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三章43 教室での羽化


 「……ねえ、あの子って、ずっと来てなかった子?」


 「なのかな」


 「なんで帽子被ってるんだろう」


 その日、かがみのクラスは朝からざわついていた。クラスの誰も見たことがないキャスケット帽を被った少女が、窓側一番後ろの席に座っていたからだ。彼女が座っているのを見て初めて、クラスメイト達は春から誰にも使われていない席が一つあったことを思い出した。その席に人が座っているという光景は彼らにとって違和感となって認識されていた。そして、最近は友人が出来たとはいえ、積極的に話しかける印象が持たれていなかったかがみが帽子の少女に話かけている姿が、彼らの抱く違和感を増幅させていた。


 「みんなうちに興味津々なんな」


 キャスケット帽を目深にかぶった暮月が、ひさしの奥から視線を巡らせる。顔ごとこちらに向ける者、視線だけを向けてくる者銘々だが、クラスメイトの半分以上が自分の方に意識を向けていることが容易に判った。残りの半数は関わりたくないか、本当に興味がないか、周囲と違うと思いたいのか。


 「当たり前でしょ。昨日までいなかった奴が今朝から座ってるんだから」


 暮月に注目が集まるのを避けるように、そしてクラスメイト達を見なくて済むように彼らに背を向ける形で暮月の机の傍らに立つかがみが、小声を出す。背中に刺さる視線が気持ち悪かったが、暮月が好奇の目に晒されるのに比べたら全然マシに思える。これから散々注目を集めるのだから、今くらいはそっとしておいて欲しいものだが、叶わぬ願望だ。


 「で、いつやるの?」


 「担任の先生が来て、ホームルームが始まる直前なん。全員が揃った時にやらないと、居合わせなかった人に説明する手間が増えるん」


 「それもそうか。りょーかい。んじゃそろそろ、腹括らないとね」


 教壇の上に掛かっている時計で時刻を確認するかがみに、暮月は怪訝そうな顔をする。

 

 「まだだったん?」

 

 「うっさい。だいたいなんであんたはそんなに平気そうな顔してんのよ。怖くないの?」


 「怖いんよ? だからさっきトイレで胃液吐いたん。そしたらなんか、すっきりしたんな」


 「結局吐いたんかい」


 かがみのツッコミが華麗に決まった時、背後から声を掛けてくる者がいた。先手を打たれたかと持って振り返ると、そこに立っていたのは葵だった。


 「お、おはよう、かがみ」

 

 「おはよう、葵」


 誰かと思って緊張していたかがみは、声を掛けてきたのが級友と知って安堵の息を吐いた。


 「どうしたの? なんか顔強張ってるけど。あれ、あなたは……」


 かがみに心配そうな目を向けてから、見慣れない生徒の姿に疑問符を口にする。帽子を被っているせいで顔は見えないが、目深にかぶっているために帽子の上部両端がわずかに盛り上がっていた。人間の頭部にはない突起がそうさせているであろうということは、彼女が今まで登校していなかったこと、そして拗らせた人見知りであるかがみが親し気に話していることから予想できた。何より、やや癖の掛かった栗色の髪は見覚えがあった。


 「今日からよろしく頼むんよ、葵ちゃん」


 「暮月ちゃん。学校、来て大丈夫なの?」


 帽子を人差し指で押し上げる暮月の、悪戯っぽく緊張で強張った右目が葵と合わせられた。


 「うちが来て大丈夫かどうかは、これから決まるんよ」


 強がりを口にしているということは容易にわかった。






 同時刻。高等部棟一年二組。穹良は今日実行する作戦の内容を璃那にそっと耳打ちしていた。話を聞いた璃那は目を丸くし、クラスメイトの誰にも聞かれていないか視線を巡らせて確認してから、耳元で聞き返した。


 「本当ですか?」


 穹良は黙って頷き、廊下の窓を通して中等部棟の方に目を向けた。間もなくホームルーム前の予鈴が鳴り、その鐘を合図にかがみが羽根を展開し、暮月が帽子を取ることで正体を明かす。その援護に行くためには、穹良もそろそろ動き出す必要がった。


 「清水ヶ原さんは知ってるんですか?」


 「いや、伝えていない。あいつは不判可半竜だからな。むやみに正体を明かす必要はないだろう。下手に巻き込んで健吾に怒られるようなことがあっても嫌だしな」


 級友と談笑している真をちらりと見やって、穹良は肩を軽くすくめる。彼なら人間として生きていこうと意識しなくても人間社会で生きていけるであろうが、穹良やかがみはそうはいかない。いつか綻びが大衆の目に晒される。その前に打つ手に、彼を巻き込む必要性はない。


 「私は、穹良にお仕えする身です。あなたが望むものを、共に望みます。お供させてください」


 神妙な面持ちになる璃那を見ていると、なんだか笑えてきた。こんな自分のためにここまで言ってくれる人がいるということが嬉しかったのもあるが、仕えると言いながら普段は割と歯に着せぬ物言いをしてくる璃那がこういう時だけ下手に出てくるのが、なんともおかしく思えた。


 「仕えてもらっている気がしないのは気のせいか?」


 「ひどいですよ」


 やや不満そうな顔をする璃那に、穹良は小さく口角を上げた。


 彼女は純粋な人間だ。形式上は主従関係にあるが、友人として付き合ってくれている彼女を無理やり従わせて自分の行動に巻き込みたいとは思わない。大切に思うからこそ、今は離れていて欲しい。


 だが、いくら穹良が望んだところで、行動するのは璃那自身だ。彼女の決断を否定し、止めるつもりも穹良には無かった。ただタイミングを知らせるだけだ。


 「始める。離れろ」


 璃那にだけ聞こえるような声量で告げる穹良の瞳に、蛍光緑色の輪が浮かび上がる。彼女の体内で竜力が膨れ上がるのを感じ取った璃那は一歩下がり、談笑していた真はまさかという思いを抱きながら穹良の方へ振り返った。


 そして、異変に気付いたクラスメイト達がざわつき、彼女を指さしながら慌てふためき始めるなか、

穹良は二対四枚の、透明感のある赤い羽根を展開した。


 「……おい、あれっ」

  

 「安曇野さん、その姿って……」


 「まさかこのクラスに半竜が……」

  

 あっという間にクラス全体にざわめきが伝播し、注目を一身に集める最中、穹良は首を軽く傾けながら静かに口を開いた。


 「珍しいだろう? もっとすごいものを今から見せてやる」


 言うなり、展開した羽が竜力の粒子に変換され、背中から噴き出した粒子が四枚の翼を構成する。翼長一・五メートルにも及ぶ前翼が大きく広がり、羽根の隙間から竜力の粒子が溢れ出して穹良の周りで漂う。


 「……ば、化け物……!」


 一人の男子生徒が穹良を指さしながら裏返った声を出す。その顔は恐怖に引きつり、膝が微かに笑っていた。その男子生徒の方を向く際に翼の先端に掠りそうになった生徒が後ろに飛び退く。


 「お前の親しい人が、半竜のせいで犠牲になったのか?」


 震える男子生徒の元にゆっくりと近づき、出来るだけ穏やかな声音で訊ねる。目の中が光り、四枚の翼を生やした人間などこの世に存在しないことなど、当の穹良もよく分かっている。現代人からしてみれば竜は害をなす怪物でしかなく、人間社会に溶け込む半竜は見た目で区別がつかないがゆえに竜以上の脅威と受け取られていることも、よく知っている。


 でも、少なくともこの学校に来てからは、半竜としては誰にも迷惑を掛けずに生きてきたと自負しているだけに、面と向かって「化け物」と呼ばれるのは悲しかった。面と向かって言ってくれただけマシなのかも知れないが、穹良とて悲しいものは悲しいのだ。


 「い、いや……」


 「なら良かった。お前が私を見て化け物と思うのは勝手だし、真っ当な意見だと思うが、私からしてみれば、私に敵意を向けるお前たちの方がよっぽど怖いものだぞ」


 穹良を中心に、半円状の輪を作って動向を注視するクラスメイト達に視線を投げかけ、穹良は寂しそうな目をする。彼らの目は異物を排除せんと機会を伺っているようにも見え、穹良は翼を掲げて顔を隠した。


 だが、こんな心持ちでは健吾の居場所を作ることなど出来ないと心を奮い立たせ、自身の動向に注視しているクラスメイト達の方を向いて四枚の羽根を大きく広げる。ここで自分を隠していては、健吾に何も言えなくなってしまう。それでは、暮月やかがみが、そして自分が覚悟を決めた意味が無くなってしまう。そうしないために、穹良は自分の姿を隠さずに見せた。


 教室が静まり返り、誰も何も発しないのを確認してから、穹良はゆっくりと踵を返し、廊下に出た。そして廊下に幾重もの人垣が出来上がっていたのを見て、両隣りのクラスにこのクラスでのどよめきや異様な雰囲気が伝わっていたことや、偶然通りがかった通行人の目に留まり注目されていたことに今更ながら気付いた。さすがに人の目に触れ過ぎて気まずかったが、そんな心情など表に出さず、穹良は中等部棟の方へ向かうべく歩を進める。幸いにして穹良を避けるように人垣が割れてくれたため、彼女を阻むものはなかった。


 「安曇野さん、なんで正体を明かしたんだ?」


 穹良が去った教室で、真が璃那に小声で訊ねる。


 「西島さんのためだそうです。それと、妹さんのためでもあるとか。さっき急に言われたんで、私も驚きましたよ」


 そうか、と頷きながら真は教室内の様子を探る。今のところ彼女に対する否定的な声は聞こえてこないが、それは現時点ではまだ驚きが勝っているという点に起因しているのかも知れない。彼女の存在が現実のものとして受け入れられた時、穹良がこのクラスの一員として居続けることが出来るのか、それとも排除しようとする動きと対立するのか、本当の判断が下されることになるだろう。


 「もしもの時は、私は穹良の側に付きます。穹良を孤立させることは個人的に望みませんし、竜の巫女としての役割でもあります」


 「俺は……」


 真は口を閉ざし、眉間に皴を寄せる。不判可半竜である以上、自分から正体を明かすことはデメリットしかない。半竜に対する嫌悪感を抱いた人物に襲撃されれば、真一人ではどうにもできない可能性の方がはるかに高い。


 だが、では入学式の日、なぜ健吾にわざわざ声を掛けたのか。自分よりはるかに強力な半竜なら、自分のことを半竜と認識できない可能性の方が明らかに高く、そうであるなら人間として付き合った方が得策だったはずだ。なのにそうせず、正体を自ら明かしたのは、共通の話題を持つことで接近したいと思ってしまったからだ。健吾のことを何となく友達になってみたい部類の人物だと思ったからだ。


 そうして自ら望んで繋がりをもった相手を自分の都合で切り離すのは、あまりに不義理だと思った。それに、健吾が半竜である以上、こういった事態が生じると予測できたはずなのに、それをしなかった自分にも落ち度がある。ならば。


 「俺も、そうする。俺もあいつに学校に来て欲しいと思ってるからな」


 「進んでいばらの道に挑もうとするなんて、清水ヶ原さんって欲しがりさんなんですね」


 「うるせえ。こちとら絶滅の危機に瀕してるんだ。それくらいのことはしないと、この姿に生んでくれたご先祖様に申し訳が立たねえんだよ」


 教室内のざわめきはまだ止まず、穹良に付いての話題が大半を占めている。この話題はいずれ学校中に行き渡り、多くの人間を驚かせるだろう。一方で、もし他に半竜の生徒がいるなら、その後の展開によっては学校生活を送りやすくもなるかも知れない。今日は、この学校にとって歴史的な日になるかも知れない。


 「さて、お前はどうするんだ?」

 

 真の呟きは、ざわめきを掻き消す予鈴に上書きされて消えた。

 

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