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三章38 逃れられない現実


 目覚め、自分の体に起きた事態を知った健吾の「しばらく一人にしてほしい」という要望を受けて、幸子、穹良、かがみ、暮月の四人は新琵琶駐屯地を訪れていた。零式歩行戦機(穹良と健吾の守護者)をまだ見ていないかがみと暮月に見せておこうと、幸子が佐藤一佐に話を通したのだ。


 とはいえ民間人であるかがみと暮月を駐屯地の奥部へ立ち入らせるわけにはいかず、四人は簡易的な応接ルームに案内された。担当の自衛官がセッティングした後、佐藤一佐が入室して幸子と挨拶を交わす。


 「調査中に呼び出すようなことになってしまったな。ご子息を守れず、本当に申し訳ない。こういう事態を防ぐために我々が存在するというのに」


 「分散した勢力の掃討が難しいことだっていうのは、理解出来るわ。しかも相手は半竜で、近くには山間部もある。あなたたちを責めるつもりは毛頭ないわよ」


 今回の件の首謀者たちは、日中は山中の大穴を転々として自衛隊の捜索の目から逃れ、夜間や雨天時と言った、他人の目に晒されにくい時間帯に行動して健吾やかがみの行動パターンを集積し、犯行に及んだ。地上で行動するのは監視カメラに映り込むリスクの低い雨の日のみであり、足取りを掴むのは困難を極めた。


 「そう言ってもらえると助かる。目覚めたと聞いて安心したよ。でも、本当の問題はこれからかもな」


 「……そうね」


 詳細な調査をしたわけではないが、健吾の再生した黒い右腕は、生体由来の竜力結晶と非常に近しい性質を有していると思われる。しかし一般的な竜力結晶とは異なるため、結晶目当てに狙われる可能性は低く、狙われたとしても今なら守護者の力を駆使して自分の身くらいは守れるだろう。問題むしろ、もっと身近なところにある。今後社会生活を送って行けるのかという、身近で深刻な問題が。


 「もしかしたら、生えてこない方が生きやすかったりするのかな……」


 かがみの一言に、一同の表情が曇る。何らかの原因で外観に特異な点が生じることは、人間にもあり得る話だが、その際には周囲から好奇の目を向ける対象となることがある。同じ人間同士でも、「他者と違う」者は注目を集める。注目を集めてでも社会に出てメッセージを発信するものもいれば、逆に姿を隠す者もいる。


 それが健吾の場合、どうなるか。腕を失うだけなら人間にも起こり得ることだが、再生することはない。健吾は、失った腕の機能を取り戻した代償に、自身が人間ではないということを喧伝せざるを得なくなったのだ。


 「それはきっと、うちらが決めることじゃないんよ」


 「そうね。あの子が決めること。私たちが出来ることは、健吾が決めたことをサポートしてあげること」


 暮月の言葉に同意して、幸子は穹良、かがみ、暮月の顔を順に見る。


 「その『私たち』に、お義母さんは入ってないんでしょ」


 「バレた?」


 かがみの指摘を受けて小さく舌を出す幸子に、一同が白い目を向ける。幸子はどこまで行っても幸子らしい。だが、彼女のお陰で雰囲気が少しだけ上向いたのも事実だ。


 「さて、じゃあ、見せてもらいましょうか。健吾のもう一つの身体を」


 佐藤一佐が準備されたタブレットを掲げ、電源を入れる。映し出されたのは、地下第五層のカメラ映像だ。真紅の零式と漆黒の零式が並び立つ様子が映し出され、佐藤の操作でズームした。


 「これが、守護者」


 かがみの呟きに、穹良が小声で返す。

 

 「赤い方が私で、黒い方が健吾だ」


 「にいにの腕と同じ色なんな」


 「目がないんだね」


 それぞれの感想を受けて、穹良が画面を操作する。カメラを切り替えて近景にし、顔をズームアップする。


 「目はある。ただ、隠しているだけだ。目は口程に物を言うからな。隠している間は相手に警戒感を与え、露わにした時には恐怖心を与える。関わるなと警告するために」


 「強さの分だけ、脅威の大きさを物語っているんな」


 やや飛躍はしているが、暮月の言っていることの意味は分からなくもない。


 竜ほどではなくとも強力な攻撃能力を持つ零式歩行戦機は、相手がただの人間ならば過剰すぎる装備を持つ。にもかかわらずこれだけの火力を有しているのは、そうしなければ身の安全が保障できないと考えているからだ。抑止力を抑止力たらしめるためには、自身に降りかかる脅威よりも大きな力を手にしなければならない。そして抑止力の具現体が、カメラに映し出されている二機の零式なのだ。


 「昔の竜は、竜との戦いの中で進化していった。数が減った今の闘う相手は、人間社会になっている。人間も擬似竜力を手にしているし、守護者が強力である必要性には納得いくわね。暮ちゃんの言う通り、軍拡競争を身一つで体現しているのが所有者なのよね」


 幸子の解説に、かがみと暮月は居心地の悪そうな顔をする。好き好んで人間と争いたいわけではないが、護身用の武器を持っていないと万が一の際に身を守れないということも身をもって体験した。


 力を持つことが悪なのではない。使い方を誤ることが悪なのだ。そう分かっていても、穹良や健吾が目にするだけで恐怖心を抱くような強大な力(守護者)を手にしているのかと思うと、していなければ安心して暮らせないのかと思うと、いい気分ではなかった。


 「<トラク>の腕の消えたって聞いていたけど、修復したのね。いつ?」


 「ついさっきだ。タイミング的には、西島君の腕が再生した時と一緒だろう。零式の修復プロセスは見たことあったが、あそこまでの損傷から修復したのは初めて見た。まったく、守護者についてはまだ分からないことだらけだな」


 「同感ね」


 佐藤一佐と幸子が所感を共有し合う中、三人はタブレットを手にカメラを切り替えながら機体を鑑賞していた。今は暮月が操作し、<ルシフェル>と<トラク>の頭部を見比べてる。


 「ねえねの<ルシフェル>とにいにの、えっと……」


 「<トラク>と呼ばれている」


 「<トラク>? なんか顔似てるんな」


 「言われてみれば……」


 暮月の指摘に、かがみも画面を注視する。目が隠れているような造形からは近しい雰囲気を感じる。


 「私のを真似たんだろう。あいつが最初に操ったのは自分の守護者じゃなく、私のだったからな。自分の竜力の塊である守護者の外観をいじることは難しくない。ま、近しい種族だった可能性も捨てきれないがな」


 「どっちもかっこいいんな。まるでアニメの主人公が乗る機体みたいんな」


 「だったら、よかったんだけどな」


 暮月がタブレットを操作する横で、穹良は遠い目を外に向けた。






 「……黒いな」


 ベッドの上で状態を起こしていた健吾は、再生した右手を蛍光灯の下に掲げて光で透かしてみていた。左手と比べると、透明度が高いらしい。蛍光緑色の部分は透明に見えるのに骨格や筋線維が見えてしまわないのが不思議だ。よく触ってみると、骨格構造や筋肉の構造は左手と変わらないようだが、肌の質感は心持ちすべすべとしており、自分で言うのも気持ち悪いが触り心地が向上している。動作に何の支障もなく、色以外は完全に復元されたらしい。色以外は。


 「なんでこの色なんだ」


 こんな色では、いい注目の的だ。これが、もう一人の自分を忘れていたことに対する罰だというのか。四六時中、自分が半竜であることを意識せざるを得ないような呪いを掛けられたというのか。


 「……これが、『俺』の言っていた弊害か」


 利き手が戻ってきただけでも儲けもの。そのはずなのに、素直に喜べない自分がいた。


 ベッドにどさりと倒れ込み、右手をぼんやりと眺める。無意識下に展開していた羽根はいつの間にか消失してた。

 

 何かを考えようとしても思考がまとまらず、なにから考えればいいのかもわからなくなる。そもそも、何か考える必要があるのだろうか。再生してしまったものを拒むことも出来ず、受け入れるしかない。何を悩もうが、不完全に再生してしまった歪な体を受け入れるしかないのだ。


 「……腹、減ったなあ」


 聞いたところによると、四日ほど眠っていたらしい。点滴によって栄養は摂取していたが、胃は空っぽだ。


 「そういや、目覚めた時って問診とかあるもんじゃないのか?」


 ぼーっとしながら枕元のナースコールを手繰ろうとして、左手に当たったものを掴んで掲げる。強い衝撃が加わったのか、スマホには強い衝撃が加わったのか、画面にひびが入っていた。何気なく電源ボタンを押すと、メッセージアプリの着信を知らせる通知が並んでいる。誰からのものか、画面のロックを解除して確かめようと思ったタイミングで電池が尽き、画面は光を失った。


 「……まあ、いいや」


 腕をだらりと垂らし、スマホが床に落ちて跳ねる。健吾はそのまま目を閉じ、再び眠りに就いた。


 


 


 


 


 

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