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目の前の男性はもの凄く細身で、背が高くて見上げるほどだった。身体は鍛えていないのか、筋肉もないようなひょろっとしたイメージ。こげ茶色の髪が陰湿さを演出していて、花純には少し近寄りがたく感じた。
「ああ、申し訳ない。今少しばかり研究をしていてね・・・。幾日も風呂にも入っていないし、食事もとっていない。本来なら大好きな研究を放り出して、客など歓迎しないのだけど・・・。事が珍しい落ち人のことだからね。受け入れた次第だ」
珍しい落ち人。研究?
何だかモルモットになってしまった気がする。
「ノウルズ寮長。女性を迎えるのに、それではあまりにも失礼ですよ。しかも花純さんは初対面なのに・・・」
「ナオヤ・・・・・・相変わらず君は女性びいきだね。騎士にでもなりたいのかい?」
揶揄するような声音に、直哉も眉を顰める。
「まあ、いいよ。カスミ、君の顔は覚えたから。しばらくはナオヤと一緒にいるがいい。何かあれば言ってくれ」
「は・・・、はい」
花純が返事するかしないかくらいで、扉が目の前でバタンと閉められる。
何だったのか・・・。今の人が寮長? もの凄く不安を感じる。
「いつもはもっとキラキラしてるんだけど・・・。今回の研究は難航しているみたいだね?」
茫然とする花純の手を取り、直哉は食堂へと向かった。花純も今は寮長の登場の仕方の衝撃から立ち直っていない。自分が直哉に手を引かれて歩いていることさえ気付いていないだろう。
(これは本当にヤバいな・・・・・・)
生徒が増えていくたびに視線が集まる。男は完全に花純を見ている。
(何かぽわぽわした感じだもんな~・・・)
落ち人という特別視される相手だからか、学園側は最善の準備を整えた。
落ち人の子供は学園には直哉ただ一人。子供というだけでも特別視されたくらいだ。
花純は落ち人本人だ。もっと辛い目に遭うかもしれない。
(だからヴィート様の向かいの部屋に配置されたんだな・・・)
護衛も兼ねているのだろう。しかしヴィートの父が、彼に報告しているだろうか? 面白がって、何の連絡もしていないような気がする。
柔和な父とは違い、ヴィートは真面目で堅い性格の持ち主だ。部屋が近いから何度か話したことはあるが、他の生徒と話すのはあまり見たことがない。いつも話しているのは騎士課の生徒のみと言っても過言ではなかった。
(先にヴィート様に挨拶した方がいいか・・・)
花純はまだ上の空だ。
先程のアリソン・ノウルズ寮長のことが気になって、仕方がない様子だ。学園では各寮長に頼れと言われているだろうし、自分の身を彼に任せても大丈夫なのだろうかと危惧しているのだろう。
食堂には多くの生徒が犇めいていた。若い彼らの食欲は満たされることがないがのごとくだから、いつも食堂は戦時のように殺気立っているのが普通だった。
だが花純が入口に立つと、急にしんと静まった。
直哉は自分が落ち人である父を持つからこそ理解している。
落ち人は何処か独特の空気を持っている。
花純もそうだ。例外ではない。
それをこの世界の人は不思議に思うのだ。
その多くの視線を無視して、直哉はヴィートを捜したが生憎この場にはいなかった。
(しまった・・・。まだ部屋にいたか)
他の騎士たちの姿も見えないことから、特別授業でもあったかと? 直哉は首を捻った。
「ナオヤ、その子が今回来た落ち人か?」
「何か・・・・・・ちっこくないか?」
直哉の友人たちが声をかけてきた。
少し頼りないが、彼らと共にいた方が被害が少ないだろう直哉は諦めのため息を吐く。
「うん、そうだよ。・・・花純さん。僕の通う高等課の友人たちです」
端折ったような紹介の仕方に皆が直哉を睨みつけるが、彼はとことんその辺りは無視するようだ。
「ご飯、食べられますか?」
グッと強めに手を握ると、ようやく花純はこちら側に戻ってきた。
目の前で自分を覗き込む男性たちに、花純は目を瞬かせる。
「うわ・・・、可愛い」
「カスミさんって言うんだ~」
「・・・おい、何でナオヤは手を繋いでいるんだ?」
自分より大きな身体を持つ男の子たちに囲まれて、花純はいつの間にこんな状況になったのだ? と、頭を悩ませた。




