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「あ~っ! バイトの面接に遅れちゃうっ」
家を急いで飛び出し、駅へと向かった野々宮花純は必死に駆けた。
駅が見えたところで一旦止まり、息を整える。
駅に近付けば人も多くなる。遅刻しそうで焦るけど、人とぶつかるのは嫌なので足を緩めた。
携帯を開き、時間を確認する。
「ん、何とか間に合いそう」
今年大学に入学したばかりの花純は、夏休みをバイト三昧で過ごす予定だった。大学も学力に余裕のところを選んだので、そう根を詰めて勉強しなくてもいい。
それよりもお金を貯めて、これからの未来に役立てたいと思う。
ようやく念願叶っての一人暮らしを始めたばかりだし、まだそう贅沢は出来ない。
人波に乗り駅へと歩いていると、運悪く工事をしていた。警備のおじさんが、棒で人波を誘導している。急いでいる時に限って工事をするなんて、何て不運なんだろう。
でも仕方がないと、おじさんの誘導通りに路地へ入った時だった。
「ぎゃあぁぁ~っ!」
落ちた。
真っ黒なマンホールほどの大きさの穴に、ものの見事に落ちた。
今日は面接だったので、いつもより綺麗な服を着てきたのに。汚れるのを覚悟して下を見たが、真っ黒で何も見えない。もの凄く深い穴なのだと解かり、足ぐらい骨折するかもと覚悟を決めてきつく瞳を閉じた。
自分が落ちたのだから他の人も落ちているのでは? と再び瞼を開けて見上げるも、後を続く人は誰もいない様子だ。
しかし本当に深い。これは死ぬかも・・・。
身体に衝撃を感じる前に気を失ってしまいたい。
まだ十八年しか生きていない。この世に未練はたんまりある。
これでは成仏出来ないよと、考える余裕も出来てくる。
そう思っていると、下からふわっと風が舞い上がった。
スカートの裾を押さえていると、急に周りが明るくなった。
花純はその急激な変化に驚き視線を上げると、一人の女性が目を見開いてこちらを見ていた。
互いにじっと見つめる。
花純はその女性の恰好が気になった。しかも彼女は、何処をどう見ても日本人じゃない。
ここは何処なのだ?
視線を逸らしたのは、花純の方が先だった。
瞳を巡らせて見えた光景に、口をあんぐり間抜けな感じで開けてしまった。
(何・・・、これ)
ゲームのような、ファンタジーな世界が目の前に広がっていた。
「貴女っ!」
いつの間にか、視線を交わし合っていた女性が目の前まで来ていた。
「貴女、落ち人ねっ!」
落ち人・・・。
何だか落ち武者のように聞こえて、嫌なイメージを持ってしまった。
女性は花純の手をしっかりと握りしめ叫んだ。
「貴女、黒い穴に落ちたのでしょうっ? この世界の人ではないわよねっ?」
この世界の人ではない・・・。
え・・・、もしかしてここは・・・・・・。
「一緒にいらっしゃい。この世界には落ち人はよく来るの。役所へ行けば、お世話してくれるわ。ああ~、でも私、初めて落ち人の第一発見者になれたわ。実は憧れていたのよね」
「・・・・・・・・・」
どう応えていいのか解からず、花純は無言で女性を見詰めた。それに握られた手が何気に痛い。
力の強い女性のようだ。
そしてぐいぐい引っ張られて、花純は役所へと連行されたのだった。