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一章10 戦闘開始


 赤毛の持ち主を追って路地を駆け抜け、出た先の通りを右手へ曲がる。駅へと続く大きな通りへ通ずるこの通りにも、空中輸送艦から降り注いだ破片が派手に散乱していた。

 

 健吾は通りを塞ぐように散乱している破片や瓦礫の合間を縫うように走る。炎を噴き上げる車の、鉄を焦がす臭いが鼻を衝く。健吾はその臭いを無視しようと努めたが、それでも鉄だけではない、様々な素材が燃える臭いが鼻孔に押し寄せ、ブレザーの袖で鼻と口を覆う。通気性の悪い素材であるブレザーを口元に当てながら走るのはかなり苦しかったが、長く走る必要はなかった。


 健吾の目的の物が入っていると思われるコンテナが一つ、見つかったからだ。


 そのコンテナは健吾の十数メートル前方に、通りに面したビルにもたれ掛かるような格好で落下していた。コンテナ周辺のアスファルトは広範囲にわたってクモの巣状にひび割れ、抉れている。直方体の底面から通りに落下し、その勢いで近傍にあったビルにぶつかったことで、もたれ掛かるような形になったのだろう。


 そしてコンテナの下でペチャンコになっているのは、路駐していた車だろうか。黒煙を吹き上げながら炎上し、ひしゃげかけた濃緑のコンテナを燻している。


 その押しつぶされた車に近づいた健吾は、目にしたものに思わず、吐き気を催しそうになった。


 夥しい量の血が、水溜りのように広がっているのだ。


 間違いなく、この車の搭乗者だった人のものだろう。ここまで遺体を見ずに済んできたが、ここに来て初めて人のが間違いなく死んだ場所に立ち会うことになってしまった。完全に潰されたわけではない車の、歪んで密閉性が保たれなくなったドアの隙間から見えているものが何なのかは、考えようとしなくても頭の中に浮かんでくる。


 きっとこの人は一瞬にして、生前の面影を留めないほどの肉塊へと変貌したのだろう。


 「うっ…………」


 出す場所を決めてそこへ移動する間もなく、健吾は胃の中身をすべて吐き出す。吐き出すものが無くなっても吐き気は治まりそうになかったが、口元を両手で塞いでどうにか堪える。


 この血の池は見続けていてはいけない、そう思って視線をずらす。その視線の先に不可解な光景を目にして、健吾は思わずその疑問を呟いた。


 「……なんだあれ、足跡?」


 血の池の上を歩いた者がいるのだろうか、健吾のものよりもやや小さな血色の足跡が、濃緑のコンテナの裏の方へと続いているのだ。足跡スタンプのインクとなった血の乾き具合から見て、この足跡が付いてから時間が経っていないことが分かる。


 「一体誰の……?」


 おぼつかない足取りで足跡を追うと、コンテナの陰で足跡が止まっていた。先に進むでも、引き返すでもなく、まるでその場に佇んでいるかのように、足跡の続きはそこで止まっているのだ。


 「やっぱりあの子の……? でも、じゃあどこに?」


 この通りに健吾以外の人気は無いことを考えると、先程見かけた人影が足跡の持ち主だとが考えるのが普通だろう。だとして、どこへ消えてしまったのか。あたりを見回してみても他に血痕らしきものは見つからないし、本当に忽然と消えてしまったのだろうか。


 状況的にみて、健吾の中では赤毛の持ち主と、目の前に点々と続く足跡の持ち主は十中八九、同一人物だと思っている。後はどこにいるのかが問題なのだが、それとは別に健吾が探しているものの安否も気になるところだ。


 そこで、健吾の中で一つの仮説が浮かび上がる。すなわち、赤毛と足跡の持ち主は健吾の言う「あの子」で、「あの子」は今日新琵琶駐屯地に搬入予定だったが地上に落ちたジークを探しに来て、ここで見つけた。そして健吾が探していたジークと「あの子」は、目の前のコンテナの中にいる。


 その仮説はすぐに確信へと変わり、健吾はすぐにコンテナの中身を確かめたい欲に駆られた。


 だがコンテナの中身を狙っているのは健吾だけではないという事を、近づいてきた巨大な足音に思い出させられた。


 コンテナの陰から顔を覗かせて、足音の正体を見上げる。どうして今の今まで接近に気づかなかったのか自分でも分からないくらいの距離に、黄色く塗装されたワークドールが一機、立っていた。

 その機体を見て、健吾はすぐにこの機体を動かしている連中が犯人であると理解した。民間用の機体なら決して持っているはずのない、歩行戦機用の大型機関砲を手にしているからだ。


 機関砲で武装した黄色いワークドール<トーリョ>が、あまりに大きすぎる一歩を踏み出す。衝撃で路面のアスファルトは砕け、踏みつぶされた瓦礫が耳障りな破砕音を上げる。粉塵を巻き上げながらこちらへと歩いてくる<トーリョ>の姿は、この街に破壊と混乱を巻き起こした悪の権化でしかない。


 ――――逃げなきゃ。あれは本当にマズイ。


 手にした機関砲を構える<トーリョ>を見て、健吾は本能的に察する。あの機関砲は見たところ六十ミリといったところか。そんな大口径弾が毎分三百発超で打ち出される得物を向けてくるような相手からは、逃げるほかない。


 コンテナの陰から飛び出して通りを挟んだ建物の陰に逃げ込もうとする健吾は一瞬、<トーリョ>と目が合った気がした。黄色くずんぐりした胴体の頂部に埋め込まれるような形の頭部センサーが、通りを駆ける健吾の姿を追うように動く。だが<トーリョ>は健吾を無視した。健吾の姿が通りから消えるのを確認してから、<トーリョ>は機関砲を短く、三回斉射しコンテナをハチの巣にする。そして機関砲を腰にマウントすると、コンテナに向かって歩き出した。


 その間に健吾は、手近なビルへ駈け込んでいた。この場に留まることがいかに危険かは理解しているが、先程の<トーリョ>の所作を見るに、少なくとも今すぐ自分に手を掛けるつもりはない、という事が分かった。そうとなれば、あのコンテナの中身をこの目で確認したい。そしてそのためには、高いところに登る必要がある。


 落下物によって送電線が切断されたためか、エントランスは電気が消え、人の気配は感じられない。居合わせた人々は全員避難できたのだろうか。願わくば、そうであってほしい。


 健吾は、最上階へ上がるために階段を探した。停電しているのでエレベーターは動いているとは思えないし、動いていたとしても、自ら密室へ入り込むようなことはしたくない。乗っている最中に止まられでもしたら、たまったものではない。


 階段はすぐに見つかった。六階までを一気に駆け上がると、更に屋上へと続く階段を見つける。その階段も駆け上がり、先にある金属製の施錠されたドアを力任せに破壊して、屋上へと出る。


 屋上は比較的小さな落下物が散乱しているものの、建物自体にダメージを与えるような落下物の直撃は免れていた。隣のビルが落下物によって屋上面積の半分を失っているところを見ると、健吾が上ったビルは幸運だったのだろう。


 健吾は上がった呼吸を整えながらフェンスへと近づき、<トーリョ>へ視線を向ける。ちょうどコンテナをこじ開けようとしているところだが、どうやら難儀しているらしい。弾痕で出来た凸凹にマニピュレーターを掛け、外板を左右に引き裂こうとしているが、ワークドールの出力をもってしても開けられないようだ。機体の各所が上げる甲高い駆動音が、機体に負荷がかかっていることを証明している。


 それもそのはず、とまでは言えないが、このコンテナの強度はかなりのものである。事実、飛行中の<アーケロン>から落下したにも関わらず、ほとんど傷ついていない。そしてジークがぴったり収まるサイズというのではなく、二回りほど大きめであることを考えても、相当頑丈に作られてように思える。


 そして今この場で、コンテナの強度を一番よく知っているのは、紛れもなくコンテナに取り付いている<トーリョ>のパイロットだ。このパイロットは頑丈過ぎるコンテナにしびれを切らしたのか、機体の右大腿にマウントされていた大型のコンバットナイフを引き抜くと、逆手に持ち替えてコンテナに突き立てる。


 それでも開かないので援護に来たのだろうか。健吾から見て右手方向に、別のワークドールが出現した。


 二本の腕と四本の脚を持つ緑色のワークドール<ヤシガニ>だ。<ヤシガニ>は健吾が先程いた、駅へと続く通りからこちら側の通りへとショートカットしようとして、強引に建物を跨ごうとする。が、どうやらそれがいけなかったらしい。


 「……あいつ、何してんだ?」


 健吾がそう呟きたくなるくらい、滑稽な光景がそこにはあった。建物に乗り上げてしまい、四本の脚をぶらぶらさせる<ヤシガニ>の姿は、ここが戦場であることを忘れそうになるくらい、滑稽なものに見える。


 だがすぐに、<ヤシガニ>が天へ向けて手にした二門の機関砲を放つ砲声が、ここが紛れもない戦場であることを健吾に思い出させる。

 

 <ヤシガニ>が何を撃っているのか、その対象を見ようと健吾は射線の先に視線を向ける。そして目にしたのは、ジェット戦闘機では到底不可能な三次元的軌道と擬似竜力防壁(PDFフィールド)によって砲弾を回避しながら接近してくる、二機の異形の航空機だ。


 トンボを機械化し巨大化させたような、独特のシルエット。二対四枚の主翼と前後に細長い胴体を持ち、その胴体の下には、これまでの主力航空機では搭載不可能な大型の武装を懸架している。


 TDF-04<メガネウラ>。やや大型ではあるがジェット戦闘機と攻撃ヘリの長所のみを融合させたような、擬似竜力生成炉を搭載した自衛隊の航空兵器である。ジェット戦闘機並みの機動性と、ジェット戦闘機ではなし得ない運動性を有し、擬似竜力の恩恵で垂直離着陸とホバリングを可能とする本機は、航空戦力の主力の座をジェット戦闘機から奪いつつある。


 「やっと来てくれたのか……!」


 新琵琶駐屯地から出撃してきた二機の<メガネウラ>は健吾の上空を通過し、旋回して距離を取りつつ<トーリョ>と相対した。





 『こちらモ二-01。敵勢力を目視で視認。近傍のビル屋上に民間人を一名確認。射撃の可否を問う』


 つい先刻、<メガネウラ>四機がようやく出撃できた。うちの二機は<アーケロン>を墜落させた武装集団の捜索に、残りの二機は墜落した<アーケロン>の乗組員救助に向かっている。今駐屯地に入った通信は、武装集団の捜索に当たっていた編隊からのものだ。


 「司令、航空隊特別編成第一小隊が敵勢力と会敵しました。付近に民間人が一名いるとのことですが、射撃の可否を求めています」


 「その民間人をモニターに出せるか」


 「モニターに出します」


 佐藤司令の指示を受けたオペレーターが、モ二-01からの映像をモニターに映し出す。そこにこちらを見上げるように映る少年は、佐藤もよく知る人物だ。


 なんで彼があんなところに。という疑問が頭をよぎったが、瞬時にその回答を自分で得て、佐藤は思わず笑みを漏らす。


 「……司令?」


 佐藤の笑みを見た夏冬(かとう)副指令が、佐藤の顔を覗き込もうとする。佐藤はそれを軽く制し、何でもないと応じると、顔を上げて声を張った。


 「その少年なら大丈夫だ。武器の使用及び使用武装の選択は各員の判断に任せる。ただし、射線に巻き込まないくらいの配慮はしてやれ」


 一体何が大丈夫なのかは分からなかったが、オペレーターは出された通りの命令をモ二-01のパイロットに伝える。


 「第二小隊はどうだ。<アーケロン>に着いたか?」


 「今連絡が入りました。第二小隊は<アーケロン>に到達。これより救出活動に入ります」


 佐藤からの質問に答え終えると、今度は別のオペレーターが声を張る。


 「司令、臨時編成の歩戦二個小隊の出撃準備が整いました」


 「よし、第一小隊は戦闘地域へ、第二小隊は<アーケロン>のもとへ向かわせる。後続機は出撃準備ができ次第出撃。他にもいるはずの敵勢力の捜索・撃滅に当たらせろ」


 「了解、歩戦特別編成第一、第二小隊は出撃せよ」


 各オペレーターがてきぱきと働くのを眺めながら、佐藤は傍らに立つ夏冬副指令に、耳を貸すよう合図を送る。


 「なんですか?」


 「ジーク格納庫の整備班に、今の作業を直ちに中止して退避するように伝えろ」


 一瞬怪訝そうな顔をする夏冬だったが、その意図を察して質問を返す。


 「という事は、あれが動くんですか?」


 その質問に、佐藤は黙って頷く。そして組んだ両手の上に顎を乗せると、


 「ああ、きっと動く」


 モニターに映し出された健吾を見ながら、静かにそう呟いた。

 


 


 


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