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三章40 学校復帰計画


 健吾が退院して、一週間が経過した。


 「――腕としての機能には、問題ないですね」


 水曜日。自衛隊病院での診察の際に告げられた担当医の声を思い出しながら、健吾は自室のベッドに仰向けに横たわっていた。西日が差し込む部屋はオレンジ色に染まり、生産性の無い日がまた一日、終わろうとしていた。


 一階のドアが開く音がし、二人分の足音が入ってきた。玄関の音に反応して隣の部屋のドアが開き、暮月が出迎えに下りて行く。


 「かがみん、ねえねお帰り」


 「ただいま、暮月」


 三人が交わす言葉から逃げるように、健吾は寝返りをうって声の方向に背を向ける。五体満足な体に戻れたのに、そのことに満足できず、立ち直れずに塞ぎ込む自分が情けなかった。そんな自分に向き合おうとしてくれる彼女らの思いに応えきれずにいることが、情けなかった。


 「……暮月も、こんな気分だったのかな」


 約七カ月前。それまで人間として生きてきた暮月の頭部には、骨格の一部が竜力収集装置として異常発達し、二本の角が生えた。以降、普通の人間として学校生活を送ることを諦め、引き籠りになった。


 元々インドアはだった暮月は、学校に行けなくなっても引き籠り生活を楽しんでいるようにすら見えた。健吾やかがみを心配させないようにしていたのだろうが、そんな彼女の姿勢に甘んじ、安心してしまったのは健吾だ。


 「あいつの気持ち、ちゃんと考えたこと、なかったな」


 角が生えた暮月が今までどんな気持ちで生活してきたのか。半年の間に変化を見せなかったという彼女の異様さに気付けなかったことに対する後悔が、今更のように湧き上がってくる。


 学校には友達もいたのに、別れを告げることも出来ず離れ離れになることがどんなに辛いことか、すこし頭を働かせれば分かるはずなのに、そうしなかったのは他でもない自分だ。きっと彼女の不安を受け止めるのが怖かったのだろう。だから彼女の姿を都合よく解釈し、いつもと変わらない暮月として接し続けた。


 「……俺はどこまで、自分が可愛いんだ」


 黒く染まった拳を握りしめ、絞り出すように呟く。だがその声は誰の耳に届くこともなく、夕日に染まる部屋に溶けるように消えた。






 「西島さん、まだ動けるような状態じゃないんですか?」


 健吾が退院して十日ほどが過ぎた平日の昼休み、竜ヶ台高校高等部棟の屋上にて、璃那は弁当を広げながら穹良に訊ねた。が、その問いに答えたのは穹良ではなく、女子の昼食会に珍しく参加していた真であった。


 「動けるようになったとしても、あの腕じゃ、動きたくないだろ」


 「今まで、必死に隠してきたんだもんね。学校に来れば注目されるし、来なければ皆が疑問に思うだろうし」


 真に同意する形で、雪灘が所感を口にする。しかし、穹良はやんわりと反論を展開した。


 「あいつの友好関係は広くない。あいつが学校を休んでから既に二週間以上が経過したが、私たち以外の誰かがあいつを心配している様子はないと思うのは、私だけか? あいつが半竜だろうと人間だろうと、私や真みたいなやつは、()()()の中には含まれない気がするのは、気のせいじゃないと思うが」


 「ちょっと穹良、それは、そんな悲しいことは……」


 そんなことを言わないでと言おうとしたが、雪灘は穹良の諦めを宿した悲しげな目を見て、言えなくなってしまった。みんなという主語の不確定さを、自分も感じたことがあったからだ。


 「雪灘。お前がそう言ってくれるのは嬉しい。が、何となく分かるんだ。あのクラスに健吾は拒まれていないが、歓迎もされていない。そんなところに連れてきたところで、今度は拒絶されるだけだ。でも」


 「連れてきたい、そうですよね?」


 あなたの言いたいことはお見通しですとでも言いたげな笑みを浮かべる璃那に、穹良は苦笑を返す。


 「健吾の居場所を作りたい。どうすればできるのかはまだ分からないが、そうすることが私のすべきことだと思う。手伝ってくれと言うつもりはないが、何となく、伝えておく必要があると思ったから言った」


 「そんな事言われて、手伝わないって言うと思う?」


 雪灘の悪戯っぽい目が輝き、穹良を軽く驚かせる。自分の提案が誰かに受け入れられた経験がない穹良からしてみれば、否定されなければ十分だと思っていた。まさか手伝ってくれると言われるとは思っておらず、呆けたような顔を雪灘に向けた。


 「穹良ってやっぱり会話下手ですよね。それじゃ手伝ってって言っているようなものじゃないですか」


 「下手って……、璃那お前」


 ストレートな評価を下されてがっくりと肩を落とす穹良を尻目に、真も「あいつがいねえと話し相手いなくなるからな」と続け、璃那に「それは真が人間関係下手だからじゃないですか」と辛口コメントされる。


 「でも言うは容易いけど、やっぱりあの腕を人前に晒すって、勇気いるよね。あたしだったら、隠したくなるかなあ」


 雪灘の発言に、真も頷いて同意を示す。


 「俺も今のところは不判可半竜だけど、いつ判可半竜になるかも分からないからな。もしそうなったら今の生活できなくなるのかと考えると、結構怖いんだよな」


 「存在するだけで怖がられるなんて、なんとも世知辛い話ですよね」


 「……理解できない訳ではないけどな」


 ではどうすれば健吾の居場所を作れるのか。四人は昼休みの時間が許す限り話し合った。反論はしても、強く否定することなく、相手の意見に耳を傾けながらより良い方向を探る。話が途中で脱線したとしても、その話から糸口を探そうとする三人の姿勢に、穹良は軽く面食らっていた。誰かと意見を交わすということが、これほど楽しいということに感動を覚え、会話の有意義さに心が満たされていた。


 こいつらとなら、詮索抜きに話をしても大丈夫なのかも知れない。そう思えることが、幸せだった。同時に、健吾があんな目に遭わなければ今の感情に至れなかったのかと思うと、ひどく悲しかった。






 穹良が帰宅した後、健吾の家に行くと、二階から暮月と健吾が言い争うような声が聞こえてきた。珍しいこともあるものだと思って階上を見上げてると、階段の踊り場から顔を覗かせたかがみが、困惑した表情で穹良を手招きしている。かがみが助けを呼びたくなるような事態なのかと思い、急ぎ足で二階に向かうと、健吾の部屋の前に立ち、開け放たれた入り口に向かって暮月が悲痛さを宿した怒声を上げていた。


 「じゃあうちのことも化け物だって思ってたん? 急に骨の形が変わって角が生えたうちも、化け物なん?!」


 「そうは言ってねえだろ! でも俺の腕はどう見たって普通の腕じゃない。こんなの見たら、普通は怖がるだろ!」


 「にいにの言う普通って何なん?! 普通に暮らしてると思ってるうちは、普通じゃないん?!」


 「普通じゃないと自分で思ってるから、学校行けなくなったんじゃないのかよ!!」


 水を打ったような静けさが訪れる。健吾の一言で絶句した暮月の目元には、涙が浮かんでいた。


 まずいことを言ったと察した健吾の、張りを無くした声が途切れ途切れに聞こえてくる。だがその声は暮月によって上書きされた。


 「……確かに、周りから見ればうちは普通じゃないかも知れない。学校に行かなくなったもの、普通じゃない自覚があったから。でも、にいにが、猫耳みたいで可愛いって言ってくれて、嬉しかった。学校に行けないうちを受け入れてくれて、嬉しかったん。うちは半竜なんよ。角が生えたうちが、今の普通なん。にいにの思う普通は、もう終わったんよ」


 「それは、そうかも知れないけど……。でも、この腕はおかしいんだ! 光るし、握力の調節だって難しい。手首とか肘の関節が外せるんだ。こんな腕で外に出て誰かに迷惑かけたら……」


 「それは本当の理由じゃないん。にいには今まで保ってきた普通を、自分で壊すのが怖いだけに見えるん」


 「……ああ、怖いよ。怖いんだよ! 普通に暮らせるように色々工夫して、お前たちにも苦労掛けさせて、そうやって築き上げてきたものを、俺が壊さなきゃならないんだよ。分かってるよ、俺がもう世間の思う普通じゃないって。でも、俺が自分の変化を認めたところで、周りが受け入れてくれるとは限らない。かがみの正体もばれて、お前も外に出歩けないのに、俺までこうなって、じゃあこれからの生活どうしろってんだよ!!」


 ドンと、健吾が拳を机に叩きつける音が重く響く。その音に交じって、合板が割れる音もした。感情が高ぶり、力の制御が出来ていないのだ。


 「でも、生きていくなら、生活しなきゃいけない。今までにいにに色々任せてきた身で偉そうなこと言えないけど、にいにが動けなくなるなら、その分うちとかがみんが動くんよ。ちょうどいい機会なん。今までしてきてもらったこと、返す。だからにいには、その腕との付き合い方でも考えていればいいんよ。でも、一つ言わせてほしい。にいにが可愛いって言ってくれたこの角を、今では好きになってるん。そしてにいにのその腕は、ねえねの羽根みたいで、綺麗でかっこいいと思う。誰がなんと言っても、うちのにいにはかっこいいんよ」


 暮月は踵を返し、健吾の部屋の前から離れた。心配そうな面持ちのかがみや穹良と目が合い、気まずさから俯いて二人の横を通り過ぎて一階に下りて行く。その背中は、長らく付き合いのあるかがみでも見たことないほど寂しげであった。


 「暮月の傍にいてあげて。あたしはあの馬鹿兄貴の様子見てくるから」


 「分かった」


 健吾の部屋に歩み寄るかがみを見送り、穹良は回れ右をして階下に下る。引き戸が開いたままの台所に入ると、放心状態の暮月が椅子にだらりと腰掛けていた。


 「……珍しいんじゃないか? 何があった」


 「言葉って、難しいんな」


 疲れたように笑う暮月の話によると、励まそうとした暮月の言葉を歪んで受け取った健吾が機嫌を損ねたという。弁明を重ねても言葉から負の面を探し出し一人で腐っていく健吾の姿に暮月も怒りを覚え、やがて口論となってしまったのだ。


 「あいつは常に最悪の事態を想定して生活してきただろうから、そもそもポジティブになりにくいんだろうな」


 「半年以上も引き籠ってるうちの言葉に説得力がないことも分かってるん。でも、にいにの腕はかっこいいし、いつまでも塞ぎ込んでいて欲しくなかったん」


 「私が何か言えた口ではないが、主観とわがままで語っても、事態は改善しないと思うぞ」


 暮月の独白を聞きながら、穹良は腕を組む。諫めるようなことを口にしつつも暮月の思いも理解できるし、どうしたものかと考えていると、昼間の璃那たちの姿が思い起こされた。彼女らの思いを伝えるために、「でも」と言葉を紡ぐ。


 「健吾の友人たちは、どうにかして学校に復帰させられないものかと話し合っていた。私も、戻ってきてほしいと思ってる。ひどく自分勝手なわがままで、お前のことをどうこう言えないくらい、私もわがままだ。健吾をあんな姿にしてしまった張本人が言っているのだから、暮月のわがままなんて足元にも及ばない。でも、だからこそ、あいつが学校に復帰したいと思っているなら、そう出来るように努力したい」


 穹良の真っ直ぐな瞳を見て、暮月は自分の中の何かが吹っ切れたような気がした。謝るべき相手への謝罪を終え、健吾が目覚めたことで、彼女の中で何かが一区切りついていたから、真っ直ぐ見ることが出来るようになったのだろうか。


 「なんかねえね、憑き物が落ちたみたいなんな」

 

 「……あまり言わないでほしい。後悔の気持ちは変わっていない」


 目を逸らす穹良に、暮月は微笑を向ける。


 「でも、うちもにいにも、もうねんねに暗い顔していて欲しくなっていうのは分かって欲しいんな。それに、うちもにいにに怒鳴れて、なんだかすっきりしたん。にいには角が生えたうちを守ってくれた。今度は、うちが恩返しする番なん。にいにを学校に復帰させるんよ」


 「だがどうやって。今の健吾は、テコでも動かなそうだぞ?」


 すると暮月は今までに目にしたことがないような企み顔をして小声で続けた。


 「秘策があるん。うちを吹っ切れさせたことを、後悔させてやるんよ。それにうちのわがままがねえねの足元にも及ばないなら、にいにも怒れないはずなん」


 そう言って暮月は、穹良の着ている制服に手を伸ばす。夏服のブラウスの袖を指先で撫でる暮月を見て、穹良は彼女のしようとしていることに気付いた。そしてまさかと思いつつ、その内容を口にする。


 「暮月お前、学校に……?」


 「学籍はあるんよ」


 その一言が、すべてを物語っていた。

 

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