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カイトが花純の肘を掴み引き寄せた直後、またも聞き覚えのある声で遠くの方から名を呼ばれた。
「花純ちゃ~んっ!」
思わず目の前のカイトと瞳を交わし合う。
背後に気配が近付いたと感じた瞬間、どしんと身体に衝撃が訪れた。
それでも花純が倒れなかったのは、ウエストに回された腕のおかげだろう。
背後から伸びる腕は、花純をすっぽりと抱き締めていた。
「逢いたかった~、花純ちゃんっ!」
もしかして、もしかしなくてもこの声は明だろう。
「あ、明さん・・・」
もの凄く目立っている。お貴族様たちの視線が痛い。
そしてアルジネットの、信じられないというような視線も・・・痛い。
「ああ~、もう離したくない。可愛い~、小さい~」
確かにこの会場の中にいる女性の中でも、花純は一番背が低いかもしれない。
でも日本人としては平均身長なんですっ! と花純は心の中で叫ぶ。
「やっぱり女の子は小さい方が可愛いよ~。この世界の女性は大きくて、俺・・・駄目」
そういう明は、日本人男性平均身長より遥かに大きいと思う。
花純は明に持ち上げられて、足がぷらぷらしてる。
カイトが明から花純を奪い取ってくれたので、無事に地面に足を下ろせた。
自分の背中に庇ってくれるカイトを、花純は頼もしく感じた。
「アキラさん、こんな公衆の面前で・・・何を考えているんですか?」
非難のこもったカイトのきついまなざしにも、明は怯むことはない。
「花純ちゃんは、俺の未来のお嫁さんなんだからいいんだよ。今の内にアピールしておかないと、お前のような悪い虫に唾をつけられるだろう?」
その言葉に、カイトの頬がひくりと引き攣る。
「俺からしたら、アキラさんの方が悪い虫ですよ」
「まあ、そうだろうな~。ははは」
こんな風にあっけらかんとしているのが、明のいいところだ。
「もっと逢いに行きたいんだけどさ~。鬼のような団長さんに仕事を押し付けられててね~。休む暇もないんだよ」
そう告げる明の恰好は、立派なお貴族様風だ。王族主催の舞踏会だから、警備にきているのだろうと考えていたのだがどうやら違うようだ。
「明さんも誰かの付添いですか?」
「そういう花純ちゃんはカイトの付添い?」
反対に質問で返されてしまった。
明の問いかけに、アルジネットが一歩前へと出る。
「私の付添いですわ」
明はアルジネットのことを見知っていたのか『おや』というような顔になった。
「・・・・・・花純ちゃん、もしかして学園で虐められているの?」
隠すこともしない失礼な言葉に、アルジネットの顔が凍る。
「いいえ、アルちゃんは私の友達ですよ」
「へぇ~・・・・・・」
アルジネットの悪名は結構貴族の間では広まっている様子だ。
我儘で自分勝手な伯爵家のご令嬢。
でもそれはアルジネットの個性だと花純は思っている。あれ程度の虐めなどに耐えられないのであれば、日本ではまともに生活出来ない。
特に女の虐めなど、とても陰険なものだ。
そう考えれば、アルジネットの虐めなど可愛いものだ。
「アルちゃんは独特の愛情の示し方をしますけど、可愛いですよ」
「・・・・・・何を言っているのっ? それ褒めてるの? 貶してるの?」
顔を真っ赤に染めて、アルジネットが反抗する。これも照れているのだと、花純なら解かる。
「褒めてるんだよ~。アルちゃん、可愛いっ!」
そう言葉を紡いで、花純はアルジネットに抱き付いた。
「この一癖も二癖もある我が妹を、可愛いと表現してくれるとは・・・。カスミ嬢、末永く妹と友達でいて欲しい」
花純は満面の笑顔でアルロンの言葉に応えた。
「カスミ?」
アルジネットの拘束を解いて声に振り返ると、眩いばかりの高貴な姿のヴィートが立っていた。
「どうして君がこんなところに・・・・・・」
驚愕したように瞳を見開いている。
「アルちゃんの付添いです」
「・・・・・・アルちゃん?」
アルジネットは、花純のこの紹介の仕方はどうにかならないのか? と頭を抱える。
「アルジネット嬢のことですよ。ヴィート様」
ゴードンの声に、花純の目の前に立つアルジネットを見据えるヴィート。
何処か胡乱な瞳に、アルジネットも眉を顰ませる。
(この方も私がカスミのことを、虐めていると思っているのかしら?)
確かに少々負い目のあるアルジネットだったので、強い視線を返すことが出来なかった。
「ヴィート、君も来たのかい?」
「・・・・・・ああ」
アルロンがヴィートに声をかけているが、少々ぎこちないように見えた。二人はあまり仲がよくないのか? と花純は思った。
「フレットも?」
「うん、そうだよ」
今気付いたように花純が目を向けると、にこりと微笑まれた。いつもにこにこしている彼だ。
「こんばんは」
「ごきげんよう、カスミ嬢」
花純が挨拶をすると、フレットは手を取り指先にくちづけた。
「「「なっ?」」」
数名驚愕する声が聞こえたが、花純はそれどころではなかった。
「・・・・・・っ」
こんなことされたのは初めてなので、軽いパニック状態になっていた。




