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「あ、可愛い」
絶望に包まれていた花純は、横から急に顔を出した男性に驚き仰け反る。
「あ~・・・、早いですね。アキラさん」
カウンターはプライベートの為か、一席ごとに仕切りが備え付けられてある。
その隣の椅子を引き摺り持ってきて明は座った。
「俺、長山明。君と同じ日本人。よろしく」
あまりにも屈託なく挨拶されて、差し出された右手に思わず花純も握り返してしまう。
「・・・野々宮花純です」
「花純ちゃんか~・・・、名前も可愛い。俺、待ったかいがあったかも」
何だか軽い人のように見えた。花純はこういう男性は苦手な部類に入る。
思わず、ちょっと尻ごみして距離を取ってしまう。
「ニールさん、全部話したの?」
「まだ途中ですよ。しかし早かったですね」
「書信を速達で送ってくる奴に、言われたくないね」
ニールは花純に向ける笑みとは種類の違うものを明に見せた。
「急にこんなところにいて驚いただろう? 街並みもゲームの世界みたいだし」
「・・・はい。あの、明さんも穴に落ちたんですか?」
「そうそうっ! でも落ち人に聞いたら皆大きさも形もバラバラなんだよね」
そうなのか。ニールの言う通り、この世界に落ち人がよく来るというのは本当のことのようだ。
明のことを改めてみると、何処かの制服を着ているようだ。腰に剣も佩いているし。騎士団に勤めているというから、それも当り前のことなのか。
背の高さはよく解からない。顔を見た時は腰を屈めていたし、その後すぐに椅子に座ったし・・・。
でも組んでいる足は、普通の日本人男性より長いようにも見える。
「明さんがこちらの世界に来たのは何年前ですか?」
「もう十年も前だよ。よく考えれば、俺も頑張ったよね。また十七歳だったし」
そこでニールが補足して説明してくれた。
「落ち人は何故か十代の若者ばかりなんですよ」
十代だったら早く馴染むということか? よく解からない未知なる力で、この世界に落とされた。誰が何の目的でそうしているのかは解からないけど、迷惑なことだ。
「この世界はね。日本とは違うところが多い。中世時代のヨーロッパが一番近いかも。王様もいるしね」
「・・・・・・・・・」
ニールが優しく微笑みながら言葉を重ねた。
「一般常識を教える学校へ入っていただくことになります。もちろん学費や生活費などは国が援助いたします」
「これね、俺の時にはなかった制度なんだ。俺が作れって団長に言って、団長が政府に要請したみたいだな。俺なんて悲惨だったんだよ? 何も解からない内に家と僅かな金だけ渡されて、ポイッて放り出されたんだから」
(うわ~・・・、最悪だ、それ・・・)
十七歳でこの世界へ来たという明。まだ普通なら高校生だっただろう。親元でぬくぬくと育っている最中の子供と言っても過言ではない歳だ。
それなのに、右も左も解からない世界で放り出されたら・・・。
「その時のいい訳がね。十七歳はもう大人だ、だからね」
この世界での成人がいくつなのか解からない花純は、首を傾げる。
「この国の成人は十六歳ですよ」
気が利くニールがやはり補足してくれる。
じゃあ、私も大人なのだと花純はガックリと肩を落とした。学校へ通っている子たちは十六歳以下だろうし、その中に入る勇気が花純にはちょっとない。
「貴女には学園の寮へ入っていただきます。学生は皆寮へ入ることが義務付けられておりますので」
「・・・はい」
誰も知らないところで一人暮らしか。大学へ入った時に味わったものより、もっと過酷だろう。
頼れる親もいないのだから。
電話だって繋がらないだろうし、話して寂しさを紛らわすことも出来ない。
「貴女には落ち人用の一般常識を先に学んでいただきます。その後、学力や適性試験などを受けていただき、まだ学ぶ必要があるのか判断いたします」
「花純ちゃん。大丈夫だよ。十六歳以上の学生もいるから」
「え・・・?」
何だ。てっきり十六歳以下のお子ちゃまたちと机を交えるのかと思っていた。
「大学まで通っていたのなら、学力はこの世界の人たちより高い。すぐに出られるよ。まあ、文字を覚えるのが一番大変かもしれないけど」
そうだ。文字。
言葉が通じている時点で、ちょっとおかしいと思っていた。
「何処の国の落ち人も何故か言葉だけは通じるんだ。皆母国語で話していると言ってるし、不思議なことだよね」
言葉は通じても、目に見える文字だけはそう上手くはいかないらしい。
「彼女、すぐに寮に入れるの?」
「準備に時間がかかるようです。二~三日後になるかもしれませんね。その間はこの役所で預からせていただくことになります」
ニールの話を聞いて明は頷いた。
「じゃあ、ちょっともう会えないかも。今俺忙しいんだよね。北で盗賊が出てるから、作戦立ててるんだ」
もう少し話したかったけど、そうもいかないらしい。でもこんなに近くに同じ日本人がいてくれて、本当によかった。
「でもまたすぐに会えるよ。寮長さんに言えば、連絡してくれると思うし。何かあったら気軽に呼んで」
「はい、ありがとうございます」
明は言うだけ言って、笑顔で手を振りながら帰って行った。
「本当に忙しない人ですね、彼は」
確かに落ち着きのない人だと、花純も思った。