によって生じた破片が屋上にいる少年を傷つけないとも限らないし、許可が下りているとは言え自衛隊員の端くれとして、国民を傷つけるわけにはいかない。かと言って機関砲による攻撃は、少年を射線上に巻き込まないようにする為には二方向からしか行えず、攻撃パターンを相手に読み取られやすくなる。
<メガネウラ>をはじめとした擬似竜力生成炉を搭載した航空機は、その生成した擬似竜力を揚力を生み出すことに使用しているため、展開できる擬似竜力防壁の強度は決して高くなはい。そのため機関砲の砲撃も、被弾し続ければ防壁のエネルギーが飽和・消失して、機体本来の装甲に頼らざるを得なくなる。
「二門の機関砲を持っているとはいえ、相手は一機だ。挟撃すれば隙が生まれる。お前は北側から回り込め」
「了解」
小隊長からの指示を受け、二機の<メガネウラ>が二手に分かれる。分かれた二機は互いに<ヤシガニ>との距離を取り、旋回した後に加速して突っ込む手筈だった。が、旋回運動中に小隊長の駆る一番機が、通りの南側に現れた三機目のワークドールを発見した。同時にコックピット内に接近警報が鳴り響く。
「上昇!」
二番機の無線に叫びながら、小隊長も機体底面に擬似竜力防壁を展開しつつ高度を取る。機首に備え付けられた三〇ミリガトリング砲が下方に指向し、自機の弾と干渉しないように擬似竜力防壁に穴が開く。開いた穴から超高速で吐き出された弾丸は雨あられとなり、地上から接近してくる三発の地対空ミサイルをすべて落とした。
「あの野郎……!」
晴れた爆炎の向こうに見えた、左肩にミサイルコンテナを、右手に機関砲を持った三機目のワークドール<トーリョ>を睨みつける。
「まずはこいつを片付ける。二番機、援護してくれ」
三機目は立ち往生している<ヤシガニ>と近い位置にいる。この位置なら誘導弾でもガトリング砲でも攻撃が可能だと判断した隊長が、まずは一機仕留めようと機首を向ける。だが二番機からの通信で、隊長は攻撃を一時中断することにした。
「隊長、コンテナに取り付いている機体が……」
二番機パイロットの声に、隊長も地上に落下している例のコンテナと、そのコンテナに取り付いている<トーリョ>に目を向ける。そして思わず、その異様な光景に「……何が起こってるんだ」と呟いた。
<トーリョ>のパイロットは、やっとのことで開けたコンテナの穴の縁に<トーリョ>の手を掛け、左右に引き裂こうとしていた。自衛隊機が二機飛来して作業の邪魔をされるかと思っていたが、救援に駆けつけてくれた仲間が自衛隊機の牽制をしてくれている。荷物の捜索にあたっていた他の仲間からは、見つけたコンテナは簡単に開くものだったとの連絡が入っている。すなわち、このやけに頑丈なコンテナが、自分たちの探し求めている荷物が入っているものに間違いない。
「……ったく、手こずらせやがって」
作業を継続しなら、<トーリョ>のパイロットが独り言ちる。メインカメラから送られてメインモーターに映し出される映像には、自機の手先と捲れ上がったコンテナの外壁が映し出されているが、どうやら中にもう一層コンテナがあるらしい。
「なんだこれ、コンテナが二重になってやがるのか。この厳重さからいくと、やっぱりこのコンテナで正解らしいな」
パイロットは、中に見えたもう一枚の鋼板を破ろうと、<トーリョ>の手を伸ばす。中身が確認できさえすれば、後は安全な場所へ回収してから開封すればいい。
次の瞬間、このパイロットは、おそらく彼の人生において最も肝を冷やす瞬間に立ち会うこととなった。
突然、何の予兆もなしに、コンテナの中から機械の腕が伸びてきて、<トーリョ>の前腕中ごろを掴んだのだ。しかもその腕は、<トーリョ>が時間をかけて開けたコンテナの外材を、破砕音と共にいとも容易く貫いている。
「な、何だこいつ……! 機体の制御がっ!」
左右の前腕を掴まれた<トーリョ>は、抵抗虚しく中から現れた腕に引き込まれ、機体の前面がコンテナにめり込み始める。
『おいどうした!? 何してるんだ』
二機の自衛隊機に対する対空戦闘を継続しながら、<ヤシガニ>のパイロットがこちらに気遣って通信を寄越す。
「分からない。荷物が急に動き出して、機体が……!」
機体の関節がミシミシと嫌な音を立て、コックピット内で警告音が鳴り響く。少しずつ引き込まれていく機体の外装と、コンテナの金属が擦れて立てる不快な音が、パイロットの神経を逆なでする。
まるで、これからクモやカニに捕食されるのを待つ、獲物になった気分だった。穿たれた穴の暗闇の向こうで、緑色にセンサーライトが瞬く。<トーリョ>のパイロットは、完全に“荷物”に呑まれた。
「何が、起こってるんだ……?」
これはビルの屋上から事態の行方を見守っていた健吾の口から洩れたものだったが、おそらくこの現場に居合わせた全ての人が、同様の疑問を呈しただろう。
健吾の位置からでは<トーリョ>の背中の向こう側にあるコンテナの様子はよく分からないが、<トーリョ>の挙動がおかしくなったことは分かる。突然動きを止めたかと思ったら、コンテナにゆっくりと引きずり込まれ始めた。抵抗するように<トーリョ>の関節が甲高い駆動音を上げ足掻く、その抵抗は虚しいらしい。
やがて強度が持たなくなったのか、ボロボロになったコンテナがひしゃげながら崩れ落ち、コンテナが寄りかかっていたビルの外壁が崩れて粉塵を巻き上げる。
濛々と巻き上がる粉塵の向こうに健吾が見たのは、上腕の部分をそれに掴まれて、掲げ上げられている<トーリョ>の姿だ。もがくように手足をバタつかせているが、それからは逃れられそうにない。上腕を掴むマニピュレーターに力が込められ、潰された<トーリョ>の外装の破片が健吾のいる屋上まで飛んでくる。
<トーリョ>の上腕を握りつぶしたそれは、その出力差を見せつけるかのように<トーリョ>の両腕を引き抜いた。上半身の外装が割れて、肩の駆動部が胴体からずるりと抜き出される。伸びて張ったハーネスが最後の抵抗を見せたが、基部ごと引き抜かれて胴体から分離した。
両腕を失った<トーリョ>が、後にゆっくりと倒れる。そうして健吾の視界から<トーリョ>が消えたことで、健吾はようやくコンテナの中身を確認することが出来、同時に自分の予測が正しかったことを認識した。
零式歩行戦機。通称“ジーク”と呼ばれる、竜によって生み出された超高性能歩行戦機の一機で、<ルシフェル>というコードネームを与えられた機体である。真紅と漆黒をベースとした配色に、スマートなシルエット、大きな背面ユニット、横長のセンサーユニットと額のサブカメラからなる精悍な顔つきは、健吾の中の記憶と寸分違わない。
「すげえ……」
かつて健吾の願いに応じ、ともに彼女を救いに行った機体が、目の前で動いている。そのことが健吾の記憶を一気に呼び起こし、表現しようのないほどの興奮が彼を支配していた。
<ルシフェル>は手にしていた<トーリョ>の両腕を無造作に放ると、センサーライトの輝く頭部を左に向けた。その、次はお前だと言わんばかりの無言の威圧は、<ヤシガニ>のパイロットに強烈なプレッシャーを与える。
こちらを向いた<ルシフェル>に射竦められながら、<ヤシガニ>のパイロットが叫ぶ。
「畜生! よくも!」
両腕に装備した二門の機関砲を<ルシフェル>に乱射する<ヤシガニ>。だがその砲弾は全て<ルシフェル>が展開した竜力防壁に弾かれ、一発たりとも届かない。
「畜生、何だよこいつ……! 全然攻撃が……」
少し考えればわかるはずだった。<ヤシガニ>のパイロットを含めた男たちが何を回収しようとしていたのか。人類の技術力では到底完成しえない超兵器を手に入れるために日本に密入国し、今それを目の前にしている。
手に入れることが出来れば、それすなわち最強ともなり得る力。しかし手懐けることが出来なければ、自身らを破滅させかねない力。今の<ルシフェル>は、彼らにとって後者であった。
<ルシフェル>がゆっくりと機体を<ヤシガニ>へと向け、右腕を肩越しに背中へ伸ばす。背面ユニット右側にマウントされた剣の柄を掴み、前方に引き抜いた。刃渡りが十メートル近くある大剣の柄頭に左掌を当てて姿勢を低くし、刺突の構えを取る。そのゆっくりとした所作は、強者の余裕とでも言うべきか。
<ヤシガニ>のパイロットには、<ルシフェル>が大剣を構えるまでの時間が、死刑執行を待つ時間のようにも思えた。
だが恐れていた瞬間は来ず、モニター越しに見た<ルシフェル>は一歩を踏み出そうとして急制動を掛け、その場に留まって竜力防壁を展開している。
「な、何だ……?」
<ルシフェル>の行動の意図が分からず、パイロットの男が疑問を口にする。男が自分で言うのもなんだが、<ルシフェル>が攻撃を中止する理由が分からない。まさか、見逃してくれるとでもいうのか。
否、そうではなった。
突如後ろから襲ってきた衝撃が、男の体を乱暴に揺さぶる。何が起こったのか理解が追い付かないパイロットの男は、自身の置かれた状況を把握しようと慌てて周囲を見渡す。そうして初めて、つい先ほどまであった<ヤシガニ>の両腕が無くなっていることに気が付いた。次いでモニターに、後方に三機の新たな機影が映し出されていたことに気が付く。
三機の機影を示す光点は、接近しつつある機体が味方でないことを告げている。<ヤシガニ>はその三機が来る方角へ上半身を旋回させ、頭部センサーのカメラをズームして機影を捉えた。そこに映っている機体は、通りの奥で砲口をこちらに向けている。
九七式歩行戦車。<ゴルゴ>という愛称で呼ばれることもある、陸自が独自に開発した可変機構搭載型の歩行戦機である。戦車の持つ堅牢性と高火力、そして戦車では獲得しえなかった高機動性を両立させようと大人たちが本気になって考えた結果生まれた、人型兵器としても戦車としても利用可能な機体が、この歩行戦車だ。
日本初の可変型として開発された九七式の特徴は、大腿部と下腿部の裏側にある計四つの履帯を接地させることによる、戦車形態時の安定した砲撃性能にある。長座体前屈のような可変機構と上半身の旋回機構を持った九七式二機が、通常の戦車のシャーシ部分となる下半身を建物に隠しながら、両肩に二門搭載された一二〇ミリ滑空砲を一門ずつ発射し、<ヤシガニ>の両腕を撃ち抜いたのだ。
「命中。次弾、徹甲弾装填」
戦車形態を解き、人型形態となって建物の陰から観測を行っていた太田小隊長機から、僚機二機へ射撃の結果が送られてくる。
「了解、徹甲弾装填。装填完了」
射撃を実行する二機が装弾筒付翼安定徹甲弾を再装填し、射撃の準備が出来たことを伝える。
太田小隊長は、部下からの報告を聞きながら、<ルシフェル>を観察していた。<ルシフェル>へは無線で呼びかけているものの、反応がない。
まさか、無人か? との疑問も浮かんだが、今重要なのはそこではない。<ルシフェル>がこちらの意を汲んでくれているのかどうかが重要なのだ。
太田率いる小隊が現場に到着した時、<ルシフェル>はこちらの意図を読み取ったかのように、少年のいるビルまでを含んだ範囲に竜力防壁を展開した。もしフィールドの展開が無ければ九七式の射線上には少年のいるビルがあったため、別の場所に移動せざるを得なかった。
そして<ルシフェル>は今もフィールドを展開している。つまりは、撃てる状況を作ってくれているという事だ。
「次は脚だ。撃て」
太田からの射撃命令を受けた二機が、同時に砲弾を撃ちだす。放たれた安定翼付きの徹甲弾は直線的な弾道を描き、回避行動の出来ない<ヤシガニ>の四本のうち二本の脚を確実に破壊し、残る二本にも間接的に大きなダメージを与えて、<ヤシガニ>を沈黙させた。




