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花純は薄い肩を大きなセブランの手で握り込まれている状況に、軽くパニックになっていた。
何故この国の第三王子であるセブランが、学園のしかも食堂などに姿を現すのか?
もう食堂内の学生は、皆身体を硬直させている。こちらを凝視しながら、固唾を飲んでいる状態だ。
礼を取ろうにも機会を逃したような状態に、皆も混乱しているのだろう。
「カスミ、君は騎士課には入っていないんだね? 僕は君がこんなに小さな身体で、案外強いのだと思ってた。君が剣を振り回す姿さえ想像して、今日は楽しみにしていたのに・・・」
何故か非難がましくそう告げられて、花純もどう応えてよいのか解からない。
「殿下・・・? このようなところで何をしているのです」
食堂の異様な空気にもめげずに、ヴィートがトレーを持って近付いてきた。
花純は突然現れた救世主に、縋るような瞳を向けた。
花純の視線を受けて一瞬瞳を瞬かせたが、何かを感じ取ってくれたのかヴィートは頷いてくれた。
「殿下、まあお座り下さい」
そうじゃないよ~っ!
残念なことに花純の意思は、上手く感じ取ってくれなかったようだ。
王子殿下であるセブランを、立たせておくのに花純が気が引けているとでも思ったのだろうか?
そうじゃないよぉ~・・・。この居た堪れない状況を、どうにか打破して欲しいと思ったんだよぉ~。
案外不器用そうなヴィートには、それが伝わらなかったようだ。
少し後ろにいる未来の騎士候補生たちも、信じられないというようにヴィートを見ていることから、今日はいつも以上に天然ちゃんなのだろう。
その中でもフレットだけは、楽しそうに笑っているが・・・。それがもの凄く癪に障る。
セブランの護衛騎士の一人が、近くのテーブルから椅子を持ってくる。
本格的な滞在の予感に、花純は身震いする。
「ああ、ありがとう」
意外なことにきちんと礼を告げた。そう言えば、自分に人生相談もどきをした時も、お礼を言ってくれたな花純は思い出していた。
セブランは花純を椅子ごとくるりと自分の方へ向け、前のめりになり顔を覗き込んできた。
「カスミは騎士にはならないんだね。じゃあ秘書とかの事務課かな?」
秘書・・・は無理なような気がする。そんな特殊技術はない。
騎士団長であるレウォンは、何て言ってただろうか?
確か賄い方、掃除婦、あと何だっけ?
主に雑用もあるよ。って言ってくれていたように思うけど・・・。
秘書は無理でも普通の事務なら出来そうだ。
「僕もね。二、三年後には騎士団の顧問に就任予定なんだ。だから今はその勉強や武器での猛特訓を受けている」
例え王子であっても、知識がないままでは顧問に就任出来ないみたいだ。これはいいいい考えだと思う。
「僕が入る頃には、カスミも騎士団に入団するだろう? その時に、僕の補佐をしてくれる立場に就いてくれたら嬉しいな~」
そのセブランの言葉に、背筋がゾゾゾとした。そんな重い任務だけは、ぜひともお断りしたい。
「カスミは父の補佐に就く予定です」
「ドゥヴィリエ団長にはサミュエルソン副団長がいるでしょう。特に問題はないと思うけど?」
「新人のカスミがそのように大抜擢されれば、騎士団内の規律の乱れにも繋がりましょう。そんなことは無理です」
カイトの言葉に、セブランの背後に直立不動を決めている騎士たちが頷く。
それを見て、セブランは不快そうに顔を歪めた。
「それにカスミも、騎士団内にいる者たちから虐めに遭うかもしれません。それともセブラン殿下は、カスミをそんな惨い状態にさせたいのですか?」
カイトの何処までも強気な態度に嫌そうに顔を歪めるが、後に続く言葉にセブランも心配そうな顔になる。
「それは・・・・・・駄目だよね」
セブランもちょっと引いてくれたみたいな態度になって、花純はほっと息を吐いた。
「とりあえず、城へお戻りを。このままでは学園事態の機能を逸しますので」
セブランは仕方がないと、ゆっくりと立ち上がった。
「僕はそんなに邪魔しているのかな?」
背後の護衛騎士にそう問いかけるが、皆黙秘だ。
下手に『そうです』と応えてしまうと、自分の首が飛びそうだ。
「じゃあ、またね。カスミ」
花純の頭にちゅっと一つくちづけてから、セブランは城へと戻って行った。
まるで嵐が去った後の騒然さが漂っている。
そんな中、花純はもの凄く注目されていた。
アルジネットが胡乱な瞳でこちらを見て、ぼそりと呟いた。
「貴女・・・・・・何者なの?」
それに恨めしそうなじと目で返す、花純だった。




