最終部 君がいなければ
3月後半。
由佳の引っ越し当日。
「ごめんね、見送りに来てもらって」
「いやいや、全然大丈夫」
泰樹は、先に旅立つ由佳の見送りに来ていた。
結局、泰樹、由佳、戸田そして亜里沙は全員が第一志望のところへ合格した。
泰樹は宮城、戸田は福岡、亜里沙は東京住みに無事決まった。そして由佳は…
「京都の生活、不安だなー」
無事、日本で二番目の国立大学である京都の大学に合格していた。自分の彼女が日本で二番目、幼馴染がトップの国立大学にいるとは…頭良すぎて自分がちっぽけに思えてくる。
由佳は大阪まで飛行機で向かった後、在来線で京都に向かうらしい。今は空港に見送りに来ていた。
荷物の搬入などは先週親と一緒に行って完了しているらしく、あとは再び新居に由佳が行くだけとなっていた。
「まあ、大丈夫でしょ。すぐ慣れるって」
「着いたらすぐ電話する!出てよ!?」
「はいはい、構えておきまーす」
泰樹は手で電話の形を作り、耳元に当てる。
「宮城大阪間は飛行機たくさんあるし、新幹線もあるし、何なら夜行バスもあるし、私が寂しくなったら呼ぶからすぐ来てね!」
「はいはい」
入学してすぐバイト、探さないとな…。泰樹は思った。
「…やっぱり、寂しい」
泰樹は由佳に抱きついてきた。
抱きつく瞬間、今にも泣きそうな由佳の顔がちらりと見えた。俺だって泣きたいのに。
「またすぐ会えるさ。心配するなって」
「毎日電話しようね?ね?」
「ああ、しよう」
「浮気しないでね?」
「こんなかわいい彼女がいて、浮気するわけないだろ。そっちも浮気するなよ?」
「疑ってるの?最悪ー」
そう言うと、由佳は泰樹から離れて意地悪な顔をみせてきた。
その顔も、もう毎日見れないのかと思うと、涙がこみ上げてきそうになった。泰樹は何とか落ち着かせる。
「そろそろ、行かないと」
「うん…」
泰樹はこれ以上何も言葉を発することができなかった。
これ以上話すと泣き出してしまいそうだ。
「最後に、ひとつだけ、伝えたいことがあります」
由佳が真剣な顔になる。でも、真剣な顔にはどこか柔らかいものがあった。
泰樹は無言で頷く。
「これまで私は、人をなかなか信じられない部分があって、いつもお面をかぶっていました」
「…」
「悲しいこととか辛いこととかがあっても、表面上はいつも笑顔にして、心の中では泣いていました」
「…」
「でも、泰樹と出会ってから、世界が変わりました」
「…」
「私をこんなに受け入れようとしてくれる人がいるんだなって思いました。いろんなこと、本当に、いろんなこと、あったけど、それがあったからこそ信頼を深めることができたというか、なんというか…」
話の途中で、由佳は泣き出してしまった。嗚咽を抑えながら、着ているカーディガンの袖で涙をふく。
泰樹もつられて涙があふれてきた。泰樹も、由佳を見るのに邪魔になっている涙を手でどかす。
「あのね、泰樹ね…」
由佳が続ける。そして…
「君がいなければ、こんなことにならなかった」
その言葉。今回は、これまで意味してきたものとは違う。
ありがとうの気持ちがこもった、感謝の言葉。
「今まで、ありがとうね。これからも、ずっと、ずっと、よろしくね」
そう言うと、由佳は再び泰樹に近づき、泰樹の首に両腕を絡ませて…
付き合って初めての、キスをした。
キスした後、我に返るとお互い顔が真っ赤になっていた。二人は思わず笑い出す。
「じゃあ、元気でねっ!最後は笑顔で!」
「うん、じゃあ!気を付けて!」
「また、ね!」
お互いに笑顔でハイタッチをすると、由佳は一度も振り返ることなく、保安検査場へと入っていった。
俺も、感謝の言葉を伝えたかった。
由佳と会わなければ、こんなに自分を変えることなんてできなかった。
感謝しきれてもしきれない。
まあ、今度京都に会ったときにしっかり伝えよう。この、感謝の気持ち。もちろんその言葉は…
君がいなければ、こんなことにならなかった。
そして
ありがとう。
と。




