最終部 卒業式
そして、3月1日、卒業式。
泰樹は、やらなければならないことが2つあった。
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まず、一つ目。
「泰樹先輩!受験お疲れ様です!」
薫がにっこり笑顔で出迎えてくれた。
泰樹は1Fの教室入り口に来ていた。3年生になってから1年生の教室がある旧校舎に来るのは初めてで、何かこう、懐かしい気分になった。
「ありがとう。それにバレンタインも…」
「いいんですいいんです!先輩に頑張ってほしかったんで!」
薫が分かりやすく顔を赤くして照れている。
実は、薫からバレンタインチョコをもらっていた。3年生は登校日ではなかったため、わざわざ直接家まで届けてくれた。
しかし、どうやって自分の家の場所を知ったのか…。最後まで教えてくれなかったが、恐らく陸上部の名簿にある亜里沙の住所を見て辿ってきたのだろう。深くは考えないことにした。
「はい、これ。お返し」
泰樹は薫にお菓子の入った紙袋を渡した。クッキーやチョコレートなど雑多な詰め合わせになってしまったが、二次試験で行った仙台の銘菓『萩の月』はしっかり目立つように入れておいた。
「おおお!!ありがとうございます!!」
薫が再び笑顔になる。この笑顔は相変わらず愛嬌があるなと泰樹は思った。
「それと、手紙に書いていた件なんだけど…」
「ああ、それなら気にしないでください!由佳先輩と付き合ってること知ってます!くそー、もう少しで泰樹先輩と付き合えると思ったのに!」
薫が目の前で悔しがる。これもなかなか可愛い。これぐらい可愛いとモテモテだろうし、彼氏なんてすぐに見つかるだろう。
ちなみに、手紙には『ボタンください!』とでかでかと書かれていた。
「だから、第二ボタンは由佳先輩に譲るので、第一ボタンください!」
泰樹は一瞬迷った。あげたい気持ちは山々なのだが、受験生は後期試験を考えて卒業式ではボタンはあげるなと進路指導の先生から口酸っぱく言われていた。
が、ふと泰樹は家の机の引き出しに予備のボタンがあることを思い出した。まあ、予備ボタンがあれば大丈夫だろう
「いいよ。…っと、ほい」
泰樹は第一ボタンを外すと、薫に渡した。
「ありがとうございます!!一生大事にします!」
薫が喜んでくれてよかった。泰樹は思った。
「先輩追いかけて、先輩と同じ大学を受験します!あと2年、待っててくださいね!」
「まだ合格したわけじゃないけど…まあ、決まったらまた連絡するね。んじゃ、残り2年、高校生活楽しんでね!」
そう薫に別れを告げると、泰樹は1Fを後にした。またいつか、薫と再会できることを願って。
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そして二つ目。
「もしもし」
『もしもし!久しぶり!』
校舎裏。泰樹はある人のもとへ電話していた。卒業式の今日、いつもなら禁止されている校内での携帯電話の使用が許可されていた。
「あの時は、ひどいこと言ってごめん」
『ううん、私も急に押しかけてめちゃくちゃなこと言ってごめんね』
泰樹が素直に謝ると、携帯電話の向こう側の人―早智子―も謝ってきた。
「チョコレート、受験で忙しいのにありがとう。あと、手紙も見た」
『全然大丈夫だよ。あの時にはもう私立に決まってたから』
早智子からもまさかの郵送でチョコレートをもらっていた。一緒についていた手紙には、秋の件での謝罪の文章がびっしり書かれてあった。少しやりすぎではないかと泰樹は思ったが、誠意には誠意で応えようと思い、今回、家で中学高時代の持ち物という持ち物を漁って早智子の電話番号を探し出し、ショートメールでアポを取って電話をかけた。
「どこ行くの?」
『東京だよ。やすぽんは順調にいけば宮城だっけ?』
「そうそう」
『私と入れ替わりかぁ。帰省した時遊んでね』
「はいはい」
『ちょっと、適当に流さないでよ』
「だって…」
泰樹は由佳のことを言おうか迷った。が…
『知ってる。由佳から聞いた。幸せにしてあげてね』
「…うん。ありがとうな」
泰樹は由佳がすでに早智子に伝えていることに驚いた。いつの間に伝えていたんだ…。
『じゃあ、これから友達と約束あるから…』
「うん、ありがとう。それじゃあ」
『そうね…』
早智子が一呼吸置く。
『また、いつか。会う時があれば』
そう言うと、電話が切れた。
元気で、頑張ってな。
泰樹は携帯の電話帳を開くと、『草野 早智子』を削除した。
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「はい、チョコレート!」
「お、ありがとう!」
卒業式からの帰り道。泰樹は由佳からチョコをもらった。手作りだ。嬉しい。
「はい、第二ボタン」
お返しと言わんばかりに、泰樹は由佳に第二ボタンを渡した。
「ありがと…大切にするねっ」
「ちょっと、私も第二ボタン欲しいなー」
泰樹と由佳のやり取りを見ていた亜里沙が、隣にいた戸田にせがんでいた。それに対して戸田は「予備ないからあげれない!」と必死に第二ボタンを死守していた。
「このやり取り見れるのも今日で最後か…」
「そんな悲しいこと言わないで!」
由佳が泰樹の腕にしがみついてくる。ああ、これもあと何回あるのだろうか…。
「あれ?第一ボタンは?」
「ああ、これはせがまれたからつい…」
「もー、どうせ薫でしょ。そういうところ甘いよねー」
「ごめんって、ごめん…」
由佳がより一層泰樹の腕を締め付ける。腕に流れている血が止まりそうだ。
「じゃあ、私は戸田と遊んでから帰るから」
亜里沙は戸田の家方面へ向かうらしい。
「てか気になってたんだけど、付き合ってるのに戸田のことまだ苗字で呼んでるのかよ」
「しょうがない、少年Tなんだもの」
亜里沙が何を言っているかよく分からなかったが、とりあえず仲良くやってそうだし良かった。
本当に、4人で会うのはこれで最後かもしれない。
「まあ、これが人生最後ってわけじゃないし。夏休みとか、またこの4人で集まろうな」
泰樹はできる限りの明るい笑顔で3人に言った。3人はそれに対してうんうんと頷く。
「じゃあ、元気で」
「またね、二人とも」
泰樹と由佳は戸田と亜里沙に手を振る。
戸田と亜里沙も
「おう!またな!」
「また遊ぼうね!」
と泰樹と由佳に手を振り返した。
高校生活、4人で集まったのはこれが最後だった。