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一章9 降り注いだ非日常

 

 空中輸送艦<アーケロン>が何者かの襲撃を受ける数分前。


 健吾は上竜宮駅から列車に乗り、新琵琶駐屯地に向かおうとしていた。学校を出た時に見えた空中輸送艦の積み荷である機体を、いち早く見たかったからだ。


 車窓を流れてゆく景色を見ながら、列車と並走するように飛行する<アーケロン>を眺める。思い出の機体ともうじき対面できると思うと、健吾の胸はいつになく高まっていた。


 だがその胸の高まりは次の瞬間、突然の驚愕に取って代わることとなる。


 飛び去るように後ろへ流れていく街並みの向こうから、白煙を引いた飛翔体が数個打ち上がり、飛行する<アーケロン>へと向かい、爆発したのだ。


 「おい、何だあれ!」


 健吾の隣で、健吾と同じように窓の外を眺めていた男性乗客が、驚愕に声を上げる。その声に呼応されるように他の乗客たちも窓の外へと視線を向け、同様の反応を示した。中には懐からスマホを取り出し、カメラ機能で動画や写真の撮影をする者もいる。だが<アーケロン>が爆発の影響で船体を傾けると、どよめきは更なるものとなった。


 「墜ちるぞ!」


 誰かが叫ぶ声を聴きながら、健吾もまた他の乗客と同じように眺めていることしかできない。黒煙を噴き上げ、ここからでは塵にすら見えるような積み荷と破片を地上にばら撒きながら高度を下げてゆく船体を、ただ眺めていることしかできない。


 『間もなく――――』


 車内の喧騒を上書きするように流れてきた自動音声が、次の駅に近づいていることを冷静な口調で告げる。まるで、人の持つ、非常を正常と捉えようとする性質を助長しているかのようだ。


 やがて列車が減速し、駅構内に滑りこんだ。ホームにはそこそこの人がいたが、皆慌てているらしい。ここからでも空中輸送艦の墜落は目撃されたのだろう。その群衆の中で駅員が対応しているのが見える。そしてホームに設置されたゲートは、列車が入ってきたというのに閉まったままだ。


 ホーム内で停止した車両内に、車内放送が流される。


 『お客様にご案内いたします。非常警戒警報が発令されたことにより、当列車は、当駅にてシェルターへ退避いたします。乗客の皆さまは、ご乗車のままお待ちください。お急ぎのところ申し訳ございませんが、ご了承くださいますようお願い申し上げます。繰り返します――――』


 非常警戒警報。三十年前の竜による厄災の後に採用された、自治体及び自衛隊によって発令される特別な警報だ。主に竜が出現した際に市民の命を守るために発令される。そしてこの警報が発令されると、当該区域の防災システムが作動するのだが、その一つが鉄道を乗客ごと地下シェルターへと避難させる、というものである。災厄時に甚大な被害を受けた湖西線が国の補助を受けて整備した、全国でも例を見ない方式だ。


 ガコン、という大きな振動と共に、列車が乗っている範囲のレールが基部ごと、エレベーター方式で地下へと降下していく。等間隔に警告灯が並んだ壁をしばらく見ていると、すぐに地下のホームへとたどり着いた。


 「わあ……」


 健吾もこのシステム自体は学校の教科書やテレビでの防災訓練の映像で知っていたが、実際に利用したことはなかった。少年心をくすぐる、秘密基地じみた設備に、健吾も思わず歓声を上げる。だが今は、こんなところではしゃいでいる場合ではない。


 再び車内のスピーカーがオンになり、車掌の声が流れてきた。


 『これより皆さまを避難設備にご案内いたします。下車後は、係員の指示に従って行動してください。暗いですので、お足元にご注意下さい』


 放送が終わると同時に、各車のドアが開く。乗客たちは一様に不安そうな顔をしているが、一足先にホームへ降りていた誘導役の車掌の指示に従い、ぞろぞろと車両を降りてゆく。


 日頃の訓練の賜物か、乗客たちは落ち着いて行動しているように見えるが、普段の訓練は竜による被害を想定している。だが今回の警報は竜によるものではなく、武力行使によるものだという事は、少なくとも乗客たちは知っている。天災の一種とみなされることもある竜による災害ではなく、明らかな人災であるという事実が、乗客たちの不安を倍増させていた。


 乗客たちが落ち着いた避難行動をとる中、健吾は後ろ髪引かれる思いに苛まれていた。このまま他の乗客たちと行動を共にしていれば安全に避難できるだろう。新琵琶駐屯地もすぐ近くにあるし、佐藤司令達がすぐに対処してくれるはずだ。今頃、麾下の部隊に出撃命令を出しているはずだ。


 だが、どこの誰とも分からない連中に、ジークを持ち去られる可能性も捨てきれない。<アーケロン>の積み荷は航路下の市街地に降り注いだはずだから、周辺を捜索すればすぐにでも見つけられるはずだ。今の世の中、民間用の歩行機械も出回っているから、自衛隊の追っ手を振り切ることが出来れば、ジークを回収することも不可能ではない。それに新琵琶駐屯地の目と鼻の先であんな派手なことをやらかしたのだから、何か足止めになるような工作をしていると考えるのが妥当だろう。


 そして考えうる最悪のケースが、ジークが起動されてしまうことだ。


 定説では、ジークは所有者本人にしか動かせないと言われている。それはジークが、所有者の体に入りきらない余剰竜力を蓄えておく器であり、所有者の体の一部だからだ。


 だがこの定説を健吾は、十年前に覆している。すなわち、他者にジークが起動できてしまう可能性はゼロではないのだ。


 ――――やっぱり行こう。あれは俺とあの子をつなぐ、大事な機体なんだ。


 万が一にでもあの機体を奪われるのは阻止したい。あの機体は十年前に健吾の思いに呼応して動いた、大切な機体なのだから。

 

 そう決心すると健吾は、避難施設へと向かう列を、地上へ上がるための道を探すために離れた。


 「あ、おい君! どこへ行くんだ! 戻ってきなさい!」


 列を離れた健吾に気が付いた誘導役の人が、大声を張り上げる。その声を無視し、健吾はひた走った。





 「一体どこのどいつだ。真正面から俺たちにケンカ吹っ掛けてくるバカは」


 新琵琶駐屯地の地下三層にある作戦司令室で映し出された大型モニターを、駐屯地司令である佐藤一佐は苦虫を嚙み潰したような表情で見つめていた。


 <アーケロン>から被弾の報が入ったのがおよそ十分前。駐屯地から近いこともあり、すぐに<アーケロン>乗組員の救出と敵勢力の殲滅を目的とした二部隊を出撃させるよう、指示を出した。しかしその直後、駐屯地敷地内に無人のトラックが立て続けに侵入し、自爆。結果、地上格納庫や管制塔、滑走路、地下格納庫から滑走路へ航空機を上げるエレベーターが被害を受け、所属機が一機も出撃できない状況に陥っていた。


 施設への物的・人的被害は甚大。指揮系統は生きているものの、手足をもがれたような状況に、佐藤はいら立ちを隠せなかった。駐屯地司令用の席から正面に映し出された複数のモニターを、左手で頬杖を突き、右手で机を小刻みに叩きながら眺める。彼の眼前――司令用席とスクリーンの間に設けられた席では、複数のオペレーターが情報収集にあたっていた。


 「敵勢力は武装した民間用歩行機械を使用。数は六と推定」


 「市街地への被害報告、多数来ています」


 「地上第一、第二格納庫の火災は現在消火作業中。鎮火には時間がかかる模様」


 「警衛隊は警戒を厳に。他に来ないとは限らないぞ」


 オペレーターから上げられてくる報告を聞きながら、佐藤は口を開く。


 「当該区域の避難状況は?」


 「防犯カメラの映像を解析した結果、屋外の市民は全て避難を完了しています」


 観測用の航空機を出せていない以上、分かる情報はそのくらいか、と佐藤は呟く。そこへ、一人の男性自衛隊員がやってきた。駐屯地副指令にして佐藤の右腕、夏冬春秋(かとうはるあき)二等陸佐である。


 「司令、第十歩戦大隊の太田大隊長が、射撃と施設を破壊する許可を求めています」


 「言われなくても命令するつもりだったが、先を越されたか。考えることが一緒と言うか、選択肢がそれしかないと言うか」


 やれやれ、というふうに、佐藤は小さく息を吐く。


 太田大隊長と佐藤一佐は、旧知の仲だ。ともに先の大戦を生き抜いてきた、歴戦の友である。


 「既にでかい被害が出てるんだ。自ら設備を壊したところで、修理にかかる手間は大して変わらんさ。射撃は許可する。それで航空隊も出せるようなら、出してくれ。俺たちに恥かかせてくれた罰をくれてやらんと、気が済まないからな」


 佐藤は頬杖をやめて両手を机の上で組むとその上に顎を置き、モニターを睨みつけた。

 




 「なんだよ、これ……」


 目の前に広がる光景に、健吾は絶句していた。地下シェルターから地上へ出て琵琶湖方面へ数百メートル走った地点から見える街は、至る所から火災による黒煙を噴き上げ、緊急車両のサイレンが木霊している。まるで戦場か大規模災害の現場だ。否、まるで、ではなく実際そうなのだが。


 ――――逃げなきゃ


 本能と理性はここに留まることを拒んでいるが、感情は健吾の歩を進めようとしている。逃げる必要性を理解していながら、健吾が一歩、また一歩と進んでいく。そして大きな通りに出ると、そこには大量の瓦礫が散乱していた。


 駅に通ずる、大通りだ。通りに沿うように<アーケロン>の航路があったのだろう、<アーケロン>のものと思われる金属製の破片が散らばり、大きな破片に当たった建物は廃墟のような風体へと変貌していた。火の手は、破片に当たって大破した車から上がっている。きっとこの通りを一通り歩けば、嫌というほど仏様が見れるのだろう。


 今のところ健吾のほかには、動いている人影は見当たらない。全国一位の地下シェルター整備率と高い避難訓練参加率を誇る竜宮市民は、そのほとんどが速やかに避難したはずだ。だが航路直下にいた人々は、そのあまりにも突然の出来事に、なすすべもなく巻き込まれたのだ。この事態に巻き込まれた人のうち、何人が今日こうなると予想していただろうか。おそらく誰も予想していなかっただろう。


 ――――そうだ、<ルシフェル>は……


 目の前の惨状を目にしても、健吾はここへ来た理由を果たそうと首を巡らす。あまりに非現実的な状況に置かれたせいで冷静さを欠いていたのだろうが、当然ながら本人にその自覚はない。


 「ルシフェルを、探さなきゃ」

 

 健吾はもう一度、通りに視線を巡らせる。全高約十五mの巨人など、落ちていればすぐに見つけられそうなものだ。だが健吾の視界にはその様なものは映らず、同等のサイズのものも落ちていない。ならば、少なくとも見える範囲には無いとみていいだろう。


 健吾は通りを横断し、路地に入った。<アーケロン>の航路を考えると、この奥の通りにもまだまだ船体の破片が落ちているはずだ。つまり<ルシフェル>もそこにある可能性が高い。


 ふと、ポケットに入れていたスマホが小さく振動していることに気が付いて、健吾は路地内で立ち止まり、取り出して画面を見た。母:幸子からの着信だ。画面をタップしてスピーカーを耳に当てると、いつになく緊迫した様子の幸子の声が、耳孔内に飛び込んできた。


 「ちょっと健吾、今どこにいるの?」


 「今学校の地下シェルターに避難してるとこ」


 あまりにもすんなり嘘を吐いたことに、自分でも驚いた。普段は嘘はつかないので、こんなにもあっさりつけるものだという事が意外に思える。

 

 「ほんと? ニュースで見てるけど、結構近いんでしょ?」


 「うん、でも俺は大丈夫だから、母さんは二人のそばに居てやって」


 幸子の声が、健吾の考えを正してくれた。


 ――――そうだ、こんな状況下でシェルターに逃げ込まないなんて、どうかしてる。


 ジークは奪われても奪還できるかもしれないが、健吾が無謀の末に命を落とすようなことがあったら、家族はどう思うだろうか。自分を大切に思ってくれている家族がいる以上、バカな無茶はすべきではない。そう思って今来た方向へ向き直ろうとしたその瞬間、健吾は視界の端に映った光景に、強引に意識を持っていかれた。


 それは今朝、天智駅で列車に乗り込む瞬間に見たものと同じような、赤い毛の先端だ。


 今朝は見えた気がした、程度だったが、今のはその程度の認識ではないと断言できる。


 はっきりと、たなびく赤毛の先端を、見た。


 それを見た途端、健吾の体は考えるよりも先に動いていた。


 今の赤毛の持ち主があの子なら、追わない理由は健吾にはない。あの髪の色、その色を見た時に湧き上がってきた懐かしさに似た感覚、この場で見たという事実が、確固たる理由だ。


 「んじゃ母さん、また後で」


 「ちょ、健吾、あんt――――」


 電話を一方的に切ってスマホをポケットに押し込みながら、路地を駆けだす。


 今見た子の正体を確かめたい、その一心で。

 


  


 


 


 

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