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真っ直ぐに見てくる直哉の瞳を、カイトは真っ向から受け止めた。
直哉は自分に話があると目で訴えている。
「カイトは、花純のこと・・・好きだろ?」
急な直哉の質問に、皆が息を呑む。
「ああ、好きだ」
カイトが目を逸らさず応えると、直哉は苦しそうに唇を噛み視線を下げた。
「悪い。僕も花純のこと、・・・好きになってしまった」
先程のゴードンの応えになっていないように感じたが、誰も口を挟まなかった。
「知ってた。お前がカスミのことを好きなのは。それに俺に謝る必要はない」
直哉はカイトを再び見て、少しだけ表情を明るくした。
「家を継ごうと思って学園に通うことにした。特級課で食材や香辛料、他にいろいろ調べたいことや研究したいことがあって・・・。でも花純に逢って、いろいろあって・・・。少しづつ考えが変わってきた」
ここで先程の応えと繋がるのかと、皆が思う。
「僕も、花純の側にいたい。騎士団に入りたい」
「だったら入ればいい」
カイトの言葉に待ったをかけたのはクリースだった。
「ご両親にはそのこと、話したの? ナオヤのご両親ならきっと反対しないんじゃないかな」
「俺もそう思う。お前が真剣に将来のことを考えて出した結果なら、反対しないよ」
話そうとは思ったが、勇気が出なかったのも事実だ。こうして皆に後押しをしてもらえて、話す決心がついた。
「今度の休みに話してくる」
皆が直哉の言葉に頷いた。
「じゃあ、カイトとナオヤは敵同士だなっ!」
敵?
二人で首を捻って、しばし見詰め合う。
「敵・・・・・・ではないな」
「うん。同じ人を好きになっても友達だよ」
「何だか微妙な関係になったみたいだね」
クリースの可笑しそうな声に、皆も和やかに笑んだ。
何か温かいものが飲みたくなって給湯室へ向かおうと部屋を出た時、花純はヴィートとはち合わせた。
「あ、ヴィート様」
花純が声をかけるとヴィートは口をあんぐり開いて、何故だか驚愕していた。
「カスミ・・・、君は俺の向かいの部屋だったのか?」
そう茫然と呟いて、ヴィートは気付いてしまった。
花純が例の破廉恥女だと。
下着や服を平気で外に干した、張本人だと。
ヴィートは口元を手で覆い、顔を赤く染める。
急に硬直したヴィートを怪訝に思った花純は、彼に近付いた。
「大丈夫ですか? もしかして・・・体調が悪いとか? 人を呼んで来ましょうか?」
今にも腕に触れようとする花純に、ヴィートは一歩身を引く。
「だ、大丈夫だ」
本当に? と疑うような視線を向けられて、ヴィートは上を向いた。
「では、俺は行くから」
「あ・・・、はい」
自室には入らず、速足でその場を去るヴィート。
角を曲がり花純の視界から外れると、ヴィートは走り出した。
一つの部屋の前で立ち止まり、ドンドンと扉を叩く。
「は~い、誰?」
「俺だ。ヴィートだ」
「ヴィート? どうしたんだ?」
友人フレットは首に布を巻いていた。上半身は裸だ。風呂にでも入っていたのだろう。
「昼間の落ち人・・・」
顔色を青くさせて、ヴィートが低く呟く。
「落ち人ってカスミ・ノノミヤのこと?」
こくんと頷き、ヴィートはさらに言葉を重ねた。
「カスミは・・・破廉恥女だった」
「・・・・・・・・・もしかして、今気付いたのか?」
フレットの知っていたというような表情に、さらにヴィートは愕然とする。
「お前・・・・・・知ってたのか?」
「もちろんだよ。皆、知っているんじゃないの? この第三寮の騎士課の生徒なら」
まあ、入れよというように手招きして、フレットは部屋の中に入って行った。
それを追うように、ヴィートも中へと入る。
「俺は気付いていてカスミ嬢に接触していたと思ってたけど、そうじゃなかったんだな」
「・・・・・・・・・全然気づいてなかった」
「珍しいと思ったんだよ。騎士団長の指示とはいえ、お前が自ら彼女に接触するなんてって・・・ね」
どうすればいいんだ。あんなはしたない女だと知っていれば、いくら父の命令であっても近付きはしなかったのに。
「ああ、でもカスミの世界のニホンという国では、洗濯したものすべてを外に干すのが基本らしいよ。彼女はここに来たばかりだし、知らなかったんだろうね」
ということは破廉恥女ではないということか?
ならば割り切って付き合うことにしよう。
「でもあんまり可愛くない下着だったよね? 多分国から支給されたものだろうけど。役所ももう少しましなものをあげればいいのにね」
フレットにしてみれば、同じ金を出して支給するなら若い女の子が好むものを渡せばいいのにと思ってしまう。
あれではおばさんどころか、おばあさんの下着と言っても過言ではない。
「俺・・・・・・買ってあげようかな?」
「馬鹿か」
ヴィートの鋭い突っ込みに、フレットもにやりと笑む。
「女の子に貢ぐのは男の甲斐性だよ。ヴィートも頑張ってカスミに貢ぎなよ」
「何で、俺が・・・」
相談には乗ると言ったが、貢ぐ気はない。
「国から支給される金なんて、たかが知れてる。彼女も何も買えなくて、侘しい思いをしているんじゃないかな? ああ・・・、可哀想に」
「・・・・・・・・・」
確かにフレットの言う通りかもしれない。
ほんの小遣い程度にしか金は支給されないはずだ。
女子は何かと金がかかると、以前に耳にしたことがある。
もし花純がみすぼらしい恰好をして、虐めにでもあってしまえば・・・。
「女は何が欲しいんだろうか?」
思う壺に嵌ったヴィートに、フレットは秘かに腹の底で笑みを浮かべた。




