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お店の名前は『帝』だった。しかも看板にはちゃんとした日本語で文字が書かれてある。この文字を拓哉本人が書いて、それを見本に作って貰ったらしい。
何故『帝』かというと、雅に聞こえるからだということだ。こちらの料理と言えば、どんと一皿に一品のみ置かれることが多い。日本のように同じプレートにサラダやメインを置く習慣がないのだ。
メインがどんっ! そしてパンのみ、ということが基本だった。
このお店は結構品数を出す。定食屋さん風だ。小鉢も二種。運ぶ方は大変なので、お盆に乗せて一気にお客さんに持って行くシステムだ。
拓哉は店の名前を『帝』と『将軍』で悩んだらしいが、最後には優雅さを取った。小鉢形式にしたかったので『将軍』ではワイルド過ぎるということだった。
その微妙な違いは花純には理解出来ないが、拓哉はそこに強く拘ったみたいだ。
今の花純の服はメイドさん風。その服を渡された時、拓哉をじとりとした目で見てしまった。
「俺が用意したものじゃないからね。言っておくけど」
メイドさん風の膝丈の黒いワンピースはデゥボラの娘の時の服らしい。中にふわふわの白い生地でかさまししている。もの凄く可愛いのだけど、どうしても日本のメイド喫茶を思い出してしまう。
真っ白いレースをあしらった、エプロンも一緒に添えられているし・・・。
また拓哉を見ると、苦笑で返された。
「本当に俺の趣味じゃないからね」
再度告げられて、花純はため息を吐いて諦めた。
着替えて店へ降りてきた花純を見て、直哉と何故か拓哉まで興奮したのは言うまでもない。
そんなこんながありながら、今は拓哉と二人店の外へと出ていた。
看板を外に出す手伝いをしながら、花純は直哉の誕生会の話をする。
「あの、お父さん」
「ん?」
歪んだ立て看板を直しながら拓哉が返事した。
「明日の直哉君の誕生会なんですけど、私も何かしたいな・・・って」
その言葉に拓哉は顔を上げた。
「うん、何をするの?」
「出来れば厨房をお借りしたいんですけど・・・。お菓子が作りたいなって」
「お菓子? もしかして日本の?」
拓哉の瞳が輝いた。もしかしたら直哉の甘いもの好きは母親譲りではなく、拓哉からきているのかもしれない。
「こちらには脹らまし粉なんかありますか?」
「それがね・・・ないんだよ」
もの凄く残念そうな顔で言われた。もしかしたら拓哉も気になって、いろいろ探したのかもしれない。
パンはあるから小麦粉はあるはず。お砂糖もある。ということは、あんまり膨らまないだろうけどパンケーキなら作れる。
「じゃあ、パンケーキを作ろうかな・・・」
「パ、パンケーキッ?」
拓哉の方が興奮して大声を上げる。
「お父さんっ! しーっ」
直哉にばれてしまえば、せっかくのサプライズがなくなってしまう。
「俺の分もある?」
「皆さんの分も作りますよ。ケーキみたいに重ねようかと思いまして・・・」
フルーツとか乗せれば見栄えが少しは良くなるはずだ。本当は生クリームも欲しいところだけど・・・。
「おお~、久しぶりの日本のお菓子だ~。嬉しい~」
大喜びする拓哉を見て、これでは彼の誕生日みたいだなと花純は思った。
でも協力してくれることになって、本当によかった。
「材料は店の中のを使ってくれていいからね。一杯作ってね」
一杯作る・・・。ちょっと後悔し始める花純だった。
「タクヤさん、もう店は始めるの?」
背の高い男性が数名店の前で立ち止まった。
「ああ、開けるよ。いらっしゃい」
男性たちを見ると、一人見知った顔があった。昨夜コイルと一緒にいた人物だ。
「あ、カスミさん。・・・・・・これはまた、凄く可愛い恰好だね」
「あ、お仕事お疲れ様です」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
またも凝視されてしまった。
側に立つ拓哉も少しばかり苦笑している。
また何かやらかしてしまったらしい。
花純が冷や汗を浮かべていると、一人の男性が声を上げた。
「いいな~・・・、こんな奥さん欲しい」
「本当、可愛いなぁ」
「こんなこと言ってくれるなら、俺ここに毎日通うよ」
男たちは顔を見合わせて、深く頷きあっていた。
「はいはい、皆さん入って下さい。お客さんだよ~」
「いらっしゃい」
店の中に皆が入って行く後ろ姿をじっと見ながら、何が悪かったのだろうと花純は一人首を捻っていた。




