第一部 高校総体①
「明日からは総体が始まるが、行き帰りで事故のないように気を付けること。以上。解散!」
須田がそう告げると、金曜最後の授業であるHRが終わり、放課となった。
5月の最終週金曜日。明日から高校総体が始まる。今回の総体は県総体の一つ前の中央支部総体であり、それを勝ち上がると県総体に行ける。日程は競技ごとにバラバラであることが多いが、今年は偶然にもほぼ全ての競技が同日程で行われ、泰樹が所属するサッカー部も漏れずにその日程だった。
中央支部総体は県大会とは違って地域が限られているということもあり、学校から自転車で移動できる距離に会場があるという競技が多かった。須田が注意喚起を行ったのも、要は自転車事故に気をつけなさいということなのだろう。
「なーなー、陸上部って俺らと日程かぶってるんかな?」
須田が教室を出るなり、前の席に座っている戸田が聞いてきた。
「…んーどうなんだろ」
実は泰樹も少しは気になっていたが、あえて興味のないふりをする。
「おまえ亜里沙と仲いいしさ、それに由佳ちゃんとも仲いいじゃん!なぜ知らない!?」
「亜里沙とは幼馴染なだけだし。由佳とは別にそこまで仲良いわけでもないし…」
「たまに一緒に帰ってる」「この間たい焼きデートした」等々、泰樹は戸田にさえも一切黙っていた。知れ渡ってしまうと今度こそ何が起こるかわからないし、それに自分から言うことでもない。
幸運なことに、泰樹や由佳方面に帰る生徒は少なく、部活が終わる時間に帰るとなると同方向へ向かうものは皆無だった。由佳と時々一緒に帰っているところはおそらく見られていないし、もしこのことを知っていたとしても同方向の亜里沙くらいである。
日がたつごとに由佳の周りにいる取り巻きも、そこまで由佳と仲良くないと思ったのか、泰樹のことを忘れているようだった。泰樹にとっては非常に好都合だった。
「なんだよー知りたかったのに…。試合時間と被ってなかったら由佳ちゃん拝みに行こうかなと思ってたのになー…」
戸田がまるで女神様を崇めるかのように両手を前で握りしめている。まるで「ああ、アーメン」とか言い出しそうな勢いである。
そのとき、戸田が何かを思いついたようにバッと勢いよくこっちを向いた。
「あのさ、亜里沙に聞いておいてくれない?」
「はぁ!?」
「お願い頼む!友からの一生のお願いだ!」
「…やだよ自分で聞けよ」
「由佳ちゃんは無理でもさすがに幼馴染になら聞けるだろ!お願い!な!二生分でいいから!」
二生分のお願い使うとかお前の来世終わったな、と泰樹は突っ込みたかったが、このやり取りが終わらない気配を感じていたので返すのはそこでやめた。
部活は軽めの調整で終わり、ユニホームの背番号が発表されたあと解散になった。泰樹は7番、戸田は9番である。泰樹は中盤、戸田はトップでレギュラーである。高校入学後から二人は常にレギュラーを張っており、背番号も入学以来変わらない。泰樹は、先ほど受け取った7番のユニホームがまるで自分のものであるような感覚に泰樹はなっていた。
(負ければこの7番ともお別れか…)
なるべく長くこの7番のユニホームを着てサッカーをしていたいと泰樹は切実に思った。
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「あー、それサッカー部と同じ日程だわー。残念…」
帰り道、戸田に言われたように由佳に総体の日程を聞くと残念がるような声で由佳が返事をした。
「でも会場すぐ近くじゃん!時間あれば見に行こうかなぁ」
「見ても何も面白くないよ…」
「えーなんでよー!女の子が見に行くって言ってるのに嬉しくないの!?」
「いやそういうわけではないんだけど…」
由佳が泰樹たちの試合を見に行こうなどと言い出したので、泰樹は止めようとした。
女気ゼロにもかかわらず、サッカーと女の子はしっかりと切り分けたいと考えていた泰樹は女の子、特に由佳には見に来てほしくなかった。いくら友達とは言えど由佳から応援されたら緊張するし、調子が狂いそうで怖かった。
「私は見に行くけどねー」
後ろで亜里沙がシューズ袋をぶんぶんと振りながら由佳の方を見て言った。今日は陸上部も調整らしく、泰樹は校門で偶然ばったり会った由佳と亜里沙と帰っていた。亜里沙は徒歩通学のため、泰樹と由佳は自転車を押している。
「…お前も来なくていいよ」
「なんでよ、去年も見に行ってあげたじゃーん」
泰樹がやんわりと断ると、亜里沙は不機嫌そうな顔をし、急に泰樹の自転車の後ろに飛び乗った。
「おまえっ、重いから降りろって」
「重いって女の子に対して失礼なんですけどー」
「…え、亜里沙去年見に行ったの?」
由佳が不思議そうな顔で亜里沙に尋ねた。
「そーだよ。こいつ彼女いないからしょうがなく見に行ってあげたんだー」
「うるせーな、別に頼んでないだろって」
「あーかわいそうな泰樹くん」
亜里沙が頭をなでてきたので振り払おうとしたが、亜里沙が乗っている思い自転車を両手で支えているため振り払えなかった。しょうがないので手から逃げるために頭を横にブンブン振る。
「亜里沙見に行くなら私もいいでしょ?一人増えたところで変わらないし!」
由佳が嬉しそうに、そして少しこわばった顔をしながら泰樹に言った。
「ダメだよ。こいつ由佳に気とられすぎて集中できなくなるから」
「そ…んなわけないだろって!」
亜里沙の言葉に自分でも顔が赤くなっていくのが分かったが、泰樹はそれを全くコントロールできなかった。
その後も泰樹と亜里沙はぎゃあぎゃあ言い合い、由佳がちょこちょこ横やりを入れているうちに家についてしまった。
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『泰樹の試合、11時からだって!』
帰宅後、自室の椅子に座って一息ついていた由佳は亜里沙から来たメッセージを読んでいた。
今日は初めて3人で帰ったのだが、まさか亜里沙と泰樹がこんなに仲良いとは思っていなかった。幼馴染とは聞いていたが、学校で話しているところは最初以外ほとんど見たことがなく、帰りもほとんど一緒になることはないと聞いていたため、幼馴染の関係以上のものははないものだと勝手に思っていた。あの感じだと、もしかすると…もしかするかもしれない。あー、考えたくない。
それに亜里沙情報によると、学校生活では泰樹は女子と滅多に話さないらしいし、てっきり学校の中では私が一番泰樹と仲の良い女子だと思っていた。
(なんかもやもやするなぁ…)
由佳はなぜか何かを失った気持ちになっていた。泰樹と付き合っているわけでもないのに、すごくもやもやした。亜里沙は試合時間を直接聞いたのだろうか。あの一連のやり取りを見た後だと、そう考えるだけでさらにもやもやは増した。私も直接聞いてみようかな…。由佳は泰樹と連絡先を交換したものの、一度もやり取りをしたことがなかった。
亜里沙からのメッセージを返してから泰樹に何か送ってみよう。そう思い、亜里沙からのメッセに『了解!』と返した直後、泰樹の方からメッセージが来た。
『お疲れ様です。泰樹です。戸田に陸上部の時間のこと話したら絶対見に行くっていうから、俺らもそっちの試合見に行きます。お互い頑張りましょう。』
なんだよこれ、業務連絡かよ。由佳はクスッと笑うと、座っていたクルクル回る椅子からベットに飛び乗り枕に顔をうずめた。
総体一位よりも、なによりも亜里沙には絶対勝つ。絶対。由佳はそう思った。